無職はひかない

 無職生活がまもなく五月を迎える。

 季節は移ろい秋風が心地よい。

 おかげで僕は風邪をひいちゃいましたよ。


 面接の日に。


 なんだろう呪われているんですかね。それともニートの神様に働くなとお告げなのだろうか。なんとお優しい。

 だが、僕はもうそろそろ社会復帰しようと思う。

 なんでかというと貯金がヤバい。

 毎月、税金と駐車場代を払っていたら、知らぬ間に底をつきそうであったのだ。

 本音を言えば不本意だが、働くしかお金は稼げない。

 まったく嘆かわしい。

 そんな堪え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ思いで求人に応募したのに、知っての通りの結末だ。


 ということで病人である僕はベッドで安静にしているのが一般的ではある。

 そして優しい幼馴染(幼女)が看病してくれて、仲のいい友達(幼女)が見舞いに来てくれる。

 それをロリコンたちは極楽という。

 だが、現実はそう甘くない。

 幼馴染も、友達もいない。――――いや、そうじゃない。

 そもそも論、僕はベッドの上で安静など出来ていないのだから。


 では僕は今どこにいるでしょうか?

 はい、それはあなたの心の中にいるんです。

 アッ、すみません。調子こきました、ごめんなさい。

 本当のことを言うと、外にいます。

 ハイ、自然公園のベンチで寝ています。

 なんで家で寝てないんだって思われるが愚門ぐもんであろう。

 ここまで僕の人生を読んできた歴戦の読者諸君たちなら理解していると思うが、ニートが家で一日中寝ているなんて親から見たら言語道断だ。

 現に寝込んでいるところを母親に言われたのが、


『あんた昼夜逆転してんの?』


 と冷えピタより冷たい態度をとられた。

 ・・・・・・。


 いくら気候が涼しくなったからといって、まだ太陽はホットリミットである。

 妖精たちはまだ夏を刺激しているのだろう。

 渇いた喉をうるおそうと水を飲むが、扁桃炎の激痛が走る。

 喉に効く漢方を服用する。本当は熱湯の方が効き目が良いのだが、あまりにも痛いので常温の水で服用する。

 苦味が口腔内に広がっていくが、嫌ではない。むしろ、苦い方が効いている感じがしている。ちなみにそれをプラシーボ効果っていう。

 そういえば良薬は口に苦し、ということわざで思い出したことがある。

 なあに昔の恩師である先生のセリフなのだが、


『誰かを救うには時に厳しい言葉も必要だ』


 とよく言っていた。


 まるでウルトラ戦士が言いそうなセリフだ。まあ、あながちウルトラセブンみたいな人だった。てか、宇宙人そのものだ。

 盲目なのに独りで旅をして、厄介ごとに首を突っ込む。

 そして誰かを救ってしまう。そんなヒーローだった。

 先生は今どこでなにをしているのだろうか。

 先生もこの青空を体で感じているのだろうか。


 心障に浸っていると、なんの前触れもなく股間に電撃と悶絶の衝撃が襲った。

 それは文字通り晴天の霹靂を喰らったに等しい痛みが僕を嗚咽させた。

 僕のナニに、何が、誰が、どうしたのか理解できない。

 大地に膝をつけ、うずくまるとどこから声が聞こえてきた。

「すみませーん。大丈夫っスか?」

 活気のある若い女性の透き通るような声音であった。

 地面に這いつくばりながらも顔を上げると、そこには馴染の顔はなかった。

 むしろ、誰お前?

 レギュラーである宇宙人ちゃんでもなければ、阪大生のババヤガでもない人物だった。

 青みがかった黒髪のショートヘアにスポーツウエアを着た美女。日焼け止めをしっかりしているのか雪のように純白の肌をしている。


「ねえ、大丈夫?」


 僕の亡骸をさすってくれる。いや、僕はまだ死んでいない。


「たかがメインボールがやられただけだ」


「それって致命傷なんじゃ・・・・・・」


「どうせ使う相手なんていないんだ。大丈夫だ問題ない」


 僕はイキ顔でイった。


「そうなんですね・・・・・・」


 彼女は苦笑いしている。


 ナニ、僕は初対面の人に下ネタで会話してんの?

 馬鹿なの死ぬの? はい、ボク変態です。


「あの・・・・・・」


 彼女は何か言いたげそうな表情を向けてくる。

 何でしょうか? もしかして相手をしてくれるのでしょうか?

 でも、どっから見ても未成年ですよね。この間までお勤めしてたので、また馴染の婦警さんに豚箱にぶち込まれるのは嫌だなぁ。

 それに僕の守備範囲は7歳までなんで。


「ではお相手願おうか」


「お相手? いや、それを取って欲しいのですが」


 彼女は僕の急所患部を指し示す。


「!? ダメだ! 二つあってもあげれないものなんだ」


「そっちじゃなくて」


「そっちじゃない? って、こっちのバットもダメ!」


「違います! そのボールです!」


「だから、僕のスティールボールランは取れないって」


 そう言いかけたときに股間からポロリとボールが落ちた。

 それは僕のカチカチボール(アメリカンクラッカー)でも、尻子玉でもない。

 僕の人生無縁の野球ボールが地面を転がっていく。

 なるほど、青天の霹靂の正体はコイツだったのか。

 ああ、そういえば青天の霹靂って、性転の性癖って誤認していたのは僕だけでしょうか?


