中層裏ステージ編
第5話
「チャンネル登録者数、1万人……!?」
初配信から一夜が明け、気になって自分の動画チャンネルを見に行ってみると、チャンネル登録者数が一気に5桁まで増えていて、俺は言葉を失っていた。
1万人の人が、俺に興味を持ってくれている。これまで生きてきた人生で全くなじみの無かった桁数の数字もさることながら、それだけたくさんの人が期待してくれているというのが、とにかく俺の中では衝撃的だった。
とはいえ、同じく配信していた綾乃と比べると月と鼈レベルの差だ。綾乃のチャンネル登録者数は既に5万人を超えようとしており、しっかりと視聴者の心を掴んだようだ。
「成功したみたいで良かったですね、左之助君!」
「あ、ああ……そうだな。なんだか、夢みたいだ」
「夢じゃないですよ? しっかり現実です」
朝ご飯を用意してくれたらしい。お椀にお味噌汁やご飯を乗せたものを持ってきた綾乃は、俺の前にそれを置いてにこやかに言ってきた。
俺としては、登録者のこともそうだが、こっちの方も現実味がまだ薄い。端的に言うと慣れない。とりあえずお礼だけは何とか言って、一緒に手を合わせて食べ始める。
「この人気を維持するため、そして更なるファンの獲得のために、これから頑張っていかなければならないんですからね。ここがスタートラインなんです!」
そう、だよな。綾乃の言うとおりだ。ここから、俺は美玖の病気を治すためにどこまでも這い上がっていかなければならない。
でも具体的にどうすればいいんだろう? 初配信は綾乃が面倒を見てくれたが、ここから先はコラボだけでなく個人での活動も入れていかなければならない。
そして、その内容もなんでもいいわけではない。注目されやすい様な、派手なことをしなければ埋もれてしまうだろう。
「参考までに聞きたいんだが、綾乃は次の配信何するんだ?」
「私は雑談配信をする予定ですね。学校が終わった後すぐやる予定です」
そういう綾乃は、既に制服に着替えている。制服姿の綾乃は事務所で稀に見かけていたが、とんでもなく可愛らしい。
「そうか。じゃあ俺はその間家を出てた方が良いな」
「あれ? 一緒にやらないんですか?」
悪戯顔でそんなことを言ってくる綾乃に、俺は本気で喉を鳴らした。話題には出していないが、昨日の時点で俺の配信動画のコメントには多数の暴言や誹謗中傷が送られてきているのだ。端的に言うと男性視聴者に結構嫌われている。
それなのに家で一緒に雑談配信なんてしたら、どうなるか想像したくもない。同棲している件についてもそうだ。出来る限り早く家を見つけて出ていく必要があるだろう。
「いやいやいや……炎上するに決まってるだろ」
「あはは♪ そうですよね。流石にまだ時期じゃないですよね」
「時期とかそういう問題じゃ無くてな?」
本気なのか冗談なのか分からない。
「そう言えば、左之助君は学校、行ってないんですよね?」
「ん……ああ、行ってない。中卒ってことになってる」
色々ごたごたがあり、高校に行く暇が無かった。
「それ、色々問題あるかもですねー。新進気鋭の大手予備軍の企業が、高校に行っていない若者をダンジョンに行かせてるって、外聞悪いですし……よし、左之助君! 私が今行ってる学校の入学試験、受けましょう!」
「はあ? 何言ってんだ。そんなの無理に決まってるだろ」
綾乃の言葉に、俺は首を横に振った。今更な話だし、勉強だって絶対について行けない。勉強する暇さえなかったのだ。
「勉強なら私が見ますから。こう見えても成績上位なんですよ?」
「……いや、でも……」
高校、か。正直そんなものに行くくらいなら、少しでも妹の為に動いていたいというのが本音だ。それに、妹が寝たきりの状態なのに、兄の俺がのほほんと学校に行くなんてできない。
「……まあ、考えておくよ」
「はい!」
結局、俺は歯切れの悪い返事をして、その問題から目をそらすことを決めたのだった。
◇
その日の夕方、俺はダンジョンまでやってきていた。
「配信機材良し、装備良し、忘れ物……無し」
俺は隅の方で問題ないのを確認し、配信を付ける。
「どうも、こんにちは。AWC社所属のイチジョーです」
:キター
:待ってた
:〇ね
:今日はワタツミちゃんとは一緒にしないんですか?
「今日は俺だけです。ワタツミさんはSNSで言ってたけど、今日の19時くらいからなんかやるらしいですよ」
:じゃあブラウザバックだわ
:じゃーの
:俺は見てるぞ
:今日は何するの?
