無職は夢をみない
土曜日。それは無職の僕にとって嫌な日である。父さんが休みで一日中家に居る日なのだ。
自室を持たない僕は家で一人になる逃げ場はなく、家族から邪眼の視線を向けられる。おかげで頭皮の毛根がストレスで抜けていきそうだ。
特に邪眼の魔力を多く振りまくのは大黒柱の父さんである。早朝四時に起きてきたと思えば、『バーカ』と狸寝入りしている僕に向かって吐き捨てる。これがアスカ・ラングレーなら嬉しいのだが、還暦過ぎの父さんに言われると心をロンギヌスの槍で貫かれたような痛みに襲われる。
前職でまだ働いているときは、両親から実家に帰ってこいと散々言われたのに、戻ってみれば手のひら返しの如く、家を出てってくれ邪眼で訴えられる始末。ちなみにゲームもテレビも禁止されているので娯楽は一切なしだ。
現状を変えようとパソコンで小説を書こうものなら側まで来て、『無職が遊んでいる場合じゃないだろ』と叱責される。
なので最近はショッピングモールの個室トイレでスマホを使って投稿している。これぞトイレ飯ならぬトイレ執筆だ。
それにもう一つ僕にとってトイレで作業をすることに利便性があるのだ。僕は普段からお腹が緩く頻繁にトイレへ駆け込む事が多いので、これはこれで好都合なのだ。
ふと腹が空いてきて時刻を見るとお昼に差し掛かっていた。
便座から腰を上げると、酷い貧血に襲われた。視界が暗くなり、意識が消えていく。
◇
体の感覚が次第に取り戻し、視界が戻てきた。どうやら立ちくらみをしていたようだ。ふらつく体をゆっくり起こした。
時刻を見てもあれから三分も経ってない。だが、空腹は限界を迎えていた。
早々とフードコートに向かうと、土曜日だからマクドの行列は凄まじかった。
正直、十分以上はかかるだろう。そんな時間を待っていては飢え死にしてしまう。
仕方ない緊急事態だ。高額かもしれないが列の少ない店を選ぶとしよう。
そして店を探すのに苦労はしなかった。一番客数が少ないのは、たこ焼きであった。お客の回転が早く、並んだと思ったら一分も経たずに会計を終え商品を受け取っている。
僕も五百円を握りしめ八個入りのたこ焼きとドリンクを購入できたが、フードコートの席は満員で座れそうにない。
ふと、一瞬見覚えのある女の姿が視界に入った。エスニックな服装を身にまとい、何も食わずに一人で席に座っている。
彼女は僕の未開封のハーゲンダッツを奪った挙げ句、僕の食べていたハーゲンダッツを寒天状にしたマッドサイエンティストだ。自称女神と名乗っているが、その正体は阪大生のようだ。
彼女はその優秀な頭脳を社会のために使うことなく、僕を馬鹿にすることに全力を費している。お陰様で僕は彼女と合って以来、人付き合いがより苦手となった。また彼女と関われば、少ないたこ焼きを奪われ、散々僕をコケにする決まっている。
ここは知らぬ存ぜぬで切り抜けるのが最善の選択だ。幸いにも向こうはまだ僕に気づいて無い様だ。
仕方ない外で食べるとするか。
ショッピングモールから出ると熱い太陽と紫外線が直撃する。
妖精さんたちが夏を刺激している所為なのだろうか、いくらなんでも人が耐えれる熱さの限界を超えている。
僕は日陰を求めて彷徨っていると、近くの公園にベンチがあり腰を下ろした。
そこは大きな池を一望できる場所で、景観を楽しむことが出来る。ちょうど緑が生い茂るサクラの木が陰を作り出していた。
早速、買った商品を広げていく。
まず、喉を潤そうとドリンクを口に含む。ジンジャーエールの辛みと冷たい強炭酸が茹だった脳を目覚めさせる。
前座を済ませ、ようやく真打ちであるたこ焼きを頂くとしよう。熱々のたこ焼きに爪楊枝を刺して口に運ぼうとすると、
「食べちゃダメなのです!」
突如、声をかけられた。
一瞬、あの自称女神が跡をつけてきたと思ったが、余りにも声が若すぎる。声をかけられた先に視線を向けると、公園を囲むフェンス越しに幼女がいた。
薄紫の夏服にカーキ色のハーフパンツを履いていた。頭にはアルミホイルで作った兜を被っている。おそらく霊体ミミズから守るためだろう。英才教育の賜物だ。
小学校低学年ぐらいであろうか、汚い大人と違い可愛い。なんだろうな、小さい子供を見ているとゾクゾクしてしまう。
こんな事を言ってると読者諸君は僕を変態だとかロリコンとかレッテルを貼ってくるだろうから、言わせて頂くが僕は変態じゃない。
僕はロリコンじゃない。
いい加減にしろ!
