選ばれたのは、『はやタカ』でした。

 ……マズい事になった。


 たしかに、2年間誰一人住んでいない空き家状態ではあったが、まさか根城である我が家が無くなっているとは。

 おそらくここから長い戦いになるであろう俺の【真・魔戒裂境】攻略において、その最も重要とし最優先に確保したいのは衣食住だ。その一番と言っても過言ではない『住』がなくなったとなれば、出だしからハードモードなのは確定。

 賃貸を借りていては貯金はそのうち底を尽きてしまうし、かと言って俺がバイトなんて……。まあ間違いなく無理だろう。

 世間の怪獣騒ぎより、よっぽど俺の今後の生活の方が危機的状況と言えた。


「お困りのようだね」


 ホームレスも視野に入れて真剣に考え込んでいた俺に、注木そそのきからそんな声が掛かる。


「ああ、引き籠りが家を奪われて、絶賛お困り中だ」


「なら、選択肢は一つしかないね」


 何だか嫌な予感がしたが、一応聞いてみる。


「選択肢って?」


「さっき言った、対A/V攻略部隊【Sensationセンセーション】。その主な活動内容はモンスター・害悪プレイヤーの討伐抑制と、この世界を元に戻すための原因解明、いわゆる攻略を目指していて絶賛隊員を募集中なんだよ。

 どちらも部隊に入っての業務、仕事っていう位置づけになるからお給料は出るし、なんたって前者は命を懸けて戦ってるからその額は桁違い!

 その代わり勤務時間は朝・昼・夜問わずに出動させられるのと、命の保証は一切ないけど。主にAAを募集してるから、はやタカでも入隊する資格はあるよ」


「応募すれば、すぐにでも入隊できるのか?」


「いや、ちゃんとモンスターと闘えるかの力を選別する入隊試験があるよん。自身の能力を把握してるかの筆記試験と、それを実践で使う事ができるかの実技試験。

 どっちも簡単じゃあないけど、難しすぎでも無いって感じかな」


(…なるほど)


 そこまでの説明を受けて、俺は即答で答えを出す。


「じゃあ、俺は遠慮しておこうかな」


「………、何でっ!!!???」


 珍しく真っ向から自分の意見を述べた俺に対して、まさか断られるとは思ってなかったのか盛大に驚きを見せる注木。

 『何で』って言われても、


「俺がその【Sensation】に入るメリットが、そこまで感じられない。たしかに今の世界に蔓延るモンスター達も心配だが、俺の目的はあくまで〈破壊の魔人:ディアベルク〉だ。

 高い給料は捨て難いけど、部隊っていう組織に縛られるのは自由が利かなくなりそうだし、そもそもその試験に受かるかも微妙だし……」


 最後はお決まりの卑屈さとネガティブが発動し、俺は自信を失くしながら言う。

 【A・V】での俺のプレイスタイルは、自由気ままにオープンワールドを冒険するアドベンチャー型。

 ハンティングアクション型・スローライフ型である他の二つの中間型と言えるプレイスタイルであり、戦えなくもないがその戦闘スキルは良いとこ『中の下』。

 さらに身体補正バフが掛からない現実では、まさに最底辺と言っても過言ではなかった。


「試験までまだ時間はあるし、この射恋いこい様が手取り足取り教えてあげるから受かるよ!…たぶん。

 それに、メリットなら盛りだくさんですぜ旦那」


 しかしまだ決断するのは早いとばかりに、変な口調で待ったを掛ける注木。

 

「ディアベルクなんて、今の【Sensation】の最高戦力でも正直太刀打ちできるか分からないレベルのモンスター。試験に受かんないような実力じゃどの道倒すんなんて夢のまた夢だし、そもそもその前の層も突破できるかどうか。

