第10話 偶然

 それは、森に入ろうとしたカーラの前に、突然現れた。


 よく知っている気配が、渦を巻く。


 暖かい金色の光が、少しずつ、薄れたあと。

 現れたのは、レフではなかった。


「レフの、転移術…………!」


 体の一部を消費するその術に、カーラは制限をかけていた。


 どうしてもの時だけしか、使ってはいけないよ、と。

 レフを祭り上げ、利用しようとする人たちから、守りたかったのも、一因だった。

 力を知れば、求めてくる人間は、いつの時代もいるものだ。


 しかして現れたのは、肩までの黒髪の少女。

 少女の顔に、見覚えがあった。


「あなたは、ジャスミンさんのお店の…………」


 カーラに気づいたケイトが、正座のまま、ピシッと背筋を伸ばした。


「はいっ! ケイトと申します!」


 ケイトがはじめて狐のお嬢様にお会いしたとき、世界には、こんな美しい人がいるのかと思った。


 お店で見た姿はワンピースだったけれど、パンツスタイルも格好よくて、長い脚が際立って。

 今日はさらに、魅力的にみえた。

 緊張と、カーラの美貌に胸を高鳴らしながら、頑張って息を吸う。


 どう説明したら良いのかと、言葉を選びながら、ケイトは自分の身に起こった事を、話し出した。


「あの、私さっきまで、レフちゃんと、一緒にいてっ…………。迷子だって、話したから? わからないけど、気づいたら、私だけが、ここにいて…………」


 黙って聞いているカーラを見上げて、問いかける。


「あの、これって、レフちゃんが助けてくれたんですよね。えっと、まずは、ありがとうございます」


 恩人の主人である令嬢に、深く一礼した。


「すみません。ここにいるのが、私だけで。レフちゃん、なんで森にいたのかは、教えてくれなくて。いや、そもそもお話し、できないんですけど。でも名前だけは、教えてくれて」


「…………レフは、元気でしたか?」


 怪我など、していなかっただろうか。

 食事は、とれていたのだろうか。

 カーラは穏やかな声で、問う。


「はい! ペグの実を、二人でいっぱい食べました!」


 はじめて、クス、と笑うカーラ。

 発言が子供っぽかったかな、とケイトは赤面する。


「ありがとう。あなたに会えてよかったわ」


 ケイトの髪を優しく撫でて、カーラが笑う。


「この道から、来たのよね? 街までは、一本道だから」


 落ちていたケイトの行李を拾って、こぼれた山菜を入れてくれる。

 お嬢様にそんな事させてはいけないと、慌てて立とうとするけれど、足がもつれて転びかけて、カーラの胸を借りるという事態に。


 さらに、迷惑をかけてしまった。

 なんだか、良い匂いもするし。

 対する自分のポンコツぶりが、疎ましい。


「ジャスミンさんによろしくね。私は、レフを追いかけるわ」


 そう言って、手を振る。

 真剣な顔も素敵だったけれど、笑った顔は、もっと素敵で。


 ケイトは、たちまちカーラのファンになっていく自分を、自覚していた。

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