無職は抜け出せない

 小説を書かず一週間が経過した。


 無職生活は四ヶ月が経過した。


 別にスランプという訳では無い。


 書きたい内容はいっぱいあるのだが、執筆が出来ない状況にあることなのだ。


 これまでパソコンで小説を書いていたのだが、ニートとパソコンというのは、どうしても親の目にはゲームをしている風にしか見えないのだ。


 故にパソコンを封印された為、執筆活動の拠点を実家からショッピングモールの個室トイレに移り、便所飯ならぬ便所執筆をしていた。


 だが、何時間も籠もり続けると、太ももの血管が便座に圧迫されて、度々貧血に襲われ、執筆どころの話ではない。


 なので、執筆環境がどこにもない状況へと振り出しに戻ってしまったのだ。


 まったく、将来有望なラノベ作家に酷い仕打ちではないか!


 もしこれでデビューが遠のく、いや作家の夢を断念することがあれば、それは文化への破壊と変わらない。 


 これは早急に解決を働かねばならない。


 検討、検討と問題を先送りにする無頼な輩でいたら破滅の道を辿るに他ならない。


 僕は即断即決をモットウに行動することで、現状の打開することにした。


 しかし、既に無職という破滅の道を転がり落ちているので、執筆活動したところで作家として売れなければ破滅の道に住む妖怪ハゲガッパとなるであろう。


 嘆かわしい。


 そんな僕に世間(家族)は口を酸っぱくして言うのだ。


『とっとと働けクソニート!』


 ◇


 燦々さんさんと降り注ぐ日光に肌を焦がしながら、僕はエキスポシティに辿り着いた。


 徒歩で来たため全身汗まみれで不快感だ。


 自転車を使いたかったが、父さんが危ないというので乗らしてもらえず。


 というより、三十路手前の男性に自転車は危ないって言うのどうなのだろうか?


 少し過保護過ぎであろう。


 そんなに過保護にするならニート生活も寛容にして頂きたい。


 一様、自家用車は所持しているのだが、この町ではかえって不便なのだ。


 狭い道に、道路交通法違反の世紀末自転車、クソ高い駐車料金、前に進まない渋滞。


 故に車は使えない。


 僕は使えない人間だ。


 この頃、自虐ネタを平気で言うようになったのは、心の成長なのだろう。


 もし、僕がジョジョのキャラなら成長性のパラメータ良いんだろうなぁ。


 まぁ、実際は心の病を患って鬱状態なのが現状なのだろうけど。


 そして、病院に行っても初診だけ取られて追い出されるのまでが一連の流れだ。


 ソースは三年前、仕事でハートブレイクした自分だ。 


 店舗内に入ると心地よい冷風がお出迎えしてくれた。


 素晴らしい。


 いつも冷たい目線ばかり浴びせられていたが、ちっとも涼しくはない。


 むしろ、嫌な汗がガマの油みたく出てくるだけだ。


 別にその汗を塗ったからとて、万病を癒やす訳でもない。


 もし、付着してしまえば臭いが染み付いて、生涯に渡って異性から嫌われることこの上ない。


 小さい子供たちですらバイキンタッチ虐めで、バリアが貫通するほどの獰猛なウイルスとして名を馳せるだろう。


 もしかして僕のスタンドってパープル・ヘイ――――。


「どうして月曜日なのに社会人がショッピングモールにいるのかしら? まだ、再就職できないのかしらぁ?」


 突如、後ろから声を掛けられた。


 そして、振り向かなくても声の主が誰なのか分かった。


 僕はひとつ溜息をつくと、クラウチングスタートをきって全速力で逃げた。


 後ろで「ちょっと!」と呼ばれるも、無視した。


 誰が後ろにいたのか、文字だけでは読者諸君には分からないと思うが、知らなくて良い。


 別に説明が面倒臭い訳では無い、説明と同時に声の主から受けた屈辱なトラウマを思い出してしまうからだ。


 自称女神と名乗り、宇宙人の幼女から幽霊のお姉さんと命名され、僕は鬼婆ババヤガと呼ぶ阪大の女子大生。


 口を開けば辛辣な言葉を蜂のように刺し、叛逆しようモノなら蝶のように舞ってかわされる。


 悪魔のような女だ。


 コイツの所為で最近ハゲが加速しているように感じる。


 奇声をあげながらショッピング内を縦横無尽に走り抜け、一般人から不審者の眼差しを受けながらも、彼女から逃げ切ることに成功した。


 厳密には彼女は僕から離れるように静かに去っていったのだろう。


 なんでだろうか?


