第2話 嫁いびり

 マグノリアがやって来たのは、ライラックが手紙を受け取った三日後の事である。

「お義母さま、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」

 出迎えたライラックを見るなり鼻でせせら笑うマグノリア。御年四十一を迎えるが、彼女の美貌は衰えを知らない。


「わたくしが住んでいた頃より全然掃除が出来ていないのではなくて? ほら、こことか埃が溜まっているわよ」

 到着早々、荷物を片手に螺旋階段の手すり部分を指で拭き取り、ほんの少しだけ灰色になった指の腹をライラックへと見せる。


 掃除はライラックの指示で使用人達が行うのだが、埃というものは毎日綺麗に掃除をしてもどこからともなく飛んでくる。マグノリアを迎え入れるにあたって、屋敷全体と彼女が使う部屋を入念に掃除したのだが、気に入らないらしい。


「申し訳ございません、お義母さま」

 頭を下げるライラックにマグノリアは冷たい視線をやる。

「後でちゃんと掃除しておいてくださいね」

 言いながら手に持っていた荷物を侍女に預け、自分の部屋へと向かう。ライラックとアッシュが住んでいるこの屋敷は、マグノリアと亡き元当主が住んでいた。構造も頭に入っているのだろうが、今の主であるライラックの案内なしに勝手に入って進んでいく。


 使用人達はマグノリアの態度と彼女らに流れる不穏な空気を察して気まずそうにしていたが、当のライラックはけろりとしていた。

「お義母さま、あたしが案内いたしますからお待ちください!」

 スカートの裾を持ち上げ、マグノリアを追いかけに行く。

ライラックが後ろで落ち込んでいるものだと思っていたらしいマグノリア。振り返って満面の笑みを浮かべ追いかけてくるライラックを見て、ぎょっとした表情を浮かべた。


 *


 マグノリアを部屋に通した後、バルコニーで今日の予定を再確認していたライラックに義母がドレスを数着持って訪ねてきた。

「お義母さま、どうされました?」

「このドレス、ほつれているから貴女が直してちょうだい」

「あたし裁縫すごく苦手なので侍女にやってもらっても?」

 ライラックの返答にマグノリアは蔑んだような笑みを浮かべて、彼女を見た。

「まぁ、貴族の娘で侯爵夫人でありながら裁縫が苦手ですって。よく我が家に嫁ごうと思ったものね。令嬢にとって裁縫は必須の技術なのに」

「針よりも剣を持っていたものですので……」


 苦笑を浮かべ、気まずそうにするライラック。実母からもさんざん言われていた事だったが、どうも裁縫は苦手であった。というより、裁縫を始めとする家事すべてが苦手なのである。

アッシュは彼女の性格を分かったうえで結婚したし、使用人も夫人の性格は分かっているので彼女の足りない部分は補ってくれた。

代わりに衛兵に剣術指導をするのがライラックの役目である。


 得手不得手を活かし、今のオルデンブルク侯爵家は回っているのだが、マグノリアにとっては許せないようであった。


「だからわたくしは裁縫も出来ない娘と結婚など許したくなかったのです!」

「でも、今は家族じゃないですか、お義母さま」

「貴女にお義母さまと呼ばれる筋合いはありません。気安く呼ばないでちょうだい! この田舎娘が!」


 マグノリアは怒鳴るようにして言うと、手に持っていた衣服をライラックに投げつけ部屋を出て行く。


「奥様、大丈夫ですか? 大奥様はああいっておりましたが、私どもは奥様が嫁いでくださって嬉しいですよ」

 その場にいた使用人達が、ぽかんとしているライラックを慰める。

 しかし、彼女は全く気にしていないように満面の笑みを浮かべた。


「大丈夫よ、あたしの実家は確かに田舎だし。きっとお義母さまもアッシュが戦地に行って不安だと思う。一緒に過ごしていくうちにきっと仲良くなれるわ」

「でも、あんな言い方されて傷つきませんか?」

「ううん、ちょっとの事で落ち込んでいたら訪れていた運気を取り逃がしちゃうぞってお父さまが言っていたの。だからあたしは落ち込まない」

 ライラックの桃色の瞳に覚悟の光が宿る。

「絶対、お義母さまを更生させるわ」

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