第150話 想い想われ(3)
いつかこんな日が来ることは分かっていた。
——あーくんはそりゃあ〜格好いいけどさー? まさか高校生のうちに発掘されちゃうなんて思わないじゃん!? あれは大学に出てから人気になるタイプだと思ってたのに!!
——嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ〜!!
と、そんなことを内心
まわりに誰もいなかったらヒールなのも構わずじだんだを踏んでいたかもしれない。
辛うじてこらえたのは立派な大人だからだ。
「はあ……」
精彩を欠いたため息を吐くと、前に並んだサラリーマンのおじさんがちらちらこちらを見てくるが、気にする余力はもうなかった。
別にほたるにとって碧は、ただの従弟だ。それはくつがえりようのない事実。
断じて〈血縁同士の禁断の愛♡〉なんかではない。
——子供の頃に結婚しようって言い寄ったこともあるけどあれはノーカウントで!
なのに隙間風のようなこのえも言われぬ寂しさは、ずっと昔からの遊び相手が構ってくれなくなることへの一抹の焦り? 大事な従弟が誰かのものになったことへの虚しさ?
感情の正体が、言い当てられない。けれど。
——毎日一緒に手をつないで帰ってるの?
——週末にはデートしてるの?
そう想像するとすごく嫉妬してしまうのだった。
本当に小さい頃は同じマンションに住んでいたし、この嫉妬も言いかえれば〈家族愛〉とか〈友達を取られたくない気持ち〉に近いのは分かる。
だからこそ。
『僕にはくるみさんしか居ないし、くるみさんじゃなきゃ駄目だから』
あの碧が、あんな優しい目であんなことを言うなんて。
知らない表情で、知らない声で。
自分が一番、碧という人間を知ってると思ってたのに!!
それを聞いて居ても立っても居られなくて。ただのアラームなのに友達の電話なんて嘘ついて、あそこから逃げるしかできなかった自分がひどく情けなかった。
——くるみさんって……どんな子なんだろう。
悔しいけど、人を見る目がある碧が選んだ相手なら折り紙つきなんだと思う。
対して自分は、幼い頃からすっごく子供染みてて、いかにも南の島の少年といったかんじで、いくつになっても外で日焼けしながら泥団子をつくったりざりがにを釣ったり、男の子みたいな遊びばっかりで。
——私が夏休みの絵日記すっぽかして後半に泣きついた時も、なんだかんだ小言をいいつつお天気調べて手伝ってくれたんだよね。
たとえそれが、碧が持つ万人に対する平等な優しさの一欠片にすぎないことは分かっていても、小学生が歳の近い従弟に懐くようになる理由としては、十分だったと思う。
碧に、ルカっていう名前の友達がいると知ったのも、その頃。
ベルリンに遊びに行った夏休みは、三人でよく遊ぶようになった。
当たり前だけど、会えるのはよくて年一回。会う度に三人はそれぞれ年輪を一つ多くする。するともちろんどこか一つ、去年の自分たちより成長している。
ある年あたりから、ほたるはお洒落を覚えて、自分で言うのもなんだけど結構美人に育った。ルカは日本語が上達して、碧はいつの間にかたくさんの友達ができていた。
その翌々年、ほたるは学校の先生に怒られないように夏休みの間だけするセルフネイルにはまった。ルカは女の子の友達ばかり多くなった。碧は……やんちゃだったのがどんどん違う人間みたいに大人びていった。
それでもかわらず、滞在中は一緒にいて。
言うなれば、きらきら輝く黄金時代。
この関係に足しも引きもせず、平穏で幼い世界でずっと、その等しい距離の完成された正三角形のまま、三人で遊べればいいと思っていたのに。
——なのにいつのまにあんな可愛い子とつきあってるなんて!!
——せめて大学までは『みんな見る目ないなぁ』だなんてピノキオみたく鼻を高くしていたかったのに!!
——ルカちーは誰に似たんだか、人を誑かす日本語ばっか覚えて、ちょっとないけど。
もう一度ため息を零したところで、ロータリーをぐるりと廻ってバスがやってくる。スマホに表示させたモバイルのICカードを押し当て、マナーモードに切り替えると同時にゔゔっと震えた。
「あ……ルカちー」
それは奇しくも、この人はないとたった今ほたるが勝手に切り捨てた少年だった。
〈来月日本に遊びに行くから会いに行っていい? そんでその後デートしませんか?〉
ほら、そういうところ。
——遊び慣れてそうなかんじが、やっぱり違う!
と、息をやや荒くして、とりあえずスタンプだけ返しておいた。
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