無職は7日目も動かない 

 本日は神様も休む日曜だ。


 曇り空の下、蝉たちは勤勉に鳴いている。一方僕はと言えば、今週も無職であり、貯金が減っていく。


 親の顔色が次第に雲域が怪しくなり、僕は泣きそうだ。


 でもまぁ、明日はタウンワークの発行日だ。


 僕でも出来る仕事がないか気になるところではあるが、期待していない。だって、無職から無能にジョブチェンジするだけなのだから。


 だったら、このまま家で引きニートしてる方が世間も僕も幸せではないだろうか。その前に父さんに家を叩き出されるな。


 そんなこんなで今日も外に出る事にしよう。最近、ろくな目にあってばかりだ。


 ハーゲンダッツは食い損ねるわ、便器の中身を喰おうとしたりと運がついてない。


 運があるとすれば夢の中で幼女の体を弄んだ事ぐらいだ。全く、小学生は最高だな。


 玄関を開け外に出ると、廊下にセミの死骸が仰向けに転がっていた。


 黒と茶色のコントラストをまとったのはアブラゼミであろう。小学生の時は虫かごいっぱいに捕まえたものだ。


 今ではどうだ。年食って要らぬ知識を得た結果、バイキンでいっぱいだから虫なんてさわれないな。特にカタツムリとかダンゴムシ、もう絶対無理。


 そんな嫌悪感を抱えながら、アブラゼミの死骸を回避すると、


『ジィチィッジィチィッジィチィッッッ‼ヂィジィジィジィィイイイッッ!!!!』


 激しく羽を地面に叩けつけながら暴れた。


「うおぉおおおおぉぉぉおッッ!?」


 スタンド攻撃を受け、僕は声を上げた。


 こいつ……動くぞ。


 アブラゼミはまた同じ場に沈黙した。


 下手に近づけば、ヤツの近距離攻撃型スタンド『セミファイナル』が発動する。


 さっきのは間合いが十分じゃなかったから、攻撃を回避する事が出来た。


 もしヤツのスタンドを喰らっていたら、飛んできたアブラゼミが土手っ腹に直撃し、臓物をグチャグチャにされていただろう。


 緊迫する状況に額から汗が垂れてくる。


 だが、この僕には秘策がある。


 ただ、四半世紀を無下に過ごしてきた訳じゃあないんだぞ。


 貴様ら虫けら如きに、人間の最強最高の進化系で集大成である無職に勝てるわけ無いだろ。


 なにせ、無職とは勤勉に働く社会人ですら『無敵の人』と恐れらる人種なのだ。


 いや、 人じゃないと謳うぐらい恐怖の対象となっている。


 つまり、僕は人間を超越した『神』そのモノなのだ!


 僕は玄関の日傘を手にすると、全速力でアブラゼミに立ち向かった。


 互いが間合いに入った瞬間、アタックファンクションを発動した。


 予想通りセミファイナルを繰り出してきたと同時に、僕は日傘を展開した。


 アブラゼミが日傘に接触すると激しく火花を放つ。


 だが、貫通する気配は全く無い。


 当たり前だ。この日傘はイタリアの名工『Benelli』で作られたものなのだから。


 その材質は蚕の糸で丁寧に編まれた物で、紫外線どころか50口径の弾ですら傷つかない防弾仕様なのだ。


「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼」


『ドゥルジィチィッジィチィッジィチィッッッ‼ヂィジィジィジィィイイイッッ!!!!』


 全力のぶつかり合い。


 魂と魂の戦い。


 無職と虫けらのちっぽけなプライド。


 その決着は――――。


「カッパさん、イジメちゃダメなのです!」


 何者かが腰痛もちの僕の背後に向かって飛びついてきた。


 バランスを崩し、持っていた日傘の手元が狂う。


 その一瞬をアブラゼミは逃さなかった。


 弾丸のように発射された己の体を跳弾させ、僕の眉間に命中した。


 決着、無職の再起不能リタイア


 まあ、最初から無職は社会で再起不能だから決着はついてたけどな。


 なんで自分で自虐しなくちゃなんないんだ。


 この頃、特定の女に罵倒されたのが原因なのだろうか。


 もっと甘やかすべきなのだ。


 誰でも良いから僕に優しくしろ。


「カッパさん大丈夫なのです?」


 声の主が僕の痛めた腰を撫でてくれる。


 バカ野郎が撫でたぐらいで腰痛が治る訳ないだろ!


