35 植民

「実験成功です!」


 ヤガスシンを持ち帰りそのままジンウェルへと向かう。そしてそれをフィニルに渡し成分分析をした所、違う物だった。


 心の中で形容し難い後悔を叫びつつ、ツジフとの約束はどうしようか頭を巡らせていると、なんとレンズのカット形状を変えればいけそうとの事。違う物だが同系統の物質だったようだ。


「んおおお。」


「どうしたの?」


 横で俺の漏れ出た叫びを不思議そうに聞くオシュ。とりあえず首皮一枚つながった。


「それでは加工に入ります。最適化までは時間がかかるでしょうが、一月後にはある程度物になると思います。」


 そう言った後で思い出したように王女フィニルは図面をもってきて広げた。これは俺も初めて見る。なんでも会議の後にガゼットがここで書いたそうだ。


 ただその形状は釘というよりも銛に近く、片手剣ほどの長さの棒の先端に釘、その棒の側面には長細い魔力タンクが棒を沿う様に付いている。


 その横にはこれ用の先端カバーを付けて、直剣と同じ様に鞘に入れて携帯する構想が描かれていた。


「へえー。」


 ただ釘つくりゃいいと考えていた身からすると、ずいぶん立派な道具を作る事になったなあと思う。だがまあ運用用途を考えればこちらの方が使いやすいだろう。俺は格納庫を使う手前、持ち運び易さを考えていなかった。この形状は流石ガゼットと言った所か。


 そして今回はタンク部分のサイズに関わるレンズに宛が出来たので、その更に横の走り書きの、グリップエンドからコードが伸びて樽につながるガソリンスタンドみたいな形状になる可能性は無くなったわけだ。


「あれ。」


 その剣の様な形状を見てふと思いつく。コレ俺の手持ちの勇者の剣にこのシステムそのまま組み込んだら同じように使えないだろうか。


「ねえフィニル、ちょっと相談。」


「え!あ、はい!なんでしょうか!」


 めっちゃ焦る彼女の反応に戸惑うも、その事を相談をしてみるといつもの感じに戻ったが、何故かちょっと残念そうにも見えた。



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「完成はまだ先かー。」


 ミズタリに戻って自室の椅子で独り言。材料を手に入れる事はできたけど、そこから先の魔力が関わってくる作業では俺自身にできる事がほとんどない。


 それに今回それぞれの工房で自身の専門性を生かした部品を作るのだから、手伝いに行くにも出向かなければならない。


 一応進捗は順調らしく、昨日は渋い顔をした龍二人とミズタリ王宮の廊下ですれ違った。話を聞くとドワーフの里に行って追加で加工用の龍血を採ったそうだ。異世界献血である。


「しかし魔物かあ。」


 今となっては魔物と考えるとコボルト一家が出てきてしまう。なぜなら一番長く関わった魔物だからだ。それ故に、この期に及んでただ魔物を亡ぼせばよいという考えも陰ってしまう。


 異世界の世で生存競争の最中を実感しジンウェルへ飛んだが、それだけで良いのだろうか。世の中は弱肉強食と言うもあれは本来、野生は弱肉強食なれど人間は違うという意味で使われた言葉だったはずだ。


 人であるなら少しでも、そうあるべきだろう。受け入れる事と諦める事は同一ではないはずだ。


「考えてみるか。」


 俺は格納庫からノートとボールペンを取り出す。生前、どうにもならない事を考える際にその時の感情や思考をノートに書きなぐっていた。長考すると思考が堂々巡りしてしまうので、数秒前の自分と対談する為といった所か。


「ええーっと…。」


 その日の夜は久々に長かった。。



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「と、いう事で持ってきたぞー。」


 またザルカと共に二人でコボルト一家の元へ訪れる。今回は普通にコボルト一家がお出迎え。皆無事で、気持ちチビコボルトがおっきくなってる気がする。


「ほら、これだよ。」


 そしてザルカはこの面子の中で一番の笑顔である。彼女の手に持つのは革の首輪。そう、飼い犬には首輪つけるだろうという事でザルカに頼んだのだ。


「ガウ…。」


 ちょっと嫌そうなコボルトリーダーだが、ザルカがたしなめると大人しくつけてくれた。これは奴隷の首輪をベースにした物で、一定の制限が加わると同時に一定の効果を得られるという物。言うなれば契約の首輪といった所か。