 自販機で温かコンポタージュを買ってひと息ついた。


 腹も満たせて、喉も潤せる至高のドリンク。


 家電ショップの扇風機で汗だくの服を乾かしにエレベーターに乗り込んだ。


 たまにエレベーターを言おうとして、エスカレーターと未だに間違えるのは、僕だけでしょうか?


 誰も乗り込ませないよう、秒速三連打で閉ボタンを押す。


 開閉ボタンもどっちが開くか閉まるか分からなくなる時があるのは、僕だけでしょうか?


 扉が閉まると目的地の階に向かって、エレベーターが上昇する。


 パネルに移動している階数が点灯して、現在地を表示している。


 そしてドォンという音と共にエレベーターが止まった。


 階に到着した訳でもなく、扉は開くことはない。


 現在地もどの階にもパネルに表示されていない。


 つまり、簡単に言うと閉じ込められた。


 エレベーターの故障に巻き込まれたのだ。


 うわぁ、と自分の運の無さが久し振りに実感した。


 いや、常に運勢が悪いのは知っているのだが、こういうガチ目の事故に巻き込まれると改めて不幸体質と認識させられる。


 だからなのだろう、僕はパニックになることもなく、緊急事態用のボタンを押して、叫んだ。


「ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙アアアアアッッ‼ 助けて! 誰か開けて! 閉じ込められた‼ エレベーターの中に閉じ込められちゃった! ファァァオォンン゙ッッ‼」


 獣のように雄叫びをあげても、外から助けてくれる気配はない。


 僕がうなだれているとスピーカーから声がした。


『はい、もしもし御用でしょうか?』


 緊急事態用のボタンを押したのが、警備員に伝わったのだろうか。


 声の音域からして女であろう。


「すみません、エレベーターに閉じ込められたみたいで」


『………………』


「あれ、聞こえてます?」


『あの、申し訳ございませんが。エレベーターで引き篭もるのは、他のお客様に御迷惑なので御遠慮下さい』


「ちょっと、待て待て!? 誰がエレベーターで引きこもりや! 閉じ込められてるんや!」


『閉じ込められる? 誰にイジメられて閉じ込められているんですか?』


「イジメじゃない! 機械の故障で閉じ込められているのッ! 早く助けてくれ‼」


『でも、己の殻から破るのはあなた自身よ』


「なんの話や!」


 どうしてスピーカー越しに漫才せにゃならんのだ!


