第3話 嫁の反撃

 朝からマグノリアの怒声が屋敷に響く。

「ちょっと、ライラックさん! 掃除しておいてって昨日言ったわよね? それなのにこれはどういう事かしら。埃が残っているじゃない」

 マグノリアは、昨日触れていた螺旋階段の手すり部分を指でなぞって見せる。使用人達が見ている前でライラックを怒鳴る彼女の表情は、声音とは違って優越感に浸った喜びを浮かべていた。


「さっさと掃除しておいてちょうだい」

 言いながら踵を返そうとするマグノリアの腕をライラックが引き留める。

「お義母さま、一緒にやりましょう! はい、これお持ちになって」

 彼女が渡したのは掃除用具。使用人達が持っているものと同じである。

 自分も同じものを持ってライラックは片腕をマグノリアに差し出した。


「わ、わたくしがやるわけがないでしょう!! 馬鹿な事を言わないで」

「そんな事言ってないでやりますよ~」

 マグノリアは手を振りほどこうとするが、恐ろしいほどびくともしない。細い腕になぜこんなに力があるのかと恐ろしくなるほどだ。暴れれば暴れるほど、骨の軋む音がするのでマグノリアは大人しく掃除をする事にした。


「ライラック様……凄い……」

 どこからか使用人のそんな声がした気がする。



 *


「ちょっと昨日言っていたドレス直していないじゃない!」

 バルコニーにいたライラックを見つけ、マグノリアは昨日投げつけた衣服を見せつける。どの衣服も昨日の状態のまま、自室に戻されていたのだ。

「お義母さま、一緒に直しましょう。あたし、裁縫苦手だから教えてくれませんか?」

「ば、馬鹿な事を。花嫁修業は実家でやるものです。わたくしが教える義理はありません」

「でも、一緒にやればきっと早いですし。ね?」

 笑顔を浮かべながらライラックはマグノリアに腕を伸ばす。マグノリアはひぃっと声をあげ、青ざめる。掴まれたら最後、逃げ出せないと分かっているからだ。マグノリアは大人しくライラックに裁縫を教える事にした。


「ここをこうして糸をこうします」

「わあ、魔法みたい。凄い、お義母さま」

 無邪気に感動するライラックに、マグノリアは鼻を鳴らす。

「裁縫は出来て当然です。というより、昨日も言いましたが、わたくしをお義母さまと呼ばないでちょうだい」

「じゃあ、マグノリアちゃん?」

「ちゃ……この年の女性を“ちゃん”を付けて呼ぶんじゃありません」

「アッシュ君のお母さんって毎回呼ぶと口が疲れますよ。略してアッシュママにしますか?」

「わたくしの事、馬鹿になさっているわよね?」


 険しい表情を浮かべて問い詰めるマグノリアと対照的にけらけらと笑うライラック。彼女達の様子を見て使用人達はひっそりと『仲良くなってる?』と思うのであった。


 *


「それにしてもライラックさん、調度品を選らんのだのは貴女かしら。趣味が悪いのではなくて? 田舎だとお洒落というものに疎いのかしら」

 マグノリアの厳しい言葉が響くのは、夕食の時間である。

 食事をする部屋の調度品が気に入らないらしく、部屋を見回しながら言う。

「お義母さん、家具はアッシュ君の趣味ですよ。趣味が悪いだのという苦情はアッシュ君へどうぞ。あと、今は戦争中だから家具の入れ替えは出来ませんよ。こんな時に領主が贅沢していては、領民に示しがつきませんからね」

「うっ……それもそうだわ。ところで、子どもはいつ生まれるの?」

 次なる追及の種を探し当てたマグノリアに、ライラックは初めて険しい顔を浮かべた。


「子どもは自然の流れに身を任せるしかないですよ。アッシュ君が“子の誕生は奇跡の連続だ”って。お義母さまも身に染みて分かっている事でしょう。生命に関しては何人たりともとやかす言う権利はありません」

 はっきりと自分の意見を告げるライラックの言葉を聞きながら、マグノリアは自分の心に棲んでいた悪魔がぼろぼろに崩れていくような感覚を覚える。

 己の行いを振り返って『自分は一体何をやっていたのだろう』と猛烈に恥ずかしくなった。


「ごめんなさい、ライラックさん。貴女の言う通りだわ」

 屋敷に来て初めて謝るマグノリアの姿に驚いたのは使用人だった。

 ライラックはいつも通りの笑顔を浮かべて食事を続けるよう彼女に言った。

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