「これのことか?」


「そう、これ!」


 彼女は野球ボールを手に取ると彼女は答えた。


「ここら辺は人も通るから、野球はやめといたほうが良いぜ。現に僕のスティールボールランはこの通りぐちゃぐちゃになっているし」


「ああ、野球はしてませんよ」


「野球はしてないって――――じゃあ、なんで空から野球ボールが降って来るんだ」


「それはですね」


 彼女はフフっと笑みを浮かべる。


「このボールがあなたを引き寄せたんです」


 引き寄せた? なんか変な言い回しだな。


「言い訳か?」


「言い訳なら、開口一番に謝ったりしないよ」


 彼女は手に持った野球ボールを空高く放り投げた。

 ボールは次第に速度を失いまた地上に向けて重力引っ張られ、そして落下した。

 僕のスティールボールランの側に。


「オイ、お前やっぱりワザとだろ!」


「そんなことないですよ。だって、落下地点まで予想して投げれません」


「じゃあ、投げるな! 飛ばすな! ナッツクラッカーするな!」


 本当にあと一撃喰らったらもう――――女の子になっちゃうッ!


「でも、こうやってあなたと引き合うことはできたわよ」


「僕のスティールボールランを失ってまで会うほど、割に合わないぜ」


「そうでしょうか? これも袖振り合うも他生の縁って言いますし、仲良くなりませんか?」


 彼女は手を向けてくる。


「私の名前は尾子野おこの尾子野美余おこのみよ


「――――って、尾子野美余ってお前!?」


 脳裏をよぎったその名前に僕は反射的に手を引っ込めた。

 読者諸君もお忘れであろう。僕も作者も忘れていた人物であった。

 忘れるのも無理からぬ話で、尾子野と対面で会ったのは実際に小学生以来の話である。

 しかし、僕らは既に二度も会っているのだ。

 電話越しではあるけれど。

 そう最初に再開したのはエレベーター内で閉じ込められた時、スピーカー越しでババヤガと一緒に僕を罵倒の限り尽くし、二度目は電話で会っているのだ。


「なんでお前がいるんだよ……」


 僕は頭を抱えた。


「なぁーに? もしかして彼女ババヤガのほうが良かったかしら?」


「阿呆、アイツはそんなんじゃねえよ。てか、平日の真昼間にこんなところで何してんだよ?」


「何って?」


 尾子野は首を傾げる。


「だから、働かずに何してんだって訊いてんの?」


「あー、そういうこと」


 彼女の掴みそこねた手は誰にも握られる事なく、地面に転がっている野球ボールを尾子野は拾い上げた。


「私も無職だよ」


 尾子野はその言葉を否定的でも肯定的にも捉えられない声音で表明した。

 しばらく沈黙が続いたが、僕は眉間にシワを寄せて反論した。


「いや待て、『私も』と言ったが勝手に僕も無職扱いするな」


「えっ、内定したの!?」


「……本来なら今頃面接が終わって無職じゃなくなっていたはず」


「なぁーんだ。やっぱり無職じゃん」


 うるせえ。


「なんで嘘ついたの?」


「引くに引けない勝負が、そこにあったのだ」


「全く……あの頃からずっと、どうしようもない馬鹿なんだから」


 ため息交じりに呆れられた。


「……ねぇ、本当に今誰とも付き合ってないの? あんな可愛い女の子といるのに?」


「だから、あの阪大生とは関係ないって。それに友達がいない僕がそれ以上の人間関係なんて築ける訳がないだろ」


「そっか……そうだよね」


 なんでそんな落ち着いた表情するんだよ。

 そんなにボッチなのが惨めでお似合いってか?

 誤解だ、ボッチは惨めではない。

 むしろ、人として立派である。

 皮肉ではなく誰かにすがってない生き方というのは、自立して社会の歯車からしても都合がいい存在であると自負している。

 誰かに頼れば迷惑をかける、効率が悪くなる、次第に人間関係が崩壊する。


 そして独りで何もできなくなってしまう。

 自身を失うのだ。


「でも――――」


 僕の四半世紀から学んだ総決算である人生論を続けた。


「独りというのは」


 多くを傷つけ。


「常に自分と向き合って」


 多くを失って。


「何が大切だったのか」


 多くを怖がって。


「そして、これからどう行動すべきなのか再認識させてくれる」


 だから、僕は逃げるしかなかった。


「小学生の時と変わったね」


「変わんねえよ。そんな簡単に変われない」


「だって弱虫だったあの頃から――――もっと最低になってるもん」


 それは変わったよりも、格下になったのでは?

 まあ、否定はできない。


「あの時は弱虫でも、私に飛び掛かってたのにね。その後、ボコボコにしたけど」


 尾子野は懐かしそうに笑いながら思い出を語る。


「でも、今のあなたと違って弱虫でも立ち向かってきたのは、勇気があってカッコよかったけどなぁ」


「そんなの勇気じゃない」


 力がないのに立ち向かうのを無謀というのだ。

 それに気が付かず、何度も失敗してきた。


「だからもう挑戦しないの?」


「挑戦するほどの力はもうない」


 目を閉じた。

 そして辛い過去を思いだし、目を開けて背けた。


「なんだろうなぁ……ここまで落ちたら挑戦というよりかはヤケクソだな」


「なんだそれ?」


 尾子野が訊き返す。


「僕の場合は挑戦と言ったロマンではなく、生きるか死ぬかの大博打なんだってこと」


「………やっぱりアンタは昔と変わらない馬鹿ね」


「馬鹿で結構。それに馬鹿じゃなければ夢なんてやってられるか」


「夢って? なんか目標でもあるの?」


「この僕には引くに引けない夢がある」


 いっぺん言ってみたいセリフをパロリながら言う。

 多くの人を傷つけ、多くを失い、多くを恐れを抱えながらも、僕は叶えたい夢があるのだ。

 そこには多くの犠牲があるのだからこそ、僕は責任を果たさなければならない。


 だから、僕はここから一歩も引かないのだ。





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