 いい加減にしろ!


 そんな馬鹿タレの正体を知るべく、声がした方を振り向いた。


 そこにはアルミホイルの兜を被る幼女がいた。


 どこかで会った気もするが、記憶が所在不明なので思い出せない。


 というか、こんなお持ち帰りしたいぐらい、可愛い幼女がいたら覚えているはずだ。


 それよりも何でアルミホイルを被っているのだろう。


 子供たちの間で流行っているのだろうか?


「カッパさん、痛いのです?」


 幼女は大きな瞳を震わせて、返事をしない僕に再度訊いてきた。


 なんだろうな、僕の知っている奴がこの質問をしてきたら『お前は痛い子なの?』と罵倒する意味になるのだが、この幼女にはそれがない。


 僕は痛い所がないと証明するために、体に負担をかけやすいジョジョ立ちをしながら答えた。


「あぁ、大丈夫だよ。お嬢さんの可愛さで痛みなんかどっか飛んでいったようだよ」


 まったく幼女は万能薬って、わかんだよね。


 すると幼女は頬を膨らませて、


「わたしお嬢ちゃんじゃないのです。宇宙人なのです、カッパさん」


 とぷりぷり怒る。


 うはぁ――――幼女可愛ぇええ。


 その頬っぺた触らせろ!


「そうかそうか。それで宇宙人ちゃんは何しに地球へ? もしかして、この僕を誘拐アブダクションしに来たのかい」


 大人が子供を誘拐するのは犯罪だが、逆に子供が大人である僕を誘拐するのは違法もヘチマもない。


 ましてや、宇宙人を裁く法律など、この世界にありはしないのだから。


 フハハハッハ‼ 完ぺきではないか、僕の無職生活『完』ッツ!


 お前たち読者諸君は指をくわえて、見ているが良い!


 僕が壮大な人生逆転計画を考えていたのだが、幼女は異なる答えを返した。


「えーと、同胞を解放しに来たのです」


「同胞? 同胞とは僕のことか!」


「カッパさんも宇宙人だけど、今日は違う同胞なのです」


 なんと、僕はカッパであり宇宙人だったのか!


 今年、二番目に驚いた真実。(今年一番に驚いたのは、彼女に浮気されてたこと)


 幼女は純粋無垢で汚れを知らぬ奇麗な手で地面に横たわる何かを掴んで、僕に見せた。


 それは先ほど、僕を再起不能にしたアブラゼミだ。


「今日はこのセミ宇宙人を解放しに来ましたのです」


「セミ宇宙人?」


 なんだろうな、そのネーミングを少し変えたら、ロボット怪獣で地球侵略をしに来たチルソニア遊星人を思い浮かべるのだが、円谷ネタがわからない読者もいるので割愛させて頂く。


