36 希望

 ミズタリ全体会議にてダンジョン壊し完成の報告。とはいえ形だけである。帰ってきた後の数日間でみんなが心配なのか部屋に来て、その時におおよそ話をしてあるのだ。そして。


「って事で兎の国にこのダンジョン壊しを届けに行ってくる。」


 今度はこの仕事が待っている。出来れば帰国後すぐ届けに行きたかったが、皆に疲労を悟られて無理せず焦って動くなという話になった。


「じゃあ僕も準備するね!」


 そしてその話にウキウキのオシュだが。


「いや、もう場所判るから一人で行ってくるよ。」


「えー!」


 前回は何もなかったにしろ、やっぱりあの国に皆を連れて行きたくない気持ちはある。特にオシュは素直だから、なんか騙されて色々アレな話になりそう。


 俺の言葉にその場の半分は理解を示す中、何人かは俺をにらみつけてきた。なんで?


「私は同行します。」


 手を上げるメノウ。


「なんで?」


「今回のダンジョン壊しを手土産に国交を結んでおくのも手でしょう。それに今回のマナクリスタルの輸入先としての地位も確立できます。」


 全うな意見である。なおその言葉を聞いて横でリノトがあっという顔をしてそのまましょんぼりしていた。その手があったかという感じだろうか。


「うちも行くぜ。」


 今度はテトが手を上げた。


「なんで。」


「あいつら気力側でしかも能力未熟なんだろ?タンクの仕様からある程度気力使える様にした方がいいだろ。というかそうしねえと使えねえじゃんダンジョン壊し。」


 まっとうな意見である。なお言い終えた後斜め横のヤナが一瞬ピクっと動いたが表情は変わらなかった。その手があったかといった所か、でも表情に出さないのは流石である。


 だが兎の国は治安的にヤナの方が安心である。会議の後で二人にその事を言おうとすると二人からジト目で、ジンウェルの王女から娼館の前で悩んでいたという報告を受けたと言われて言い返せなくなってしまった。行かなかったのに。



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「久しぶりですね!この移動も!」


 二人を背にして飛ぶのは確かに久しぶりである。今回はミズタリからマルチプルで飛び立っての移動だ。


 前回と同様に馬の国まではポータルで行こうとフィルにお願いしたところ、ポータルが変に安定しないから移動しているかもとの事で今回は最初からだ。


「はあー、なんかずっとこんな感じで旅したいなあ。」


 ぼそっとテトがそう言う。それは前回俺も感じた事だ。権力や立場が出来てきてから、一人気ままになんて出来なくなってしまった。彼女は猫人だからか余計そう感じるだろう。


 そしてメノウがそれに同意しようとして、俯いてしまった。それは彼女の次期女王としての責任故だろう。


「ま、まあ、偶の移動だ。少し楽しむのもいいんじゃないか。」


「そ、そうだな。」


 テトと共に取り繕う。三人称視点でメノウの表情は見えないが、ミミが横から縦になったので機嫌が戻ったのかと思ったら、二人の背筋がびくっと跳ねた。


「おい!下に降りろ!」


「え、あ?なんで?」


「下で戦闘が起きています!」


「んな、解った!」


 そのまま空中でブースターを切り、自由落下に移行、地面近くで入れ直す。場所は山間部、恐らくミズタリとの国境の山の麓辺りだ。


 背中のメノウが後ろを指さす。その方向に機体を向けて偵察機を出すと反応多数。丘を越えた先に映ったのは、岩肌の要塞とその根元の平野部を埋め尽くすゴブリンが要塞に突撃している様子だった。


 追加で偵察機を要塞の岩肌に射出すると敵反応と共に友軍反応。羊と山羊の部族だ。スキャンをすると既に少し内部まで押し込まれている!


