34 釘

「ふう。」


 猫の国から戻り五日たった。個人的にテト達によしよしするのが結構気に入ったので、二人を撫でに行ってぶん殴られるという流れをこの五日間で何度かやった。そして夜、食堂から戻った時に。


「あ、あんた。釘を返しておくれよ。」


 廊下ですれ違ったザルカのその一言で、釘が壊れた事と魔物と約束した事を思い出した。


「あああああ!」


「え、なんだい。どうしたんだい。」


 俺は頭を抱えた後、慌てて状況を話すも支離滅裂で、ザルカになだめられてやっと落ち着いて状況を整理出来た。



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「んで、こっちの方かい?」


「ああ、たぶんそうだ。」


 二日後、ザルカと共にミズタリの国境付近まで来た。あのコボルト一家は国境沿いに丸を付けたので恐らくここら辺のどこかだと思うのだが、詳細位置はもちろんわからない。


 ザルカに相談をした時に、合流場所の詳細やその手段などをなんも話していない事に気が付いたからだ。


 唸る俺を見るザルカは魔物の索敵が出来るよう準備しておくと言い、今日の朝誘われた。


 また道中の町中で今回の事を話していると、彼女は魔物にも詳しいようで知能がある個体が居る事を知っていた。


「しかし話の解るコボルトかい。上位の魔物には割といるけど、そんな下位の魔物で知能があるのは珍しいね。」


「そうなのか。流石、黒マナ系はなんでも解るな。」


「いや、魔物に知能がある事を知っている人は幾らかいると思うさね。」


 感心するもこの話自体はそこそこ知られているらしく、冒険者の中には魔物の動きから理解する者は居るだろうとの事。


 しかしそれは公然の秘密として存在している様で、それを公にしてしまうとダンジョン等の運用に良心の呵責が出るからとの事だ。確かに生前でも豚は犬より賢いという話もあるもんな。


「それに、それを含めてあたしも専門じゃないよ。うちは呪術を使う上で黒マナ関係に紐づく所を学んだだけだし、実際魔物と話すのは初めてだ。」


 しばらくしてミズタリの国境を越えたのかザルカは頷き地面に魔法陣を描く。それはフィルの使う青い物と違い、赤く、少し暗さがあった。


「それも呪術?」


「いや、これは最近作り始めた黒魔法さ。呪術じゃ応答性が悪いからね、前あんたと一緒に持ち帰った書物とフィルに習った魔法を元にいくつか作ったんだ。」


「へー。」


 魔法ってそんな作れるもんなんか。それにフィルはなんというか、黒エルフ差別があるので二人の仲を心配していたのだが、長寿食糧探しが鎹になったのか意外と仲良くやっているのだろう。