「えっと、そのセミにん――――じゃなかった。セミ宇宙人を解放すると言うが、具体的にどうするんだ」


「セミ宇宙人たちは毎日、お仕事しているのです。なので神様も休む日曜日ぐらいは休ませてあげたいのです」


 なんと優しい幼女なのだろうか。


 僕も三か月も休まず無職という汚名を真っ当しているので、宇宙人ちゃんに優しくされたい。


 いや、僕が宇宙人ちゃんを優しくお世話したい。


 大丈夫、僕がちゃんとお世話するから。


「でもな宇宙人ちゃん。セミってのは四年ぐらい土の中で引きこもりして、地上で一週間だけ働いて終わる人生なのだから、今日一日ぐらいは頑張らせて上げようよ」


「セミ宇宙人さん。頑張り屋さんなのです・・・・・・カッパさんは働かないのです?」


「ぼ、ぼくは、僕は――――そう、今日はお休みなんだ」


「明日も休みです?」


 好奇心と無邪気な眼差しで凝視してくる。


「・・・・・・そうだろうかなぁ」


「いつまでお休みなのです?」


「えっ――――と、いつまでだろうかなぁ・・・・・・」


「カッパさんはもしかして夏休みなのです?」


「そうだね、八月の三十二日まで僕夏かな」


「大人に夏休みはないのです。噓つきは汚い大人の始まりなのです」


「君のような勘のいいメスガキは嫌いじゃないよ」


 僕、月曜から就活本気出す。


 それから宇宙人ちゃんに嘘をついたことを土下座で誠意を示したことで許された。


 その代償としてセミ宇宙人を人工物の少ない自然豊かな場所に連れていくことになったのだ。


 宇宙人ちゃんは万博公園が良いと言ってきたのだが、二人分の料金を払えば無職にとって大出費だ。


 まあ、宇宙人とは言え幼女を連れていくのだ。比較的に距離の近い阪大吹田キャンパスの森林に帰すことにした。


 禿げた人が幼女と一緒にいるのは、一般人からしたら通報ものだ。


 とりあえず勘違いされない為にも、幼気な宇宙人ちゃんを人気のない場所に連れていくとした。


 道中、馴染みのコンビニでハーゲンダッツを二つ買って行くことにした。


 店員さんからは、幼女をアイスで釣って誘拐しているのではと疑いの眼差しを向けられる。


 こういう時は堂々としていれば良いのだ。


 そう、連れている幼女は姪っ子だ。


 だから、何の問題もないのだ。


 いたって普通。


 そういえば姪っ子と結婚できたっけ?


 そんなこんなで会計を済ませ、宇宙人ちゃんを抱きかかえながら逃げるようにコンビニを飛び出した。


 その際、しっかりと胸を鷲掴みしておいた。


 ハーゲンダッツ食べさせるんだ、乳のふたつやひとつを揉んだぐらい罰は当たらんよ。


 ひとつは前回食い損ねたストロベリー味で、もう一個は宇宙人ちゃんが選んだ抹茶味だ。


 子供って抹茶好きよね。


 僕も幼少期は抹茶アイスばっかり頼んでいた。


 次に好きなのはチョコミント。


 歯磨き粉の味がして、美味いんだよな。


 そうこうしていると目的地の森林地帯に到着した。


 二つの大きな池を前にする林の中に入っていく。


 ここに来るのは数日ぶりだ。


 前回、ここでハーゲンダッツを食い損ねて以来、訪れていない。


 というか来たくなかった。


 ここに来たらまた嫌な目に合いそうだと、今日まで本能的に避けていた。


 なのに来ちゃったよ。


 しかも、幼女と一緒だよ。


 絶対に嫌な予感がする。


「あらら、随分ご無沙汰じゃない無職のお兄さん」


 ほらー、やっぱりこうなると思った。


 諦観した表情を僕は声の主に向けた。


 そこにはエスニックな服装を身に纏った女がスマホを片手に持っていた。


 日焼け止め対策をしかっりしているのだろう、真夏にも関わらず病的なまでの白い肌をしていた。


 この女を僕は知っている。


 彼女は自称女神様と名乗る阪大生で、僕からストロベリー味のハーゲンダッツを奪った張本人なのだ。


 てかなんでいるんだよ。


 今日、日曜だぞ。


 しかも、夏休みなんだぞ。


 もっと、大学生活楽しめよ!


「今日はハーゲンダッツじゃなくて、その幼女を食べようとしてるんだ。最低のロリコンね」


「とんだ誤解を招く言い方をするな! 僕はロリコンじゃない!」


「じゃあ、その幼女といる理由をお聞かせ願おうかしら」


 彼女はスマホの画面を見せてきた。


 そこには日本の変態たちが恐れる番号『110番』が表示されていた。


 焦るな、僕は息をするかのように嘘をつくのが得意だ。


 そう、詭弁を巧みに操り、幾度も修羅場を乗り越えてきたではないか!


 素数を数えながら周囲のモノを観察し、一つの方程式を閃いた。


「やだなぁ、昆虫取りに来ただけだよ。小さい子供一人じゃあ危ないから保護者役として僕が責任をもって見ていた所だ。決してヤマシイことは考えていない」


「虫網もカゴもなしで?」


「それは・・・・・・そう! セミの幼虫を捕まえに来たんだ! セミの幼虫なら虫網無しでも捕まえれるし、捕まえても直ぐにキャッチアンドリリースだ。虫かごもいらない」


 よし、良いぞ完璧だぁ。


 こんな即興で嘘をつけるんだから、もしかして詐欺師の才能あったりして・・・・・・。


「違うのです! セミの幼虫なんて取らないのです!」


 オイィィィイ、クソボケ電波幼女がァ!


 変な事を言うんじゃあないッ!


