第3話
「美玖、最近顔見せれなくて悪いな」
とある病室で、俺は眠りにつく美玖の頬を撫でた。
魔力飽和病。その初期症状は苦しみながら眠りにつき、その後ずっと目を覚まさないというもの。
後は、ずっとそれが続く。死ぬか、上級ポーションを使うまで、一生だ。
「兄ちゃんが何とかしてやるからな。もう少しだけ待っててくれ」
俺は眠っている美玖にそう宣言して、病室を後にしたのだった。
◇
「やっほー! AWC社所属、ダンジョン配信者のワタツミと~?」
「……同じく、AWC社所属のイチジョーです」
:キター!
:女の子可愛い!
:ワタツミちゃんは知ってるけど、隣の奴誰?
《このコメントは管理者により制限されました》
:男できてアイドル辞めたんかよ。ファン辞めます
:ふざけんなよ、ワタツミちゃんから離れろやカス
:ユニコーンわらわらで草
配信用アイテムにより、AR調で空中に投影された画面を流れるコメント。物々しいものばかりだ。
それも当然、綾乃……いや、ワタツミはアイドル系ダンジョン配信者として活躍していたのだ。それが一転、事務所を辞めて他の企業所属になった途端男と配信し始めるなど、火元でしかない。
綾乃の元々の人気もあり、初配信だというのに既に同時接続者数が1000人を超えていた。
俺と綾乃は、それぞれAWC社製の防具を身に着けていた。
綾乃が動きやすくもお洒落を取り入れた、ドレス風の防具。
俺は特に装飾の無い地味なスーツだが、何故か顔にガスマスクのような防具を身に着けている。目元だけしか出ていない状態だ。
ガスマスク、正直俺には合ってないしダサいが、これも仕事の内だ。我慢して付けている。
「早速ダンジョン探索を始めようと思うんですが……いやー、やっぱり予想通り、結構コメント荒れてますね……という訳で、どうしてこうなったのか、最初に説明をさせていただきますね」
:お願いします
:どんな事情があって男なんかと配信することになったのか、教えてほしいです
「卒業配信を見てくださった方はもうご存じかもしれませんが、私は前までアイドル系ダンジョン配信者として活動していました。それはアイドルに単純に憧れていたこと、人気の為にダンジョン配信を行うことになったことが理由です。ただ、活動していくうちに、徐々に私はアイドルではなく、ダンジョン配信者に憧れていくようになりました。ダンジョンにあるロマンに、引きつけられた形ですね」
:ほーん
:まあよくある理由よ。ダンジョンはやっぱロマンの塊だからな
:それで、なんで男なんかと?
「それで、元々所属していた事務所と、活動の方向性がズレることが多くなり、結局事務所を離れ、新たな場所でスタートを切ることになりました。で、ここからが本題なのですが、私はもうアイドルではなくダンジョン配信者であり、探索者です。AWC社の配信者は普通に男女でパーティーを組むこともありますし、男性の方とも、必要があれば関わるし、パーティーだって組みます」
:当然だな
:命預ける相手を性別でえり好みする必要性ないし
:でも襲われるかもしれないよ? ワタツミちゃん可愛いし
「この人……イチジョーさんは私の貴重な同期です。別にパーティーを組んだとしても不自然な事はありません。また、ダンジョンは基本パーティーを組んで探索するのが基本です。これからどうなるかはわかりませんが、初配信では同期の人と一緒に探索したかったという理由があります」
:考えは分かるけど、感情は付いていきません
:ファン辞めます。男付とか無理です
:気にすんなよー。俺はこれからに期待するでー
:もともと『ウィッチーズ』の中で唯一実力派だったし良いんちゃう
:ソイツが実力的にワタツミちゃんにふさわしいかは分からない
「実力的にふさわしいか、ですか? それは問題ないと思いますよ? 実は彼は、私の師匠のような人なんです。ね、イチジョーさん?」
「えっ、そうなの?」
:イチジョー心当たりなさそうで草
:打ち合わせとけやw
俺がワタツミの師匠? 初出の情報に目が点になる。いつそんな事したっけ?
