第2話
「話は聞いてますよ、一条さん。アイドル事務所でそんなことが行われてたなんて……とりあえず、一条さんはうちで雇いましょう。何よりも期待の新人海深津さんのお願いでもあるんでね」
「は、はあ……」
「あらゆる武器の扱いがとにかくうまいと聞いてますよ。期待しています。どうか、この信頼を裏切らないでくださいね」
気が付いたら、俺の次の勤め先が決まっていた。俺と握手するスーツ姿の女性の首には、『オールウェポンクリエイト(株) 人事部 美鶴 恵美』の文字が。
オールウェポンクリエイトとは、ここ数年で台頭してきた、初心者~中級者向けの武器防具の作成を手掛けている新進気鋭の企業だ。
今、そこでは自社の武器をPRするためのダンジョン配信者を募集しているらしい。海深津もどうやらその1人らしく、海深津の紹介で俺も今日から大企業に所属するダンジョン配信者ということになった。
俺、一条左之助。現在17歳だが、親を早くに失い、親戚に騙されて金を吸い取られたうえ捨てられ、それからというもの、倒れた妹を助けるため、そして何とか食って生きていくために、汚い仕事もなんだってやった汚れた男。
そんな俺が、現在女子高生の家に泊めてもらい、その上仕事場まで用意してもらったらしい。
どういうことなんだ、これは。一体俺の人生に何が起きているというのだ……!?
「いやー、就職先決まって良かったですね、一条さん! あ、一つ屋根の下で暮らしてるんだから、上の名前で呼ぶのも変ですね。左之助君って呼んでいいですか?」
「お、おう……」
海深津が箸やら器やらを持ってきて俺の前に並べながらそんなことを言ってきた。
「私のことも綾乃って呼んでくださいね!」
「じゃあ、その……綾乃」
「はい!」
俺は神妙な表情で彼女の名前を呼んだ。そして尋ねる。
「これは一体何をしてるんだ?」
「え? 鍋ですけど?」
ぐつぐつと煮立った鍋。そしてポン酢にホカホカの白米。
訳が分からない。何故俺は女子高生の家で鍋を囲んでいるんだ?
「……君は、本気で俺をこの家に置くつもりなのか?」
「え? はい、そのつもりですけど」
綾乃はきょとんとした顔で頷いた。
「別に左之助君が、引っ越しできるというのであれば私もそれを手伝うくらいで済ませましたが、無理ですよね。未成年で保護者もいないのに引っ越しなんて。だから私の家に泊まってもらうことにしたんです」
「いや、でも、親御さんとかは……」
「うちの親、放任主義の塊みたいな奴らなんで大丈夫です」
「……問題があるだろ。男女で二人、なんて」
そう言い返すと、綾乃は大きくため息をついてきた。
「そもそも左之助君は、ここを出ていってどうするつもりなんですか?」
「……」
黙りこくる。
金無し、未成年の保護者無しの男が引っ越せる物件。そんなものこの世のどこを探しても無い様な気がする。
「……どうすることも、出来ないけど……」
「なら、ここはもう流されてください」
「……」
器に鍋の中身をよそって、俺の前に差し出してくる綾乃。俺はそれを受け取って、「……ありがとう」と小さく礼を言った。
なんでここまでしてくれるんだろう……そんな当たり前の疑問が湧いて出てくる。
綾乃は俺にとって、アイドル達の中では一番仲のいい相手だった。こっちの事情もいくらか話したし、それ以降は度々世間話に花を咲かせたりもした。
でも、だからってここまでしてもらえる程の仲かと言われると、俺はそうは思えなかった。他人であることに違いはなかったからだ。
「~♪ ふふ、美味しいですか?」
「あ、ああ。すっげえうまい」
それに、しょうがないから泊めてあげる、といった同情による行いというテンションにも見えない。
結局、その疑問の答えは見えてこず、かといって綾乃がいなければどうすることもできないという状況でもあり、俺はもやもやとした気持ちを抱えたまま綾乃のお世話になることになったのだった。
◇