 現状実力も知識も何もないゼロの状態なら、試験を受けるにあたって自身の能力の理解度も高まるし、一般的な戦闘力も身に着く。

 これはチャンスだよ!この射恋お姉ちゃんに任せなさい!」


 何だか勧誘じみてきたその熱弁はさらに激しさを増し、


「ウチら日本支部は世界でもトップクラスのAA達が揃ってるから、【Sensation】に入ればその強い人達の戦いプレイを間近で見て学べるし、【A・V】攻略の最前線を張ってるからその情報網は広く早く確実!【真・魔戒裂境】のマップ・モンスター・RTAの最短ルートまで全て入手可能。

 …ん、もう一押し?_____しょうがないなあぁ。さらに今なら、この診療所の一室を借りて衣食住を無料で提供する神待遇!入らない手はないでしょっ!」


 その話を終えると、「ハア、ハア」と息を荒げ前のめりに寄り添って来るナース。いちいち距離が近い!

 魅力的なオプションがてんこ盛りなのは分かったが、それ故にその様子と必死さから何か悪徳勧誘じみたものを感じ、裏があるのではないかと疑わざるを得ない。

 しかも考えてみればそれは家も金も頼れる身内もいない、強くなってディアベルクに復讐を果たそうとする今の俺だからこそ好条件と言える待遇。命を賭して戦っている他のAA達からしたら、別にそれは良い話でも何でもないようにも思えた。


 コイツの謎のハイテンションは気になるところだが、確かに今挙げられた特典達は俺の『メリット』になり得るものだ。特に【真・魔戒裂境】に関する情報なんて他では入手困難な有力情報に決まってる。_____何としても欲しい。


 だがここでも、俺の内なる臆病さが邪魔をする。元々人見知りかつコミュ障気味で、協調性がなくやたら一人を好みがちな俺。

 部隊に所属するということはやはり仲間との協力や連携が必要不可欠で、上手くやっていけるかどうかかなり不安だ(まだ受かるかどうかすらも決まってないが)。

 さらに驚いたことに、いつぞやの小説で見たような最強のソロプレイヤー、孤高の一匹狼に憧れている自分がまだそこにいた。


(そんなものなれるわけ無いんだから、とっとと諦めろよ)


 言ってる場合で無いのは重々承知しているのだが、未だ引き籠りだった男が本気出してチート能力で無双する。なんて夢物語を想像しちゃったりもする。

 そんな熟考を重ねる俺にしかし、それは注木からトドメを刺すように言い放たれた。


「あーあと、【Sensation】無所属の人間が『DIVE・IN』してAAの能力を発動すると、犯罪行為になっちゃうから」


「………。それは最初に言え」


 そうして俺は、対A/V攻略部隊【Sensation】の入隊試験を受ける事が決まった。


 *****


 この2年、【A・V】との混同で秩序や治安は荒れに荒れ無法地帯となり掛けている世界でも、辛うじて行政や法は機能していた。

 害悪AA達の留まる事を知らない悪行の数々に、政府はとうとう法の改正。

 【Sensation】以外の人間の無許可でのAA権能の使用を、罪に問われる事を決定した。要するに無免許で車を運転するのがダメなように、【Sensation】発行のライセンス無しで『DIVE・IN』しAAでの権能を使用すれば罰せられるという訳だ。


「えーっと。【Sensation】とは、『感覚』。ゲームと現実リアルが混同してしまった今の世界で、ゲームでは決して味わえない現実の『五感』を忘れない、あるいは思い出す為という意味も籠められそう命名された」


 そして俺は今、病室にて試験に受かるべく【Sensation】の由来・成り立ちから座学をしていた。

 まともな勉強なんて3年…、死んでいた期間を入れればもう5年もしていない為、素直に脳みそに吸収されるかどうか正直不安だ。

 ……まあ、変な計算とか証明じゃないだけまだマシだが。


「数人のお偉いさんが統括する本拠点を中心に枝分かれするように5つの大隊があり、そこからさらに複数別れ小隊が存在する。

 五つの大隊はそれぞれ《Vision視覚》、《Hearing聴覚》、《Smell嗅覚》、《Touch触覚》、《Taste味覚》と五感に因んだ部隊名が付けられている。