『ところで本日はどのような御来店で?』


「ああ? それは特に理由はないけど、強いて言うなら涼しい場所で欲しい物があるか見に来たぐらいかな……」


『つまり、冷やかしに来たんですね!』


「オイ、それお客様に失礼やろ! せめて涼みに来たと言え!」


『帰れ帰れェー!』


「ホンマに失礼やな! もうええわ! 帰るから早く、ここから出してくれ!」


『それは出来かねます』


「はぁっ?」


『世にも珍しいカッパを捕まえたので、逃がすわけ無いじゃないですか』


「お前、しばき倒すぞッ! 僕のハゲ頭部を見て言ってるやろ!」


 僕はカメラに向かって、ギトギト脂のハゲた頭部を見せつけた。


『ちょっ、キショいって! マジでヤメロや笑うって!』


 スピーカー越しに女性の笑い声が鳴り響く。


 駄目だ、ペースを乱されるな。 


 コイツは僕を馬鹿にしてるのを楽しんでやがる。


 こういう時は全然無反応を決め込むのが、成功法だ。


 いじめっ子に対して、無反応で返せば自然にターゲットから外される。


 これは僕が中学の時に得た経験談だ。


 僕はその場に座り込み、黙り込んだ。


『アレ? 拗ねちゃった? もう、メンタルざぁ〜こなんだから!』


 国破れて山河在り、白春にして草木深し……。


『あれれ、全然反応しないじゃん。もしかして死んじゃった? あぁ、無職は社会で死んでるも同然か! キャハ‼』


 耐え難きを耐え、忍び難きを忍び……。


『お兄ちゃん……どうして遊んでくれないの?』


「僕がお兄ちゃんだッ‼」


『うわぁ、きっしョ。ロリコンだ。務所で一生閉じ込められてろ』


 しまった。つい、雑念に負けてしまった。


 でも、心はもてあそばれても、体までヤラセはせぬぞ。


 くっ、殺せ。


 辱めを受けるぐらいなら死んだほうがマシだ。


『じゃあ、クソザコロリコンには〜お仕置きが必要だよねェ』 


「一体、僕に何をするつもりだ! 」


『それはあんなことや、こんなこと、とか』


「あんなスケベやこんな破廉恥をロリコンに致せるのですか!」


『致しません! 何、話の主導権握ろうとしてるんですか!』


 よし、裏返ったぞ。


 このまま反転攻勢に打って出る。


 そう思っていたのに現実はうまくありませんでした。


 硬く閉じられた扉が強引に開かれる音がし始めた。


 こじ開けられた扉の前に一人の女性がいた。


 エスニックな風貌をして、手にはバールのようなものが握られていた。


鬼婆ババヤガ! どうしてここに!?」


「だからその呼び方止めてよ。私は女神様なのよ。まったく、あなたという阿呆は毎回事件に巻き込まれる病気なの?」


「病気とは好きでなるモノではない」


「屁理屈を言わない」


「屁理屈ではない。詭弁だ」


「どっちも阿呆の戯言に違いはないわよ」


 呆れて溜息をつく自称女神のババヤガ。


「で、どうして僕がここに閉じ込められているのが分かったんだよ。それにそのバールのようなものは何?」


「これは正真正銘バールよ。馬鹿じゃないの?」


 なんでモノホンのバールをショピングモールに持ち込んでんだよ。お前のほうが馬鹿だろ。


 しかも、そんな物騒なモン持ってたら、女神と言うより、包丁を持った鬼婆の方がしっくりくる。


 やっぱり、コイツは女神様じゃない。


 鬼婆だ。


「あなたが情けない奇声をあげているのを聞きつけて助けて来たんじゃない」


「そ、そんな喘ぎ声出しとらん! 第一、さっきお前と出くわさなければ、こんな目にあっとらん!」


「さっき? 今日あなたと出会ったのは、これが初めてよ」


「何言ってんだ。僕が入店したとき、後ろから悪口言ったじゃあないか!」


「ちょっと本当に何を言っているのかしら。普段も気持ち悪いけど、今日のは冴えてるわよ」


 なんだろうか、今日のババヤガの毒舌に違和感がある。


 切れが悪いというか、話が噛み合わないような気がする。


 まあ、辛辣な言葉がないのは良いことなのだ。


 イジメのない世界。


 パワハラのない世界。


 僕より頭の良い奴がいない世界。


 一瞬にして滅びそうな世界だな。


 ダメだ、僕もいつも悪乗りがうまくいかない。


 普段なら、ロリコン以外存在しない世界とか言いそうなのに。


 ロリコンしかいない世界なんて、この世の地獄だな。


『なんだろう、いきなり自分を蚊帳の外に放り出すの辞めてもらって良いですか?』


 先ほどからダンマリだったスピーカーの主が会話に入って来た。


 てか、コイツとババヤガは同一人物と思っていたけど違うのか。


 だとしたら、コイツは何者だ?


 もしかして新キャラの登場か?


「ちょっと、勝手に話に割り込んでくれないかしら。今、このニートカッパをイジメているのだけれど」


 ババヤガがスピーカーに怒気を込めて黙らそうとした。


 てか、ニートカッパ言うな。


 それとイジメ、ダメ絶対。


『申し訳ございませんが、彼との先約はこちらにあります故にお引き取り願いたく思います』


「あらら、先約ってまさか婚姻相手としてかしら?」


 えッ、そうなのッツ!?


 末永くよろしくお願いします・・・・・・。


『さすがに両生類の方とお付き合いは、ごめんなさい無理です』


「あらら、残念ね。両想いじゃなくて、片思い。オタマジャクシのまま死になさい」


 それって、精子の時から死ねってか?


 流石に高度過ぎるよ、そのネタ!


「オイ、二人そろって、僕をイジメて楽しいか?」


『「とっても楽しいです」』


「わかった。お前らに言いたい事は、たった一つ」


 大きく深呼吸して、僕は声を大にして二人に言い放った。


「僕を独りにしてくれえええ!!」

















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