配信用の機材が届けられたらしい。
掃除をしていた俺は手を止めて、綾乃の元へと向かった。そこには大きな段ボール箱が置いてある。
「こっちが私の分で、こっちが左之助君の分ですね」
「……俺のだけ大きくね?」
大体二倍の差がある。流石に疑問に思って綾乃に尋ねると、綾乃はなんてことないように説明し出した。
「だって、左之助君はあらゆる武器をマスターできるウェポンマスターって説明しちゃいましたからね。中には武器が沢山詰まっているはずですよ」
箱を開けると、確かに様々な武器が入っていた。
更に防具も入っている。黒色を基調としており、近代的なデザインのアーマースーツ。
全てオールウェポンクリエイト……AWC社製の装備だ。俺達はこれから、これらを装備して配信をし、PRをしなければならない。
PR用の武器防具。それでも、前の会社で支給されていた武器防具とは比較にならない程の品質だった。
「まあ、多分使えるだろうけどさ……」
そう言って俺は双剣を取り出して、それを振り回した。壁や人に当てることなく綺麗な円を複数描き、最後に二つとも逆手でキャッチする。
「左之助君って、本当にどんな武器も使えますよね。スキルの効果ですか?」
「まあな。『根源掌握』って言う、手に持っただけでそれが何故作られたのか、どう使えばいいのかが大まかに分かるスキルを持ってる」
このスキルには本当に救われた。前職では、適当に超安い中古品を買い与えられていたのだ。このスキルが無ければ、俺はとっくに死んでいたかクビにされていただろう。
「わあ! じゃあ、戦闘が強いのもそのスキルのお陰ですか?」
「まあ、それもあるけど……『因果倍化』ってスキルの効果も、多分ある、かも?」
「……『因果倍化』?」
首を傾げる綾乃に、俺は説明を始めた。
「『因果倍化』ってのは、苦労したり苦心したりして、自分に負担をかければかける程、一回休んだ後、その分以上成長するってスキルだ」
綾乃は目を丸くして叫んだ。
「つ、つまり成長に関わるスキル!? それも負担があればあるほど、それ以上成長するって……す、すっごいレアスキルじゃないですか!?」
「え? うーん……正直、上原アイドル事務所にいた頃はあまり成長を感じなかったから、外れスキルかと思ってたんだけど……」
テンションについて行けていない俺を放って、綾乃はさらに興奮し出した。
「うわ、うわー! これ、配信者として成功間違いなしですよ! いや、むしろ探索者単体でも成功できるかもしれません!」
「そ、そうか?」
首を傾げる。
「まあ、実感がわかないのも分かりますが……それ、私が考えるに本当にすごいスキルなんですよ? これで、妹ちゃんを助ける道が短縮できたかもしれません」
「っ……なんだって?」
聞き捨てならない言葉に思わず声が低くなり、綾乃に詰め寄る。
「ど、どういうことだ? これで、美玖を助けられるって?」
「だって、そうでしょう? 上級ポーションさえあれば、『魔力飽和病』は治せると聞きました」
「……上級ポーションは、2千万円もする超高級品だぞ?」
「だからこそ、探索者をやるんじゃないですか。成功すれば数億の世界です。2千万位、うまく行けば数年で稼げますよ?」
俺は喉を鳴らした。そんな俺に、綾乃はにやりと得意げに微笑んだ。
正直、俺はただのガキだ。そんな俺に2千万なんて大金、稼げるとは思えなかった。実際今まで入院費でさえ血反吐を吐きながら働いて何とか稼いでいたのだ。
でも、綾乃にそう言われると、何故かは知らないが、もしかしたら自分でもできるんじゃないかと、そんな根拠のない自信が溢れ出てくる気がした。
久しぶりに、本気で目指してみるか。たった一言言われただけで乗せられるなんて、随分と安い男だが、それでも俺は新たにそう決意したのだった。
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