ガスタ村・エリア76
新鮮な牛乳のようにどこまでも白く透き通った髪と肌、瞳に、そして服。いま眼前にいるのは、間違いなく俺達を睡眠薬入りの牛乳で眠らせ拉致し、教会兼孤児院の地下深くの人間用冷凍保管庫に幽閉して凍結死させようとした、牛乳悪魔幼女:《佐藤みるく》だ。
俺達と偶然にも
しかし、それもそのはず。今頃あの保管庫で凍っている最中だと思っていたロボットと人間達が今、もれなく三人揃って目の前に立っているのだから。
あの初めてとは思えない手際の良さから察するに、この幼女が得意とするお決まりのパターンはおそらく、ご自慢の睡眠薬入り牛乳で眠らせ拉致した後、そのまま眠らされた相手は二度と目覚めることないまま保管庫で凍結死。迅速かつ自分が直接あの保管庫まで出向き手を下すまでもなく自動的に人間アイスの完成で終わりという手口だろう。
たとえ完全凍結する前に目覚めたとしても、あの保管庫は内側からでは開けられない仕様のため氷漬けにされるのも時間の問題。無垢で無害な子供を装い、その牛乳を口に含ませた瞬間佐藤みるくの勝利は確かなものだった。
否、氷と睡眠。そのどちらにも耐性を持ち、鉄製の扉でさえもいとも容易くこじ開ける機械、
「…どうして」
今回に至っては、まさに相手が悪かったとしか言いようがないだろう。
出会った時とは天と地ほどの差の表情を覗かせながら、みるくは消え入りそうな声音で呟いた。その声量は、静かな図書室でなければ聞き逃してしまうほどだ。
「ソレヲ話スノハ、オ前ノ正体ト目的ヲ…」
「待って。ここではダメ」
と械動の言葉を遮って、みるくは当たりを伺いながらそう言う。その姿は本当にたかが5、6歳の子供かと疑うレベルで謎の貫禄があり、加えて何かを警戒しているように見えた。
(おいおい、まさか合法ロリババアなんてオチは……、さすがにねえよな)
現実世界の容姿の面影を少し残して形成される
もしかしたらこの幼女(疑問)は『DIVE・IN』しAAに変身することで身長・体重はそのままで、肌がピチピチ童顔に変わり口調を子供っぽく装った歴戦の猛者老婆だった。という可能性だって十二分にあり得る。
まあそれならそれで、俺がこんな見た目ロリに一杯食われたのも頷けるが。
みるくは無言で手招きをし俺達と『ダイ』と呼ばれた少年に付いてくるように促すと、図書室の扉を半開きに慎重に左右を確認し抜け足差し足で外へと出る。
その姿はまるでこの施設の住人でありながら、俺達と同じく周りの何かを警戒するような侵入者の立ち振る舞いだ。
「おい、どうする?」
毒を盛った前科から考えれば、その誘いは間違いなく罠とも言える。小さな背中を厳重に見張りながら、小声で俺は械動に耳打ちした。
「…大丈夫ダ。敵意ハ感ジラレナイ」
敵感知レーダーでも付いてるのかそう一言告げると、まさかの誘いに乗るらしい械動。
「言っとくけど、俺は逃げた方が良いって言ったからな。ピンチになったら俺だけでもアルカナで逃げるからな」
あらかじめそう釘を刺し、俺達三人は幼女の後に付いて行くのだった。
*****
そして数分、先導されるようにして訪れたのは一枚の扉の前。どうやらこの部屋に入れと言うらしい。
械動は敵意はないと言っていたが、よくよく考えてみれば最初牛乳を渡された時も敵意は感じられていなかったのだから、そのレーダーはあてにならないではないかと、此処に来て急に心配になる。
もしかしたら扉を開けた瞬間化け物が飛び出し、反撃する余裕もなく捕食されるんじゃないかという最悪のシチュエーションも頭の片隅にいれ、俺はみるくが捻ったドアノブに目を凝らした。
「あっ、おねぇちゃん帰って来た!」
それは、開け放たれた扉に気付いた一人の子供の声。
「ホントだっ!!」「あ、だいずもいるよ!」「その人たち誰?」「ねえちゃん腹減ったーっ」
さらにそれを皮切りに、一斉に盛り上がる室内。しかし同時に、一緒にいた俺達を見るなり皆お互いに体を寄せ合い、その目は警戒と怯えに遷移させた。___若干呑気な奴もいた気がするが。
そこは、およそ十畳ほどの簡素な部屋にみるくと同世代くらいの子供達が7、8人。やはり孤児院というだけあり、他にも子供がいたようだ。この全員がもしやAAという訳ではないだろうが、俺はもう子供相手でも油断は禁物だと警戒を欠かさない。
「みんな安心して、この人たちは悪い人じゃないから」
みるくはそんな子供達にゆっくりと近づくと、落ち着いた柔らかい口調で安心させるように言う。いや、俺達からしたらお前が悪い人だけどな。
自分の事はちゃっかり棚に上げお姉さんぷりを見せるみるくの言葉に、しかし子供達の怯えは幾分か緩和。そういえば改めてみると、多少の身長差はあるが一見して一番年上なのはみるくに思える。これが全員ではないのかもしれないが、今のこの部屋の子供たちの平均年齢はかなり低いと言えた。
とそんな事を思っていると、一番年上のみるくの言葉で俺達が敵じゃないと分かった子供達から、今度は180度ひっくり返った興味の視線がひしひしと伝わってくる。
たしかに全身フルメタル装甲の機械に、赤い翼を生やした鳥人間。好奇心旺盛なこの年頃の子供達が気にならない訳ないのだが、もしやこの反応、みるく以外は【A・V】プレイヤーではない純粋な子供達なのかもしれない。
「カッケェ…」「ロケットパンチとか出るっ!?」
「___何だか気持ち悪い」「シスターの仲間だ!」
するとパーッと駆けつけ興奮気味に注がれるその無垢な瞳は、何ともキレイな二色に差別されられていた。
興味津々でキラキラと期待のこもった白い眼差しを送られるのが、今俺の横におられますかっちょ良いロボットに。対して俺には、「何だコイツ?」とハイライトの失った虚ろな瞳で不審者を見るような黒い眼差し。
子供達と上手く打ち解け人気を獲得した械動には周囲に人が集まり、俺の周りには人っ子一人おらず、一定の距離を保った子供から何かコソコソと陰口を言われる始末。どうやら『ダイ』ちゃんを泣かせたは、気持ち悪い鳥人間である俺だったらしい。
(……まあ別に、俺の魅力は分かる奴に分かれば良いし、鬱陶しいガキ共から好かれても逆にこっちが困るっつうか)
そんな強がりを誰に聞かせるでもなく心の中で呟きながら、何だかこの空間がすごく居ずらいから早く此処に連れて来た理由を話せとみるくに無言の圧を掛ける。
「シーッ。みんな落ち着いて!今からお姉ちゃんとお兄ちゃん達は、大事な大事なお話があるから」
するとその視線に気づいてか否か、みるくは子供達を後ろに下がらせ俺たちの前へと正対。その小さくクリッとした瞳が強い意志を持って、真正面から俺達を見つめる。
「お兄ちゃん達がどうやってあの冷凍庫から脱出出来たのかは分からないですけど、こうなった以上もう覚悟を決めるしかありません。手伝ってくれますか?」
もはや無垢な幼女口調もやめ、しっかりとした敬語で尋ねれた言葉。さっきからこの幼女の言動からはまったくもって話の流れが見えて来ないのだが、械動が言うように敵意がないのだけは何となく分かる。さらに幼女は、
「これから私達の正体と目的、そしてこの孤児院の現状についてをお話しします。まずは、これでナースのお姉ちゃんを温めてあげて下さい」
空き地の時同様、淡い純白の光から生成された『ホットミルク』を手渡してきた。
*****
「
ついさっきの事で素直に受け取れるかと渡されたホットミルクは、最初に械動が毒味し安全であることを確認。
その後弱っていた注木に飲ませたところ、俺の炎でいくら暖めても回復しなかった体調が、一瞬にして良好になった。
みるくがまたしても牛乳に何か仕込んだのか、はたまた俺の看病では意味がないという当て付けか。
蘇った注木は、今の今まで弱っていたとは思えないほどのハイテンションで周囲を見渡す。
「ほんで、此処どこ?」
最後の記憶が保管庫で止まっている注木は、当然此処がどこなのか分からない。
