無職は砕けない


 阪大吹田キャンパス内を歩くと真面目な学生は居らず、見渡しても阿呆ばかりだ。


 こんなクソ熱いのに何を好き好んで、異性同士、同性同士で汗ばむ肌を重ねて抱き合っているのだ。お前たちの前世はお相撲さんか、河童(頭部禿げ)の僕も混ぜやがれ。


 炎天下から降り注ぐ、肌が焼ける紫外線と世間の冷たい視線を浴びながらハゲた頭部と背中から今日も汗をダラリと流す。まったく、なんでこんな猛暑に外に出なくちゃならんのだ。まあ理由は明白。ちょうど仕事を終えた父さんが帰って来たから、無職の僕は逃げるように家を出てきた。


 おそらく父さんは僕に(勘当)と心の奥から願っているだろう。そんな快適な場所を追い出されても、キャンパス内には涼しい場所はいくつかある。白い巨塔から放たれる冷たい視線ではありませんよ。


 こう見えても吹田キャンパスには自然が多い。大きな二つの池と森林がある。虫とか蛇、蛙、兎、モモンガ、グレイタイプの宇宙人などいるから一般人は近づいて来ないので、僕にとっては聖域サンクチュアリだ。


 今日も最寄りのコンビニで貯金を切り崩しハーゲンダッツを二つ買う。お気に入りはストロベリーとラズベリー味だ。僕が禿げなのは、ハーゲンダッツばっかり食うからだと良く言われるのだが、禿げになっても食べたくなる味だと思う。これハーゲンダッツの売り文句で使えねえかな、上戸彩がCMを飾って――――それは「爽」か・・・・・・。


 そうこうしていると目的地の森林が見えてきた。いつも通り、辺りに人の姿は見えない。今にも草木に覆われそうな遊歩道を進み、深緑の中へ入っていく。


 誰からも見えない中心に辿り着くと地べたに座り、ハーゲンダッツの頂くことにした。まずはラズベリー味からだ。先にストロベリーを食うと後の味がわからなくなる。えっ、味なんて変わんねぇだろって? これだから素人は困る。僕みたいに普段から文豪家ぽっくタバコをふかしながら執筆していると舌が繊細になっていくのだ。


 甘いモノが苦く。苦いモノは苦く。現実は辛い。正に真実を見抜ける神の舌だ。


 でも、最近医者から味覚障害だから喫煙しろと言われている。全く、素人は黙っとれ……。


 カップの裏に溶けたアイスを舌で舐めとり、スプーンを手に取った。頂きますも言わずに口に運ぶと口腔内に甘味が広がっていく。世界もこのアイスのように甘くあるべきなんだ。特に僕をもっと甘やかして、特定保護動物と同じくらいに大切に扱ってよ!


「いいな~こんなとこでアイス食べてんの?」


 突然、不意に声をかけられ、心臓が飛び出た。後ろを振り向くと、一人の若い女性が覗き込んでいた。今時のファッションではなく、エスニックな恰好をしている。


「ハーゲンダッツなんて贅沢なんだぁ」


 女は物欲しそうに唇に人差し指を添えていた。


「ふん、当たり前だ。しかもこんな昼下がりに働きもせず食うハーゲンダッツは無職の特権だ」


「みんなと食べるアイスの方がもっと美味しいわよ。でもボッチのあなたには一生味わえないでしょうけど」


「勝手にボッチ扱いするな。でっ、なんなんだよお前」


「お前じゃない、私は女神様よ」


 うわぁ、自分で女神とか言っちゃてるし……。お前は僕を異世界転生する為に現れた存在エックスなのか?


 馬鹿馬鹿しい。


 だったら、僕を幼女に転生させてみろ。どうせ、その着ている服も、首襟を見ればタグが付いてるだろう。信じれるかユニクロかアベイルの服を着た女が女神だなんて話。僕は信じない。


