第19話 作戦会議
「く、苦しい……」
自室の長椅子に寝そべり、水を飲むロナルド。
レフは、冷ややかに眺めていた。
「食べすぎです、ロニー兄様」
カーラも呆れ顔だ。
応接セットのテーブルには、キャラメルのような香りのする紅茶が湯気を燻らせる。
一口のんで、カーラは美味しさのあまり、ため息を漏らした。
モニターとしてジャスミンからもらった、新作の紅茶。
これは、売れる。
そう伝えよう。
「お前だって……。なんでそんな涼しい顔なんだ、俺より食べていたくせに」
「気のせいです。兄様が食べすぎなだけです」
妬ましそうなロナルドに、カーラは容赦なく答えた。
「まぁいい、あの料理は異国のものか? 珍しいものも多かった。美食に飽きた王都の皆様方も満足していただけるんじゃないか」
はちきれんばかりのお腹をさするロナルドが言うと、説得力があった。
「ジャスミンさんたちのおかげです。それで、あの方は────」
今日は、その話をしにしたのだ。
本題を察したロナルドが、真面目な顔をして長椅子に身を正した。
「招待状は、送ったよ」
ロナルドは、妹の顔を伺いながら続ける。
「きっと、来てくれるだろう。記憶が戻った訳では、ないがな。相変わらず、どの国の姫との縁談も、断っているからな」
どんな縁談も断る事から、王宮では彼に秘密の恋人がいるのではないかとの憶測が生まれていた。
しかし、そんな相手などいない事は、ロナルドがいちばんよく知っていた。
「そんなことまで、聞いていませんっ」
「聞きたそうな顔だったから」
「もう、私はただ」
首まで赤くなっている。可愛い。
「出来ることなら、記憶を取り戻してほしいのです。あの時……なぜひとりで行ってしまわれたのか、それが聞きたい」
ああ、可愛い。
お外向けのクールなカーラも、素敵だけれど。
気を許した相手にだけ見せる、少女らしい一面が、たまらなく可愛い。
蛇足だけれど、マミちゃん曰く、この推しに対する感情は『尊い』と言うらしい。
ちらりと、机の向こうのロナルドを見ると。
一見、真剣に見えるけれど、レフと同じことを考えていそうな顔をしていた。
カーラは力説を続ける。
「また一緒に過ごしたいとか、私を見て欲しいとか、そんなことは思っていません!」
(思っているんだな)
(思っているのね)
ロナルドと、目と目で通じ合う、レフだった。
「で、やつを罠に誘き寄せる作戦だが────」
目的が決まったら、次は手段の相談だ。
「人聞きの悪い! 罠じゃありません」
カーラが慌てて、ロナルドが飄々としている。
いつもと逆だな、とレフは思う。
家での姿しか見ないと忘れてしまいがちだけれど、ロナルドは外ではやり手の政務官なのだった。
殿下のことを『やつ』と呼んでしまっているあたり、妹大好きな兄としての本音が漏れているけれど。
「広間から一番遠い東の庭に、殿下をひとりで向かわせるんだな?」
「はい。秘密を知る者は少ない方が良いと思われます。成功────すれば良いですが、もし失敗して殿下が怪我を負うようなことがあれは、不敬罪に問われる可能性すらあります。もちろん、私がすぐに治療いたしますが。関わる人間は少ない方が、良い」
ちら、と兄を見るカーラ。
「兄様には、ご迷惑をおかけしますけれど」
その上目遣い、ロナルドが否と言える訳ないじゃない。
カーラとレフの視線を一身に受けて、ロナルドは両手を上げる。
「言うな。俺だって……。大事な妹と友人が離れていくのを、眺めるだけで、何もできなかった。あの時の後悔が、まだ燻っているんだよ」
「ロナルド、いい男じゃない!」
「レフお前、そんなキャラだったんだな……」
「協力しないとか言ったら、今まで動物だからと油断して私にロナルドが話してきた恥ずかしい話の数々をカーラに話すぞと脅すところだったのだけど、その出番は無さそうで安心したわ!」
「くっ……!」
「レフったら。ロナルド兄様が、そんなつれないこと言うはずないじゃない」
「くっ……」
妹を守る駒はいくつあっても良いと思ってきたロナルドだったが、とんでもないやつを味方にしてしまったのではないかと頭を抱えるのであった。
そして、自分は一生、妹のお願いを聞いてしまうのだろうな、とも。
※
『彼女には、言わないで』
『僕はただ、カーラを求めているわけじゃない』
『彼女を幸せにするために、必要な事なんだ』
わかっています、殿下────。
幼き日に託された、彼の文字を思い出す。
この十年、何度も思い返してきた。
カーラのために、心を砕いていた事は知っている。
でも、あなたは間違えたんだ。
そして俺も。
あの時の後悔を、いま、晴らさせてくださいね。
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