第10話 勇気と誇り

イベント会場に到着したのが少し早かったため、ぎっちょんとお茶でもしようと車を駐車場に停めてから近くのカフェに入った。

ぎっちょんにばかり打ち明け話をさせたのが心苦しいのと今朝の出来事についてどう思うかぎっちょんの感想が聞いて見たくなった。


3年間付き合った彼氏が彼の後輩の女の子とクリスマスの朝4時に並んで歩いていたこと。

それを見てもほとんどショックを受けなかったことがショックだったこと。

なぜ18歳の頃のような一途で真っ直ぐな気持ちで誰かを好きになれなくなってしまったのかと落ち込んでいることなどを話した。


ぎっちょんは黙って聞いていたが、ふいに

「もし今その高校生の時好きやった人に会ったら、またその時とおんなじ気持ちでその人のこと好きになります?」と口を挟んだ。


どうだろう…好きになるかな…わからない。なんでわからんねやろ?それがわからなかった。考え込んで黙ってしまった私にぎっちょんがさらに尋ねた。


「どんな人やったんすか?そこまで好きやった人って」


どんな人やったんやろ…あれ……?

優しくて照れ屋で、ちょっとぶっきらぼうで、でも笑顔が素敵…?そんな少女漫画に出てくる設定上の表現しか思い浮かばない。どんな性格?良いところは?悪いところは?そもそもそばにいるだけでドキドキしすぎて、話しすらまともに出来なかった気がする。人となりなんてわかるわけがなかった。

ありのままのその人を知らないから。

私が勝手に作り上げた理想の男の子。

私に都合の良い素敵な男の子。


「わかれへん…ホンマはその人がどんな人やったんか」

恥ずかしくて俯いた。あの頃はあの頃はと何度も思った。俊介の「俺らの頃は」を馬鹿にしたくせに自分も同じだ。

今よりも輝いていたと思い込んでいた、もう戻れないからこそ。あの頃より輝けてないのは自分の生き方のせいなのに年齢や時代のせいにして……恥ずかしい、顔が上げられない。


「さっきも言うたけど、俺16ぐらいまでピアス開けまくりで髪の毛立てまくりやったんすよ。オカンにも寺の正面からは出入りすんな、檀家さんやご近所に恥ずかしいって泣かれて」ぎっちょんが笑いながら話す。


家におるときもなるべく部屋から出えへえんようにしてたんやけど高二ん時ぐらいかなー 窓から見たら車椅子のおばちゃんが石畳で車輪引っかかって独りでバタバタしてんの見えて 手伝いに行ってとりあえずそのまま凹凸ない道まで車椅子押して行ったんやけど オカンに怒られるからさっさと帰ろう思たらおばちゃんが

「ありがとう まー いっぱいやね そんなに無理したらアカンよ」って言うてきて なんのこと?と思ってたら 自分の左耳触りながら

「そんなに守ってたら自分のこと守られへんで」って なんの話してんのって聞いたら

「男の人の左耳の飾りは 勇気と誇りの象徴やって何かの本に書いてあったで 守る人を左側にして歩いて自分は利き手の右手が使えるように開けとくんやて その時相手に近い方の左耳の飾りは 自分の勇気と誇りをかけて守りたい人を守る証で だから対になってる右耳の飾りを自分の守りたい人に渡すらしいわ その想いに答えるって意味でもらった方は右耳につけるんやって書いてたで

そんなに守りたい人いっぱいおったら大変やんか

ホンマに大事な人一人守るのも命がけやのに……無理したらアカンよ」

って なんか俺恥ずかしなってもうて…その日のうちにピアス全部外した 

このピアスはずっと箱に入ったまま机ん中に放り込んでたあゆむちゃんに買ったやつ 

そん時箱から出してこれだけ付けた


ぎっちょんは自分の左耳を触りながら続ける。

「さっきあゆむちゃんに久しぶりに会ってこのピアスのこと思い出してんけど、もうあゆむちゃんは俺の守ったらなアカン女の子じゃなくなってた。ちゃんと笑ろてたし元気そうやったし。

俺はあゆむちゃん本人じゃなくて守ってやらなアカン女の子としてしか、あゆむちゃんのこと見てなかったんやなってわかった。あの頃はそれがかっこエエと思てたんやろな。自分の…なんや…保護欲?みたいなんが満たされんのが気持ちよかっただけやな、きっと」


それだけじゃなかったと思う。純粋に守ってあげたかったんだ。

でもぎっちょんの言いたいことはわかる気がした。

年齢が若ければ若いほど、相手よりも自分しか見えなくなる。まだ自分の心も身体も思う様にならない自分が何者なのかもわからない未熟な頃なんだから当然だと思う。

いや、幾つになっても人なんてそんなものかも知れない。自分の気持ちが思う様になることなんてない。自分が何者かなんてわからない。この歳になっても。

あの頃は、相手しか見えないと思ってた。

でも本当は、

「自分しか見てなかったんやな私。あの頃はあの頃はって、自分のことも相手のことも勝手に美化してた……今この瞬間どう思うか、どう生きるかが大事やのに。時間は前にしか進まへんから、あの頃はって思うんもう止める」

ぎっちょんは突然の私の青臭い台詞に戸惑ったように、でも

「俺も守ってあげるじゃなく、守るって思える男になりますわ」と笑って答えてくれた。


なんか青春やん。いくつになっても自己形成は終わらへん。死ぬまで形成し続けても終わらんかも…

ずっと青いまんまや。ずっと青春してられる。

そうか、だから生きてるのが楽しいんやな。

なあ ぎっちょん。

私が笑うとぎっちょんも素敵な笑顔を見せてくれた。

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