 このアマにバレちまうだろうガアアッツ‼


「ふーん、なるほどねあなたは幼虫ではなく、を捕まえに来たのね」


「うまいこと言ってんじゃあない!」


「やめときなさい。じゃないとあなたが御巡りさんに捕まるわよ」


「マジ洒落にもならねぇこと言うなッ‼」


 本当にコイツなら通報しかねないよな。


 だから頼むから早くスマホに表示された『110番』を消してくれ。


「幽霊のお姉ちゃんなのです!」


「えっ、幽霊のお姉ちゃんって、私のこと?」


 宇宙人ちゃんに言われて、彼女は少し困った表情をしていた。


「そう思えば、お前の名前訊いて無かったなぁ」


「なによ。もう忘れたの私は女神さ――――」


「そういうのいらないんで、ちゃんとした名前を教えろよ」


「実名? 嫌よ、変質者のあなたに言うなんて」


 コイツゥゥ、好き放題言いやがって・・・・・。


「もう良いよ。じゃあ、お前のことなんて呼べばいい?」


「だから、最初から女神さ――――」


「幽霊のお姉ちゃんなのです!」


 宇宙人ちゃんは、挙手しながら命名した。


 どうやら宇宙人ちゃんにとって、彼女は幽霊のお姉ちゃんと決定されたようだ。


「ということだ。今日からお前の名前は幽霊のお姉ちゃんに決定! 拍手拍手!」


「ちょっと、勝手に決めないでよ」


「勝手に決めたのではない。神が定めたのだ!」


「私はそんなこと定めていない!」


 彼女が怒った表情を見るのは初めてだ。


 いいぞ、裏返ったッ!


 今まで散々、僕の事をコケにしてきた報いだ。


 でも、年上の僕がお姉さんと呼ぶのは変なので、皮肉を込めて鬼婆ババヤガと命名しよう。


 ではもう少し辱めを受けて貰おうか、グヘヘヘヘ。


 そんな悪だくみを考えていると、宇宙人ちゃんがハーゲンダッツの入ったレジ袋を引っ張る。


「カッパさん、アイス溶けちゃうのです」


「ふーん、アイスだって・・・・・」


 ババヤガがニヤっと口角を上げる。


「しまった。気づかれたか・・・・・・」


「そうだ幽霊のお姉ちゃんもアイス食べたいです?」


「そうねぇ、その美味しくてお高いア・イ・スを頂こうかしら」


 ババヤガは舌なめずりをしながら、目を光らしている。


 もはや幽霊でも女神でもねえ、ババヤガ本人だろ。


「では、一緒にアイスを食べるので――――」


 宇宙人ちゃんの声を遮るように僕が会話に割り込んだ。


「おっと、悪いな。このハーゲンダッツは二人分しかないんだ」


「幽霊のお姉ちゃん食べれないです」


 宇宙人ちゃんが悲しそうな目で見てくる。


 伝わるかどうかわからないけど、昔のCMでアイフルに出てきたチワワを思わせるものがあるよ。


「ふーん、そんなイケずするんだ。だったら、こっちにだって策はあるのよ」


 そういうとババヤガはスマホを操作すると、画面を見せてきた。


 そこには一枚の写真が撮られていた。


 僕が宇宙人ちゃんの胸を掴んでコンビニから逃げ出しているシーンだ。


「どうしてこの画像を!」


「あなたが幼女を連れているのを見かけて後を追いかけてたら、偶然犯罪をしている所を証拠写真に収めたまでよ。さて、この写真をお巡りさんに見せたら、あなたはどうなってしまうでしょうか・・・・・・明日のニュースが楽しみね」


「ぐぬぬぬっ。卑怯者だぞォ!」


「フフ、卑怯もラッキョもないわ」


 勝者であるババヤガは僕からハーゲンダッツのストロベリー味を奪っていった。


「これからは私の分も買ってくることね」


「悔しいのぉ、悔しいのぉ・・・・・・」


「カッパさん、こっち向いてなのです」


 膝をつく僕の肩を宇宙人が擦ってくれた。


 僕は顔を上げると、口の中に冷たくてほろ苦い味が広がった。


「抹茶アイス、おいしいですかぁ」


 笑顔で宇宙人ちゃんが僕の口に自分の抹茶アイスを食べさせてくれた。


「宇宙人ちゃ~ん・・・・・・」


 僕は泣きながら宇宙人ちゃんに抱き着いた。


「よしよしなのです」


 宇宙人ちゃんは嫌がる素振りをせず、聖母のように僕の頭を撫でてくれた。


 よし、決めた。


 僕は絶対にこの娘と結婚する。


 そうだ、僕がロリコンだ!