 さらにそこから《Taste》ならばSour酸っぱい、Bitter(苦い)、Sweet(甘い)、Salty(しょっぱい)、Delicious(美味い)など味覚の種類の数小部隊がある」


 この【Sensation】自体は【A・V】内で存在していない部隊であったが、形としてはよくゲームで出てくるクラン、ギルド、チームなどと似たような概念だろう。

 俺は所属こそしていなかったが、たしか【A・V】でも《ガーデン》と呼ばれる同じ目標を持った仲間でチームを作れるシステムがあった。

 括りとしては、《大型ガーデン》の中で分岐した《小ガーデン》というイメージか。

 ちなみに注木はさっき自分でも言っていように、その内の第五大隊Taste小隊Sourに属しているらしい。ちょっとややこしくなってきた。


 一通り【Sensation】の内部構成を理解したら、次は自身の能力についてだ。

 注木にジェスチャーで促され、俺は視界の斜め前で指パッチンをする。すると目の前に2年前と同じ、あのホログラムウィンドウが展開された。


 ◆◆◆◆◆

 〈不知火勇鳳〉:Lv2 ランク___

 Role:《鳳凰戦士フェニックスウォリアー

 HP23/23

 SP19/19

 MP5/5


 攻撃力:F

 防御力:G

 素早さ:F

 賢さ :G

 運  :Z


 権能    :飛火の翔進ひびのしょうじん

 スキル   :なし

 ザ・アルカナ:赫生・∧・覺命バーン・アンド・バース

 ◆◆◆◆◆


 そこに映されるは、俺の全ステータス。

 これを丸暗記すれば、筆記試験はほぼ合格間違いないらしい。


「2ページ目の身長体重、性格趣味からキャラ設定詳細まで一語一句隈なく暗記してね。

 ここ、テストに出るから」


 簡単に言ってくれるナースだが、ステータスの『賢さ』をよく見てから言って欲しいものだ。なんたって俺の今の賢さは、S~Gの8つある中で最低クラスのGだ。

 経験値を手に入れレベルアップしてくと、賢さも含めそこら辺のステータスも上昇していくのだろうが、改めて考えてみるとモンスターを倒したりしただけで賢くなれるっておかしいよな。とそんなどうでも良い雑念に、思考が寄り道してしまうのを必死に振り払う。


 『運』に至っては、もはや2年前のゲーム内と同じ。ステータスのクラスには先に述べた8つに加え、天性的にステータスが飛び抜けている場合に他に2つのクラスが存在する。

 それがプラスにカンストしているのが『X』、マイナスにカンストしているのが『Z』だ。つまり俺は、あり得ないくらいに運が悪いという事になる。

 これはもはや生まれ持っての才能なので、レベルアップや何らかのアイテムなどで改善は不可能。


「えーっと、《飛火の翔進》。炎属性攻撃と、レベルに合った飛翔能力の権能。《赫生・∧・覺命》。全身に炎蘇えんそを宿し、HPがゼロになっても一度だけ発動地点に蘇る必殺奥義。

 んで2ページ目が、性別:男。身長………」


 頭を掻きながら、呪文のようにブツブツと呟く俺。

 幸いな事に2年前の遺産とも呼べる予備知識と、これは素直に喜んで良いかは微妙なとこだが、現段階での俺のステータスは超が付くほどの低レベルなため、面倒くさい数字表記が高くても三桁だった為暗記は順調に進んでいた。


「よしっ、覚えた」


「ほんとぅ?」


 とりあえず流し込むかのように頭に叩き込んだ俺に、注木からの胡乱うろんな視線が送られる。


「まあそれは後でテストするとして、じゃあお待ちかねの実技行きますか!」


 それを聞いて、待ってましたと言わんばかりにニヤつく俺。それはまるで、必死に勉強を終えた後の学生の昼休みのような解放感。フルダイブ型のVRならやっぱりコレと言える、実践のプレイだ。

