【プロローグ】全焼戦2

 これはゲームか?それとも現実か!?


 突如として現実世界に姿を現した【A・Vアナザー・ヴィスタ】三大ダンジョン【魔戒裂境】の第100層ラスボス〈破壊の魔人:ディアベルク〉に続いて、俺が何年も追い続けファンだった配信者〈アイポイニクスch〉の正体が、まさかの義妹いもうと不知火愛凰しらぬいあおだったという事実。


 もはや何処からどう突っ込んで良いかも分からず、完全に状況に置いていかれる俺。


「正直、私もよく分からない」


 そんな混乱で身動きが取れない俺に、ゲーム内とまったく変わらないビジュアルの《鳳凰巫女》からそんな声が掛かった。


「けど安心して、アンタは私が絶対守るから」


 もう3年も聞いていなかったからか、口調は全然違えど改めて聞けばそれは何故気づかなかったんだと言わんばかりの、配信者:アイポニクスの声であり、義妹:不知火愛凰の声色こわねでもあった。


 そして気づけば、それは数時間前に見たあの第100破壊への頂戦ラスボスステージでの一戦の続きのような。

 アイポイ(愛凰)VS破壊の魔人:ディアベルクの対面。


「話が早くて助かるナ。……だが」


 それは、一瞬の出来事だった。

 グチャッという微かに鈍い音がした次の瞬間、その肘から下の左腕が見事に切断された。


「アアァァァアアァァーーーーーーッッッ!!!」


 吹き出す真っ赤な鮮血と、愛凰の悲痛の叫び。


「悪いが現実とゲームは、違うゾ」


 嘘だ……。と、俺は驚愕に身を震わせる。

 たしかにディアベルクの強さは、数多く存在する【A・V】内のモンスターの中でもトップクラスと謳われ、その危険度は《SSS》を誇る。

 がしかし、かたや小柄な鳳凰巫女アイポイは、八つに区分された【A・V】総人口約三億人のうち0.01%しか入る事の許されない絶対の領域。最高ランク:《黒曜石オブシディアン》第10位だ。

 彼女もまた実力も知識も運も全てを兼ね備えた、トップクラスのプレイヤー。加えて、ゲーム内では一度ディアベルクに勝ちあの難攻不落の【魔戒裂境】を完全攻略している。


 しかしそれは魔神が今口にしたように、あくまでゲームである【A・V】内での話。

 ゲーム内でなら、まさに現実ではありえないような超人的なプレイで圧倒的な戦闘能力を誇る愛凰も、現実では喧嘩もした事ないようなただの17歳の女子高生だ。

 こんなイカつい見た目の魔人相手に、勝てる筈は毛頭なかった。


 そしてそれは、今のこの到底ありえない状況が紛れもない現実であることを、これ以上ないくらいに如実にょじつに語っている。


 おそらく人生で初めて味わうであろう骨から腕を断絶された激痛に、堪らず膝を付きへたり込んでしまう愛凰。だが逆に、まだほんの17歳かそこらの少女が腕を切られ、、その痛みに耐えながら意識を保っていられるその精神力が驚異的とも言えた。