「キャン!」


 チビコボルトは子供なだけあり受け入れるのが早く、早速着けて喜んでいた。一応この首輪、ミズタリの国章入りなので結構凝った物ではある。


「よっしゃ、それじゃあちょっと写真とるぞ。」


 そう言って俺は青い石を取り出す。こちらはフィルに依頼した魔法カメラだ。まだ量産もできず一個で写真一枚だけ。採算が取れない物なのだが、写真は取れる。そして何より重要なのはこれだと印刷が可能なのだ。


 生前のデジタルカメラを接続させるような技術をここで作るのは難しく、この世界では電気よりも便利なマナや魔力がある以上、技術の方向がそちらに伸びる事は無いだろう。


 と言う事で、電子辞書を見ながらカメラの基本構造をフィルに説明して、同じ動作をするような物を魔法具で作り、印刷できるようにしてほしいとフィルにお願いしたのだ。


 俺のカメラその物もあった為に、イメージしやすかったのか物はすぐに出来上がった。というのも前回手に入れたヤガスシンを見つけた記念にちょっと拝借しており、それが光を吸収したりする物質だったのでいくつか技術関門をすっとばせたのだ。


 この魔法カメラで写真を撮り、魔物を保護した事を画像付きで周辺国に説明し、純人の新聞社にも話をして周知する。恐らく非難されるだろうがここは腹を括る。


「よし、これで写真が取れたはずだ。それと物は相談なのだが。」


 そしてここからがノートに書いて考え付いた案である。ザルカの通訳を交え彼らに話をする。


 この提案は彼らに危険が及ぶ内容だ。自室で思いついた時は妙案だとノリノリだったが、翌日冷静になった時に受け入れてくれるのかと悩んでしまった。


 しかし意外とあっさりその提案にコボルトリーダーは頷いた。


「え、そうか、ありがとう。」


「ガウ。」


 逆に呆気にとられながらもまた進展あったら来ると言って別れ、ザルカと共にミズタリに戻る。ザルカはずっと変わらず笑顔のままだ。


「ふふ。」


「なんだよ。」


「呪術にこんな使い方できるなんてねえ。世界で一番、綺麗な呪いだ。」


「そうかあ?」


「ああ、そうさ。」


 そう言って足早どころかスキップしてザルカはミズタリに戻った。久々に見たなスキップする人。


 その後で周辺国に根回しと広報。一応猫の国からは対立するほどではない程度に意見が来たが、例のおたくの国の攻略した魔境の魔物、と言うと静かになった。


「意外と反対意出なかったなあ。狂ってるのかと言われると思ったけど。」


「いえ、ちゃんと狂ってますよ。」


 王宮の縁側で日向ぼっこついでにメノウに話しかけると、優しい笑顔のまま割と辛辣な返答が返ってきた。


「ええ、じゃあなんで反対意見少ないんだよ。」


「それは貴方が信頼されているからですよ。」


 そして変わらぬ笑顔の彼女はそう続けた。声に出さずにうーんと悩む。というのも今回の計画は実験的かつ半分思い付きなので、失敗も十分ありうる内容である。


 むしろ反対意見が出たら考えを洗練できるかと思っていたが、信頼が予想外に発揮されてしまったようだ。


「まじで?」


「まじです。」


 今回の案は魔物を使った植民地。魔物の多い純人国フォレゲンのカネミツを拠点にし、協力関係のある魔物の村を作ろうという物だ。



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「よっし、それじゃあちょっときついがよろしく頼むぞ。」


「ガウ!」


「ワウ!」


「あい!」


 すげえ、さっそくしゃべってる。あのチビコボルトは大きくなったからとザルカが一家の元へ通い言葉を教えたら、発音は怪しいが喋れるようになったのだ。


 はしゃぎながら荷物を持っていくチビコボルトの首には、油で良くなめした契約の首輪が鈍く光る。これは呪いを契約と言う形にして刻み込んだ物で、その内容は人を傷つけなければ人から傷つけられないという物。


