第6話 邂逅

「すみません、このあたりで琥珀狐を見ませんでしたか?」


 琥珀狐は、その存在がまず珍しいのだ。


 街道を歩いているだけで、人の目をひくだろう。

 歩いている人間がいれば、の話だが。


 1時間ぶりにすれ違った農夫に、カーラは訊ねた。


「探しているのだけど。家族なの。もしかしたら、森に向かったのかもしれなくて」


「あぁ、狐のお嬢様か。朝早くに見かけましただよ。たしかに、森の方に歩いてった。えんらいべっぴんの狐どんだったで、よく覚えてら。朝からずっとオラここにいるんけんど、けえってきたとこさは見てねぇなぁ」


「! ありがとう」


 カーラは自分が『狐のお嬢様』と呼ばれていることを知っていた。

 しかしそれは蔑視ではなく親しみを込めてのもので、カーラ自身も気に入っていた。

 もともとスマラグドス領は琥珀狐への信仰心が強く、皆が好意的に捉えてくれる。

 王都だと、奇異な目で見てくる人もまだいるけれど。


(やっぱり、森に入ったのね。そして、戻っていない────)


 進む足に力が入る。

 日が暮れる前にと。

 レフは夜目がきく。

 一晩くらいなら、食料も自給できるだろう。

 しかし、万が一、レフの身に何かがあって、動けなくなっていたら?

 

 カーラは、家族揃って夕食をとった日のことを思い出す。

 あの時、シーミオの言葉を深く受け取ったのではないか。

 

 レフが人の言葉を理解している事は、カーラがいちばん分かっている。


 もしかしたらレフは、自分だけで精霊の魔石を手に入れようとしているのでは────。


 精霊は、気まぐれだ。


 時には助けてくれるし、いたずらもする。


 そして、真剣に魔石を望むものには、試練を与える。


 挑んだ人間が試練を乗り越えられずに死んだとて、精霊たちには預かり知らぬ事。


 森に入って戻らない冒険者は、森に還ったと思え。

 この世界ではあたりまえの事なのだ。


「レフ、無茶しないで」


 あなたがいてくれたら、それで良いと。

 もっと伝えておけばよかった。


「また繰り返すのか、私は」


 間に合って、と願い、カーラは歩速を速めた。



          ※



「お腹空いたぁ────!」


 神に願いが通じて、声を得たのかと思った。

 それくらい、レフは声の主に共感した。


(お腹、すいたわねぇ)


 そう返事をしてみたが、聞こえたのはクゥンという鳴き声だけ。

 

 声の主は、人間の少女のようだった。

 さほど遠く無い場所、少し北の方から声は聞こえた。


 迷子だろうか。

 それとも、冒険者?


 いや、違うな。


 比較的安全な森とはいえ、野生の動物もいる。

 冒険者なら、不用意に大きな声で叫んだりしない。

 他国の密偵や、後ろ暗い事のある人間だって、同じだ。


 むしろ、安全な街でしか生活した事がないような、世間知らずの、たとえばどこかの令嬢とか。


(うちのカーラちゃんは、つくづく変わり者令嬢なのだわ)


 カーラであれば、まず迷うこともないし、冒険者顔負けの手際で獲物を得るだろう。


 レフは敵ではなさそうだと判断し、声の主を探すため、草を掻き分けてレフは進む。


『そこの君、互いの食事を得るために共闘しようではないか』


 そう伝える方法があれば良いのに。


 でもきっと伝わる。

 自信があった。


 バーのお客さんだって、言葉の通じない人だっていたけれど、パッションと身振り手振りでなんとかなった。


 こんなにも可愛い琥珀狐が必死で何かを伝えようとしていたら、相手も意図を汲んでくれるはず。


(つくづく、もふもふは正義よね)


 森に来るのは久々だったが、周囲の音を聞きながら、軽やかに駆けぬける。

 

 対象は、すぐに見つかった。

  

 やはり、冒険者にしては軽装すぎる後ろ姿だ。

 どこかに隠しているのでなければ、荷物も背中の行李ひとつか。

 山菜でも採取しに来て迷ったというのが、いちばんしっくりくる。


 こちらの姿を隠す必要も無さそうだと、判断した。

 

 無造作に近づくレフ。


 草の擦れる音で、少女がレフに気づき振り返った。






 その顔を目に捉えたレフは、自制も忘れて少女に飛びかかっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る