無職は語れない

 夏休みが終わり、小学生たちはまた学校に通う。

 そして僕はまだ無職である。つけくわえるなら今現在、小学校の警備員に拘束されています。

 安心してください読者の皆様、僕が捕まるような犯罪をしていません。僕はただ子供が好きだから小学校に入っただけなのです。

 ねえ、悪いことなんてひとつもしてませんよね?

 なのに正門前にいた警備員のオジサンが「怪しい奴を学校にはいれさせない」と妨害してくるから、邪魔だと思い突き飛ばしただけなんですよ。

 そしたらガチで警備員が足払いで僕をこかすと、上から全体重をかけて拘束してきたんだ。

 こんなのオカシイと思わないかい。

 ただ、僕は幼女の二三人を連れて帰ろうとしただけなのに。

 これは暴力だ。暴力反対。


 終礼のチャイムがなると、校舎から子供のにぎやかな声が聞こえてくる。

 全速力で下校する運動大好きそうな男子が「いちばーん!」と叫びながら校門を飛び出していった。

 それに続くように似たような男子たちが点呼するように、二番三番と各々おのおのの順位を口にする。

 それからほどなくして、普通に歩いて下校する男女の団体がこっちに向かって来た。

 僕が地面に押さえつけられているのを不思議そうに質問しながら近寄ってくる子供もいれば、会話に夢中でそのまま通り過ぎていく連中もいた。

「オジサンなにをしているの?」

 ひとりの男子生徒が警備員のオジサンに訊いてきた。


「悪い奴から君たちを守っているんだよ」

 警備員がそういうと質問してきた男子生徒は首を横に振って、

「そっちのオジサンじゃなくて、こっちのオジサンに訊いたの」

 と僕のほうに指をさしてきた。

 待ってくれ。しばし待ってくれ。

 僕はまだニ十代後半だぞ、まだだろッツ!

 早急に彼ら学徒たちの誤解を解くべく、僕は弁明をした。

「貴君たち。僕はまだじゃないぞ」

「でも、頭が禿げているよ」「やっぱりオジサンじゃないか!」

「コラ、人の身体的特徴でおじさんなんて決めつけるのはイケないぞ」

「でも、見るからにオジサンだと思うけどな」

 小学生たちの疑いの眼差しは解けないようだった。

 しかたがない。ここは論理的に説明することによって、彼らの主張を論破することにしよう。

 なあに簡単なことだ。小学生たちに自身の両親が若いかどうか年齢を訊けばいい。

 予想だが、だいたい彼らの親御さんたちの年齢は三十代前半であろう。

 もし、小学生たちが若いと言えば、それよりも十歳も若い僕はまだオジサンではないと言えるはずだ。でないと、二十代ですでに全人類がオジサン化計画が補完されてしまう。新卒入社してきた人に対してオジサン、オバサンとは言わんだろ。


 空想論理が整ったところで僕は、小学生たちの中から選びやすい子供を指名した。

「わかった。では、僕がオジサンではない事を証明しよう。オイ、そこのウルトラマン」

「えッ、俺?」

 赤白帽を縦にかぶっている少年が自身に指をさして確認してきた。

「そうだ。お前の父さん、母さんは何歳ぐらいだ」

「俺・・・・・・お父さん、お母さんいないよ。事故で死んじゃったんだ」

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!?

 地雷発言じゃあないかッ!

 僕、めっちゃ気まずいこと訊いちゃったじゃんか!

「すまん悪意はないんだ。いや、本当にゴメン・・・・・・」

「良いんだ・・・・・・」

 ウルトラマン少年はそういうと独りで帰路に向かった。

 その小さな背中はとても悲しい運命を抱えているように見える。

 帰ってこいウルトラマン・・・・・・。

「では気を取り直して、そこの傘でアサルトライフルの構えをしている君」

「小生でありますか?」

 捧げ銃のようにピシッと傘を構える少女は目線をまっすぐこちらに向けてきた。

「そうだ。最初に訊いておくが君の親はまだいる?」

「ハイ、両親ともに健在しております!」

 よし、今度は地雷を回避したぞ。

「じゃあ、ご両親は何歳ぐらいかなぁ?」

「存じません」

 少女はキッパリ答えた。

「だいたいの年齢で良いんだよ? 別に一の位まで正確に言う必要ないんだから」

「いえ、両親は小生を産んですぐ里親に出したので一度も会ったことがありません。でも、まだどこかで生きていると信じています」

「・・・・・・」

 どうしよう。これなんて返すのが正解なんだ。てか、連続で一般的な家庭を引かないって、どんな奇跡だよ。

「以上でよろしいでありますか?」

「ああ、引き留めて悪かった」

 少女は敬礼すると独り帰っていく。


 なんだろうな。この流れだと次に指名した子供も絶対に不幸な家庭環境に違いない。二度あることは三度ある。これは僕の人生で嫌というほど体験してきた。


 なので僕はそうならない質問を子供たちにした。

「えーと、現在進行形でご両親と暮らしているなら手を挙げてみて」

 すると少年がすっと手を挙げた。だいたい二十人ぐらいいる中で、手を挙げたのだ。

 ・・・・・・大丈夫か? この町。

 どんだけ絵にかいたような、ごく一般家庭がないんだよ。

 あっ、僕の家庭もそんな一般的なものではないな。


 手を挙げた少年は先ほどの当てた子たちと比べて、変な格好をしていない、ごく普通の子供であった。

 服も汚れてないし、体中にアザがある訳でもない、髪の毛もボサボサでもない子供だ。

「単刀直入に訊こう。君の親と僕どっちが若い?」

「うーん、ボクのママの方が若いと思うよ」

 どうしてだろうか、僕の望んだとおりの回答を誰一人しないのだろうか。

 もしかして僕の禿頭ビジュアルで判断したのだろうか。

 ここはもっと踏み込んだ質問をしよう。

「本当かい? なら、両親は何歳ぐらいだい?」

「えっと、ママが十八歳でパパが六十三歳」

「オイ待て! 早すぎ速すぎイキスギ! 何歳の時にオドレを産んでんだよ! というか二人の年齢差にセンシティブな問題をはらみすぎだろ!」

だけにw クケッケ!」

 少年の顔はいやらしい表情を浮かべた。

「キショいことを言うな。てかその顔ヤメロ! あと、ダジャレがガチの変態オヤジやんけ」


 結局、誰一人も僕の論理を実証にいたるほどの成果はありませんでした!

 僕は諦めて、警備員のオジサンが呼んだ馴染の警察官を待つことにした。

 馴染のと言ったが、別に幼馴染ではない。

 ただ、しょっちゅう僕が警察にお世話になるものだがら顔なじみになったのだ。だからと言って、警察官と僕が仲が良い訳ではない。むしろ、婦警さんからは軽蔑の対象として署内では広まっている。


「ありゃカッパさん。どうしてこんなところにいるんです?」

 心優しい幼女の呼びかけに僕は光を取り戻し、顔を上げた。

「その声は我友である宇宙人ちゃんではないか?」

「そうなのです!」

 待ってました。

 いや、本当に待ってました。

 前回、出てこなかったので超焦ってました。

 ちゃんと伏線もはっておいたのに、どっかの阪大生に邪魔された結果登場できなかったんですよ。

 これからはアイツの代わりにレギュラー入り、お願いいたします。

「ところでカッパさんは何か悪いことでもしたですか?」

「いや、誤解なんだ。僕は君を向かいに来たのに、この警備員に冤罪をかけられたんだ。これは策略だ陰謀だ! 目を覚ませ僕らの世界が何者かに侵略されてるゾッ!」

「カッパさんはハイパーエージェントじゃないのです。嘘は泥棒と国家転覆罪の始まりなのです」

 ちょっと待て、泥棒から国家転覆ってスケールが壮大過ぎるだろ。

「でも日本の国会議員なんて、国民を騙して私腹を肥やし、日本を陥れる売国奴ばっかりだから、あながち嘘ではない」

 うむうむと警備員のオジサンは持論を展開して、納得する。

「悪かったよ。嘘です。僕はグリ〇ドマンじゃないです。ただの無職です」

ですか?」

「・・・・・・。僕は幼女が大好きな無職です」

「そこは嘘であると思いたかったのです」

 宇宙人ちゃんがサヨナラ―とカタコトで言うと僕の元から去っていきました。


 それから間もなく、パトカーの中に押し込まれて、ドナドナされていく一連の動作。

 僕は弁明すらさせてもらえず、警備員のオジサンの意見しか通らない。

 なるほどこんな事情聴取では、僕みたいな冤罪が増えるわけだ。

 まったく今日という一日は、まさに一言ひとことに尽きる。


 否定しているのに警備員のオジサンから怪しい奴と決めつけられ。

 僕がオジサンではないことを証明しようにも、小学生たちは論理から逸脱させるように誘導されるわ。

 あげくに発言権をはく奪され、警察官に連行される始末。

 なにひとつ僕は誰かに対して、語らさせてくれない。

 そもそも誰も僕の話を、苦しみを訊いてくれないのだ。

 だから、僕は語れない。



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