「お兄ちゃん、それ食べちゃうです?」
幼女は悲しい顔を向けてくる。
「なんだ、食べたいのかい?」
「食べたくないのです」
幼女は首を横に振る。
うわぁ、なんて可愛いのだろか。なんとか餌付けして家に持って帰れないかなぁ。
「知らない人から、物貰っちゃダメなのです」
糞義務教育が、僕から幼女と仲良くする機会を奪ってんじゃねえよカスが!
「そっか、じゃあ自己紹介しようか! オジちゃんは妖精さんだよ!」
「妖精さんなのです?」
「そう三十年間純潔を守り通したモノ達がなれる妖精さんダヨ〜」
あれって、なれるの妖精だっけ? それとも魔法使い?
「妖精さんというより妖怪ポイです! 頭がツルツルだからカッパさんなのです!」
「カッ、カッパッッァ゙ア!?」
このメスガキィ……外見とは裏腹に失礼な事言いやがって。
「カッパさん……どうしたの調子悪いのです?」
幼女は心配そうに訊いてきた。
大きい瞳がウルウルとしていて、震えるチワワみたいだ。
「あぁ、大丈夫だよ。お嬢ちゃんの可愛さで元気になったよ」
「わたしお嬢ちゃんじゃないのです。宇宙人なのです」
「…………」
なんだろう、この展開は間違いなく自称女神案件に酷似してると僕の脳内で危険信号が発動している。
この場から一目散に逃げようとたこ焼きをしまう。
「カッパさん、その子たちをどうするです?」
「えっと、家で食べようかなぁ……」
「だから食べちゃダメなのです!」
幼女は必死にフェンス越しから止めてくる。
なんだろう、このたこ焼き評判悪いのか?
不味いのかなぁ……だから客数少なかったのか?
こういうときは訊いてみる他ない。
「どうして食べたら駄目なのかなぁ?」
「そのたこ焼きには、私達のお友だちが入っているから食べちゃダメなのです」
「友達?」
「地球人の言葉で近い意味だと、同胞、同族です。つまり、宇宙人が入っているのです」
「なっ、なんだってッッ!?」
日々、たこ焼きは進化していると知っていたが、まさか宇宙まで進出してるとは驚いた。ネオ・フロンティア時代の幕開けだ!
「つまり、このたこ焼きの具が君たちの仲間が入っているって事かい?」
「そうなのです」
「じゃあ、僕はたこ焼きを食べずに、どうしたら良いんだい?」
「たこ焼きを眼の前の池に返してあげるのです!」
どうしよう幼女の話に流されているが、正直信じていない。
空腹だし、五百円を無駄にするのも嫌だ。それに食ロスの観点から見ても、食べられるものを捨てるのは良くない。だとしたら、ここは心を鬼にしてでも、幼女に食べ物は玩具じゃないという教育を施そう。そうこれは義務教育なのだ。
僕はたこ焼きを片手に幼女の前でジョジョ立ちをした。
「カッパさん……」
「このたこ焼き……いや、同胞を解放すると言ったな……」
「うん、カッパさんは優しいから約束守ってくれるです……?」
「だが、断るッッ!」
まるで地面が崩壊しているかのように幼女の両膝は地に崩れ落ちた。
圧倒的! 圧倒的じゃないか!
まさにコレだッッ!
敗北者の悔しい表情こそが、料理を旨くする最高のスパイスだッッ‼
地面に顔を伏せる幼女を前にして、爪楊枝を刺した。
スローモーションでたこ焼きを口に運ぼうとすると、幼女は決死の覚悟を決めた顔をしてフェンスを飛び越えてきた。
「幼女の分際で僕の食事の時間に邪魔するかァ゙アッッ!!」
「絶対にダメェええええええええええ‼‼‼」
空から降ってきた幼女と激突し、持っていた爪楊枝から、たこ焼きがスポッと抜けた。それを目で追うと放物線上に池へと去っていく。
そして決着は同時に着いた。
たこ焼きは池に落ち、僕は幼女を抱きかかえ地面にぶつかった。
フフフフフ……。ハッハッハッハッ!!