先ほど俺がしたのと同じような質問でキョロキョロするコイツに、ここまでの旅路がどれだけ大変だったかを語ってやろうと思ったが、俺が話すより先にみるくがその口を開いた。
「ここは《エリア76》の辺境に位置する、しがない教会兼孤児院の一室です。シスターは一人、子供は今この部屋にいる子たちと今はいない一人を含めて計12人。
あまり裕福な暮らしはできていなかったけど、シスター・子供共々みんな家族思いで優しく、幸せな毎日を送っていました」
すると、何だか六歳の幼き女の子にしては少し暗らい雰囲気で語り始められた説話。ここまでは9割がた事前に把握していた現状ではあったが、みるくの言葉で一つだけ分からない名称が出て俺は思わず聞き返す。
「エリア76?」
まったく聞き覚えのない単語に俺は注木と械動二人の顔を交互に見ると、二人は「あぁ…」と顔を見合わせた。どうやらご存知でないのは俺だけらしい。
「そういえば、教えてなかったね。今この世界は
《ガスタ村》とは、何となく聞き覚えがあった。たしか【A・V】内のメインストーリーとは一切関係ない、モブキャラのサブストーリーで訪れる辺境の小さな村だった気がする。
日本の街並みとは少し違うなとは思っていたが、まさかの此処が【A・V】側の地域であることに少なからず驚きつつ、同時に俺は注木の説明を何となくだが理解する。
現在多く市場に出回る、既存のオープンワールド型VRMMO。その中で、街から街に移動する際の道やら洞窟が細かく分割され、その一つ一つに名称が付けられているというソフトはほとんど存在しない。
それはゲームが故、一瞬しか通らない道や村の一角などを一々細分化してもややこしくなるだけだとわざわざ区別しなくても良いという運営の判断だろう。
たまにどれもこれも同じような道で判別付けづらかったり、欲しい素材が大雑把な位置しか指定されず全く入手できないという現象が起こったりするが、それがゲームの一興であり醍醐味とも言える。そのため、訪れたい時にはマップの座標を覚えたりピンなどをよく活用していたものだ。
それが今のように『〇〇の〇〇』とより明確に区分されていれば、人命救助や攻略に於いて多少やりやすくなるのは間違いない。
この調子じゃ、まだまだ知らない混同してからのこの世界での新仕様がごまんとありそうだが、それらについては都度プレイして学習していくとして、今はその『エリア76』の孤児院の問題だ。みるくの最後の口ぶりは、まるで幸せに暮らしていたのが過去形のように聞き取れた。
「あの日、混同が起こるまでは」
やはり、それは過去の日常だったらしく、この幼女も同じく混同の被害を受けた一人のようだ。
顔に似合わぬ神妙な面持ちでその続きを話そうとした。その時、
「ヴオオオオオォォォォーーーーーッッッ!!!」
おおよそ、人間のものとは思えない咆哮が施設内に反響した。
「なんだ!?」
咄嗟に身構える、俺達と子供一同。
「奴が呼んでます!お兄ちゃん達はここにいて」
焦ったような口調で早々に言うと、話は中断され外に出ようとするみるく。
「待テ」
そんなみるくを静止させると、振り返った刹那の口元目掛けて攻機が何かを投擲した。おそらく先程口にしていたカードキー型情報取得パス、『
空き地での特訓が効果を発揮したのか、一寸違わないコントロールで小さい口に差し込まれたそのパスは、瞬間飴玉のように舌で溶け幼女の全身へと伝っていく。そこから電気信号で脳内から爪先の先端に至るまで、みるくの全情報が余す事なく攻機に通達。
これにより、一々口頭での説明をせずとも現状把握ができるようになった。
「…ナルホド」
みるくが出て行った後、数秒掛け読み取った情報を整理した攻機は呟く。
「何か分かったか?」
「ドウヤラ、真ノ黒幕ガイルヨウダ」
そして、表情こそ変わらないが何処か自慢気な態度で、そう口にするのだった。
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