超サポート特化型アンドロイド

「絶対に手は離すなよ。下は見るな。目を瞑ってろ!大丈夫。大丈夫!」


 エレベーターの通り道である真っ暗な内部の壁を、磁石の要領で張り付きながら登っていく械動かいどうと、それに首根っこを掴まれるように抱えられる俺。その俺が注木そそのきをおんぶするような形で、俺ら三人は出口を目指し進んでいた。

 もうすでに壁を昇り始めてから三十分は経過しているが、未だ出口が見える気配はない。そもそも普段絶対に誰も通らないような場所なのでその一寸先すら真っ暗闇で、頼れるのは械動の目から発光しているライトのみ。

 一体どれだけ深い地下なんだと、さすがの高さに俺は恐怖を覚え始めた俺は、先程から「大丈夫。心配ない」と呪文のように独りでに自分に言い聞かせていた。

 目を瞑れば全くもって紳士的ではないが、背中から感じる柔らかい感触と良い匂いで幾分か恐怖は紛れる。


「おい、まだ着かないのか?」


 その気さえもさっらに紛らわすように、眼を瞑ったまま俺は械動に尋ねた。


「マダダナ。来ル時モ感ジタガ、此処ノ地下ハ相当深イ」


 まあ実際の深いのはたしかだろうが、その出口が遠いと感じる要因の一つとしては絶対、エレベーターの通り道であるこの壁を今人間の四肢でよじ登っているからだろう。それはまるで電車が走る線路を足で歩いていくように、本来ならボタン一つで一分も経たずして地上へと到着するはずが、三十分も掛かってしまっている状況だ。

 そう考えると俺らは大分時間を無駄にしているようにも思えるが、まあ俺と注木は抱えられているだけでほとんどの負担は言い出しっぺの械動が担っているので別に文句は今のところない。

 機械だから四肢の身体的な疲労や、集中力の欠如で謝って落下するなんて事も多分…、おそらく無いだろう。と信じたい。


「オソラク、アノ保管庫ガ簡単ニハバレナイ様ニダロウナ」


 全身が凍った人間や、謎の生肉の束。あんなモノを見せられれば、誰でもこの施設がヤバいと感じ、何かの事件性を勘づくだろう。

 しかし最も恐ろしいのはそこがの地下であり、俺らを眠らせ攫ったのがであるという事実だ。

 まさかこの孤児院の子供達が、こぞって人攫いをしているなどとは考えたくもない。


「本当にあの佐藤みるくって子が、で人攫いをしてるんかねえ」


 ハズレ能力だと馬鹿にしていた権能にまさかあんな使い道があったとはと、まさに一杯食わされた俺は、未だに信じる事のできないままため息交じりに呟いた。

 やはり能力の甲乙は関係ない。大事なのはそのPSプレイスキルなんだと価値観が揺るぎ掛ける。


「ソレハ、直接会エバ分カル事ダ」


 そんな嘆きのような独り言に、答える械動。


「尋ねて素直に答えるとは思えんけどな」


「ワザワザ答エサセル必要ハナイ。私ノ能力ノ一ツ『informationpass《インフォメーションパス》』ヲ使エバ、嫌デモ相手ノ全情報ハ俺ノコノ機体ノ中ニ流レ込ンデクル」


 そういえば、コイツは情報収集能力にも長けていると注木が言っていた。『informationpass』とは、如何にもな名称だが。それにしてもコイツは本当に、これで戦闘能力が高ければまさに敵なしといったほどに裏方の能力に特化しすぎてるな。


「カードキー形状の『pass』ヲ相手ノ口膣こうこうニ差シ込ム事デ、ソノ情報ヲ余スコトナク全テ入手デキルトイウ能力ダ。

 因ミニ『フェニックス』、オ前ノ全情報ハスデニコノ体内ニインプットサレテイル」


 その「お前の正体を知っている」的な言葉で、俺はすっかり恐怖心も忘れスッと目を開ける。それも事前に、注木から聞かされていた事だ。

 つまりコイツには俺の父が再婚し血の繋がってない義妹、義母との四人家族で、自分とは違い優秀な血統の義妹に嫉妬し、周りからはプレッシャーや同情、侮蔑の視線を送られ続け劣等感で全てがどうでも良くなってしまい引き籠った。というところまで、全て承知済みというわけだ。

