第148話 想い想われ(1)
恋人になってからおよそ一ヶ月。
季節の風物詩たる衣替えで、行き交う制服が眩い白からダークグレー、あるいはブラウンに染まったこの頃になればもう、学校におけるふたりの知名度は、揺るぎないものになっていた。
夏休み明け初日にあんな登校の仕方をしたのと、くるみ本来の有名っぷりとあわさって、おそらく交際を知らぬものはいないだろう。
いわく、柏ヶ丘高校名物の押しどり夫婦らしい。
「……なんで夫婦なの? カップルじゃなくて?」
「夫婦に見えるから以外に何か理由があるなら俺が知りたいくらいだ」
という湊斗との会話も、記憶に新しい。
人前でいちゃついた自覚はないが、やはり夏休み明けの延長線のようなやりとりをしてたのが、世間一般でいういちゃつきに該当するようだ。
先日の誕生日を迎えてから、学校でのくるみが今までにまして、大好きという空気を隠さずに寄りそってくるようになったのも大きいかもしれない。
そして幸いにも彼女を奪ってやろうという不穏当な奴は今のところ、一人も現れず。
というのも、碧とくるみが学校でも隠さず親しくするようになったおかげもあるけど、実はあの後もくるみは玉砕覚悟の記念受験みたいな告白は何度かされたみたいで。
くるみはすっぱり振った挙句「とても大切な彼氏がいますので困ります」という断り文句も言うようになったので、拍車がかかった難攻不落っぷりにとうとう追っかけ共の心が折れたようだ。
彼女の隣にいる以上、碧もくるみの彼氏としての自信をなるべく隠さず堂々として見えるように気をつけてきたのも、成果の一因としてあるだろう。
そんなこんなで、碧はくるみとの交際を半ば皆に認められたようなもの。
クラスのひともなんだかんだ見守ってくれてる節があり。
遅咲きの春を謳歌していた訳だが——全校生徒に与えた衝撃の余波は、一回きりの予兆はあったものの、予想だにしないところに現れていた。
「ふあ……」
気づいたら、家のソファで寝落ちしていた。
がちがちになった肩や腰をほぐすように伸びをしつつ、サイドテーブルにおいてあった充電のなくなりそうなスマホのロック画面を見れば、土曜日の昼すぎだった。
五日ほど前から期末試験が始まり、ようやく解放されたのが昨日。ここんとこ毎日、日々の授業の予習や復習をいつも以上にこなしてたため、すっかり疲れが溜まっていたようだ。
日本の大学に進学することを決めた以上、偏差値という概念から逃れることはできない。前回のいい順位をまぐれにしないためにがんばらなければならない。
くるみとはこの家で毎日一緒に勉強をしていたが、期間中は追いこみでそれぞれの時間を確保していたので、ここ何日かは話せていない。
スマホが死にかけなのは、充電し忘れたからだけじゃないらしかった。疲れ同様に溜まっていたメッセージを返そうとLINEを開くと、大量の通知が来ていたのだ。
「……うわ。なんだこれ」
元凶は従姉弟のほたるだった。
〈あーくーん今から遊びにいっていい?〉
〈えっいいの? やったー!〉
〈一緒にゲームしよハートハートハート〉
それがおよそ二十八件……既読つかないのに追い連絡をするってどういう気持ちなのか。
なんとなく、今すぐ逃げたほうがいいようなかんじがする。
肌寒くなってきたので分厚めのトレーナーを着こんで、最近忙しくて溜めてしまった洗濯物をコインランドリーに持っていこうとせっせこバッグに詰めていると、
——ぴんぽんぴんぽーん。
と、喧しくチャイムが鳴る。
合鍵持ちのくるみではないことは確かだ。さらにここに来るのは限られた人間だけなので、何となく相手を察しつつ壁づけのモニターを覗くと、一階のエントランスから中継されていたのは、自分とよく似た黒髪をゆるく巻いた南青山系の美女。
『開・け・て♡』
妙に圧のある笑みでそう言われたので、碧ははぁと大きめのため息をついて、ロック解除を——辞退した。
『何で!?』
「今そっちに降りるから五分だけ待ってて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます