第22話 コラン
初めて会った時、彼女は女神の化身かと思った。
コランは、他人に興味がなかった。
身分にしろ体の特徴にしろ、人の興味をひいてしまう。
大人たちは、コランの機嫌を伺うくせに、影では好き勝手に批評する。
そんな毎日のなかで、他の人間は、皆同じに見えた。
父は国王であり、家族ではなかった。
尊敬はしていたけれど、遠い存在だった。
母が亡くなってからは、自分はひとりだと思ってきた。
望んだわけでもない継承権の行方をめぐる計略、王宮に湧く人の姿を被った魑魅魍魎。
王都の生活に嫌気がさし、亡くなった母の友人であったスマラグドス家の領地に、療養という名目で滞在することになった。
田舎での、静かな生活を期待した。
誰にも邪魔されない、噂もされない。
すぐに、その期待は裏切られたけれど。
彼女は、女神のように美しかった。
銀色の髪は、太陽の光を受けて何色にも輝く。
翠の目はまっすぐに相手をとらえて、見るものを惹きつける。
誰の目にも、幼さよりも美しさが際立って見えた。
口を、開かなければ。
「あなた! わたしの、一番弟子にしてあげるわ!」
初対面から、それだった。
(え、いや、けっこう)
ぶんぶんと両手を振って、否定の意を示すが、カーラには伝わらない。
「まずは魚のとりかたからね! まぁ、きれいな手ね。王都では釣りはしたことがあって? エサになる虫のとりかたは知っている?」
(うん、僕の意向は、知ったこっちゃないんだね……)
コランに用意された屋敷に、毎日やってくるカーラ。
その麗しい見た目とは裏腹に、とんだお転婆娘だった。
くるくるとよく変わる表情を、気づけばいつも目で追っていた。
初めて自分に向けられた、悪意も打算もない純粋な興味本位。
心地の悪いものでは、無かった。
最初は、妹がいたら、こんなものだろうかと思った。
微笑ましいと思うこと、可愛いと思うこと、新しい感情ばかりで戸惑った。
王都には異母姉がいたが、ほとんど関わる事もなかったから、兄弟がどういうものかわからなかった。
二年ほど経ったある日、カーラに婚約の話が浮上した。
その時はじめて、コランは、カーラに対する独占欲を自覚した。
貴族の間では、生まれてすぐに婚約者が決まるなんて事も、珍しくはない。
わかっていたはずなのに、カーラはずっと自分といるのだと、思い込んでいた。
(王族のくせに、民に言葉をかけられもしない人間が、彼女をほしいなどと言う資格はない)
カーラは、そんな事はないと言うだろう。
言葉のかわりなんて、いくらでもある。
私があなたの声になると、言ってくれるような子だ。
嫌われていない、自信もある。
でも、それだけだ。
自分には、足りない。
声も、魔力も、覚悟も、何もかもが。
この地を休養地に選んだのには、裏の思いがあった。
この領地に残される、御伽噺。
森の精霊の魔石を得た、領主と従魔の昔話────。
あわよくば、声を取り戻したいと思っていた。
最初は、自分のためだった。
今では、カーラの隣に並ぶ未来のために、必要なのだと思うようになっていた。
成功の確証は、ない。
徒労に終わる、かもしれない。
それでも、自分ができることは、これくらいだ。
────君への思いを、君との未来を、自分の口から語るという、この夢を叶えるために。
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