「まずい!中まで入られてる!テト、メノウ、要塞まで突っ込んでくれ!俺は外で数を減らす!」


「おう!」

「はい!」


 俺は数発バズーカを撃ちながら軍勢の中心に飛び込み機体を反転、メノウを背負ったテトはその勢いを利用して要塞へ飛び込んだ。



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「残党いるか!」


「追い返しました!索敵でもかかりません!」


「念のため索敵継続頼む!」


「はい!」


 そのやり取りの後に歓声が上がる。油断するべきではないが、まあ恐らく状況クリアだろう。平野には戦った痕だけの、死体が無い対魔物戦後の独特な戦場跡が広がる。


「申し訳ない、勇者殿。」


 山羊の部族の長が出てきた。俺はマルチプルからおり握手をする。なお羊の長は負傷中との事。


「いや、本当にたまたま通りかかっただけなのですが、しかしなぜこんな所に?」


「それは…。」


 話を聞くと馬の部族が現状手一杯の為、羊と山羊は国境付近の山間部に移動してそこを周遊して住む事にしたという。しかしその移動ルート上にダンジョンが発生し、そこから無限にゴブリンが湧き出るのだとか。


「はー、どんなダンジョン?」


「一階層二フロアで、入ってすぐにダンジョンコアがあって、奥にもう一つあるんです。」


「なんじゃそりゃ、聞いた事ねえぞそんなダンジョン。」


 テトが戸惑いながらもそう言う。


「しかしそこまで熟知しているのであれば、破壊したのではないですか?」


「それが…。」


 なんでもコアを壊しても壊してもすぐ復活するらしく、破壊後にマナの吸収処理をしても一週間しか持たないのだとか。仕方なく毎週壊していたのだが、不意をつかれて破壊部隊が魔物に襲われ撤退した所、一気にあふれ出て逆に集落を攻められたとの事。


「ダンジョンコア二つってあるの?テト。」


「いや、さっきも言った通り聞いた事ねえ。それにそんな浅く、直ぐに魔物が出るってのも構造的に変だ。」


 ある種の気味悪さがあるのだろう、テトの毛が少し立ち気味だ。とはいえ、わからんにしても。


「とりあえずどうせだし、使ってみるか?コレ。」


 格納庫からダンジョン壊しを取り出す。ああそうかといった顔で二人は頷いた。


「よし、それじゃあそこに案内を、」


「勇者様!」


 案内をお願いしようとした所で、要塞の奥から満身創痍の羊人の長が出てくる。少し体躯の大きい、女性である。だが角は折れ、足を引きずり所処から血がにじんでいた。


「うおおお!ちょっと、大丈夫ですか!」


「あ、ありがとうございます。」


 そう言って羊の長はその場でうずくまりながら礼を言う。仕方なし、こちらから攻め入る前に羊と山羊の集落の復興を優先する。


 その流れで歓迎の食事もいただいたのだが、薬草と草のザワークラウトみたいなのが大量に出てきて、肉食多めの我々は酸っぱさ以上に顔をしかめながらいただいた。彼らの保存食なのだとか。


 翌日メノウが回復魔法を使い民間人を治し、テトが気力回復の補佐をして戦闘員の回復を行い、俺はとりあえずマロキン使って消毒してた。前に使って残り少なかったので消毒液はすぐになくなり、要塞のバリケード作成と設置に切り替える。


 今度ミズタリで消毒液も作るか…。アルコールは今でも作れるけど、傷口に直アルコールって滅茶苦茶痛えから、なるべく沁みない消毒液あると便利なんだよな。



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「それでは、ご武運を!」


 二日後、人も守りも応急手当だが作業中に早速ゴブリンの斥候が来た為に、ダンジョンの破壊が先決となって打って出る事となった。マルチプルの背中にはテトとメノウと共に羊人の一人が案内役として同行する。


「光栄であります!」


「あんまり声出さなくていいよ…。」


 もちろん彼も血のにじむままの満身創痍である。だがそれ以上にやる気に満ちていた。というのも彼は伝説の魔物討伐での共同戦線で真っ先に残る事を言いだした羊人らしく、魔物を討伐した俺を尊敬しているらしい。


 というか、昨日けが人を見た限り、確実に山羊人よりも羊人の方がけが人が多い。そもそも山羊の方が高い所に住んでいたので羊の方がより前線なのだ。


「お前、それ言った方がいいぞ。」


 テトも同じ意見の様だが、羊人は首を横に振る。


「我々は岩肌などに上る技術が低いんです。その変わり体毛にルーンを編んで防御力を上げているので、この分担は理に適ってるんです。」


 羊前衛、山羊後衛という役割分担が文化的にあるとの事。ちょっと可哀想な気もするが、それも彼らの生存戦術なのだろう。


 しかし、今回たまたま通りかかっただけであり、更にこの状況に気が付かなかったら、我々の知らない所で知人達が滅ぼされていたという事だ。その可能性が存在する事を知ってしまった。


