醜き狡猾な黒幕

 みるくの情報を手に入れ俺が最初に気になったのは、アイツが本当の正真正銘の子供であるのかどうかだった。

 やはり6歳の子供に上手い事ハメられたのと、子供のような老婆に上手い事ハメられたのでは、老婆であった時の方が俺の矜持きょうじや名誉が多少傷つかないでいられる。

 しかし械動から伝えられたのは、残念なことに〈佐藤みるく〉がまごう事なき『幼女』であるという事実。あんな子供にすら勝てないのかと項垂れる俺に、「ただ……」と械動は付け加える。


「若干六歳ニシテ、彼女ノ精神年齢ハ相当高イダロウ」


 その通り、みるくの物腰は最初こそ普通の子供に見えたがこの孤児院で出会ってからはとても落ち着いており、もしかしたら俺より大人びて見えた。それこそ、中身が本当はおばあちゃんなんじゃないかと勘違いするくらいに。


「んで、話があんまり見えてこないんだけど、あのみるくって子が私達に睡眠薬を飲ませて此処の地下に拉致監禁したのは、それを裏で操っていた黒幕がいたからって事でオーケー」


 体調が復活したばかりの注木そそのきが、ここまでの話をまとめるように言う。


「ソウイウ事ダナ。___コレヲ見テクレ」


 そう言って械動かいどうは俺達の前まで腕を持ち上げると、その前腕からウィンッと一枚ホログラムウィンドウが出現する。


「入手シタ情報ヲ元ニ、混同コンヒューズシテカラ現在マデコノ孤児院デ起コッタ二年間ノ出来事ヲ簡単ニ動画化シタ」


「……お前は本当に、グレて害悪プレイヤーにならなくて良かったよ」


 こんな奴が敵で情報を奪取された日には、恐ろしすぎて夜も眠れなかっただろう。心の底からコイツが味方で良かったと思いつつ、俺と注木、そしていつの間にか周りにぞろぞろと集まってきた子供達でその動画を視聴し始めた。


 _____。


 その動画の内容をざっくりまとめると、

 総人口数千人の辺境にある小さな村、【ガスタ村】。そのエリア76に位置する教会兼孤児院:【聖寵せいちょう学園】。

 子供11人、シスター1人の計12人で暮らしており、子供達の最年長がみるくと今この場にはいないもう一人の幼女〈佐藤はちみつ〉だった。

 外交的で活発、好奇心旺盛のみるくに相反して、はちみつの方は内向的で人見知り、自分を表に出すのが苦手な暗い性格だった。そんな真逆とも言える二人の相性は、しかしまるでS極とM極のようにバッチしと噛み合い、一番先頭を歩くみるくと最後方から見守るはちみつで聖寵学園の規律と統率は守られていた。

 そうして親友とも言える2人は、小学校へ進級できる7歳になる年。頑張って貯めたお小遣いやお年玉、誕生日・クリスマスプレゼント、進級祝いを合わせてどうしてもやりたかった人気のオープンワールド型VRゲーム【A・Vアナザー・ヴィスタ】を揃って買ってもらう。


 AAアナザーアバターも作成されゲームにも慣れてきた半年後、混同が起こった。


 最初こそ何がどうなっているのか分からず混乱し、軽いパニックになり掛けた子供達ではあったが、聖寵学園の管理者にして子供達の面倒を一人で見ていたシスター:〈オーグレス・プラック〉の持ち前の母性と安寧さで何とか落ち着きを取り戻した。

 実はプラックもまた、子供達には内緒の【A・V】プレイヤーであり、そのAAを半人半鳥の怪物【ハーピー】としていた。

 温厚で優しく、慈愛に溢れたまさにシスターの鑑と言えたプラックが、不潔で醜いと有名なハーピーのAA。【A・V】AIのバグかと思う選別だがしかし、ある事件をきっかけにシスターはその化けの皮が剥がれ、真実は明らかとなる。

 それはいつもの何気ない日常だったはずが、みるくが偶然にもあの人間用冷凍保管庫を見つけ、その醜怪しゅうかいたるを目の当たりにしてしまった事から始まった。

 その光景は、台に鎖で縛り身動きの取れなくなった生きて意識のある人間に対し、自分のゲロを大量にぶっ掛けるというグロテスクな光景。

 台に括られた人間はその臭いと気持ちの悪さに正気を保っていられる事は不可能で、もはや新手の拷問だ。

 当然そんなものを間近で直視した子供がトラウマにならないはずもなく、それだけならまだ良かったものの、みるくはそこでプラックに見つかってしまった。

 お母さんのように愛していたシスターが、その瞬間からただの怪物として脳にこびり付き怖くて何もできなかったみるく。殺されるかと思ったがしかし、命を取らない代わりにとんでもない事を命令される。