 ほら、俺って習うより慣れろ。百聞は一見に如かず。ごちゃごちゃ理論組み立てるより感覚で覚えるタイプじゃん?。


 と、珍しく豪語したのは良いものの、俺は思い知る事になる。この現実世界と混同コンヒューズしたリアルゲーム【A・V】が、どれだけ高難易度のクソゲーかを。


「って事で、ここからは君のバディも一緒に参加するよん」


械動攻機かいどうこうきダ。ヨロシク」


 そう紹介されていつの間にか現れたのは、全身フルメタルの装甲に身を包んだthe・ロボットだった。


 *****


 季節は、モワッとした風が靡く初夏の日中。

 俺、不知火勇鳳しらぬいはやたかは、実に4、5年ぶりに外の空気を味わっていた。


 小さな診療所内で暴れる訳にもいかず、実技の特訓の為近くの公園へと移動する事になった俺と注木、機械男:械動攻機はしかし、ここに来て俺のユニークスキル:《引き籠り》が発動。

 「外に出たくない」とかなりの駄々をねたのち、注木に説得され、渋々外へとその一歩を踏み出す事になった。

 年下の女の子に背中を押されなければ、一人で外も出れないなんて何とも情けない話だとは自分でも思うが、思考も、身体も言う事を全く聞いてくれないのだから仕方がない。


 と、そんな恥ずかしい想いまでして外の世界に飛び出したは良いものの、なんて事はない。

 久しぶりに浴びる太陽は何とも眩しく少し熱かったが、不思議と悪い気はせず、陰鬱いんうつに包まれどんよりとした『あの部屋』より幾分かマシに思えた。

 思い返してみれば、別に外の世界が怖くなって引き籠ったのではなく、全てがどうでも良くなって自分の殻に閉じこもっただけなのだから、少し考えを変えれば外に出る事など造作もないと今になって都合よく言える。


 公園への道すがらは、まるで俺の知っているようで、知らないリアルとゲームが入り混じったかのような景観が広がっていた。

 少しファンタジーチックの外装となった家がちらほらと見受けられ、鬱蒼と生い茂る木々達。少し遠くを見渡せば展望やら風車やら、教会のようなものまで。

 正直此処が何処だか、おそらく日本の何処かではあるだろうが、見た目はRPGでいうところの村の一角と一般的な住宅が混ざった……、それこそ混同したような街並みだ。思ったよりのゲームらしさに、不思議とテンションが上がっている俺がそこにいた。

 そんなそわそわと落ち着かないず周囲を見渡していた俺に、注木が話し掛けて来る。


「さっき言った、情報を集める能力を持ってる仲間がってのが、このKOUKINコウキンでね。実はこの子も、今期の【Sensation】入隊希望者なんだ」


 『KOUKIN』とはもしかしなくても、今一緒に歩いている械動攻機のことだろう。やはりそのネーミングセンスは終わっている。……って、


「入隊希望者!?」


「そっ、はやタカと同期になるね」


 そんな平然と言ってのける注木だが、いやいやちょっと待て。


「なら【Sensation】公認のライセンスまだ持ってないんだよな?でも今バリバリAAの姿じゃん。違法じゃん。捕まらないの?」


 現在俺の隣を歩いている械動は、何故か出会った時からずっと全身が鉄製の装甲で覆われ、その見た目も、声も、動くたびにウィーンウィーンとなる駆動音のようなものも、もはや全てが完全にロボット。

 これでAAでないと言われた日には、この2年で世界の技術はどれほど進化したのだと、混同コンヒューズよりも話題になっておかしくないレベルだが。


「安心して、KOUKINは持ちだから」


 ___仮免。たしか普通自動車免許を取得する際にも、そんなものがあった気がする。


「ちなみにはやタカのは無いけど、《Sour》である私監修の元なら多少の能力使用は認められからそこら辺も安心して」


 【Sensation】の細かなルールまではまだよく知らんが、よく分からん冤罪や連帯責任なんかで罪に罰せられ、AA永劫使用禁止なんてなったらそれこそ最悪だ。そうならないなら何でも良い。