「正直何するか凄い迷ったけど、やっぱり俺には腕っぷしくらいしか取り柄ないんで……とりあえず、今日はダンジョン攻略です」
そう言って、俺はダンジョンの内部を見せた。
「今日潜るのは16号ダンジョンです。ひとまず、自分がどこまでやれるのか測りたいので、今日は潜れる所まで潜ってみようと思います。ひとまずの目標は5階ですね」
昨日綾乃と一緒に潜ったダンジョンと同じ場所だ。
:なるほどね
:昨日強かったし、期待
:がんばえ~
同時接続者数は……500人か。まあそんなもんだろう。少しずつ増えてはいるが、同時に減ってもいる。今は始めたばかりで増加数が上回っているが、これを維持するのが俺の仕事だ。
「いつまでもゴタゴタ言ってるのもつまらないでしょうし、早速行きたいと思います」
俺はそう言って、ウェポンポーチから刀を取り出した。
「今日はおなじみブラックシリーズから、『黒刀』を使っていきたいと思います。デザインが中二病ですが、俺は好きですね」
カメラの前に鞘入りの刀を見せる。
:刀身に稲妻の模様入ってて草
:デザイナー絶対過去に患ってただろw
:防具と言い武器と言い、装備してて恥ずかしくないの?
:ガスマスクに刀……中二病すぎる
「恥ずかしいに決まってるでしょ」
:草
:草
:そらそうよ
:ブラックシリーズチョイスしたのどうせマネージャーだろ
:AWC特有のマネージャーによる装備センス事故
:なんだよ、ちゃんと言えたじゃねえか……
:聞けて良かった
「それじゃあ、行きます」
合図を一つして、駆け出したのだった。
そして十数分後。
「……昨日ワタツミさんと潜った場所まで来れましたね」
:はっや!
:早すぎ早すぎ
:ノンストップで新幹線並みの速度で動き続けてたらそりゃさもありなん
:途中襲い掛かってきたモンスターが一瞬で両断されていくの草
:やってることが10ランク以上上のプロの探索者のソレなんよ
:刀一度も抜いて無くね? なんでモンスター両断されてんの?
「ちゃんと刀で切ってましたよ。こんなふうに」
コメントを読みながら、俺は突如背後から奇襲してきたケイブリザードを両断した。
:いや、だから見えないんだって
:お前なんで扱いが難しい刀までそこまで扱えるんだよ
:双剣、大剣、そして刀。武芸百般かな?
:初見です。クッソ強いですね
:チャンネル登録しますた
「チャンネル登録ありがとうございます。助かる」
とりあえず一区切りついたので、武器を変えてみるか。
「武器変えます。次は……槍でも使いますか。普通の槍はワタツミさんが使ってるので、俺は短槍で行こうと思います。『ブラックスピア』、安いし頑丈だし良い武器ですよ」
:かっこいい
:これは良デザイン
:槍まで使えんの?
「もちろん使えますよ」
そう言って、俺は短槍を振り回して、上から降ってきたフォールラット4体を一瞬で両断した。
:普通に声出た
:びっくりしたw
:なんで対応できるんだよ
:当たり前に対応してて草
:って言うか動き方ワタツミちゃんに似てるな
:やっぱちゃんと師弟なんやなって
「ワタツミさんに似てる? 俺が使ってたのを見て参考にしてたんですかね。気づかなかったな」
:つまりただの見稽古
:それワタツミちゃんも凄いんじゃん
:見稽古であそこまで上達するもん?
:努力したんやろなぁ
ワタツミの話に流れたが、ここは俺のチャンネルだ。これ以上は色々トラブルになりかねない。
「よし、休憩も済んだし先に行きましょうか」
:目標どの辺りまで?
:そこから先は中層やろ? ソロやとキツんちゃう
「行ける所まで行きます。時間は……ワタツミさんが配信を始める19時くらいまでにしましょうか。その間できる限り奥まで進みます。目標は……10階で」
:ソロで行けるか?w
:無理すんなよ
:〇ぬなよ
:〇ね
:配信者の死亡事故、最近減ってきたとはいえまだまだいるからな
:気を付けろよ
「分かってます。死ぬときはちゃんと配信切りますよ。視聴者の目を汚すようなことだけは避けます」
:は?
:分かってなくて草
:心配してんねん! 言わせんな恥ずかしい!
:天然さんかな?w
「えっ、あ、そういう。す、すみません、そういうの慣れてなくて。その……心配してくれてありがとうございます。気を付けます」
:照れてるの可愛い
:あれ、意外と可愛いか……?
:というかどんな環境にいたら心配されたのをあんなふうに誤解できるんや
:前の事務所での扱い……あっ(察し)
:上原ァ!
:そう言えばこの前のウィッチーズの配信、結構雰囲気変わってたよな……
おっと、話の流れが不穏だ。
「よし、それじゃ行きますか!」
俺はコメントの流れをぶった切る様に声を上げて、更に奥へと足を運んだのだった。
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