「最低ェ・・・・・・」


 ババヤガの軽蔑な眼差しを向けてくるが、僕は忙しいので無視した。


 ◇


 ハーゲンダッツを食べ終え、本来の目的を果たそうとする。


 目的と言っても、瀕死のアブラゼミを自然に帰すだけなのだが。


 僕は適当に選んだ木にアブラゼミを放してやった。


「これで良いか?」


「良いのです! これで同胞は幸せなのです!」


 宇宙人は笑顔で答えた。


「幸せねぇ・・・・・・」


「何よ、独り言なんて気持ち悪い。もしかして、脳に沸いたウジ虫と会話してるのかしら?」


 ババヤガが早速ディスって来る。


 本当に人をディスる妖怪なのではないかと思う。


 あとで水木しげる先生に訊いてみることにしよう。


「いや、幸せって何なんだろうなぁって思ったんだよ」


「あなたって哲学科なの?」


「いや、民俗学科だ」


「ふーん、カッパのあなたは民俗学じゃあ研究対象だったのね。そのまま理系に連れて行かれて解剖されたら良いのに」


「オイ、僕をカエルの解剖みたく言うな。それに大学時代の僕はまだ禿げてないからな! 禿げたのは社会で働いてからだ!」


 あの頃は髪も太くしっかりとしていたのに、会社のストレスで一気に禿げたんだよなぁ。


「少なくとも私の幸せは、こうしてカッパのあなたをイジれて幸せよ」


「それはイジメっ子と同じ発想だ」


「じゃあ、あなたの幸せは一体なに?」


「僕の幸せ・・・・・・」


 それは現状からの脱却だろうか。


 働けて、税金を納めて、一日三食頂けることだろうか。


 いや、違う。


 僕はそんな生活を送っていたが、今こうして無職になってでも逃げ出した。


 つまり、そこに僕が幸せと感じなかったからだろう。


 じゃあ、本当の幸せって一体何だろうか?


 毎日仕事をせずグウタラして、生活保護を貰って、腹が減ったら食い続けることが幸せなのだろうか。


「カッパさんは今も幸せじゃないのです?」


「僕は・・・・・・」


 わからない。


「だったら、こうなのです!」


 宇宙人はいきなり僕に抱き着いてきた。


「オイオイ、一体どうしたいきなり」


「カッパさんは今幸せです?」


「幸せ?」


「さっきカッパさんが抱き着いてきた時、わたしは嬉しかったのです。だから、今度は幸せのお返しなのです」


 宇宙人は顔を擦るように抱き着いて、離れる様子はない。


 一瞬、ロリに抱かれることが世界の幸せと考えたが、たぶん違うのだろう。


 幸せとは何か・・・・・・。


 絶望を知っているから、人は幸せと思えるのだろうか。


 絶望を知らなければ、人は幸せを認識することが出来ないのだろうか。


 あの時、僕が絶望に耐えていれば、幸せは掴めていたのだろうか。


 こんなことを考えるなんて僕らしくない。


「フフフ・・・・・・」


「あっ、カッパさん笑ったのです!」


「本当だ。気持ち悪りィ」


 僕の微笑に二人は別々の反応を見せる。


「カッパさん、幸せになれたですか?」


「そうだな、僕はあのセミと違って明日も明後日も、当分は生きていられる保証がある。それだけで幸せ者だ」


「よくわからないけど、カッパさんが幸せなら嬉しいのです!」


 宇宙人は納得したのか今日一番の笑顔を向けた。


 ああ、スマホのホーム画面にしてぇ。


「まったく、無職が何言ってんだか」


「無職だから達観して物事が言えるのだ」


「屁理屈なんか言ってどうしようもない阿保カッパなんだから」


「屁理屈じゃない、これは詭弁なのだ」


「詭弁なのです! 詭弁なのです!」


 宇宙人は意味も分からずに『詭弁』と言いながら踊っている。


 昔、大学に通っていた時に似たような踊りを学内でしている連中を見たが、よく覚えていない。


 そんな追憶にふけながら、僕は思ったのだ。


 今ある現状は決して不幸ではない。


 セミの幼虫が地中で長い年月過ごしてきたように、これまで僕は頑張って来たのだ。


 だったら無職である今はゆっくり休んでおこう。


 なあに僕が休んでいても世界は止まることなく回っている。


 いつか無職で無色の夢食な僕が幸せを掴むチャンスを待とう。


 だから、僕は明日も動かない。

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