 俺は注木の説明を片耳に、探るような視線で無意識のうちにその全身機械の姿を凝視していると、


「俺ノ顔ニ何カ付イテルカ?」


 視線に気づいた械動が無機質な声で問い掛けて来た。急いで視線を逸らす俺。


「いや、別に……」


 だがそこで、人間だけでなく機械にまでコミュ障を発生させてはいよいよ救えないと危機感を覚え、思いきってそのロボットと対話を図ってみる事にした。


「きょ、今日は良い天気、…だな。散歩するには丁度いい」


「俺ハAAノ姿ノ時ハ暑サヤ寒サハ感ジナイシ、ソレニ伴ッテノ暑イヤ寒イトッタ感情モ湧キ上ガラナイ。機械ダカラナ」


 やはり見た目に違わず、その感覚や感情すら正真正銘のロボット。勇気を出した初回は空振りに終わったが、勇鳳はめげずに次の話題を振る。


「ああ~、やっぱりロボットとかだとそういうの無いんだ。いいなー、羨ましいなー。ていうか改めて見ると、カッコいいよな~」


 改めて全身のフォルムを拝み、その重厚さ、ディティールの細かさにもうとっくの昔に心の奥底にしまったはずの少年心が擽られる。男のロマンが、そこに詰まっているのだ。


「どんな技が使えんの?やっぱ超高速で発射するロケットパンチとか?ターゲットが死ぬまで追うのを止めない追尾ミサイルとか?目からビームとかっ!?」


 それはまるで自分の好きな話題が来た時のオタクのように、段々と緊張がほぐれまくし立てるように前屈みで目を輝かせる俺。

 そんな男に攻機は一切態度を変えず、あくまで冷静な機械音で答える。


「残念ナガラ、アイニクソンナ大ソレタ能力ハ持チ合ワセテイナイ。コノAAハ、対戦闘用殺戮兵器:《KILLROIDキルロイド》。通称|KID《キッド》ト呼バレル十五体作ラレタ『アンドロイド』ノ内、No.14ニシテ唯一失敗作ノレッテルヲ貼ラレタ個体。トイウ設定ラシイカラナ」


(ふ、ふ〜ん)


 俺にもあったキャラ設定ってやつか。詳しくは見てないが、結構細かくキャラの背景が描かれているらしい。


「対戦闘用殺戮兵器ナドト仰々シクのたまッテハイルガ、実際俺ガ得意トスルノハ戦闘デハナク、『サポート』。コノポンコツ機体ハ、戦闘能力皆無ト言ッテイイ」


 何だか哀愁漂う口調で械動はそう口にし、なんて返せば良いか分からなくなる俺。微妙な気まずさだけが残ったまま、そこで会話は途切れてしまった。


 *****


 その公園は、だだっ広い平地の中央奥にドデカい土管が3本積み重なってるという、古き良き金曜夜7時を思い出させるような空き地だった。

 当然っちゃあ当然だが、HP0=死の今のこの世界でいきなりモンスターとの実戦経験なんかさせもらえるはずもなく、空き地からのスタートらしい。

 まあ此処なら、ホームランボールで隣の家の壺なんかを割ったりしなければ、何をしても問題はなさそうだ。早速俺ら二人は、注木コーチからその戦い方についてをレクチャーしてもらう。


