第17話 灯火

「ごめんなさい。カーラ。私は、どこへも行かないわ」


 自分の思いつきからの行動が、カーラにどんな思いをさせたのか。


 レフは胸が痛くなった。


「いいの。レフとこうやって話せること、私は嬉しい。ねぇ、どうしてレフは、記憶を失くしたりしていないの?」


 後半は、プラシノへの問いだ。

 プラシノの答えは、レフにとって意外なものだった。


「魔石の効果は等価交換なんだよ。こいつは、魔力の塊みたいなもんだから。他に何も、奪われない」


 自分が魔力の塊などと、初めて言われた。

 カーラやシーミオの方が、魔法は上手だったし。

 

「人間には、普通の人間の魔力じゃ、とても賄えない」


 解せぬ。と言う顔をしているレフを横目に、プラシノは続けた。


「だからきっと、命の次に大事なものと交換したんだ」


 それが、彼にとってはカーラの記憶だった。

 そう、聞いている。

 しかしどこまで言っても良いのかと、プラシノは言葉を濁す。


「長老たちは、抜け道をつくったんだ。いつか時がきたら、記憶を戻してあげられるように、記憶の魔力が消えないうちに、近くのいしころに憑依させた。そして、ずっと守ってきた」


 でも、と、プラシノは言葉に力を込めた。


「でも、俺らも万能じゃない。俺らだけじゃ、戻せない。記憶を戻したいっていう本人の強い気持ちとか、たくさんの魔力とか、いろいろ必要なんだ」


 精霊は魔力を森に溜め込んだり、操作することには長けている。

 けれどそれは、ひとりひとりの魔力の量が少ないからこそ、発達した技術なのだと。

 プラシノはそう、申し訳無さそうに言うけれど、カーラにとっては、朗報だ。


 諦めていた道の先が、繋がろうとしているのだから。


「ありがとう」


 カーラは、華奢な腕で驚くほど簡単に、石像のようなものを持ち上げた。


「これは、私が預かるね。森の外に持って出ても、大丈夫かしら?」


「おう、ヘーキ。魔力は要るけど、カーラさんやレフの近くにいたら、魔力は溢れてるからな。勝手に吸収するよ。じゅうぶんすぎる」


「そう。わかったわ。大切にお預かりするわ」


 もう、逃げない。カーラは決意する。


 いままで、向き合うチャンスは何度もあった。


 ただ、勇気が無かった。


「きみは誰?」


 と、また、言われたら。


 もう、立ち直れないのではないか、と。


 会おうとすれば、会えたのだ。


 遊学中だって、国に戻ってくることはあった。


 兄に頼めば、手紙を届けてもらうこともできた。


 でも、手を伸ばしたら、そこで終わってしまう。


 手をとってもらえないことが、現実になってしまう。


 自分を映す彼の瞳が、どんな感情を浮かべるのか。


 感情すら動かしてもらえないかもしれない、と。

 想像すると、怖かった。


 あの時の自分は子供のまま、心の奥でひきこもったまま。


 でも、もう終わりにしよう。


 結果がどうあれ、もう、幼い自分の後悔を、解放してあげよう。

 

 もし、彼が異国で大切な人を見つけていたら、黙って身をひこう。


 彼の幸せが、最上の願いだ。


 贅沢を言うならば、自分がその一端を、担いたいけれど。


 来月、スマラグドス領の祭りがある。


 今年は周年で、国内の貴族を招くという。


 遊学中の彼も、そろそろ国に戻ってくる時期だ。


 彼が国に帰ってきたら、まずは招待の手紙を出す事────。


 もし記憶を戻せなくても、一から、自分を知ってもらえるかもしれない。


 声を勝ち取ったレフの姿が、カーラの心に火を灯す。


 すべては、これからだ。

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