 改めて聞くと、知らぬ間に(しかも死んでいる間に)勝手に情報を集められ内部事情が全て筒抜けというのは、なんとも落ち着かないような少しイラつくような気もするが、それでいてディアベルクや復讐の事もおそらく把握しているだろうから、話が早くて助かる気もしないでもない。


「じゃあ械動さんは、その幼女の口の中に無理矢理カードキー形状の物をぶち込みたいと」


「ソウイウ事ダ」


 それが出来れば、あの幼女が何者で何が目的かが一発で分かるのだが、果たしてそう上手くいくだろうか。

 もし全力で拒否られた場合嫌がる幼女を無理矢理抑えつけ、口内に変なものを入れるのは正直あんまりしたくないのだが。


(……あれは油断しただけだからな?まさか大の男が二人正面から幼女に負けたりしないよな?)


 子供とハズレ能力という事にすっかり油断しうまく嵌められた俺は、そんな情けない不安を抱きつつ、あの幼女とまた再会する気満々の械動に意を決し自分の意見を述べる。


「俺は全員無事なら、このまま事を大きくしないで逃げる事を考えた方が良いと思うけどな。俺達まだほとんど戦える状況じゃないんだし」


 別に万が一にも子供に負けるのが怖くて、そう提案してるわけではない。

 これはただの勘だが、何だか異様に嫌な予感がしてならない。これが単なる杞憂きゆうならそれはそれでいいのだが、俺のこういう悪い勘というのは大体当たったりする。


「ダガコノ教会ハ、街ノスグ近クニ位置シテイル。遅カレ速カレ対処シナキャイケナイ問題ナラ、早メニ叩イテオイタ方ガ良イダロウ」


 まだ本当に事件性があるのかも分からないが、柄にもなく異様にやる気の械動。


(もしかしてコイツ、これが初陣か?だから柄にもなくテンション上がってんのか?)


 そんな早速キャラ崩壊しそうな機械に、しかし俺も食い下がった。


「けど今の俺達、まともに戦える奴いないんだぞ?注木はこんなだし、俺は技一つも覚えてないし、お前はサポーターだし。

 あの幼女は一見牛乳作るだけの無害な子供に見えたが、もしかしたらそのバックにヤバい奴がいるかもしれない。ここは慎重に安全策を取って撤退するべきだ」


 こんなに長々と自分の意見を述べたのは、まさに自分の命が懸かっているからだろう。2年前のあの時とは違い、もう俺には死ぬわけにはいかない理由がある。

 最終手段としてHPゼロ死んでも一度だけ蘇れる必殺奥義ザ・アルカナがあるが、その発動手段も詳細もハッキリとは分かっていない状況なので、むやみやたらには信用できない。本当の本当に、奥の手だ。

 ここは一度慎重すぎるくらいで態勢を立て直し、注木が万全、俺達も【Sensation】に入って戦えるようになってからでも遅くない筈だ。


「シカシソノ間ニ俺達ト同ジヨウニ人ガ攫ワレ、アノ地下デ氷漬ケニサレルカ分カラナイ」


 たしかにそれはいたたまれないが、俺達が今無謀に挑んだところで俺達だってそうならないとは限らない。

 コイツは何時間あの部屋に居座っても平気そうだが、俺の方は氷耐性があるだけで元は普通の生身の人間なので凍結はするし、もっと言えば注木が一番危険な状況に曝される。

 その事を、この無機質で無感情な機械は理解しているのか。


「なら、脱出してから他の部隊に救援を要請すればいいだろう。何も俺達だけで今すぐに急いで対処する必要はない」


「シカシ………」


 ガコンッ


 そんな軽い口論のような形で、この真っ暗な機械仕掛けの道を出てからの事を話し合っていた俺達はそこで、何か機械の稼働音のような、駆動音のような音がしたのを鼓膜が拾った。