 それこそが、孤児院の子供を人質に人畜無害な無垢な幼女を装い、その能力で人を攫ってくるというものだった。


 プラックというシスターの皮を被った醜い怪物は、自身の嘔吐物や排泄物を人間にぶち撒けその苦渋に歪む表情を拝んだあと、その人間を食すという特殊且つ異常すぎるへきの持ち主だった。

 その子供はおろかまともな人間すら到底理解できない趣味にプラックは混同してまもなく、権能を手にした事での欲情の波が押し寄せ理性というおりが崩壊。AAによって授かった羽と風を駆使して、一般人を襲いまくっていた。

 その手口は元来頭の良いハーピーの特性も合間って、証拠を一切残さないほど狡猾だった。そうしてやりたい放題で暴挙の限りを尽くしいていたプラックだが、さすがにその名前は【Sensation】に眼を付けられ指名手配とされる。

 これまで通りに自由に動くことができなくなったシスターはそれでも悪しき所業を止めようとはせず、この機会を見逃さず今度は幼女達にその極悪非道な犯罪行為の一端を背負わせたという事だ。

 まさに、ハーピーの名に恥じぬ醜く卑しいとんでもない手段。こんな事をさせられていたのだから、自分より年下の子供達を守らねばと、プラックの機嫌を損ねぬよう取り繕わなければと、みるくの精神年齢が高く年齢に似合わぬ謎の落ち着きがあるのも納得がいく。


 そして、命令された通り今日も人間を攫おうとしいた最中、今回偶然巡り合ったのが俺達というわけだ。


「シスターはすごく優しかったのに、あの変なのが起こってから変わっちゃった」


 動画を見終えると、最初に口を開いたのは『ダイ』ことだいずと呼ばれていた少年だった。

 他の子供達も揃って俯きシュンとしていることから、この孤児院内でのシスターの人望はかなり厚かったのが伺える。混同によってシスターが急におかしくなってしまい、幸せだった日常は一変してしまった。…と、この子らは言う。

 だがおそらく、それは少し違う。人間の性格や為人を正確に判断する【A・V】のAIは、おそらくその趣味や特殊な癖を見抜いて、古くから醜悪や下品・不潔で有名なハーピーのAAを与えたと考えられる。つまりプラックというシスターの人格は最初から、とても神に仕えて良いような清純な人間ではないと判断されたのだ。

 一応ハーピーは神の血統を持っているとは聞いたことはあるが、この騒ぎの首謀者というところからもそのシスターという仮面の下には悪魔が潜んでいるのは間違いないだろう。


「要スルニ、コノ大元デアル『ハーピー』ヲ叩ケバ、今回ノ事件ハ万事解決ダ」


 そんな大雑把にまとめた械動の説明に、俺は目を鋭くする。どうやらコイツ、さっきの話し合いで匂わせていた、今回の親玉である『ハーピー』を今日この場で倒そうとまだ考えてるらしい。


「『ハーピー』を叩けばって簡単に言うが、誰が・どうやって?」


 俺はすかさず問いただした。


「それは勿論、私でしょっ!」


 すると思わぬ角度からの援護射撃に、俺は思わず声の主の方を振り返る。するとそこには子供達に囲まれながら、胸に自分の拳を乗せ自信満々の顔をした注木がいた。

 正直言って、コイツの実力はまだ分かっていない。この自信に比例し相当強いのかもしれないしが、逆を言えば相手のシスターの強さも未知数だ。

 相手の力量が分からない以上、その自信は油断となり敗北に繋がる可能性だってあり得る。ここは一旦態勢を立て直して【Sensation】への救援を要請、しっかりと万全かつ余裕を持った戦力で再度この聖寵学園に乗り込むのがベスト。という俺の意見は、注木が械動の意見に賛成したところでもちろん譲れない。