読者諸君、この僕が負けたと思っているだろう。残念ながら、ここまで僕の計算通りだ。
空から降りてきた幼女を合法的にハグする事こそ、僕の真の狙いなのだ!
未発達の胸を顔面で受け止め、程よい肉付きのお尻を両手で鷲掴みする。
これを極上という。
念のために誤解されないよう言っておくが、あくまでもこれは幼女が怪我をしないよう救出なのだ。
断じて幼女の体に興味があるわけではない。
僕は紳士として、一人の女性を救ったまでのこと。
決してロリコンじゃないからなッ!
「痛いのです〜」
おっと、幼女が起き上がってきた。
もう少し抱いていたいのだが……。
「大丈夫か、怪我はしてないか?」
「ウ~ン、怪我はしてないけど
「気の所為じゃないか?」
すかさず幼女の桃尻から両手を離した。
幼女の体を起こし、辺りを見渡している。
ドリンクも蓋が外れ、中身は地面に吸われている。
仕方ない、幼女の胸とお尻を五百円でお触り出来たから良いとしよう。
「ああ、同胞が帰って来たのです! ルルイエから戻って来たのです!」
幼女の感激と共に地面が揺れた。大地が割れ、池の水が天高く吹き出した。
そこから巨大で名状しがたい蛸のような未確認生物が姿を現した。体表はドロドロに腐って緑色に変色し、強烈な悪臭を放っていた。
もはや、コズミックホラーの境地だよ。
「同胞は寛大でカッパさんを元の世界に帰してあげるそうなのです!」
「えっ、元の世界に帰すって?」
僕の疑問を幼女は返事することなく、事は進んでいく。
名状しがたい蛸のような未確認生物は触手で僕の体を掴んだ。
「なっ、これどういうこと!」
パニック状態の僕に幼女は手を振って、笑顔で伝えてきた。
「カッパさん、バイバイなのです!」
「パイパイッ!? 幼女のパイパイッ‼」
もはや自分でも何をいってんだか理解できなくなってきた。
あぁ、ヤバい。未確認生物が大きく口を開けてる。
この後の展開は読めた。
そして予想通り僕は喰われた。
「………おい……きろ」
なにか聞こえる。
「…おい、起きろッ!」
顔面に強い衝撃が入った。
痛みで目を開けると、眼の前にエスニックな服を着た自称女神がいた。
全く状況を理解が出来ない。
確か僕は名状しがたい蛸のような未確認生物に喰われてた。そしてこの女は自称だが女神と名乗っている。
最後に僕は無職だ。
理解したぜ、つまりはこうだ。
「僕は死んで、女神のお前が転生させたということだな」
自称女神は再度、僕の頬をビンタした。
「二度も殴ったね、パッパにも殴られたこと無いのに」
「殴って何が悪い。便器の中身を喰おうとしてる奴を正気にさせるためだ!」
「便器だって……」
ここでようやく気づいた。
ここはショッピングモールのトイレではないか。
床に転がったスマホの画面を見ると、時刻は十五時を表示していた。
「あなたここで気を失っていたのよ」
「じゃあ、アレは全部夢だったのか……」
「夢?」
何でもないと、僕は説明を省いた。
夢の話をしたところで、時間の無駄だ。
「それよりも何でお前がここにいるんだよ。男子トイレだぞ」
「別に良いじゃない。あなたを助けたんだから」
「理由になってない」
「助けるのに理由がいるの?」
「屁理屈を言いよって」
僕は起き上がろうとするも、まだ立ちくらみが酷い。そんな僕の体を何も言わずに彼女は肩を貸してきた。
「お腹空いているんでしょ?」
「えっ、あ……そうだな腹が減ってる」
「じゃあ、フードコートで何か食べましょうか。この時間なら客も空いてそうですし。何が食べたい? ハーゲンダッツの御礼に奢るわよ」
僕は少し考えて、彼女に伝えた。
「……たこ焼き以外なら何でも良い」
「たこ焼き嫌いなの?」
彼女は僕の顔を覗き込む。
「いや、八個入りを二人で分けて食べるには少ないからな」
そういうと彼女はクスッと笑った。
「じゃあ、マクドね。私がバーガー食べるから、あなたはポテトね」
「おいおい……」
そんな談笑をしながら、今度こそ僕はフードコートに向かった。
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