「はい!じゃあまず、【A・V】の戦闘において一番大切なのは何だと思う?」


 さっさと言えば良いものを、勿体ぶって問題形式で質問してくる注木。…これだから陽キャは(偏見です)。


「圧倒的攻撃力・防御力ダ」


 そして何故か乗り気で答える械動。てか、今さっき自分で攻撃力がないと豪語したお前がそれを言うか。と心の中でツッコんでいる俺に、次はお前の番だと視線を送られる。


「じゃあ、読み合い差し合いの戦闘経験?」


「ああ〜、ブッブ〜ッ!どっちも惜しいけど違うね」


 まあ別に正解でも不正解でもどっちでも良いけど、無駄に大袈裟な『ブッブ〜ッ』が「イラカワイイ」(苛つくが可愛いの略)なクソッ。


「戦闘において一番大切なのは、『技の正確さ』。その技を狙った時に出せるか出せないかで戦況は大分左右されちゃうから、これは絶対に覚えておいた方が良いよ」


 注木が言う『技』とはそのまんま、AAが持つ権能から繰り出させる技だ。

 俺もアドベンチャー型だった為多少のモンスターとの戦闘経験があるのだが、例えば俺の炎系統の技を出そうとした場合には、それはボタン一つで発動するのではなく、フルダイブ型のVRゲームならではの発動方法。モーションと詠唱のシステムが適用される。

 それは例えるなら、一番近しいのが格ゲーにおいてのコマンド入力。その技に合ったモーションを一寸違わず再現し、加えて技名を詠唱する。

 その完成度によって威力や範囲はかなり上下し、上手く決まらなければ戦況がひっくり返るというのは俺でも知ってる事実だ。


「つまりこの特訓では、その技が確実に決まる秘伝の極意を教えてくれると!?」


「え、そんなのないよ?ひたすら反復練習あるのみ」


 ………まあ、そうだよなぁ。そんな準チートみたいなのがあったら、皆とっくに使ってるもんなぁ。

 てゆうか、生死が懸かった誰も望まないリアルゲームというなら、さすがにチートを使っても誰も批判しないのではないかと、チート使用者達もついに日の目を浴びる日が来たかと思う俺だったが、その辺はどうなっているのだろう。

 もしかしたら混同させた何者かがチート抑制をしているかもしれないし、チートを使用した瞬間BAN(即死亡)かもしれない。プログラムとかその辺に疎い根っからの文系の俺には、まあ無縁の話だ。


 何にせよ今はただ、技を習得すべく地獄のトレーニングモードに籠るのみ。


「DIVE・IIN」


 そう静かに唱えると、2年前と同じく静謐せいひつな焔が身体を包み込み、霧散した時にはもう紅の髪にキリっとした目元と、中性的な顔。細マッチョで朱き翼を宿したAA《鳳凰戦士》の姿となる。


 早速ウィンドウの技一覧から一番上に表示されている|炎の拳《バーニングナックル》のモーションを確認し、実際にやってみる。

 左足を前、右足を後ろにがに股で中腰の態勢を取り、どういう意味があるか謎の憲法のような構え。

 すると信じられない事に右の握った拳から微かな火種が、徐々に熱を帯び肥大化していく。そのまま正拳突きの要領で拳を前に突き出し、


炎の拳バーニングナックル!!」


 高々と叫んだ。がしかし、


「……あれ?」


 炎は直前で霧散し、俺がかつて使用していた《炎の拳》とは似ても似つかない、いささかショボすぎる演出となった。

 視界には『Fail失敗』の文字が記されており、技発動失敗を意味する。

 ___まあ、最初はこんなもんだろうと切り替え、それからひたすら拳を前に突き出すこと早2時間………。


「なんでーーーっ!!!???」


 何一つとして、俺は技が取得できていない状況であった。

 たしかにゲームの時は、プレイヤーの身体動作を強化する補正が掛けられてはいたが、俺は別に運動神経が悪い方では無い。それでも、初級である《炎の拳》すら習得できないなんて……。

 炎が手に纏ってから前に出すタイミングや、多少の足腰のずれ、詠唱の発音などゲームでは勝手に微調整されていた部分がセルフとなり、正直めちゃくちゃムズイ。

 加えて、真昼間から公園のど真ん中で「炎の拳!」と永遠と叫ぶのは、元引き籠りからしてみればこれ以上ないほどの拷問だ。羞恥で段々と声量が落ちているのも失敗の原因かもしれない。