「まあ散々嫌味言われながらだけどね。うん、居た。あっちの方さ。」


 駄目じゃねえか今度話するか。彼女について行くと木で作った小さな野営地があった。恐らくここだろうと思い真っすぐ進む。


 するとその道中でガサっという音がし、音の方を見ると大剣を構えたコボルトリーダーが居た。


「うお!あ!無事か!」


 その声に気が付いたのか相手は剣を降ろした。お互いの再開を喜び握手をした後、彼はその野営地の少し横の、目立たない住処に案内してくれた。


 あの野営地はブラフだったのか。中には彼の家族がちゃんといて、俺の渡した服はだぶだぶの状態でちびコボルトが着ていてちょっと微笑ましい。


「遅くなってすまない。それじゃあミズタリに行こう。あっちの方だ。」


 そうコボルトリーダーに語り掛けると首を振った。


「なんで?」


「そりゃそうだろうね。」


 その首を振る理由をザルカは解っているようだった。


「なんで。」


「ミズタリの周辺は強い結界が張られている。魔物が外から入る事は出来ないよ。」


 前にそんな話を聞いた事を思い出す。だが俺はミズタリ内のダンジョンで魔物を見たからその考えが抜けていたようだ。ザルカ曰くあれは壁の中から発生したからとの事。


「うん?でもなんでこんな遠くの場所の結界を知ってるんだ?」


「ガウ、ガウウ。」


「へえ、まだマナの状態で存在した時の記憶が残っているから、マナの事のみであればその流れを覚えてるんだとさ。それでここが寸断されていたって記憶してたそうだよ。」


「はあー。」


 その為に国が違うとマナの感じも変わるとの事で、地図をきちんと読み取れたのだとか。


 なおこのコボルト両親はダンジョンコアから出てきた魔物で、このチビコボルトは二人の子供だから記憶のやり取りはまた別らしい。異世界の生命…いや生命なのか?神秘である。


「ガウウ。」


「キャン!」


「ワウ。」


 コボルト一家はちょっとした家族会議の後、ザルカに話しかけた。


「まあ、かねがねここで問題は無いって言ってるね。」


「はー、それにしても魔物語というか、犬語わかるの?」


「そんなわけないだろう。マナの形から大体さ。まあ何となく、ともいえるのだけどね。」


 一家はおおむね満足そうであるが、とはいえここは猫の国との緩衝地帯だ。あの国は好戦的ゆえに魔物の駆除に積極的なので、他の魔物と出くわす事は無い。


 しかし友好国の為に今争う事はないにしても、どちらかの国の者がふらっと立ち寄って彼らを殺す可能性も存在する。


 一応ミズタリの民は結界の外には出たがらないし、そもそも街道も無い国境沿いになんて来る理由も無く、鹿っぽい動物を狩っているコボルト一家も人を襲わず生活できている。


 だが何者かが来て、彼らが殺されてもそれは罪に問えず、逆に彼らが人を殺したら責任は俺に来る。何より魔物を匿う事自体が結構グレーだ。その為に出来れば安全を確保しておきたいのだが。


「ってことで移動しないか?」


「ガウ。」


「ふーん、まあ、前の所より安全だし、魔物も来ない。ここ以上はそうない。みたいな事は言ってるよ。」


「そりゃそうだけどさ…。」


 あの魔境内だったら酔っぱらった猫人が殺しにやってくるからそれに比べりゃそうだろうよ。


「とりあえず保留でいいんじゃないかい?そんな毎回すぐ答えなんて見つからないさ。」


「ワウ!」


「そりゃそうだけどさ…。」


 魔物が溢れて問題が起きているこの時期に、魔物を匿うのは色々反感を買ってしまうだろう。何よりミズタリ内に入れる事が出来ないのがきついが、結界を解いたりなんて話も当然出来ない。


 結局打開策は思いつかず、とりあえず現状維持となった。一応追加でミズタリの服を彼らに渡した時に、パッと見で俺の知り合いって事がすぐわかるような証を作ればという案は考えついた。


 だが、彼らがこれからも無事だったとしても、ここを変に開拓されて魔物の国でも作られたらそれはそれでまずい。これならあの時一思いに殺した方が…。


「ほら、それ以上にやらなきゃいけない事があるだろう。」


「え、ああ、そうだよな…。」


 コボルト達には定期的に来ると話をして別れ、悩む帰り道でザルカと話す。そのやらなきゃいけない事とはあの釘である。


「あの釘は最後の一つで、あれは世界樹の樹液を固めた物だ。だけど世界樹はもう枯れてしまったし、まだ子供の神樹とやらじゃ効果が無い。」


「でもザルカなら壊せるんだろ?」


「それがそうもいかなくてね。」


 実は今、ジンウェルとの貿易が停止している。道中に魔物が溢れまくっているのだ。


 そもそもとしてジンウェルとは地形上距離が離れており、隣国ではない。ミズタリとの間にはフォレゲンという純人の国があり、ここは転生してすぐに居た国である。


 昔訪れた国境のカネミツや大きな冒険者ギルドがあるベクレタはフォレゲンの町だ。これは王になってしばらくしてから座学で学んだ。


 んでフォレゲンとは勇者のネームバリューでジンウェルよりも先に貿易をしていた。だがこの国、亜人との戦争で最前線だった事からか、勇者の名をもってしても狐の国ミズタリとの貿易は乗り気でなく付き合い程度だった。