 とその時、愛凰のすぐ横。頭らへんに、一つのホログラムウィンドウが展開される。

 そこにはデッカく〈アバターネーム:不知火愛凰〉と、その下に緑ゲージや白ゲージ、青ゲージらのUIが表示されている。所謂、《ステータスウィンドウ》というやつだろう。

 その中の一つ、HPを示す緑色のゲージがおそらく先の腕を切断されたダメージにより3分の2減少。かなりの深傷ふかでだ。


 そしてそこで俺は、何とも恐ろしい事に気付いてしまう。

 ゲーム内のモンスターが突如として現実に現れ、自分達のアバターをも顕現。喰らったダメージが直に痛みある傷となって身体に影響し、それを示す一本のゲージ。

 もしあのゲージが全てなくなってしまったら、その時は一体どうなるのか………。


「逃げ…て」


 そんな想像もしたくない可能性に頭を巡らせていると、それは激痛に顔を歪ませた愛凰から耳打ちするように小さく漏れた。


「私が時間を稼ぐから、……早く!」


 散々憎みいがみ合ってきた来たはずが、自分の命より俺の安否を優先しようとする。


 否、………できる訳がない。

 例え血が繋がってなくとも、ずっと喧嘩し不仲だったとしても、愛凰は紛れもなく俺の大切な義妹だ。

 ここで見捨ててせこせこと逃げればそれこそ、本当に人間の底辺に落ちてしまう。


 とその時俺の中で先程見た『夢』、アイポイニクス(愛凰だったのだが)と話していたあの時の光景が、突然とフラッシュバックした。


 『………でも、そういうのっていつか本当にやらなきゃいけない時が来ると思います。その時、絶対的な信念を持って逃げずに立ち向かう事が出来れば、それでいいと思います。』


 やらなければいけない時。『それは、今だ!』と、俺は確信する。

 頭の中は未だぐちゃぐちゃで状況は半分も理解していないが、やるべき事は明確だった。

 ディアベルクコイツを倒す。そして俺は義妹もとい、アイポイに今までの謝罪と感謝を伝えるのだ。


 ___何故だか、不思議と恐怖は感じなかった。現実味がなさすぎるからだろうか。今までとは明らかに違う、湧き出てくるような力に高揚しているからだろうか。


 俺は愛凰とディアベルクの間に立つと、静かに、ゆっくりと。これでもし、愛凰のように変身できなかったら大分恥ずいなと思いながら、徐に呟く。


「DIVE・IN」


 すると愛凰の時とは少し違う、落ち着いたともしびのようなほのおが俺の全身を飲み込むと、華々しく散るように霧散。愛凰の時の変身エフェクトを『動』と表すなら、俺のは『静』と言えよう。

 そうして顕現したソイツは、さっきまでの俺の見た目とは大分かけ離れた赤い髪と細マッチョ。アイポイ同様紅の翼を宿したAvatarRoleアバターロール:《鳳凰戦士フェニックスウォリアー》。


「………無理よ」


 愛凰が、擦り切れるような声で言う。

 たしかに、俺なんかが到底敵う相手ではないのかもしれない。しかし、ここで立ち上がらなければ、一歩を踏み出さなければ、それは一生後悔するだろう。

 アイポイに言われた『絶対的信念』を持って、俺は〈破壊の魔神:ディアベルク〉の前に立ちはだかる。


「ダメ!」


 そんな制止も受け入れず静かな闘志を持った俺は、ディアベルクに対しその身を一心に振るう。


「………ぁあ」


 ………事すらできず、気づけば無様にリビングの床へと突っ伏していた。


「誰ダ、貴様ハ?悪いガ今は心躍る最高の瞬間なんだ。雑魚は退いとけ」


 見れば、いつの間にか腹部にでっかい穴が開いており、息がうまくできない。

 痛みはほとんど感じないが、その身体はすでに自由に動かす事すらままならず、それはさながら3分という短い活動限界のその間際に迫られたヒーローのような、ヤバ目の危険信号が警鐘を鳴らしていた。


(あぁ、やっぱダメかよ…)


 ゲーム内のこの姿なら、一歩踏み出した今ならワンチャンスくらいはあると思ったが、やっぱり劣等種は何をやっても上手くいかないのだと、改めて突き付けられる。


 視界は明滅めいめつし、意識は朦朧もうろう。荒くなる息遣いに、やたらと激しくうるさい脈動。

 俺のすぐ横にも存在するホログラムウィンドウを霞む視界で拝めば、残り僅かな体力が容赦なくミリ単位で減少しており、HPゲージの隣には《出血》の異常状態を知らせるアイコンが表示されている。