「あんた相当な自信家らしいけど、本当に勝てるのか?まあ械動はサポートができるとしても、俺は何もできない。足手まといを連れて戦うようなもんなんだぜ」


 技が出せない以上、戦力にならないのは当然。無駄死にするのは御免だ。


「サッキモ言ッタガ【Sensation】ニ救援ヲ求メルトシテ、タダデサエ忙シイコノ状況デ、コンナ末端ノ村ニ加勢ガ来ルノハ早クテモ二日ハ掛カル。ソノ間ニ被害ガ、増エナイトハ限ラナイダロウ」


「それに、こんな状態の子供達を置いていけない」


 エレベター通路の話の続きとばかりに呈する械動に続いて、注木が子供達を加見ながら言う。どうやら、ここでの論争は2対1。こいつ等にもこいつらなりの信念があり、今日目覚め入ったばかりの新米の意見に耳を貸す気は無いらしい。

 俺達が救援を読んでる間に被害が拡大する可能性も、その間ずっと子供達が恐怖にさらされ苦しいのというのも重々理解できる理由だが、俺だってこの眼で直接凄惨な現場を目撃してきた。

 もう、人が目の前で死ぬのは見たくない。あんなものをまた直視すれば、今度こそ心が折れてしまうだろう。


「じゃあ、何か勝算でもあるのか?」


「無いよ。…けど、きっと大丈夫」


「何でそんな軽く言えるんだ、これはゲームじゃ無いんだぞ!体力がゼロになれば本当に死んじゃうんだぞ!?もっと慎重に行動しろよ」


 これはゲームじゃない、現実だ。

 一度負けてしまえば、もう二度と蘇る事の出来ない一発勝負のリアルゲーム。

 別に俺だって、この子達を見捨てるだとか、危険な事に関わりたくないと逃げようとしているわけでは無い。言うならばこれは、戦略的撤退。こんな不安要素が多い上に、確実な勝算もない中で挑むのがとてつもなく無謀だと言っているんだ。今の注木達の行動は、助けたい思いが先行し過ぎて先走っているようにしか見えない。


「軽くでなんか言ってない。死ぬ可能性は当然ある。死ぬのは怖いよ。怖いけど、それ以上に倒さなきゃいけない理由がある。今ここで逃げたら、その事は当然シスターも知ることになる。そうなればこの子達はどうなると思う?動画で見る限り、あれほどの凶暴さを持った怪物が今回の獲物を逃がしてしまったミスを、何のお咎めも無しで許してくれるとは到底思えない。

 もしかしたら攫って来たやつのミスだってみるくちゃんが罰を受けるかもしれないし、これだけ人質がいるなら気を引き締め直す為に、1人くらい見せしめに殺すのだってあり得る。

 絶対そんな事はさせない。私は自分が死ぬより、そっちの方がよっぽど辛い」


 グッと周囲に寄り添う子供達を引き寄せ、さらに続ける。


「それに、遅かれ速かれ私達が【Sensation】だとバレて、またどこかに身を隠されるかもしれない。そうなれば折角掴んだ足取りも途絶え手掛かりもゼロからになって、さらに他の地域でもまた同じことを繰り返すだろうからもっと被害も拡大する。

 今日この場で何としても、私達があのハーピーを止めなきゃいけないんだよ!」


「………」


 力強い熱の籠った瞳で、正面から見つめて来る注木。そこには、俺流に言うところの『絶対的信念』ってやつが垣間見えた。

 しかし、やはり納得できない。先程感じた『嫌な予感』が、どうして頭の隅によぎりり拭えないのだ。


「私達の意見に賛同できないんだったら、今1人で逃げても構わない。そっちの方が、もし私達が負けた時、すぐに【Sensation】が対応できるから良いかもね

 もし今出るのが怖いなら、私達が戦闘開始したその隙に逃げて」


 説得するのも止め沈黙した俺に、注木もまた無理に説得するのは止め好きにすればと皮肉まじりで突き放すように言った。

 そして二人は俺の返答を待たずして、そそくさと部屋を出ていく。待っていろと言われたが、あんな年端としはもいかない少女一人に怪物の相手を任せては心配だと、どうやらみるくの後をこっそり付いていくようだ。


