第4話
しばらく歩いていると、ズルズルと音が響いて、曲がり角からケイブリザードが現れた。バイク程の大きさのトカゲだ。
:リザードは流石に無理だろ
:逃げろ逃げろ
:ランク1じゃ逆立ちしても勝てねえぞ
そんなコメントが流れるが、逃げるわけにはいかない。折角コネも同然にねじ入れてもらって配信者になったのに、初戦で逃げ出すなど裏切り行為にも等しい。
それに、相手が強敵であればあるほどバズるというものだ。
「今回はAWC社製の双剣、『ダブルブラック』を使っていきます。ワタツミさんの槍と同じブラックシリーズです」
「かっこいい!」
:かっこいいのは分かったから逃げろって
:もしくはワタツミちゃんと変われ。むしろ変われ
:見栄張って失敗したらダサいぞ
:無理なら無理ってちゃんと言え雑魚
「無理とは思わないです。勝てる相手だ」
俺はそう言って、双剣を手に持ち歩き出した。
『グルァ!』
ケイブリザードがすぐさま口を開けて俺に突っ込んでくる。
それに対し、俺は超高速でケイブリザードの背後まで移動していた。
そして双剣をくるくると回して、鞘に納める。
『ゲ……ガ……』
:は?
:え?
:ん?
:ほ?
その瞬間、ケイブリザードの身体に幾本もの白い線が入り、ずるりとズレてブロック肉となり地面に転がった。
:はあああああ!?
:今なにした?
:訳わからん、何だ今の
:見えなかったんだけど
:一回まばたきしたらすでに切ってたんだが
「一条さん! 瞬殺じゃないですか! えへへ、やりましたね!」
「あ、ああ」
俺はテンションを跳ね上げさせて近寄ってきたワタツミよりも、自分の手のひらを見ていた。ぐっ、ぱっ、と開閉させて、眉を顰める。
「……俺、なんか強くなってないか?」
「当然ですよ! 昨日、スキルの話したじゃないですか!」
「え? ……あの、それって裏の話では」
「忘れたんですか? 一条さんはブラック事務所で数年間、ほぼ不眠不休でダンジョンに向かわされてこき使われてたじゃないですか! で、やめたことでやっと休んだ判定になって、それまでの苦労や苦心がスキルの効果で大きな成長を促したんですよ!」
「お、おい、ワタツミさん?」
「やっぱり一条さんは最強だったんです! 私の目に狂いはなかった! 一条さんとなら、私どこまでもいける気がします!」
「ワタツミ!? 落ち着けって!」
「あっ、すみません。つい興奮しました」
すんっ、と興奮状態から一瞬で戻るワタツミに、俺は恐怖を感じた。
:えっ、怖い
:もしかしてワタツミちゃんってヤバい奴?
:イチジョーの強さも引いたけどワタツミちゃんの情緒の不安定さにも引きました
:というかブラック事務所ってなんだ。もしかしなくても上原事務所のことか
:イチジョーあそこで働いてたの? となればワタツミちゃんと知り合いなのも頷けるけども
:マジか、あそこブラックだったのか。数年間不眠不休ってなんやねん
:スキルで成長ってなに????
コメントがヤバい方向に行っている。俺は何とか話の流れを変えるために声を張り上げた。
「そ、それじゃあ次の獲物を探しに行こう! な、ワタツミさん!」
「はい!」
さて、という訳でしばらく歩いて、またモンスターが現れた。
巨大な人型。額には角。手にはこん棒。
「あれって……オーガ!? なんでこんなところに……!?」
:イレギュラーだ! 逃げろ二人とも!
:完全に格上じゃねえか! ランク10はないと無理だぞアイツは!
:逃げてくれ、ワタツミちゃん! イチジョーは囮しろ!
:不謹慎過ぎるって! とにかくヤバい、逃げろマジで!
イレギュラー。それはダンジョン内で起こる特殊イベントのことだ。
強いモンスターが上層に上がってきていたり、トラップが仕掛けられていたりと千差万別。だが、どれも死の危険が付きまとう非常に危険なものである場合が多い。
「イチジョーさん! これは流石に不味いです! 早く逃げましょう!」
「……そうだな。一応ワタツミさんは後ろに逃げててくれ」
「えっ」
俺はそう言って、オーガに向き直った。そしてマジックポーチから武器を取り出す。
「えっと……次の武器は大剣。『ブラックエッジ』で行こうと思います。重厚感あって振りやすい、かなりの一品だと思いますよ」
:は?
:何してんだ馬鹿!
:なんで武器変えた?
:双剣使いなんだろ? 何してんだこいつ
コメントが流れるが、あえて無視する。
:逃げろってマジで!
