第2話 兄と妹
妹のことになると暴走しがちのロナルドだけど、これでも、仕事ができると噂の若手政務官なのよね。
王子の片腕でもあり、遊学中の王子に代わり王宮での実務を担当していて、普段は王宮に寝泊まりしている。
前世の記憶があると、どうしても社畜って言葉が浮かんじゃうわ。
「で、お前はマリア嬢に何をした事になっているんだ?」
「よくわかりませんが…………。物を隠したり、嘘を教えたり、マリア様を噴水に落としたり…………子供の悪戯のような事みたいです」
身に覚えはありませんけど。と、困ったように微笑むカーラ。
「証拠は、マリア様と取り巻きの方の証言、というのがまた何とも…………」
頭を抱えてうなる、ロナルド。
「先代は堅実な領主だっただけに、この先アクィラの領民が気の毒になってくるな…………」
「領民に、罪はありませんから」
「わかっている。俺も動向は気にしておくよ」
────こんな時でも、自分より民の心配か。
って、顔に書いてあるわよ。
最悪の場合、婚約が履行されてしまった場合でも、カーラは逃げず領民のため領主の妻として働く覚悟をもっていた事を、ロナルドは知っていたはず。
アクィラ侯爵は美しい妻だけでなく、素晴らしい人材をも逃した事に、気づいていない。
いや、一生、気づかなくて良い。
「まぁ、久しぶりに元気な顔が見られてよかったよ。こんな事でもないと、休みが取れなかったから」
安心したといわんばかりに苦笑し、コーヒーを一口飲む。
私も、お皿に注いでもらったミルクをいただこうかしら。
「うん、相変わらずうまいな!」
「でしょう? 新しいブレンドですの。ロニー兄様、今日は泊まっていかれますの?」
期待を込めた目で見られて、嬉しそうねぇ、ロナルド。
口元がゆるゆるよ。
でもねぇ、私は見逃さないわ。
ロナルドの目線が、上の方を彷徨ったこと。
今頃執務室に山積みであろう、書類の束でも思い浮かべているのかしら。
「夜には戻らないといけないかな。でも、せっかくだから夕食は一緒にいただくよ」
「嬉しい! 久しぶりの家族勢揃いね、腕によりをかけて作るわ!」
そう、この娘は自ら屋敷の厨房に入り料理を作るのだ。
料理だけではない、堂々と街に行き庶民の入るような店にも出入りするし(もはや常連にもなるし)、買い付けだって自分でやっちゃう。
もちろん、一緒に行くこともあるわ。
大切なカーラを、守らなくてはいけないからね。
といっても、カーラは街中のひとから愛されているから、いつも、みんなが目を光らせて守ってくれているのだけど。
私のお遊びに付き合ってくれてありがとう、そうカーラは言うけれど。
民を知らずに、統治はできない。
その気持ちからの行動だって、みんな知っているから、カーラの事が大好きなのよ。
およそ貴族令嬢らしくない妹の、そこが良いところなのだと、ロナルドも思っていることだろう。
民の生活をよく知り、民のために考え動ける事。
男であれば、思うがままにその手腕を発揮できたろうに。
そんな妹を好ましく思う相手と、幸せになってほしい。
しかし何よりも、妹自身が望む相手と、共に人生を歩んでほしいんだ。
そんなふうに、以前ロナルドはワタクシに向かって、ひとりごとを言っていたわね。
その瞳に、迷いの色が浮かんでいたことを、覚えている。
自分がどう動けば良いのか、決めかねているように────。
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