 となると俺の知らない少数民族とかは既に魔物に圧殺されてたりしているのだろうか。やはり、俺も先代勇者の様に根本解決に向かう必要があるのでは。


 今手元にあるこのダンジョン壊しを彼らに渡したいところだが、まだ数も無い。一応彼に聞くと問題のダンジョンはその一つだけとの事で、今回のコアを破壊出来ればしばらくは必要ないとの回答。


「勇者様!」


 どうするべきかと考えていると目的地に着いた様だ。俺は空中で巡航状態を切り、今度は怪我人が居るのでホバリングしながらゆっくり高度を下げる。


 下を見るとダンジョンの場所はすぐわかった。既にゴブリンで溢れかえっていのだ。と、いう事でまずは殲滅戦からである。


 空中から撃てるだけ撃ち、着陸後にダンジョンを背に辺りを殲滅する。ダンジョンにバズーカを打ち込むとダンジョンごと吹っ飛ばしして肝心のコアが埋もれる懸念があったのでそこはテト達にお願いする。


 羊人の彼もいっしょに飛び降りるが、あぶねえからとテトに投げ返されて機体の甲板に戻されていた。辺りを殲滅しながら、彼を慰めるという仕事が増えてしまった。


 数がすげえが、とはいえ所詮はゴブリン。一時間もかからずに殲滅し、機体を格納した後に羊人の彼の案内の元、ダンジョンに入る。


 入ってすぐの目の前にいきなりコアがあった。少し首をかしげると奥の二個目も見える。コアの形状は前見た物と違う形をしていたが、ここにある二つは同じ形をしていた。


 早速ダンジョン壊しを格納庫から取り出し、説明書を見ながらメノウが魔力をチャージ、コアに刺してみる。すると世界樹の釘の時の様にコアがシャリシャリ壊れていくが、今度は釘は健在。設計通りの動作だ。


「あら、魔力無くなっちゃいましたね。」


「ほんとだ。」


 俺は気が付かないがメノウとテトはタンクの魔力切れに気が付いた様だ。確かに光は消えている。というか満タンでも一回で全部使い切るのか。


「じゃあまた補給しますね。」


「あ、メノウ、ちょっと待ってくれ。気力補充も試させてくれよ。」 


 そう言って二人はまた説明書をみながら今度はテトが魔力を補充。爪を展開し、広げたアンテナにゆっくり当てる。手がちょっと震えていたが無事機能してタンクは光り直した。隣の部屋のコアに刺すと、同じようにシャリシャリ消える。


「あっけないもんだな。」


「いや、これ相当便利だぞ。マジでマナが霧散してるから再吸収の手間がねえ。これ気力で再吸収するなら数時間ここに居なきゃならないし、黒マナの結晶のダンジョンコアは体に入れると気分悪くなるからすげえ楽だ。」


「一応願術で復活の仕組みを読み取りましたが、一つが壊れるともう一つが抜け殻の様になってすぐ再生する仕組みだったようです。今回二つともすぐ壊した事で抜け殻になる前に壊せた様ですね。」


 となると、よっぽどのやり方でない限りはこのダンジョンは壊せなかったと言う事か。というかなんか見知ったシステムだなと思い出すと、馬の国の伝説の魔物もそんな感じだったな。そうなるような何かがこの土地にあるのだろうか。


 しかしこのダンジョン壊しは対処療法で間に合わせの物なのだが、それでも俺、いや、我々はいい仕事をしたのだろうという事をこの時理解した。



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 その後は軽めに復興の手伝いをして彼らと別れる。最終日の昨晩は家畜の山羊のかば焼きをごちそうしてもらった。


 まあ家畜なので喰うのは普通の事なのだろうけど、マジで首だけ斬り落とされた後の四足が判る状態で両前足を万歳させて、腹開きで串ぶち込まれて囲炉裏で焼かれる山羊肉は、生きた面影を残しすぎててちょっと嫌だったがうまかった。