 ただこれは大火力の攻撃には無力であり、無効化する術もいくつかあるが、それでもそこらの野盗や冒険者には破れないだろう。


 何より魔物被害の多い場所に彼らを住ませないといけない以上、冒険者からの不意打ちを防ぐと共に、ミズタリの所属であるという証明をする意味が強い。


 しかしこれ、彼らが人を攻撃した時に即時死ぬとかのペナルティは無い。ただ傷つけられない加護が消えるだけだ。そこらへん世論から攻められるときついが、俺は信頼してくれた彼らにそこまでの重荷を背負わせたくなかった。


 さて今回彼らの目的は、



魔物の討伐

知能のある魔物の勧誘



 この二点となる。野に放たれた魔物をいちいち殲滅するよりも、魔物に管理を任せようという考えだ。


 と言うのもこれ魔物側にも利点があり、魔物の一番の食糧は魔物なのだそうだ。だって同じ黒マナで体出来ているんだもの。


 その為人間が討伐を行うよりもその場で黒マナが補充できる分、魔物の方が継戦能力が高いとの事。


 次に勧誘だが、流石にコボルト三匹で出来る事などたかが知れている。しかし彼らを介して新たにコントロール可能な魔物を勧誘できれば、規模は大きくなるはずだ。


 とはいえこれには致命的な問題が一つある。それは知能が高いくて悪意ある、強い魔物に対しては対策が一切無いという事だ。


 一応事前にそのリスクを説明し、子供がいる彼らはそれを理由に断ると思っていたのだが。


「恩を受けるだけも悪いってさ。」


 そうザルカが言っていた。こちらは討伐を見逃しただけなのですごい律儀な態度だが、そもそも彼らとしても野生動物より魔物の方を食べたいらしい。


 こんな感じで魔物側の説得は順調に進むのだが別の所で手間があった。実は結構金がかかっているのだ。首輪はそんなでも無く、広報はそれなりにかかる程度だが、彼ら用にフォレゲンの土地を買った金額が結構高額なのだ。


 他国、しかも過去の大戦でも中立とはいえ獣人の国からの土地購入なんて普通応じないだろうが、一応勇者という事で取引してくれた形だ。買った場所はカネミツ付近の谷から森と、魔物の勢力が伸びている平原の一部分までである。


 というか魔物が増えている今、土地価格は下がっているはずなのだが、値段そんな安くも無かったのでぼったくられたかもしれない。


 とはいえ時間かけてもられない上、金は貿易のおかげで儲けており予算内に収められちゃったのでそのまま推し進めた。


 そんな経緯からこのやり方で本当にいいのかなあと迷いが未だ続いているのか、格納庫から彼らの荷物を取り出す手が鈍ってしまった。


「よし、それじゃあ拠点の作成を頼む。俺は人に会った時の説明をする為について行くよ。」


「あい!あるがとう!」


 うーむチビコボルト素直。一応は俺もアーマーを着込んで日中同行と手伝いをし、夜はカネミツに戻り宿に泊まる。やる事は説明以外に現状の魔物の分布と種類の調査、そして強力な魔物が出た時のバックアップとして十日ほど滞在する予定だ。


 最初の三日は彼らの拠点作りが主となった。買った土地が書かれている地図を渡すと彼らは三箇所に印をつけて、それぞれに拠点を作るのだとか。まあここら辺は現場の彼らに判断を任せた方が良いだろう。


