第8話 おともだち
その後1時間ほど仮眠を取ってから隣で寝ていた梅を揺すり起こした。ようやく捕まえたタクシーで家へと向かう。
そう言えばお客がいるんだった。スーちゃんの後輩の…水川さんって言うてたかな。
うるさくしないよう、まだほにゃほにゃ言っている梅を抱えて階段を登る。桃はもう起きているようで洗面台から朝支度の音がかすかに聞こえていた。
階段を上がりきると、いきなり信の部屋のドアが開いて男の子が出て来た。
誰?! 一瞬お互いに見つめ合って固まる。
「あ…おはようございます」男の子が頭を下げた。
「……おはよう…ございます」
信の友達か?昨日の夜に家に呼んだのだろうか。
「あの…お邪魔してます。信ちゃん…信くんの友達の江崎です」
不審そうに眺めてしまったのか慌てた様子で自己紹介してくれた。
「あー いつも信がお世話になってます」
名前は聞いたことがある、信の親友だ。
「朝早くからバタバタしてごめんね 起こしてもうたかな」
「いえ 寝てなかったので…大丈夫です」
「そっか 今からでも寝てくれたら良いよ ゆっくりしていって」
そういって梅を部屋に連れていく。江崎君も手を貸してくれた。
江崎君を置いてどこへ行ってしまったのか信の姿はなかった。
やっと自分の部屋に到着しベッドに寝転がる。
風呂入らなアカンな………意識はそこで途切れた。
ガバッと跳ね起きて目覚まし時計を見た。
はぁ、良かった、まだ時間ある大丈夫や。
寝過ごしたかと焦ったが仕事に行くにはまだまだ余裕がある時間だった。
お風呂に入ろうと階段を降りてリビングの方に目を向けるとリビングのソファーで、我が家に宿泊した水川さんという女性と信の友達の江崎君が何やら話していた。
「僕も一緒に行って良い?」
「行ってやってくれる? 喜ぶと思う」
水川さんが優しく微笑んだ。
江崎君の目が少し赤い。徹夜したからだろうか。
それにしてもエラい親しげやな。昨夜、厳密には今日だが親しくなったんだろうか。
若者は打ち解けるのも早いんやなと感心していると、
「おはようございます」
と水川さんがこちらに気づいて声を掛けた。
「おはようございます すいませんゆっくり眠れなかったでしょう バタバタして申し訳ない」
「いえ こちらこそ泊めていただいてありがとうございました」
水川さんが頭を下げると江崎君も一緒に頭を下げた。
「いえいえ ホンマに泊まってもらうだけで何のお構いも出来なくて…それより昨日帰ってからみんなでパーティーでもしました?仲良さそうですねー」
何気なく笑って尋ねると、二人は顔を見合わせて微笑み合った。
おやおや何か良い感じですやん。クリスマスカップルが我が家で誕生しちゃった感じかしらー
「弟の…小さい頃に亡くなった、弟のおともだちだったんです」
水川さんの言葉にそれまでの軽薄な冷やかし気分が一気に冷めた。
「幼稚園に上がるか上がらないかぐらいで、病気で逝ってしまったんですけど。そのときの入院先でいつも一緒に遊んでくれてたのが江崎君なんです」
水川さんは静かに話し出した。
生まれた時から肺が悪くて多分長くは生きられないと言われてました。
両親も覚悟はしてると言ってはいましたけど…実際にはそんな覚悟なんてできませんよね。元気になってくれるって奇跡が起こるって心のどこかで家族は信じてたんです。本当に可愛い子で…辛くてもいつも笑って明るくて… 優しい子でした。
六つも年が離れていたので、姉と言うより子どもながらいつも母親みたいな気持ちで接してました。あんな小さいのに独りぼっちでベッドにぽつんと座ってるのが可哀想で…毎日病院に通ってたんですけどそんなとき江崎君が入院してきたんです。
それからはいつも二人で同じベッドに並んで寝ころんでお話してて、楽しそうで安心しました。江崎君のお陰です。今でも本当に感謝してるんです、弟が最後まで独りぼっちじゃなくて、おともだちとたくさん話して遊べる時間があったことに。
水川さんの話を聞きながら江崎君は泣いていた
「高校の時静岡に引っ越すことになって、命日ぐらいしかお墓参りが出来てなかったので今日は江崎君と一緒に行こうかと思ってるんです」
水川さんは「ね?」と言うように江崎君を優しく見つめた。
二人は久方ぶりの再会のようだった。信が何故あんなに必死で水川さんの三次会行きを阻止しようとしていたのかわかった気がした。
その後出勤がてら水川さんの弟さんのお墓があるお寺まで二人を車で送ると申し出た。
もともとイベント用の荷物がたくさんあったので、開催先の施設まで車で行くつもりだった。イベントの時間にはまだ少し早かったが二人を早く弟さんに会わせてあげたいと思った。
家からそんなに離れていない場所にそのお寺はあった。
『龍間寺』立派なお寺…割と近所なのにこんなお寺があることすら知らなかった。
駐車場の場所がわからなかったのでお寺の入り口で二人を下ろす。久しぶりに三人で会えるんだなと何だかこちらまでうれしくなった。
車を出そうとしたとき、
「あゆむちゃん」と聞き覚えのある声がした。
お寺の門から出て来た男の子が水川さんに話しかけている。
ぎっちょんだった。
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