「そうかそうか。じゃあ、僕の目の前で奇跡を起こしてくれ」


「女の子と会話した事の無い童貞のあなたがと会話出来てる時点で、それはもうでしょう?」


「グルフェルップブッッ⁉」


 何と言う詭弁! あまりにも鋭利な言葉に、僕の心は一瞬にして傷つけられた。


 僕にだって女の子と話ししたことだってある。下校中の幼女達に声をかけたり、婦警さんから声を掛けられたりしてるんだぞ。


「一個、頂戴よ」


「女神は僕の毛量では飽き足らず、ハーゲンダッツまで奪う気か? この欲しがりめ」


「なによ、ちゃんと両サイドは残してるでしょ」


「馬鹿、こんな汚らしいハゲ残し方があるか!」


「ふーん、女神様に楯突くんだ……。だったら、そのアイスにイタズラしちゃおう」


「うぉ、なにする!?」


 自称女神が僕が持ってるアイスの容器に触れてきた。なんとか死守したが、一口寄こせと文句を言う。


 阿保らしい。こんな話に付き合っていたら、ハーゲンダッツがドロドロに溶けちまうぜ。


 ワーワー抗議する自称女神を無視してスプーンをアイスに。突き刺したではなく、突き立てた。いや、突き立てたも違うのだろう。


 なぜなら文字通り、スプーンの先端が接するアイスの表面には一切の傷すらついていないのだ。


 頑丈すぎる。


 何度も力強くスプーンを突き刺そうとしても、アイスが硬すぎてすくえないのだ。まるでダイヤモンドを削るかのようだ。


「さあ、諦めなさい。私に一個くれないと、そのアイスは例えマグマに落としても溶けないわよ」


「テメェか、テメェかよッ! そんなに無職から奪いたいのかよ!」


「神はいつも人から奪うものよ」


「そんな哲学的なことは聞いてない!」


 まったく、なんでこんな目に遭わなきゃならんのだ。


 猛暑であるのに本当に溶けやしない。しかも、凍って冷たい訳でもないので、手に伝わる生温い感覚がいっそう暑さを引き立たせる。


 度し難いが、やむを得ない。自称女神に持ってたラズベリー味のハーゲンダッツを渡した。


「ホラ、やるよ」


「そんな食べさしいらないわよ。あなたの菌がついてそうだし」


「グルフェルップブッッッツアッツ‼」


 またしてもこの女神は僕をトラウマでイジりやがる。小学生の時にそれでイジメられたことがないのか! ガチでそれやられるとショックなんだよ。


「こっちの頂くわよ」


「オイコラ! それはお気に入りのストロベリー味ではないか! 返せッ!」


 僕の制止を無視して、パクリとアイスを口に運んだ。


「ゥんまあああああいいいぃイッッ!」


 ジョジョのキャラさながらの演技だ。見ているだけで、本当に体の不調が治っているのかと思わせてしまうほどだ。だが、コイツのせいで僕は気分を害すほどに不調だけどな。


「ホラ、とっとと僕のハーゲンダッツも食えるようにしろよ」


「それ家で食べた方が美味しいわよ」


「俺は家に居たくないから、ここでアイス食ってんの!」


「あなたもモノ好きね」


 女神はアイスを口の中にかきこんだ。アイスクリーム現象に襲われているのか、額を抑えていた。ふん、高価なハーゲンダッツを安価なカキ氷と同じように貪り食った罰だ。女神って、天罰とかあるのかなぁ。


『ふぅ』と女神がひと息ついた。


「さて、御馳走も頂けたことだし、その呪いも解いてあげても良いわ」


「女神の癖に呪いとか使うのかよ。お前の出典は女神転生かよ」


「そういうあなたはバイオハザードの主役みたいな顔ね」


「それってボクの顔がゴリラみたいって言うんだろ」


「そんなことないわ。だって、ゴリラはイケメンですもの。あなたはゾンビよ」


「バイオハザードの主役って、ゾンビのことかよ!」


「当たり前じゃない。あなたゾンビみたいに腐ってるし」


 酷いよ、酷すぎる。なんで初対面の相手に辛辣なセリフをはけるんだよ。これ以上の言われたら、心が砕けてしまいそうだ。


「わかった。もう家に帰るよ」


「あら、美しい私といると緊張するから帰っちゃうの? ゾンビのくせに食欲不振なのね」


「お前の酷い言葉に傷ついたから去るんだ! どんな思考してんだよ」


「私は阪大生だから、頭の悪いあなたでは理解できないでしょうね」


「さりげなく人を学歴で馬鹿にするな!」


 てか、女神名乗ってる癖に学生かよ。


「じゃあ、そのダイヤモンド化させたアイスを食べれるようにしてあげるわ」


「ダイヤモンド化させた……待って、これダイヤモンドなのか! お前はスタンド使いなのか!」


「嘘よ、ただアイスをダイヤモンドみたいに砕けない状態にしただけよ。それにこれぐらいの化学なんて阪大受かった人なら誰でも出来るわよ」


「じゃあ、僕の父さんも阪大卒だから出来るのか!」


「無理ね。あなたのような愚か者を産む親が阪大卒とは思えないわ」


「ついに両親の悪口まで言い出した!」


 駄目だ。どんな会話の切り口でも、こいつは僕を馬鹿にするようプログラムされてるみたいだ。


 女神はポケットから白い粉の入った袋を取り出し、食べかけのアイスの上にまぶした。


「ホラ、食べれるようにしてあげたわ。感謝しなさい」


「違法薬物とかじゃないよな?」


「例えそうでも、あなただったら問題ないわ」


「……ちなみに理由を聞いておこうか」


「既にあなたの頭はイカれてるから、服用しても然程変わらないわ」


「…………」


 なんだろう。僕が社会復帰しても、こんな奴に馬鹿にされてる運命なのかもしれないな。そう思うと一生家に引きこもっている方が身のためなのかもしれない。


「じゃあ、私は午後の講義あるからまたね」


 女神はそう言って去って行った。


 まったく、僕の人生は女難に苛まれる運命なのだろうか。二回就職して、二回とも女が理由で辞めざるを得なかった。


 そんなことを思いながら女神の後ろ姿を見つめていた。残されたのは僕と手に持ったアイスだけ。


 アイツ、自分の食べたカップとスプーンをちゃんと持って行きやがって。舐ろうと思ってたのに……。


 僕は既に温くなったハーゲンダッツにスプーンを突き刺した。今度こそ、スプーンは突き刺さったのだが違和感がある。別に溶けて液状化しているという訳では無い。


 そんな安直なオチなど、あの阪大生は狙ってないのだろう。しかしながら、正直溶けてたほうがまだマシだった。なんせ、アイツはカップの中身はゼリー状にしやがったからだ。


 なんだよ、柔らかいということはダイヤモンドよりも壊れないってか。全く、どんだけこの世界の住人はジョジョ好きなんだよ。


 やれやれ、ゼリー状のハーゲンダッツなんて禿げても食いたくねえよ。











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