 四日目に保存食を作り、五日目からやっと討伐を開始。犬顔のおかげか鼻が利くようで索敵もお手の物、そして流石一ダンジョンのボスだったこともあり戦闘は安定してた。


 敵もゴブリンがメインで偶にコボルト程度であり、特に強力な魔物が闊歩する事は無く、ここら辺は竜も出ない地域なので確認した限り問題なさそうだ。


 俺が加勢する事も無く家族で連携も取っていた為、現状戦力で問題なさそうだ。変に深追いする事も無い冷静さもあり、同族を狩る時は大丈夫かと思ったが普通に殺していた。まあ、人間同士だって戦争するしそういうものなのかもしれない。


 そして結局人とは会わなかった。冷静に考えれば魔物が溢れる今の状況で森をうろつく人は居ないか。


 意外といけるなと思った八日目の夜、違う方向で風向きが変わる。泊まっている宿の食堂で声をかけられたのだ。


「王様?」


「うん?」


 純人の国で珍しい犬ミミ、しかも身分を偽って滞在している俺を知っている。声の主を見るとその犬ミミと共に見覚えがある。あの釘作成会議に参加していた犬人だ。確か名はレフルトだったか。


「こんな所で一人で何をしてらっしゃるのですか?」


「ああ、魔物の治安維持テストだよ。」


「え!あれ本当にやってるんですか!」


 話を聞くと、犬の国の民衆は俺が狂ったのではないかと言っているそうだ。彼も魔物には知能が無いと思っていたらしく、俺に実際会った様子がまともそうだったのに、その後にあの施策が発表されて、頭がおかしくなってしまったのではと悩んでいたのだとか。


「というか危なくないですか。一人でなんて。」


「あー、それなあ。」


 実は今回俺一人で行っているのだがそれにも理由がある。どちらかと言うとこれはコボルト側の理由なのだ。


 結局俺の嫁たちが居ると戦闘力が高すぎて怖いらしい。じゃあ一般人の護衛をと考えたが、魔物と同行するともめる可能性があるとザルカに止められた。


 なおザルカは純人国に行けばまたダンジョン破壊に向かわされそうとの事でミズタリに残した。ただそれを語る際に一瞬、違う仄暗さを表情に見たので何か他に理由があるのかもしれない。


 なので結果論なのだが、魔物との橋渡しは魔力を持たない俺にしかできない事でもあったようなのだ。


「一応これからどんな方向に発展させるかってのは考え付いてないのだけど、とりあえず形になるのかは確認したいな。まあ最終的に無駄骨かもしれないけどね。」


「いや、でも、すごいですね。」


 彼の言葉は本心なのだろう、めっちゃシッポを振っているから。話の最初では垂れ下がってたから本当に疑心暗鬼だったっぽいな。とはいえ魔物に知能が無いと思っている人からすれば、俺の一連の行動はまさしく奇行だろう。


「そういえば、君は何故ここへ?」


「あ!そうだ、タンク出来たんで今持っていく所です!一応小型、中型までは私が持っていくんです!大型はカミドさんが今輸送中です!」


 そう言って背中のでか目の鞄をこちらに見せる。カミドってあのジンウェルのゴーレム技師か。そうか、大型も本当に作ったのか。


「はー、そうか、仕事早いな。」


「いえ、我々が最後です。他は既にジンウェルにある様ですよ。」


「え!そうなの!」


「そうですよ!一緒に行きますか?」


 なんかいつの間にか話が大分進んでいた。ある意味こんなことしてる場合ではなかった、いやでもここに居なかったら話を聞けなかったか。


「しかしずいぶんと情報が密じゃないか。通信できない今どうやってそんなやり取りを?」


「あはは、ちょっと原始的ですけど、伝書鳥人です。そういえば、鳥人はミズタリに手紙を送ろうとするとすごい嫌がってましたね…。」


 うわあ、そんなものがあるのか。そしてなんで嫌がるのかと少し考えると、うちに究生龍いるからという事を思い出した。タマゴ温める関係でお互い宿敵って言ってたな、そんな影響もあるのか。



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 翌日の朝、コボルト一家に話をし、一日早くここを発つと伝える。夫婦は普通に頷いていたが、チビコボルトは不満そうだった。