「とりあえず、こうしてうだうだ話していてもらちがあきません! そろそろダンジョン探索に行きましょう!」
「お、おう」
:男〇ね
:応援してます。ワタツミちゃんだけ
:もうちょっと優しくしたれやw イチジョー君可哀そうやんw
:男に厳しく、女にキモく。これがネットのノリ
:そんなネット嫌だ
とりあえず、針の筵の状態であることは分かった。
ここから挽回なんてできるのか? 美玖、お兄ちゃんの事見守っててくれ。
ダンジョン探索が始まった。ダンジョンの中には大体洞窟が広がっている。奥に進めば進むほど洞窟とは思えない景色に変化していくが、上層に関しては普通の洞窟と見分けはつきにくい。
とはいえ、ダンジョンの洞窟は何故か光源が無いのに明るく見えるので、その点はやはり普通の洞窟と大きく違う。
「あ、出ました! フォールラットです!」
そう言ってワタツミが天井を指さした先には、ぶら下がる中型犬程の鼠の姿が。
手には錆びついてほぼ原形が無い剣を持っており、普通の動物ではないと一目で分かる。
「まず私から行きますね」
ワタツミはそう言って武器を取り出した。武器専用のマジックポーチもまた、AWC社製のアイテムである。なお、非常に高級品で、支給は一回限り。一度壊したら後は配信者が自腹で購入するしかない。
「今回使うのはもちろん、AWC社製の槍、『ブラックホーン』です。黒い色合いと洗練されたフォルムが超かっこいいですよね!」
「……黒いから、敵にも見えにくくなるかもな」
:イチジョーPR下手すぎか?
:草
:でもまあ言わんとすることは分かるw
うぐっ、なんか滑ったようだ。ハズイ。
「ふふっ、大丈夫ですよ、イチジョーさん。最初は皆そんなもんです……ぷっ……」
「おい、今笑っただろ!」
思わず抗議の声を上げると、ワタツミはウィンクしながら舌を出した。
:可愛い
:優しい
:オタクに優しいギャルは実在したんだ!
:イチジョー〇ねボケ畜生羨ましい
:暴言はNGだが、最後の言葉だけは同意する
「行きます!」
と、ここでワタツミがラットに向かって突進していった。ラットが近寄ってきたワタツミを見て天井から飛び降り、奇襲を仕掛けようとする。
「遅いです!」
ワタツミは上からの攻撃を全て斬り払い、柄で受けていなし、無傷で乗り越え、カウンターに槍を振り回してラット達を危なげなく倒していく。
「……こんなものでしょうか」
:相変わらず美しい
:無駄がないの好き
:マジで実力派
:元アイドルってマ?
:この方向転換は大正解やなマジで
コメントも賞賛の嵐だ。
「どうでしたか、イチジョーさん!」
「あ、ああ。凄いな……正直圧巻された」
「えへへ」
:裏山
:〇す
:イチジョー、名前は覚えたからな
:月夜ばかりと思うなよ
ぞっと悪寒が走った。
やっぱり綾乃と一緒に来たのは間違ってたか……?
その後も俺達は奥へと進み続け、モンスターを見つける度にワタツミが殲滅していった。
「さて、この辺でイチジョーさんに交代しましょうか」
「了解、ワタツミさん」
ある程度奥まで来て、綾乃にそう言われて俺は頷いた。今までただついてきていただけなので、実際そろそろ戦いたかったのだ。
:結構奥に来たけど大丈夫そう?
:割と深くまで来たな。ここまで来ると初心者なら引き返すところだが、イチジョーは大丈夫なのか?
:というか、二人ともランクいくつよ
そんな質問が飛んでくる。
「ランクですか。私は……ランク3です」
:流石
:アイドルやりながらランク3は凄まじいのよ
:実力高いし当然
「……本当は、左之助君の功績もあったんですけどね」
不満そうにぼそっとそう呟いて、俺は思わず配信画面を見た。どうやら聞こえなかったらしい。ほっとしつつ俺も口を開く。
「俺は……ランク1だ」
:ざっこ
:は?
:クソ雑魚じゃねえか
:何しに来たんだお前
:お前もう船降りろ
:釣り合わね~。とっとと帰れハゲ
:ワタツミちゃんだけで良かったんだ
そんなコメントがバッと流れ出す。まあ、そんな反応にもなるよなー、と他人事で見ていると、ワタツミが段々と不機嫌になっていき、目が吊り上がっていっているのが分かった。
「……イチジョーさん? とっととモンスター見つけて戦いましょうか?」
「……い、イエスマム!」
:笑顔なのになんか怖いが
:ワタツミちゃん怒った?
:ひえっ
:戦うの?
:イチジョー、やれ
:でなければ帰れ
コメントがざわついているのをしり目に、俺は先頭に立ってモンスターを探すことになったのだった。
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