 自分が自分でなくなってしまうような感覚に襲われるそんな最中、辛うじて機能していたその鼓膜にか細い少女の声が届く。


「……だ。……いやだ」


 顔を思いっきりぐちゃぐちゃにさせ、切断されていない方の右手を必死に俺へと伸ばしていた。

 俺とは違う、整った顔が台無しだ。


「いつも酷い事言ってごめん。喧嘩ばっかでごめん。本当は、あんな事思ってない。これからは素直に生きるから、だから………死なないで、お兄ちゃん」


 もうすでに燃えカスのような瀕死状態の俺は、無意識のうちに自分の左手も伸ばす。


「もう大切な人が死ぬのは、…見たくない」


 そうして徐々に、しかし確実に近づいていく二つの手が重なろうとした。瞬間、


「ッッゥッッ!!!!!」


 今度は俺の左腕が勢いよく弾け飛び、愛凰の手を握る事ができなかった。鋭利な痛みに襲われたが、もはや痛みを伝える声すら出ない。

 完全なるオーバーキルをお見舞いされ、今はただ全身が燃えるように熱い。


「美しい兄妹カ?そういうのは嫌いではナイ。ダガ、残念。貴様にはもっと絶望し恐怖し、全てを失った状態で死んでもらうゾ、アイポ二クス

 ソウだなぁ、次ハ貴様の母親カ?」


「ディアベルクゥゥゥーーーーーーーーーウッッッ!!!」


 自分に唯一泥を付けたアイポイを相当恨んでいるのか、高らかな笑みを浮かべ挑発する魔神。

 それに対し目が飛び出さんほどに睥睨する愛凰は、その憤怒から溢れ返ったアドレナリンが未だおさまらない激痛を凌駕し再度立ち上がった。


「神の宴火えんかで、風よ舞えっ!炎風えんぷう聖天神楽せいてんかぐら!」


 【A・V】の全プレイヤーに与えられ、盤面を一気に覆し一発逆転の勝利へと導く事ができる最後の切り札。《ザ・アルカナ》を発動。

 途端、家のリビングに燃え盛る業火と、凄絶に荒れ狂う旋風。愛凰の《ザ・アルカナ:炎風・聖天神楽》は、使用者の体力の減り幅に比例して、その攻撃力とスピードが増幅するという効果だ。

 3分の1程しかなかったHPはさらにみるみる減っていき、残ったのはタバコの火種ほどしかない赤いラインのみ。


 そうして勢いよく駆け出した愛凰は、しかしその指一本もディアベルクに触れる事ができず、まず残った3本の四肢をバラバラに最後に頭を撥ねられ、そのまま動かなくなってしまった。


「ああ…、あ、ぉ…」


 かく言う俺:不知火勇鳳しらぬいはやたかも、フラッシュを喰らったような眩い視界に、燃えたぎるような身体の熱さ。

 愛凰のあまりにも凄惨な死にこれ以上ない哀傷と、計り知れない程の憎悪と復讐心を胸に宿したまま、18年間の人生の終わりを迎えた。


 *****


 プーッ、プーッ、プーッ。と、一定間隔で鳴り響く電子音の目覚ましで、男はゆっくりとその瞼を開けた。


(どこだ、此処?)


 目を開け最初に思った事は、ソレだった。

 見知らぬ天井に、見知らぬベッド。その周囲に見知らぬ機器達が置かれカーテンで区切られたこの場所は、どうやら病院の一室のようだ。


「……ッ!!!」


 とそこで、此処に来る前の最後の記憶が途端に脳裏に蘇る。

 いきなり現実世界へと現れた〈破壊の魔神:ディアベルク〉によって俺と愛凰は手も足も出ずに見事に殺された。……はずが、


「………生きて、る?」


 切断された左腕はしっかりとくっついており、開けられた腹部の穴もない。意を決しバッと横を見てもそこには、自身の体力やステータスを表したウィンドウは存在しなかった。


(ッ!)