 そして夕方の別れ際でチビコボルトはぐずりはじめたので、頭を撫でると俺の足にしがみつく。知らぬ間になつかれていたようで微笑ましく思い、また戻ってくるなどちょっとお話し。しばらくするとその手も離れ、彼らに手を振って別れる。


 そしてその様子を夕方から合流したレフルトが戸惑いながら見ていた。なんというか、たぶんこれゴキブリとか爬虫類飼っている人を理解無い人が見た状況と同じだな。こんな目で見られるのか…。


 そのまま同日に夜間飛行でジンウェルへと考えたが、到着が真夜中となってしまう為、もう一泊して翌日の朝にカネミツを発つ。するとやはり機械技師か、マルチプルの背にいる彼は昨日とうってかわって始終しっぽを振りまくってた。


「よし、門まで着いたぞ。」


「すごかったです!光栄でした!」


「ああ、それじゃあタンクの方頼んだぞ。俺は機体を格納した後向かう。」


「はい!」


 ジンウェルに着いて門の前に彼を降ろす。今は町の外は危険だという事で閉ざされている為に、門まで機体で乗り付けても騒がれないがその理由がもの悲しい。


 疲れない様にゆっくりと機体を収納した後、俺もすぐ王宮へ。と思ったが何となく足を止める。なんだろうと思い少し考え、久々に異国の地で一人自由である事を理解した。


「そっか。」


 考えてみれば国外で一人の自由時間は久々な気がする。王になる前を思い出してワクワクしてきてしまった。王宮に行くのはちょっと街まわってからにしよう。門番には適当に話を合わせて中に入れてもらう。


「うーん、それでも女遊びはやめとくか…。」


 そして道中で最初に娼館を目にした為に足を止めたが、午前の今から行くのはちょっと落伍者感を持ったので歩き直す。大人しく体の空腹に従い、まだ早いながらも飯にする。


 内陸国のミズタリは海が無い。なのでどうせだから輸入すると高い海産物を食べる事に決めて漁港へ向かった。


「おー、あれ?」


 すると道中に新しくできたのかでっけえチャエリア屋があり、王様のチャエリアと書かれた看板に俺っぽい人が飯をかっ喰らってる看板があった。


「こんな勢いよく食ったかな…。」


 看板の端にロボ書いてあるからたぶん俺なのだろう。まあこんな時代だ、肖像権とかの考えが無いだろうし、気持ちイケメンに描かれているから許そう。だけど店にはちょっと入りにくいな。


「別のもん探してみるか。」


 そう言ってぶらつくも、意外と知らない所の知らない店に入る気概が無くなってしまった。というのも周りが俺を知っている可能性が看板によって発生してしまったので、解放感が薄れたのだ。


「おや。」


 そのまま看板の案内を見つつ漁港まで行くと屋台街が出てきた。形態は亜人の国と大体一緒。定向進化じゃないけれど、便利なもんは似通ったりするのだろう。


 その中でなんかアノマロカリスっぽいやつがパン齧ってうまい!って書いてある屋台を見つける。覗いてみると、エビのパニーニっぽい。


「コレください。」


「あいよ!」


 店主は手際よく物を挟み、緑のソースをかけた後に軽くパンを押し焼いた。その時に、はみ出たソースが鉄板で焼けて良い香りがする。


「はいどうぞ!」


「はーい。」


 お金を渡し、物を受け取る。挟んでいた時見たがこのエビ、生前のやつとは反ってる方向が逆。なんかサソリ的なやつかなーとも思ったが生態はわからない。


 早速ひと齧りするとエビっぽいのに意外とこってりしていて驚いたが、野菜とタレでバランスが取れてる。タレもこの世界で初めての酸っぱめジャンルの味だがうまい。


 おー、と思いながら改めて店を見ると、店主が鍋からザルを取り出す。中はゆでられて真っ赤になった看板のアノマロカリスだった。


 あの食材に共食いさせるような看板って生前でもあったけど、こっちでもできてしまうのか。


 その後は喉が渇いたので油を乳化させて溶かし込んだ水に柑橘類を混ぜた、変わった飲み物を飲んだ。油に癖があり、たぶんオリーブっぽい何かなのだろうが思いの他おいしくない。柑橘類の味でなんとか飲みきれたがもう一度はいいかな。