 一瞬、それは自分の意見を聞いてくれないと械動が何かした音かと思ったが、それにしては遠い。もっと上の方から………、何かがかのような重低音。


「おい、今何か……」


 そう俺が尋ねようとした直後、それは突然。正方形の通路の丁度中央に垂れていたエレベーターを上下に動かす為のメインロープが

 刹那、俺は全身の毛穴から変な汗が出るのを感じ、保管庫にいた時以上の寒さで肝が冷える。


「おいおいおい!これヤバくない?ヤバいよね!?」


 おそらく、あと数秒もしないうちに地下へと向かうエレベーターのケージが、この道を通る。

 ケージと壁の間には一寸の隙間も無く、このままでは3人とも引き殺されてしまうのは確実。

「だから素直に乗ろうって言ったんだよ!」と、迫り来る死に思いっきり取り乱しヒステリック化する俺。

 もはや此処を出る事すらできず、エレベーターに潰されて終わる人生かと諦めかけれる俺に、しかしこの械動攻機こうきという機械男はどこまでも冷静沈着だった。


「問題ナイ」


 一拍置いて、その視界一杯に広がるエレベーター。俺は反射的に目を閉じ、「アルカナ発動。アルカナ発動。アルカナ発動!」と教会の神に祈りを捧げるような勢いで連呼する。

 実際には必殺奥義ザ・アルカナにも通常技同様にモーションと詠唱、あと必殺ゲージがあるので発動しないのは分かっていたが、2年前のあの意図せず発動した時のような自動発動に望みを託すしか、もはや俺にできることはもうなかった。


 そんな目を瞑り神に願うこと数十秒。まだ意識もあれば、痛みも感じない。恐る恐るまぶたを持ち上げた俺は、目を閉じる前まで自分が居た場所と違う、俺ら3人が丁度すっぽりと収まるサイズのにいた。

 どうやらそこは、壁の一部がくり抜かれたような窪み。そこから顔を覗かせ下方を見れば、エレベーターはもう過ぎ去ったあとだった。

 このベテラン主婦をも目を飛び出さんほどの神スペースに逃げ込んだ事により、何とか俺達はことなきを得たというわけらしい。


「…でも、こんなスペース運よく此処にあったのもスゲエけど、よく危機迫ったあの状況で咄嗟に見つけたな」


「?アッタンデモ、見ツケタノデモナイ。俺ガ作ッタンダ」


 と、械動は平然と言ってのける。続けて、


「私ノ能力ノ一ツダ。金属ヤ鉄製ノ物ナラ、ソノ形状ヲ自由ニ変形サセルコトガデキル。ソノ範囲ヤ時間ハ『レベル』ニ比例スルガナ。先程ノ扉モ、コノ手法デコジ開ケタ」


「……お前本当に失敗作か?」


 このあらゆる盤面に於いての万能性と対応力について、俺の中で実はコイツが一番の有能説が浮上する。


「確カニ便利ナ能力デハアルガ、コレデ敵ハ倒セナイ。ドコマデ行ッテモ俺ハ失敗作ダ」


 その様はもはやストイックなのか自虐なのか、表情にこそ変化はないがどこか哀愁の漂う雰囲気を背に、械動はまたひたすら壁を昇り始める。

 俺は俺で、この周りがガッチリ囲まれたような空間に少なからず元引き籠りの面影を再発しそうになりながら、懐かしい名残を必死に押し殺しその場に別れを告げるのだった。


 *****


 それから先は予想外のトラブルもないままエレベーター内部の壁を伝っていき、俺達はようやく出口へと辿り着いた。

 例によって、その出口も械動の能力によりあっという間に解錠され、ついに敵地とも言える教会兼孤児院の一階へと足を踏み入れる。


「うわっ、まぶっ!」


 外に出ると早速そこには第一の刺客、部屋全体を隈なく照らすドデカいシャンデリアが待ち構えており、エレベーター内部通路との明暗の差に俺は堪らず目が明滅する。


「ドウヤラ此処ハ、図書館ノヨウダナ」


 当然のように械動コイツはその影響を受けておらず、視界は至ってクリアらしい。まだ俺はその明るさに慣れていのに、何だか軽いネタバレをされたような気分でムカついた。

 そんな事を思いながら目をシュパシュパさせていると、ようやく俺の目も明順応めいじゅんのう。視界が開けてき辺りを見渡せばそこは、図書館というよりは小規模な図書室のような書庫のような、四方八方が本棚に囲まれた部屋だった。