 そして寄り道した分、急ぎ草原を抜けて国境の川を越える。今回は国境の町に寄らなかった。今のご時世大丈夫か気になるが、また善意で足止めを食らうわけにもいかない。


 とはいえ今回は一度訪れた場所、兎の国に渡ってもマルチプルの3Dマップがあるので道は解る。半日で目標の町の付近までこれた。


 急ぎだからと機体のまま突っ込むと騒ぎになるので三キロ手前でマルチプルから降り、街道に沿って歩いて行くと前にはなかった関所があった。門の周りにバリケードが張っており、既に使用感が見える。


 念のためボディアーマーを展開した上で、手を上げながら近づくと案の定警戒されるが、更に近づくと門番達は構えを解いた。


「あ、あなたは!」


「すまない、ツジフ殿に会いたいのだが。」


「どうぞこちらに!すぐ呼んできます!」


 なんか思った以上に好意的な返答が。よく見え無かったが、あのうさミミの柄は前に剣を向けてきた若者ではないだろうか。関所を見た時にその物々しさから足止め食らうかと思ったが、すんなりそのまま案内してくれた。ツジフが根回ししてくれていたようだ。


「こりゃきついな…。」


 通された簡素な控室で待っているとテトがぼそっと言う。


「何がだ?」


「兎人はかなり弱いな。今すれ違った中で気力使える奴、ほとんどいなかったぞ。」


「ええ。」


「え、そうなのですか?私の方は魔力の気配がないから本当に気力側の人種なのだなあと思ったのですけど。」


「努力次第でやりようはあるが、こりゃ骨が折れるぞ…。」


 テトらしくない難しい顔が崩れぬまま、ツジフが部屋に入ってきた。歓迎のあいさつをそこそこにダンジョン壊しを見せ、実際に使った話をする。


「そうか、これならば。」


「ああ、効果は保証するよ。というかあの町の入り口はどうしたんだ。」


「魔物が増えすぎた結果、遂に人同士の争いに発展したのだ。魔物からの防御は引き続き必要だが、人とも戦わなくてはいけなくなった。」


「それは。」


「今それのおかげで国が三国に別れている。我々も今後どうしていくか…。」


 この後に及んで何やってんだと言うと、どうも魔物が入ってきにくい土地があるらしく、それを巡って争っているのだとか。


「逆によく他の所と争う余裕あるな。」


「逆だ。余裕が無いんだ。作るより今ある物を奪った方が手っ取り早いといった所か。」


 俺はため息の後、どうすんだそりゃと言おうとするがツジフは目を輝かせる。


「だから、今これが必要なのだ。」


 その一言は強い希望が込められていた。根本解決ではないにしろ、改めて我々は良い仕事をしたのだろう。


「あの。」


「うん?どうしたメノウ。」


 そこでメノウが国交を結ばないかと提案した。そういやそういう話だったなと思い出すと同時に彼を見るが、ツジフの回答はそれは自分に決められないとなり頭領と話す為にまた地下へ。今回待合室には行かずそのまま謁見。


「今回はこちらのダンジョン壊しを持って参りました。また国交の樹立をと考えておりまして…。」


「嫌じゃ。」


 まーた我儘を言う兎の頭領。今回言って来た文句はこんなの自分は要求していない、ダンジョン壊しは一度使ったんだから中古として半額にしろ、逆にミズタリがこの国の傘下にはいれと色々いう。


「それらが嫌なら別の案も提示してやろう。」


「ふふ、それでは一応お聞きしますが、何がお望みで?」


 メノウが変にキレイな笑顔で語り掛ける。正直テトが我慢しているのがちょっと不思議なぐらいであるが、二人のしっぽはバキバキに毛を逆立たせている。そしてそれらに全く気が付かない兎の頭領はどや顔でゆっくりと指を刺す。


「その男が欲しい。」


 指を刺されたのは俺だった。


「え、俺?」


 その直球な要求にちょっと照れると、二人の尻尾アタックが顔に飛んでくる。


「いった!」


 二人のふかふかしっぽの割りに結構な威力だったので文句を言おうとすると、冷や汗が噴き出る。テトとメノウ、二人が一気に白く光る全開モードになっていた。


「「おらあ!」」


 声をかける前に二人は頭領に飛び掛かって顔面に拳を叩きこんでいた。その後兎の頭領からの抵抗はあったものの歯が立たなかったようで、男二人が目を反らしつつ、頭領が土下座させられながら国交は結ばれた。

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