「おや。」


 そのまま漁港を散策すると小さな看板があった。読むと先代勇者が魔大陸に渡った際の港がここらしい。


 彼は今の様に魔物が世界で溢れた時、各地を回り混乱を収めた後で最後は魔物を止める為に魔大陸へ単身渡ったらしい。


 彼は帰ってこなかったが、渡ってしばらくしてぴたりとダンジョンの発生が止まったという。歴史が繰り返している今、やはり俺も行かねばならないのだろうか。


 だが俺はそこまで勇者の名に殉じる理由も無く、一応王だし、そもそも皆を残して死ぬ事は出来ない。だが。


「うーむ。」


 現状ほっといて良いかと言うとそうもいかない。ミズタリはこのご時世に安定してるが、周辺国が滅べば補給は自国のみ、そして溢れた魔物は最終的にミズタリを攻めてきてじり貧になるのだろう。


 その前になんとかするべきだ。とはいえ魔大陸にマルチプルで飛び込むだけではリスクが高すぎる。渡る手段と手法が必要なのだが考える事と必要な準備は山ほどある。


 だがその考え始めは多数の鉄底の足音で中断される。


「うん?」


 後ろを振り向くとジンウェルの騎士達が俺を囲んでいた。あれ、俺なんかやったっけ?

そしてその一団の奥から。


「あんたぁ!何こんな所で油売ってんの!」


「え、あ、すまん。」


 フェニルが出てきた。結局あの後レフルトと別れた後にふらっと俺が消えた事で王宮が大騒ぎになったらしく、王女自らが仕事を中断して探したのだとか。


「あんた魔力感知引っかからないから、いちいち全部見る羽目になったじゃない!」


「いや、でも偶にはちょっと一人でさ。」


「ここでなんかあったら国際問題よ!うちにミズタリに勝つ術ないんだから!まったくもう!」


「はーい、ん、待って、見たって何を?」


「王女は自身が建築した物からならば視線を得る事が出来るんですよ。それで国を見て回ったのかと。」


 騎士の一人がフルフェイスのバイザーをあげて教えてくれた。彼の表情は一応笑顔なのだが、フル装備で出向く切っ掛けを作ってしまった手前、なんか申し訳なくなって反省が顔に漏れ出て行く。


「一応少し過去の映像も物が覚えてるからあんたを見つけて辿れたのよ。まあ私の国で危ないってことはないけど、それでもよ。」


 あっぶねえ、これ娼館でも行ってミズタリに報告されたら死ぬ所だった。



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「ほい、こいつが完成品だ。」


 三日後王宮の工房でガゼットが手を拭きながらジンウェルの工房の机に物を五本並べる。手が黒いことからも本当に出来立てほやほやなのだろう。


 鞘もしっかり誂えたようで、一本手に取り鞘から抜くと先端の釘には取り外せるプロテクターが付いていた。鞘の底を見るとちゃんと隙間を作ってある。これなら壁にぶつけても折れたりしないだろう。


「えーっと、この、釘?いや、なんていうんだ?」


「そう言えば名前決めなかったわね。」


「じゃ、じゃあ会議で決めますか?名前。」


「んなもんに時間かけんじゃねえよ。ダンジョン壊しでいいだろ。」


「まあそれでいいか。」


 王女二人は残念そうな顔をしているが、今そこで時間を使う必要は無いだろう。なおレフルトは目を輝かせ、カミドはちょっと残念そうだった。


 なんで残念そうなのだろうかと思ったが、自分の持ってきた大型魔力タンクが無駄になったからだろう。端っこにでか目の樽が積まれていた。


 あれも本来給水塔のタンクの大きさになる予定だったのが樽サイズになったんだから、結構頑張った物のはずなんだよな。


「そんじゃあ犬のあんちゃん、魔力補充の説明頼む。」


「え、あ!はい!魔力補充の説明ですが、ここの白い部分に手を当てて魔力譲渡をしてください。満タンになれば本体が光りますが、それ以上に感覚でわかると思います。あと一応この白い部分は扇状に広げられまして、ここに魔法を当てればそのまま吸収できますが、衝撃は残りますので緊急用となります。」