 エレベーターから飛び出した先が図書室の一角とは一体どういう事かと、今し方出て来た出口、今の俺らからは入り口となるエレベーターの方を見ると、それはマンガや映画で見た事ある。本棚の一つが区切られ、そこに隠させたようにはめ込まれたホームドア。

 隠し通路ならぬ、隠しエレベーターだ。

 おそらく普段はそのエレベーターの入り口を覆うようにして、本棚が設置されているだろう。これは本格的に事件の匂いがして来たと思ったその時、俺は思い出す。


(…そういえば)


 内部通路を通っている途中、エレベーターが動いていたことを。

 この隠しエレベーターの存在を知っているのなら、さっき機械越しにすれ違った人物はこの施設の人間であり、味方でないのは確実。

 つまり今この本棚を閉じてしまえば、向こうは帰って来た際エレベーターから出られないのでは?

 その思考に思い至った瞬間、俺は一目散に駆け寄るとその本棚を動かす為のスイッチかはたまたレバーらしきものを必死に探し始め…ようと思ったその時、


「ヒッ………」


 突然背後から擦り切れるような声が微かに鳴り、俺と械動は揃って振り返った。

 見やるとそれは、みるくよりもさらに幼そうな短髪の少年が限りなく瞠目した表情でこちらをマジマジと見つめ、その場に立っていた。

 やはりみるく以外にも子供がおり、「ヤバッ!早速見つかった!」と焦る俺だが…、


「う、ぐっ、ごめん、なさい。ごめんなさい……」


 そこで突然少年は泣き出し、ひたすらに謝り続けて来た。思わぬ事態に茫然と押し黙る俺達。


「アンタのその厳つい見た目が怖すぎて泣いちゃったじゃねえか。もっと笑えよ」


 表情がまったく変化せず、何だかずっとしかめっ面にも見える機械にむかって、俺は言う。


「何ヲ言ウ。少年ト言エバロボット、ロボットト言エバ少年ダロウ。オ前ノ方コソ、鳥人間ト勘違イサレテ食ベラレルト思ッテルンジャナイカ?

実際ニオ前ガ喰ラッテイタノハ、怠惰ナ時間ダケナノニナ」


 すると意外な事に、この機械も皮肉まじりに返してきた。まあコチラの方は軽い冗談に対して、あちらはどこまで本気か分からない。てか、良いカウンター返して来るじゃねえか。

 その間も少年は泣きながら謝るのを止めず、両者どちらが泣かせたか、宥めるかの押し付け合い。

 だが、それも仕方のないことだった。

 片や無感情・無慈悲のなんちゃって落ちこぼれ殺戮ロボットに、方やコミュ障のネガティブ引き籠りニート。生憎泣いてる子供の宥め方など、どちらも持ち合わせていないのだから。

 せめて注木ならと自分の肩口に視線をやれば、その体温は大分安定してきたはずが未だ目を覚ます気配がない。

 微かに寝息のようなものをたてているため、死んではいないようだが。……って、顔が近い。近い!まったく、これだから陽キャは。

 おぶっている状態で俺の肩に寄りかかる形で眠っているのだからその顔が物理的に近くなるのは当たり前だが、その美形を間近に拝んだことでの可愛さと何となくの恥ずかしさに俺は心の中で呻いた。


「こらダイ!勝手に外に出ちゃダメって言ったでしょ!………あっ」


 するとさらにそこへ、声のボリュームを抑えながら注意するように発せられた新たな声。

 否、『新たな声』とは言ったが、それは少し前に聞いた事がある幼声おさなごえだった。俺達がそちらの方を振り向くと、どうやら声の主も俺達の存在に気付いたようだ。


 白い髪・肌に同じく純白の瞳。ワンピースとストラップサンダルに覆われた、身長わずか1メートル程。俺達を毒入り牛乳で拉致した可愛い顔をしてその裏には凶悪なる蛇のかおを持った牛乳幼女、《佐藤みるく》との再会を果たすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る