 そこにジンウェルが西側から延長でくっついたという形となる。そして純人の国は連合国の為、生前のユーロみたく国は違えど検問などは無い。


 なので交易はミズタリ、フォレゲン、ジンウェルの順で行くのだが、その道中、特にフォレゲンに魔物が大量発生しているのだ。


 なんでもフォレゲンのベクレタ周辺はもともとダンジョンができやすいらしい。その為に冒険者ギルドがでっかくなったんだとか。


 そして今度は勇者のネームバリューが災いし、フォレゲンからダンジョン破壊の依頼が来てしまった。仕方なしにザルカを派遣したのだが、らちが明かないと引いてきたとの事。


「今じゃあたし一人がダンジョンを壊しても間に合わないのさ。それに魔術師殺しみたいなダンジョンはあたし一人じゃコアまで行けないし、壊せる者を育成するにも時間が無いんだよ。だからあの釘をギルドに渡していくつか壊してもらおうと思っていたのだけどね。」


「す、すまん。」


「いいさ。確立で壊れる物だし、どのみち一つじゃ限界があるからね。」


 増えるダンジョンに対して壊せる者が数少ない。なのでザルカはあの釘を沢山用意して人海戦術が出来るよう、ダンジョンコア破壊の新たな道具を作ろうという考えに至ったのだ。


「それじゃあ準備が出来たらジンウェルに行くよ。それで新たに、壊れない釘を作ろうじゃないか。」


 という事で今度ジンウェルにマルチプルで飛び立つ。なぜなら黒マナが増えすぎてポータルまで使えなくなってしまったのだ。



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 ジンウェルへの移動中、国境のカネミツを越えてフォレゲンの平野を飛ぶ。マルチプルの背中にはザルカ一人だ。


 その道中で会話が尽きた時に、コボルト家族を助けておいて新たなダンジョンを壊す自身の行動をザルカに相談してしまった。


 すると彼女からは深く考えすぎだと言われてしまった。基本魔物はダンジョン内で同族意識があるくらいで、更にそのダンジョン内でも生態系や食物連鎖があるらしい。


「そんなもんなのか。」


「そうさ。だけどこれから崩すダンジョンだってあの家族みたいな者達は確実にいるはずさ。でも生きる為だ。あの家族は置いておいても、これから壊す事を迷ってはいけないよ。」


「ああ…。」


 改めて生きる事は生存競争の最中である事を理解しながらも、俺は眼下に見える草原に映った魔物の黒い影から目をそらした。


「お久しぶりです。」


「ほら、早く始めるわよ!」


 ジンウェルのでっかい円卓会議室に着くと双子の王女が出迎えてくれた。彼女達の後ろに見える席は四つを残して他すべてが埋まっていた。我々が最後の様だ。


「よう、久しぶりだな、王様。」


 そこには久しぶりのドワーフのガゼットがおり、


「よろしくお願いします!」


 全く知らない、恐らく犬族の眼鏡かけた人がいた。横にはガルムが居て手を振っている。彼女が呼んだ犬の国の機械技師だそうだ。


「あ、王様。お疲れさまです!」


 彼はミズタリに常駐していたジンウェルのゴーレム技師だ。国交が不安定になってきたので帰国した為に彼も久々だ。なんでも出世したらしい。


「それじゃあ、会議を始めようかね。」


 一応関心は俺に集まるのだが、今回の主幹はザルカである。彼女の一言で会議が始まった。まずザルカが釘の基本仕様の説明をしたのち、それぞれが色々話す。


「ガランバーズ結晶はまだあるからそいつを切っ先に、心金に湖底金属、まあ名前はレイキンにでもするか。そいつを心金にして切っ先作りゃある程度繰り返し使えるだろ。魔力伝達効率ならこれ以上のもんはないはずだ、要は釘状の勇者の剣っていった感じになる。」


