第33話 真相
悪党の溜まり場か、土地神のいる神域か。
もちろん、後者の方が良い。
それが話のわかる魔物ならば。
「何かあれば、私が責任をとるわ」
それは、万が一に白が自我を失った魔物として災厄の原因になった時。
責任をとって、白を始末するという決意だろうか。
それだけの力量が、この人にはあるのだろう。
(え、王妃はどうしてこの人に救援が必要だと思ったのかしら?)
疑問に思ったが、レフはそれが親心というものなのかなと、すぐに思い直す。
レフがカーラにとってはいつまでも可愛い子狐であるように、ヘルンもまた、母親にとっては可愛いわが子なのだ。
「ここは姉さんの直轄地です。口うるさい領主もいない。お好きになさってください」
コランの答えは、あっさりとしたものだ。
「帝国から、ということは、白殿らがあちらにいられない事情があったという事。そちらの方が、きな臭い。いざというときに力ある御仁と手を携えられるのであれば、心強い事であります」
「感謝いたします。ヘルン殿、コラン殿。その通りです。もともと我々が住んでいた地に、帝国の兵士が珍妙な武器を持ち込み始め、住みにくくなった事が発端……。我々は静かな住処を望んでおります。それを叶えていただけるのであれば、あなた方の不利益になる事はしないと誓いましょう。そして、私どもも魔物の端くれ。種族の特性上、あまり攻撃魔法は得意ではありませんが、戦術的な手助けではお役に立てるかと」
うん、あの魔法と迷路はなかなかだったよ。
コランは差し出された白の手をとって、強く握った。
「歓迎いたします」
「さ、私は賭けに勝ったので、戦利品をいただきに王都へ戻りますね。姉さんも、ほどほどに」
くい、と酒を飲む真似をして、コランが注意する。
ヘルンは自らへの注意はさらっと聞き流し、首を傾げた。
「賭け?」
「ははは」
訝しむ姉の問いを、笑って流すコラン。
なんだかんだで、似た者同士だ。
カーラもきょとんとした顔で聞いている。
「命を賭して強大な魔物から姉さんの無事を勝ち取った暁には、王位継承権を返還し、スマラグドス領の所属となる事をお許し願いたいとのお手紙をですね。返事代わりに送っておいたので」
強大な魔物役に抜擢された白もきょとんとしている。
「やるじゃん、王子様」
プラシノが笑い転げている。
「あ、あんた母様をまた手玉に取ったのね……。本気で私がどうにかなるなんて思っているのは、あの人だけでしょうに……。まぁ、あの人は自業自得だわね」
それはその通りな気がするけれど、元はと言えば、今回の事は一人娘が消息を絶った事が起因である。
その一人娘にそこまで言われては、さすがに同情を禁じ得ない。
赤ワインだろうか。残りをクイっと一気に飲んでグラスを空けるヘルン。
ワインはそんな飲み方するもんじゃないぞ。
しかし店をやるなら夜はbarにしても良いかもしれないとレフは思った。
この世界の人間は、どうも酒に強い。これだけのザルが何人か顧客にいたら、楽しそうだ。シーミオもいるし。
「カーラちゃん。アクィラ侯爵との婚約、潰すのが遅くなってごめんなさいね。下準備に手間取って」
「え?」
「その節はありがとうございました」
そう言ったのはコランだ。記憶が戻っても、カーラに婚約者がいたままであればどうにもできなかった。
コランが頼んだ訳ではないけれど、結果としてとても感謝していた。
「え? ええ?!」
カーラはキョトンとしていても可愛いな。
レフは気楽な高みの見物だ。
「あ、ヘルン殿下、グラスが空っぽだ。注ぎますねぇ」
ロナルドが急に割り込んだ。下手か。
「ロニー兄さま……?」
ほら、気づかれた。
「お母様が『マリア嬢に噂をした誰か』の話をしていたけど……あれは、ヘルン様?! 兄さまは知っていたんですか?!」
「ああ……。母上のあの発言で、察したな……。確かめるのが、恐ろしかったが。ヘルン殿下を巻き込んだと分かると、お前が恐縮するのではないかと思ってな……。黙っていた。あの時は
王女をつかまえて『知り合いの情報屋』扱いするシーミオにも気が気じゃなかった。という訳か。
レフが思っている以上に、未来のロナルドの髪と胃はピンチかもしれない。
屋敷に戻ったら、ケイトに頼んで、温かい甘酒でもご馳走してあげようと思うレフであった。
「ヘルン様────! そんな事とはつゆ知らず……! ご助力、ありがとうございました!」
頭を下げるカーラに、いいのよ、と手を振る。
「身内の恥をフォローしただけだから」
ヘルンがスッと目を細めて、口角を上げて笑う。
「しかし、あんたも、人間くさい顔をするようになったのね。良い事だわ。ま、頑張りなさい」
「ありがとう。ヘルン姉さんが姉でよかったよ」
「あら、嬉しい。お世辞も言えるようになったのね」
コランとヘルン。
コランからはあまり仲が良いわけではないと聞いていたけれど、仲が悪いわけでもないのだな。むしろ……。
カーラとロナルドほど距離感は近くないけれど、お互いがお互いをきちんと思い合っている。
良い関係と言えるのではないか。
「こっちは、心配いらないから。あなたの人生を生きなさい。まあ助けが必要な時は、遠慮なく呼ぶけどね!」
ニカっと笑う美人。うん、嫌いじゃない。
白は、少し残念そうだ。
「せっかくなので、皆様にもおもてなしをしたかったのですが。お急ぎならば、引き止めるのも無粋でしょう。ハクリ、コラン殿御一行をお送り差し上げてください」
ああ、あの執事蛇はハクリと言うのか。
しゃべる魔物に会うのは初めてだったので、もっと話をしてみたかったな。
今度は、何かお土産を持ってこようと思うレフであった。
「あ、そうだ、カーラ。あれ、ちょうだい」
カーラに預けていた、レフの分のシーミオからのおもたせを、ハクリへの土産がわりに渡そうと思ったのだ。
さっき、牙を突きつけて脅しちゃったし。
「はい。今日はこれしかないけど。カーラママの焼くお菓子は美味しいよ。よかったら、食べて」
ハクリの前にそっとおく。
「あ、ありがとう……こんなのもらったの、はじめてだ」
「よろこんでくれて、よかった」
そんな話をしていたら。
ふと、白がレフを見据えていることに気づく。
「何?」
「ああ、いや。すまない。────狐どのの、お名前は?」
「レフだよ」
「レフ殿。────ふむ。あなたとは、またお会いする気がします」
「うん、隣の領だしね。場所も覚えたしね。また遊びにくるよ!」
もう、レフひとりでも転移できる。
でも我流の転移術を使いすぎて尻尾がハゲると困るので、プラシノと一緒にこようと思うのだった。
「コラン。カーラちゃんとお幸せにね!」
次期国王の激励に、笑って答えるコラン。
「任せて」
カーラは少し頬を染めている。
同じ赤い顔でも、酔っ払いとは違うな。可憐だ。
「ありがとうございます、ヘルン様。また、王都で」
カーラが手を振りながら言い終わると、次の瞬間にはもとの沼地に戻っていた。
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