第3話 母は強し

「美味しい! カーラ、また料理の腕を上げたな」


「でしょう?」


 嬉しそうに妹の料理を頬張るロナルドに相槌を打つのは、カーラではなく、兄妹の母のシーミオだ。 


 亜麻色の髪がゆるやかに波打つ、優しげな目をした美女。

 カーラの料理の一番のファンを自称している。


 シーミオは慣れた手つきで、ソースのかかった麺をフォークでくるくると巻き取る。


「最近、街で流行っているんですって。南の方のお料理らしいわよ。ぱすた、といったかしら」


「そうね。今日はひき肉とトマトの味付けにしたけど、いろんなソースがあるみたい」


 カーラが答える。

 カーラのそばで寛いでいたレフの、尖った耳がピクン、と動く。


(パスタ……ね。似ているとは思ったけど、コーヒーといい、ワインといい…………やっぱり、他にも転生者がいるのかしらね)


 飯テロ? 食文化チート? いや、故郷の味を手に入れるための、果てしない努力の結果かもしれない。


(そのうち、会ってみたいわね────)


 もし出会えたとしても、この体では故郷の思い出を話せない事を、レフはとてももどかしく思う。

 前世に、戻りたいとは思わなくなった。でも、同じ記憶を持つものと、お酒を酌み交わし語り合いたい願望はまだある。


「美味しいわよね────。こっちのワインも合うわぁ♪」

 

 シーミオが、ワイン片手に言う。どれだけ飲んだのか、その目が座っている。


「ロナルドったら、カーラちゃんの事になるの目の色が変わるんだから。あんな婚約、どんな手を使っても私たちが潰すに決まっているでしょう」


 お酒のせいか、公爵夫人らしからぬ言葉遣いになっている。


「まぁ、マリア嬢に、先を越されたけどもね」


 黙々と料理に舌鼓を打っていた、当主────ロイルがやっと口を挟む。


 髪型は、ロマンスグレーの、オールバック。

 瞳の色は、兄妹と同じ、エメラルドだ。


 シーミオは、夫にむかってにっこりと微笑む。


「そのマリア嬢に、『アクィラ侯爵は若い後妻を探していて、射止めたら生活には困らないわよ、惚れっぽくて寂しがりだから情に訴えかけたらすぐ落ちるでしょうね』って噂話を流した誰かがいたようねぇ」


 シーミオの爆弾発言に、場の空気が凍る。


「お母様…………?」


「誰か、とは…………」


 恐る恐る問う、妹と兄。


「私じゃないわよ? 知り合いの情報屋から聞いたのよぉ」


 公爵の顔には、「聞かなければよかった」と書いてある。


 公爵領で、いやもしかしたらこの国で、一番敵に回してはいけないのは、目の前で昔から変わらない少女のような微笑みを浮かべている愛する妻、シーミオなのだ。


「でもね、マリア嬢は別に結婚詐欺がしたかったわけじゃないの。病気の幼い兄弟のために仕送りがしたくて、玉の輿相手を探していたらしいわよ。だから、アクィラ侯爵がターゲットになったのね。彼女、政治への野心はないし根は真面目だから、侯爵が存命中はあくまで仕事として妻の役割をしっかり務めると思うわよぉ。もし子供が出来なかったら、侯爵が亡くなった後はさっさと田舎に帰るかもしれないけどねぇ。あ、これはあくまで巷の噂話ね」


 どこの巷にそんな噂話が転がっているんだ、とシーミオ以外の全員が思ったが、口にしない。

 それがスマラグドス領での処世術なのだと、この場の誰もが知っていた。


「アクィラ侯は可愛いお嫁さんが見つかったし、マリア嬢と家族は衣食住に困らないし、カーラちゃんは晴れて自由の身だし、こういうの商人の言葉では三方良しって言うらしいわよぉ。カーラちゃんは結婚なんかせずに、好きなだけうちにいたら良いのよ! もちろん、好きな人ができたら恋に生きても良いのだけど。あ、パスタのおかわりお願い。麺を少なめでね」


 給仕にパスタのおかわりを注文して、シーミオは続けた。


「王妃も考えが浅いのよぉ。自分の生家の血筋だからって、何の取り柄もない男に有能かつ美しすぎるカーラちゃんをあてがおうとするなんて、王宮どころかこの世からこっそり消えてもらおうかしらと思ったわ。此度のことで命拾いしたわね」


 ────誰か、母上を止めてくれ。


 ロナルドが青くなって頭を抱えると、ロイルが咳払いして話題を変えようとした。


「いや、ところで今日の新メニューも美味しかったよ。これはどこのお店で出しているのかな?」


 カーラはとっても空気が読める娘だった。


「これは新しくメイン通りに出来たお店のレシピを教えていただいたの。私と同じ年頃の女性がオーナーなのですが…………。とてもしっかりされている方で、私、少しお話しただけで彼女が大好きになってしまったの」

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