「でも問題は世界樹の樹液の魔力量の高さでしょ?それには魔力充填できるような、タンクを作る必要があるんじゃない?」


「そこをジンウェルと我等が犬の国、リーゼドヴェルの技術を集約して作りましょう。我々も居住区の近くで頻繁にダンジョンが出来る今、出来れば試作品でも欲しい所です。」


「問題はそのタンクをどれだけ小さくできるかになりそうだけどね。あの世界樹の釘は魔力もあるけど、マナも白黒半々で存在しているからコアに刺すだけで簡単に破壊できるのさ。それに人は魔力は扱えてもマナの充填はできないよ。だから魔力単体で運用するなら究生龍くらいのバカでかい魔力を叩きこめるように大きなタンクにしなきゃいけない。」


「その話を事前にうかがってジンウェルの書庫を確認したのですが、マナプリズムという物があるそうです。そこに魔力やマナを通すと色が変わるように白マナ、黒マナ、魔力と別れて出てくるような物だそうです。それをタンクと釘先の間に挟めば少量の魔力でも簡単に破壊できるのではないでしょうか。」


「一応マナクリスタルをレンズ状に加工すれば良いという所まではつかめているんだけど、肝心の材料が貴重でジンウェル内では取れる場所ないのよね…。」


「あ、それなら犬の国の報告書で見た事があるよ。なんでも犬の国の先遣隊が兎の国で見たとかなんとか。露店に置いてあったんだって。純度は低そうとかも書いてあったけど。」


「兎の国となると、あの広い馬の国の更に先だね。ならば直ぐに行けるのは…。」


 皆の眼が俺に集まる。今回の俺の仕事が決まったようだ。



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「それじゃあ、行ってくる。」


「いってきまーす!」


「気を付けてねー。」


 ミズタリのポータル部屋で別れを済ます。ここに居るのは俺とフィルとオシュだ。フィルはあれから魔力コントロールを見直して、この黒マナ溢れる状況でもポータルを開ける事を可能としたのだ。


 しかしその操作は繊細らしく現状では彼女しか開けないという事でもあった。なので通信すら不安定な今、いつ戻れるか解らないこの旅では片道のみとなる。


「僕むかし兎の国いったよ。」


 ミズタリに戻り全体会議で話をした所、兎の国の案内人としてオシュに白羽の矢が立った。だが何分子供の頃らしいので一度馬の国の実家で情報集めてからという話になる。


「家まで走ってもよかったのになー。」


「遊牧民で場所が動くからこの方が確実だ。それに兎の国まで結構走るんだろ、体力はそこで使ってくれ。」


 通ってきたポータルが閉じた後に歩きながらオシュと話す。というか前来た時よりポタポタ石の置かれている部屋が豪華になってる。ちょっとした祭壇だ。


 部屋の外に出るとオシュの背中の新型鞍が強く輝く。ブッシュで関節を作り、その上でフレームを板バネの要領でサスペンションにして、衝撃吸収と体の捩じりに追従できるようにした物だ。