「……ちくしょうっ」


 ちなみに械動の方は、サポート型の名の通り物理系ではなく何かを投擲する系のモーションが多いらしく、さらに器用さも相まって着実に技を自分の物にしていっていた。

 同期ということもあり、何だか無性に悔しい。……これが、ライバルというヤツか。


「まあまだ一日目だし、これからこれから!」


 そんな劣等感にさいなまれる俺へ、しっかりとナースからのメンタルケアが施される。


「いいよ、どうせ俺なんて。今回の試験も、記念受験みたいなもんだしな」


 しかし、そんなやっすい言葉では俺の飽くなきネガティブ思考はケアされる筈もなく、お決まりのブルーモードへと突入する。


「そんな事言わない。ほら、ちょっと休憩してお昼ご飯にしよっ」


 もはや、こういった面倒くさい男の扱いは慣れたものか、械動も集め気分転換のお昼休憩となる。


「という事で、今日はピクニックって事でこの射恋ちゃんお手製の手作りおにぎりを作ってきました。

 名付けて『ナース直握じかにぎりおむすび』。たくさんお食べよ!」


 やたらと荷物が多いと思ったら、どうやらこの特訓をピクニックだと思っていたらしく、徐に風呂敷を広げ大量のおむすびを差し出す注木。


「俺ハ腹ハ減ラナイカラ大丈夫ダ。機械ダカラナ」


 しかし満面の笑みで料理を提供して来た少女に対し、隣の頭のおかしいロボットはAAに成りきっているのか、はたまたAAであるが故にそういう思考に陥ってしまうのか、美少女の手作り料理というどこぞの高級グルメより価値のありそうな代物を食わないと宣言。


「『直握り』ってところが一部の層にしか刺さらんな、もっとシンプルに手作りとか、お手製とかで良いと思う」


 と俺も、その壊滅的なネーミングセンスに物申しつつ、しかしおむすびはしっかり頂く。なんせ女の子の手作りっていうだけでもポイント高いのに、それがナースで、しかも可愛いとなればたとえ腹が満帆でも食わない手はない。

 女子に手料理を振舞ってもらう機会などもう二度とないかもしれないのだから、このチャンスを棒に振るなど論外だ。


「…上手いっ!」


 そうしておにぎりを一口放り込んだ俺は、素直にそんな言葉が出た。


「でしょっ!」


 嬉しそうに、顔を明らめる注木。本当に、表情にんだ女だ。

 その小さい手で握られたおむすびは丁度いい一口サイズで食べやすいし、味の方も申し分ない。

 そのまま流れるように2、3個食べていくとその味の種類も塩、鮭、ツナマヨ、昆布などなどレパートリー豊富で、これなら一生食ってられると10個目を口に含んだその瞬間、


「オエッ、ウウォエ!」


 1秒前の思考が180度ひっくり返る程の不味さを誇るおにぎりを口にし、俺は盛大に嘔吐えずいた。

 さすがに作った本人の前でリバースするのは失礼だと何とか耐えたが、これは正直ヤバい。不味いというよりも、何だか限りなく酸っぱいような、辛いような、……ワサビか?それともからしか?


「うぇーい。大当たり!」


 すると、まるでその反応を待っていたかのように、注木が煽りを見せる。………コイツ、やったな。


「ロシアンおにぎり。選ばれたのは『はやタカ』でした!

 ちなみに具はワサビとからしの混同コンヒューズ味。どうだった?」


 『どうだった?』と聞かれても、もはやカオスすぎて言葉で言い表す事が出来ない。

 時間差で襲って来た嗚咽おえつせをどうにかしようと、未だ喋れない口の代わりにジェスチャーで『飲み物』を要求すると、


「はい、お兄ちゃん。辛い時は牛乳が効くんだよ」


 それは突然。注木でも械動でもない、第三者の幼き声がなった。同時に俺の手には純白の液体が入った哺乳瓶が携えられ、3人揃って声がした方を見る。

 するとそれはスライムでも、ゴブリンでも、小悪魔系のモンスターでもない、白く透き通ったが俺達とエンカウントしていた。

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