 ならばやはり、あれは最高にタチの悪い悪夢だったのかと。そう一瞬考えたが、ならば引き籠りである俺がこんな見知らぬ病室で目覚めるはずもない。

 『何かがおかしい』。と、第6感がざわめきながら辺り、主に俺の最後の防壁であるカーテン越しの周囲を警戒していると、


「おっ、やっと起きた!このお寝坊さん」


 シャーッといきなりカーテンがいとも容易く開けられ、一人の女が姿を現した。

 途端、点滴などお構いなしに一目散にベッドから飛び起き身構える俺にしかし女は、その反応は予想していたかのように平然と話し掛けて来る。


「はいはい、確かに意味不明な状況で警戒する気持ちもわかるけど、私の格好をよく見て、私は『ナース』。あなたに危害を加える気はない。

 『ナースに悪い人はいない』、これは私の格言でね。分かったらそこに大人しく座って、私の話聞いてくれる?」


 全くもって訳の分からない持論だが、よくよく見たら確かにナースの格好をしている。やはり此処は、どこぞやの病院らしい。

 病院にナースがいるのは当たり前で、左腕切断、腹部大穴の致命傷瀕死患者を看病するのも当たり前。

 それに彼女の言ったとやらはおそらく、今のこの現状について、欲を言えばあのディアベルクや鳳凰巫女の顕現についても詳しく教えてくれる重要な話なのだろう。と、勝手に解釈。

 とそこで、俺はもう一つの重要な事を思い出す。


「愛凰は!?」


 俺と一緒にあの場に居た義妹は無事なのか。俺がこうして生きているのなら、愛凰も生きてるのではないかと、そんな希望を持ってナースを見れば……、

 彼女はそっと目を瞑り、黙って首を横に振った。


「……嘘、だろ」


 じゃあ何で、俺は生きている?。優秀な義妹ではなく、何の取り柄もない俺の方が…。

 その心の疑問を汲み取ったナースは、悄然しょうぜんとする俺を尻目に独りでに告げる。


「あなた、不知火勇鳳と不知火愛凰があの家で〈破壊の魔人:ディアベルク〉に殺されてから、実に2年という月日が経った」


 その言葉を聞いて、俺はさらなる衝撃に襲われる。


(2年だと?)


 体感では俺達がアイツに殺されたのなどつい先日のように感じるし、もっと言えばあの光景を、あの憎き形相を数時間前のように鮮明に思い出す事ができる。

 引き籠りの根暗陰キャだと思って、この女に揶揄からかわれてるのか?


「おそらく、実感は湧かないと思う。なんせあなたはこの2年もの間、成長もしていなければ、この世で生きてすらいなかったから。

 死体だったあなたはたった今、


 それは、『生きていた』という言葉とは似てまったく比なるもの。

 俺はあの襲撃を受け生きていたのではなく、死んで蘇ったというわけだ。それならば、愛凰ではなく俺が生きていたことにも納得がいく。

 おそらくゲームでよくあるHPがゼロになり『ゲームオーバー』となってリスポーンしたのではなく、俺の【A・V】で与えられた《AA:鳳凰戦士》による能力。


 《赫生・∧・覺命バーン・アンド・バース

 

 発動時一度だけ灼熱の焔に包まれた不死身な身体を手に入れ、HPがゼロになっても死なずに蘇る、まさに不死鳥の名に相応しい俺の必殺奥義ザ・アルカナだ。


「ホントに運が良かったね。あの時アルカナが発動してなかったら、今君はこうして此処で息をしていない。もしかしてその運すらも、何度でも蘇る鳳凰の体質からくるものなのかも」


 本来ゲーム内でのザ・アルカナは時間経過やアイテムによってゲージが溜まれば、本人の意思に起因して発動する仕様になっている。

 まさかあの時、無意識のうちに奥義を発動させていて、奇しくも2年越しに蘇るとは、、、。


 そんな俺の心境も置いてけぼりにナースは話を続け、歩みを窓際まで向けると薄桃色のカーテンに手を掛けた。


「すべてはあの日、【アナザー・ヴィスタ】が3周年を迎えたあの日から始まった。

 現実の世界とゲームの世界が連結リンク……、いや混同こんどうっていう言い方の方が正しいかな。もはや2年前までは当たり前だった日常が消え去って、非日常が蔓延るこの世界。

 ようこそ、現実リアルとゲームがグチャグチャに入り混じった、混同コンヒューズの世界へ!」


 同時、バッと開け放たれるカーテン。

 それはまるで、【A・V】へと『DIVE・IN』する時と同じような虹色の光が視界一杯に広がる。


 次いで瞳孔に焼き付いた光景は、何とも広大無辺こうだいむへんな何処か見た事あるようで、それでいて無いような、だった。

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