「……はぁ」


 やはり、人間生まれ持っての性分というのは、一度死んで生まれ変わったとしても、そう簡単に変える事はできないらしい。

 子供達と部屋に取り残された俺は、その哀れみか失望か、はたまた呆れかうまく判別のできない視線を一身に浴びながら、部屋の隅へと体育座りで座り込む。

 このまま子供達と事が済むまで引き籠ることも考えたが、注木達がもしやられた場合俺も確実に殺される。

 約5分ほど、じっと考え込んだ俺はゆっくりと立ち上がり子供達を一瞥すると、その現状から目を背けるようにして部屋から出ていった。


 *****


 部屋から出た射恋・攻機の二人は、慎重にみるくの後を追う。入手した情報では敵はプラック一人しか載っていなかったが、みるくが知らないだけで他にまだ仲間がいるかもしれない。そのため、周囲を警戒しながら進んでいく。


「ココダナ」


 施設内はそこまで広くなく、みるくの行先は簡単に知れた。

 真の黒幕である『ハーピー』から呼び出された場所は、神に祈りを捧げ神聖なる礼拝儀式を行うための場所:教会堂。

 みるくが入った後、その扉は閉ざされて中の音は一切聞き取れない。どうにか中の情報を探ろうと扉に手を掛けた射恋に、攻機がそれを制する。


「俺ノ手ヲ握ッテロ」


 そんな事を言われ一瞬ドキッとする射恋だが、これは無感情なアンドロイドだとすぐに冷静さを取り戻しその手を軽く握る。

 すると攻機は扉に手の面積全てを接着するように翳すと、まるで壁に耳を当て聞き耳を立てる時のように、教会堂内の会話が聞こえるようになる。

 実際にその原理は異なるが、攻機は声によって震えている震動を扉を通じてキャッチし、それを中継するかのように手で射恋に共有する仕組みだ。


「今日捕獲してきた3匹が、保管庫から姿を消した。みるく、ちゃんと薬は飲ませたんだろうね?」


 扉一枚隔てたその向こうで今、おそらくプラックと思しき年季の入った老婆のしわがれ声が聞こえてくる。


「はい。確かに薬は効いていました。逃げる事なんて不可能だと思います」


 つい5分程前までその逃亡者達と会話していたにもかかわらず、本当に子供かと疑うほどに肝の据わった幼女は堂々と嘘を付く。


「じゃあお前か、はちみつ!」


 そこでハーピーの声は一段と跳ね上がり、クワッとみるくの隣にいた佐藤はちみつを睨み付けた。


「ヒッ!、違います!」


 ビクッと肩を振るわせ、はちみつは何とか絞り出したかすれれ声で否定する。


「今日、はちみつはずっと施設内の掃除をしていました。だから違います!」


 今にも泣き崩れそうなはちみつを、すかさずみるくが庇う。


「だが最初に奴らを取りに保蔵庫に行ったのはコイツだ。コイツが逃がしたとしか考えられない。

 大体人間は攫ってこれない、掃除も洗濯も食事もろくにできない使い物にならんゴミだ。いっそのこと、今ここで殺してしちまおうか?」


 バッと、ドア越しで会話を聞いていた射恋が中腰で前のめりになった姿勢を、攻機が抑えさせる。

 ここで重要となるのは、教会堂へ突入するタイミングだ。絶好のタイミングで奇襲を仕掛けたいと考える2人だが、教会堂内の構造や人の配置などが把握できていない状況では、むやみやたらの突撃は利口な選択とは言えない。

 もしかしたらもうすでに、攻機なら中の状況を把握しているのではと考える射恋。

 するとその握った械動の手に、一瞬グッと力がこもったのを感じる。そして一拍置いて、


「……何だか、風が騒がしいわね」


 ついさっきまでとは雰囲気を一変させた、プラックの声。

 そんな厨二病が言いそうな言葉ランキングトップ10に入るかのような囁きの刹那、これは単なる勘でしかないが、突如としてそのが特大の警鐘を鳴らした。

 両者どちら側からもその姿や顔は見えていない筈が、その扉越しからでもヒシヒシと伝わってくる全身の血の気が引き背筋がゾッとする程の悍ましい恐怖。

 「ヤバい」と感じる間もなく、


「見~つけた」


 耳に息を吹き替えるかの如くプラックのねっとりとした声音が耳元で鳴ると同時、木っ端微塵に消し飛ぶ教会堂の扉。

 そこには皺が多く刻まれ、優しそうな垂れ目の奥には底なしの闇が籠ったような瞳。その醜いおもてがグニャっと盛大に歪み、満面の微笑みで佇むシスター:〈オーグレス・プラック〉がいた。

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リアル・ゲーム・コンヒューズ 沖田鰹 @okitakatuo

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