 ふむふむ。と思ったが緊急用って何と横のフィニルに耳打ちすると、現場で突然魔力無くなった時に遠目から魔法を撃って補充するためとか。


 どんな使い方だよと思ったが、その疑問にもフィニルは気が付いた様で、ダンジョンボスが強すぎる場合はコア特攻といってボスを横目にコアを狙う戦法があるそうでその為では?との事。一撃に賭ける為、魔法剣とかを使うらしいのでそれがモデルっぽい。


「それでまあ、こちらですがそれ以外にも機能ありまして気力の魔力変換もこちらで行います。なので気力側の人種の方はこちらに気力の攻撃を当ててください。ただやはり衝撃は残りますので、優しくお願いします。」


 はー、そういう事か。一応今回は気力側の人間も使える様にと俺がオーダーしたのだ。


 俺の目的は兎用なのだが、その後でザルカが強く推したらしい。なんでも魔術師殺しのようなダンジョンは絶界に近く、魔力が霧散し使えないから気力型の方が有利なんだとか。なので気力型の人種による攻略でも使えるように途中補充の必要性を訴えたとの事。


「一応絶界環境でタンクの魔力減衰は一日で二割程度となります。なので連日ダンジョンにこもる場合は途中で補充が必要となる可能性ありますので、なるべく魔物を排除してから破壊部隊の突入が基本ですね。」


「わかった。」


 そう答えた俺は説明書と共に三本受け取った。二本はフォレゲン、一本は兎の国用だ。残り二本はそれぞれジンウェルと犬の国用となる。


「すまないな。」


「うーん、しょうがないですよ、こればかりは。」


 数の割り振りにレフルトは不服そうではあるが、納得はしてくれたようだ。今は誰もがこの道具を欲しがるだろうが、道中一緒に飛んできた時に二人で見たフォレゲンの魔物の量から納得した部分もあるだろう。


「それじゃあ俺は届けに行ってくる。」


「一応確認はしてありますが、何分初品です。初期不良もあるかもしれませんのでその時はご報告を。」


「ああ、それじゃあフォレゲンまで行くが、また一緒に乗ってくか?」


「はい!」


 受け取った翌日にレフルトと共にフォレゲンへとんぼ返りをする。アポなしで冒険者ギルドに向かい、ダンジョン壊しを持ってきたと伝えると十分くらいでギルド長が飛んできた。


 大層な歓迎を受けたが一区切りついた事で疲れが表に出てきてしまい、直ぐに帰ると伝えてそのままカネミツに飛ぶ。


 ミズタリ直帰と行きたかったが何となくコボルト一家が気になってしまい、カネミツで停止して宿をとる事にした。


 夕方前でそこそこ日が高いがレフルトも同じ宿に泊まる。彼も俺の疲れが移った様になっていたが、しかし彼は急ぎの身、明日一番にここを出て犬の国まで馬車で行くそうだ。


 翌日の昼頃、布団替えるからと清掃員にたたき起こされる。不満を覚えつつも、偽名でやっているからこその対応なのだとしみじみ感じ、のそのそと準備をしてコボルト一家の住処に向かう。宿泊客は俺が最後だったから、レフルトはちゃんと起きた様だ。


 そう言えばいくつか拠点作ったけど、彼らどこに居るのだろうかと思いつつ、マップを見ながらピン打った所を周ると二個目で合流。状況を聞くも彼らは特段問題無く、逆に新たな仲間が増えた訳でもなかった。


 まあ初めたばかりだしと軽く状況確認を行うと、疲れを悟られたのかチビコボルトが薬草をくれた。チビに心配され、あー、疲れているんだなあと、久々頑張ったんだなあを同時に理解し、薬草を遠慮した後すぐに帰る事にした。

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