:戦うの?w
:死ぬなよー
:応援してるからな! 無理なら無理でとっとと逃げろよ!
:逃げろ
:逃げろって
コメントが大量に流れていく。量が多すぎて、スピードが大変なことになっていた。
『グガアアアアアア!』
オーガは俺を見つけると、咆哮を上げて突進してきた。そしてこん棒を俺に向かって振り下ろしてくる。
綾乃が言うに、俺はどうやら、前の職場でボロ雑巾のように働かされたお陰で、大きく成長したらしい。
『因果倍化』。苦労すれば苦労する程、その後休息を取った後、大きく成長できるスキル。
俺はこれを、数年間ずっと役に立たないスキルだと思い込んでいた。でも本当は違った。
事務所で数年間働いていた俺は、その数年間、ずっと苦労し続けてきた。アイドルの功績稼ぎだけでなく、事務所に入れるためにダンジョンで稼ぐ必要もあった。それこそ徹夜は当たり前だったのだ。
当然たまに休みを与えられていたが、数週間に一回のペースで与えられても、それが休息としてみなされる訳が無い。休息判定ではなかったのだ。
それが、仕事を辞めさせられ、綾乃の家に行くことになり……そこでやっと休息を取れて、数年分の苦労がそのまま倍化して俺の成長につながった。
つまり、今の俺は少し前の俺よりも数倍強いということになる。
当然、これはスキルのお陰だ。前の職場のお陰とは思わない。むしろやめれてよかったとさえ思っている。
さて、目の前のオーガだが。
――――遅い。以前の俺なら絶対無理だったろうが、今ならいけるようだ。
俺は、こん棒による振り下ろしに合わせて、大剣を下から上へと切り上げた。
:避けろっておい!
:打ち合う気か!? 馬鹿かコイツ!
次の瞬間、轟音が鳴り響き、俺の足元の地面にクレーターができた。
だが、俺の大剣とオークのこん棒はそこで拮抗。凄まじい質量と質量のぶつかり合いに、空間が歪む。
:は?
:うそだろ
:なんだこれ
:オーガとなんでコイツ拮抗できてんの?
「っ……この程度か?」
『グッ……ガアアアアアア!』
腕と額に血管を浮き出させながら無理して笑ってやれば、オーガが激高して雄たけびを上げ、こん棒を振り回し始めた。
俺はそれに対して、大剣で応戦する。
ガゴンッ、ガギンッ、ゴインッ! と凄まじい重厚な金属音が連続で鳴り響いた。
「遅え!」
『グガッ!?』
そして、俺の速度が上回り、オーガの身体を傷つける。拮抗を失ったオーガに向けて、俺は即座に二の太刀で大剣を振り抜いた。
「……終わりだ」
大剣を振るって血のりを飛ばす。その直後、オーガの首が落ち、オーガは地面に伏せたのだった。
「……ふうっ。勝ったぞ、ワタツミ」
「……お、お疲れ様……です」
ワタツミが目をぱちくりとしながら呆然とそう言った。そして、その顔に徐々に輝きが宿っていく。
「す、すごすぎます……イチジョーさん! 凄すぎですよ!」
「おわっ!?」
一瞬で前までやってこられて、輝いた目で迫られて俺は思わず大きく距離を取ってしまった。コメントを見るのが怖いぞ、マジで!
恐る恐る配信画面を見てみると、大量のコメントが流れている。
:どこがランク1だおめー!
:つっよ
:ランク詐欺じゃねえか!
:オーガ相手に力比べで勝つって、お前人間じゃねえ!
:は? は? ふざけんなよマジで。つえーじゃねえかクソが
:ファンになりました。彼女いますか?
:マジでかっこよかった
驚いたことに、そこには好意的なコメントが大量に流れていた。
いつの間にか同時接続者数も3000人を超えており、当初の三倍の勢いだ。
「そう! なん! です! イチジョーさんは、強くてかっこいいんです!」
:ワタツミちゃん大迫力の大肯定で草
:そりゃワタツミちゃんが推すだけあるわ
:師匠呼びしてたのもの納得
:AWC社はどっからこんな期待の新人拾ってきたんだ
:古参面しよ。チャンネル登録しました
:俺もチャンネル登録したぞ!
:ワイもワイも
:ワイトもしました
「その……チャンネル登録、ありがとう。本当に助かります」
俺は心臓をバクバクさせながら、何とかそう言葉を紡ぎ出した。
何とかなってよかった。都合よく出てきてくれたオーガに感謝だな。
そんなわけで、俺と綾乃の初配信は何とか大成功で幕を収めることに成功したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます