無職はまだ働けない

 八月が過ぎ去り、僕はまだ無職である。


 最近、親にいびられる毎日で心のゆとりがなくなり焦りが出てきた。


 ゆとり世代なのに、ゆとりがなくなるとは義務教育の敗退だ。


 まあ、義務教育を受けたからといって、全員が幸せになれるとは限らない。

 ソースは僕。


 そんなんだから、就活はうまくいくはずもない。


 勉強ができないから、まともな仕事につけない。


 協調性がないから、一緒に仕事ができない。


 運動神経がないから、力仕事もできない。


 何もないから、誰も雇ってくれない。


 社会人がよく、「もっと小さいときに勉強しておけば」というが、まったく正論だと思う。


 両親や教師、先輩たちの言葉の意味を。


 部活入ってないから、先輩はいないか。


 しまいに後輩もいない。


 もっといえば、友達もいない。


 傍に来るのは詐欺師か、嫌みをいう奴だけだ。


 まったく幼女が足らない。


            ◇


 月曜日の昼下がり、最寄りのショッピングモールに辿り着いた。


 理由はもちろんお分かりですね。


 タウンワークの刊行日である。


 そう思えば、タウンワークは月に一回と思っていたが、まさか週に一回とは知らなかったのは僕だけでしょうか?


 そんなことを思いながらも、タウンワークの置き場に向かった。


「あらら、夏休みは終わったのに、こんなところで何をしているんですか?」


 背後から声をかけられ振り向くと、そこにはババヤガ(阪大に通う性根の悪い女)がいた。


 なんでしょうか、僕の人生にレギュラー入りさした覚えはないんですよ。


 レギュラーは幼女と僕を甘やかす奴だけでいい。


 それとレギュラーガソリンを安くしろ。(政治的過激思想)


「黙れ。お前こそ大学はどうしたんだよ」


「おかしなこと訊くわね。まだ大学は休みじゃない。ああ、中卒のあなたには、大学の夏休みが九月までって知らないわよね。ごめんなさい、あなたのオツムに対して、私の配慮が足りなかったわ」


「お前に足りないのは道徳の授業だ!」


「何を言っているのかしら。全科目高得点の私に勉学において過剰はあっても、不足したことなんて一度もないわ。ましてや、道徳なんて勉強しなくても、相手の人の気持ちを考えれば、馬鹿でも満点をとれる科目じゃない」


「だったら、どうして僕はこんなにもお前に対して、嫌な気持ちになるんだ?」


 キョトンとした顔でババヤガは首をかしげながら答えた。


「だって、あなたはカッパであって、人じゃないじゃない。あなたはゴキブリに対して、人間と同等に接することができるのかしら?」


「わかった。お前は僕に対して一生人間扱いしないということを」


 コイツが宇宙人と未知との遭遇した際には、宇宙戦争が勃発するの間違いない。


 そう思えば、宇宙人ちゃんは元気にしているだろうか。


 様子見がてら、あとで小学校の校門前に行くとするか。


 こういう心づかいが相手を思いやる道徳心なのである。


「なんか犯罪でも企んでそうな顔ね」


 ババヤガは冷たい視線を向けてくる。


 だから、なんで思考を読めるんだよ。


 いや、別に犯罪なんて考えてない。


 ただ、僕は宇宙人ちゃんに会いに行くだけだ。


 そこに愛はあっても、スケベな考えはない。


 僕は紳士だから。


「なにも企んでねえよ。つうかようがないなら、どっかいけよ。僕は忙しいんだ」


「無職のくせに偉そうね」


「少なくともお前より目上なんだぞ。年功序列からみても僕は偉い」


「私はあなたより偏差値が高い」


「人を学歴で判断するなと親に言われなかったのか? 今僕はとても悲しい気持ちになったぞ」


「メンタル強度は高くはないみたいね」


 コイツ、ホンマに一発殴りてえ・・・・・・。


「ねえ? 忙しいってなにか予定でもあるの?」


「無職が月曜日にすることと言えば、タウンワークを取りに行くことだろう」


「タウンワーク?」


 ババヤガはこれまた不思議そうな顔をする。


「知らないのか。求人の雑誌だよ」


 僕はタウンワークの雑誌をババヤガに手渡した。


 彼女はページをめくるたびに、驚嘆した声をあげる。


「ふーん、世間ではこのような媒体があるのね。でも、不思議だわ」


「不思議ってなにが?」


「だって、仕事って向こうから声をかけてもらえるじゃない。なのに自分から仕事を探すなんて不効率だわ」


「向こうからって、誰?」


「普通会社からオファーされるものでしょ?」


「・・・・・・」


 みなさん、これが国立大のエリートたちの就職です。


「あのな世間の学生は、たいてい自分で探して、試験を受けて、面接して、内定をもらうもんなんだ」


「それってどうなのかしら」


「どうって?」


「つまり企業は、出された手札から選ぶってことよね」


「まあ、そうなるかな」


 なんでそんな言い回しをするのだろうか・・・・・・。


「だから、それって必ず欲しい人材が手に入る保証がないじゃない」


「あ――――どういうこと?」


 ババヤガは残念そうにため息をついた。


 なんだよ。僕なにか呆れられることでも言ったか?


「たとえばよ。今晩、サンマが食べたいと思ったらあなたはどうする?」


「それは買いに行くかな」


「そうよね当然魚が売っている場所に行くという動作が正解よね。サンマが欲しいから釣りに行くなんてことはしないわよね」


「そりゃあ、僕は釣りなんてできないし、サンマが確実に釣れる保証もない」


「そう、そこよ」


「えっ、どこよ?」


 僕はふざけてあたりを見回した。


 話の腰を折ったことで腹をたてたのかババヤガは僕の頭を叩きやがった。


 コイツ・・・・・・僕はお前を殴るのを我慢したのに、お前は僕を殴るのに躊躇ちゅちょないよな。


「だから! 欲しい人材があるならば直に会社が会いに行く方が確実ってこと。こんな魚の餌みないな求人票で釣れる人材なんて、本当に会社の役に立つのかしら? 私には穴埋めにしか思えないわ」


 ババヤガはそういうとタウンワークを置き場に戻した。


「オイ、僕はそれを取りに来たのに戻すなよ」


「話を聞いてた? こんなもので仕事を探すんじゃなくて、仕事を受けなさいよ!」


「オファーなんてエリートの奴のところしか来ねえよ」


「じゃあ、エリートになれば良いんじゃない?」


 そんな簡単に言うなよ。


 この歳になってエリートになるなんざ不可能だ。


 大学前までに頑張らなかった人間が、その後努力して成功するのはほんの一握り。


 まだ、現役で東大に入学するほうが確率的にマシだ。


 頑張らなかった人間が今更、頑張って報われるほど世界は寛容かんようではない。


 じゃないと努力したヤツが報われない。


 じゃあ、努力したヤツが報われないのは、どういうことなのだろうか?


 努力した証とは、どう証明できるのだろうか?


 僕が努力して手に入れた資格、学業には価値がないのだろうか?


 だとしたら、努力とは一体なんなのであろうか?


 僕は答えを見いだせなかった。


 だが、彼女――――ババヤガに対して、この言語化できない葛藤を伝えずにいられなかった。


 たとえ、それが屁理屈であっても、詭弁であっても――――僕は自分自身の弱さを言い訳にするしか逃げ道は無かった。


「僕は――――エリートになれない。普通もできない。なに者にもなれないんだよ、僕は・・・・・・」


「じゃあ、あなたはなんのために生きているの?」


「生きる為に働いている」


「でも、働いてないじゃない」


「そうだな」


 反論の余地もない。


「本当なんのために生きているんだろうなぁ」


「知らないわよ。あなたはなにがしたいの?」


「そうだな。ぐうたらしてたいね」


「無職なんだから既にぐうたらしてるでしょ」


 こんな息苦しい気持ちでぐうたらできるわけないだろう。


「じゃあ、あなたは何になりたいの?」


「なんだよ。カウンセリングか」


「大袈裟ね。相談に乗っているだけじゃない」


「なんでそんなことをするんだよ? 関係ないだろ」


「関係なくはない、友達だからよ」


 彼女はなんのためらいもなく、当たり前のように言った。


 僕のことを友達と面と向かって言ったのだ。


「あんまり、そんな簡単に友達友達なんていうのは良くないことだぞ。勘違いするからな」


「勘違いじゃない」


 そんなこというな。


 友達なんて不確かなものなんて嫌いだ。


 誰も信じたくない。


 僕はもう誰かに傷つけられたくない。


「僕と君との関係に友達なんてものはない」


「じゃあ、あなたにとって私は?」


 彼女のまっすぐな双眸に目を合わせることなく、僕は答えた。


「なんの関係もねえよ。だから、僕にしつこく付きまとうな!」


 僕は逃げるように彼女のもとから離れた。


 これでいいのだ。


 いや、これ以外にどうしろというのだ。


 僕は無能な無職で、彼女は有望な学生なのだ。


 そこに恋愛関係なんてあってはならないし、友達関係を築く必要もない。


 ショッピングモールを出てると、僕の後を追いかけて来る者は誰もいない。


 既に彼女の姿は雑踏の中でかき消されていた。


 結局、本来の目的であったタウンワークを回収することもできなかった。


 なにをやってんだ、と嘆息がこぼれた。


 でもまあ、タウンワークを手に入れたからと言って、僕が求人に応募することは決してないだろう。


 働くが嫌であるとかではない。


 人間関係が嫌いなったのだ。


 働けば嫌でも人間関係を持たなくてはならない。


 それに耐えきれなくなったから、無職になった自分がいる。


 そんな事を考えると、彼女が言っていた意味も理解は出来る。


 必要とされる仕事をする。


 しかし、そんな理想を掲げていては、僕はずっと働けないであろう。


 結論、僕はまだ社会から必要とされていない。


 もしくは、僕はまだ必要とされていることに気が付いていないのか?



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