 あれからデータ自体をちょくちょく取り、設計はガゼットがしたのだが、フレームは作れるけど関節が出来んとぼやいていた。


 そこでなんとガルムが手を上げて犬の国の企業が関節部を作り、それを組み込んだのだ。四国間で作った最初の物であり、ある意味で今回作る釘の前身の品である。


 ジンウェルで釘の会議の後、出来たから取りに来いとガゼットに呼ばれて取ってきた。まあ彼としては帰りの足が欲しかったのだろう。


 その時にマルチプルの背で魔の森の下にトンネルを掘って外に出れるようになったと聞く。だからジンウェルにいたのか。


 そしてドワーフの村で鞍を渡された後に、釘が出来ねえとこれの補修だって出来ねえぞと笑いながら言っていた。


「どうだ、新しい鞍は。」


「うーん、持つと前より重いんだけど、背中に背負うと気にならないんだよね。」


「ほーん。」


 関節分重量が増えたか。たぶんそこは消耗品として考え、一般的な材料でも使ったのだろう。となると摺動部は消耗品となり、定期交換しないといけないだろうな。


 あの会議の結果、ドワーフは釘の先端の作成、犬の国はタンクとチャージャーの製造、ジンウェルはマナクリスタルレンズの作成と仕事が決まる。そして我々の仕事はその加工用クリスタルの調達だ。


 一応ジンウェル内でもマナクリスタルを探すらしいのだが、大昔に街灯として沢山消費されて、その上で今はもう使われなくなったそうだ。


 なんでも昼に太陽光を吸収して夜ほのかに光るのだとか。材料が残っていればよいのだが、光る強さは細かく砕いた方が良く光るという事でほとんど粉末にしてしまうらしい。


 更に今は魔導で金属に魔力を通して光らせるダイオードっぽい新型が出来たので、クリスタルを使う街灯は光らなくなり次第置き換えてしまうらしい。結局光量自体が少なく、雨の日や曇りでは夜光らず街灯としては使いにくいとか。


 そのマナクリスタルの鉱床もジンウェルにあったのだが、使われなくなった理由がそれの産出量減であり、その上で今回は加工の為に大きさが必要という事で望み薄。例え見つかってもレンズ加工のテストで使い切ってしまうだろう。


 最悪このレンズが無くてもタンクをバカでかくすれば壊せるらしいのだが、その場合は大体生前の屋上とかにあった給水塔のタンクぐらいになるそうな。運べねえよ。


「お久しぶりです、勇者殿。」


「ああ、お久しぶりです。」


「ただいまー。」


 考えながらオシュの後を歩いているとムズネが声をかけてくれた。その表情は少し疲れているように見える。


「それではどうぞ、こちらに。」


「はい。」


 そう言われて彼のゲルに案内される。だがなんというか、室内は前より簡素な感じになっていた。俺の怪訝な表情をムズネが見たのか、ため息交じりに説明してくれた。


「所処で魔物が発生し、住居を簡素化して移動しやすくしているのです。」


 なんでも魔物から家畜を守る為に移動の回数を増やしているのだそうだ。その為に家の数も減らして、なおかつ簡素化しているとの事。


「あの伝説の魔物とは違った意味でやっかいですね。」


「はい。それで今回の目的は。」


「兎の国にいくんだ!」


 この期に及んで元気なオシュ。目がキラキラしてる。ジンウェルとの長距離配送が取りやめになって、久々に思い切り走れるからやる気出てるなコレ。


「兎の国ですか。あの国はあまりいい噂は無いのですが。」


「ふむ?」


 曰く兎の国は人口が多く商業が発達している国らしいのだが、同時に犯罪も多く、この馬の国にも進出しようとして過去に戦争があったらしい。


「そもそも我が国は馬の国といえど、牛や羊、山羊など複数の部族がおります。馬が代表というだけです。しかし、彼らをこの国に加える事はできませんでした。」


「それはなんでまた。」


「口伝では支配的で攻撃的であるとの事でした。草原をあるだけ食べつくす、そういう考えの様に見えると伝わっております。」


「ふーむ。」


 なんか、思っていたよりも行きたくねえ国だなあ。というか兎ってそんな感じなのか?


「ただ、個の力は弱いです。それ故に組み伏せる事は容易いのですが。」


「へー。」


 とりあえず基本情報を受け取り兎の国への行き方を教わる。だが国交がほとんどないからか思ったよりも得られる情報が少なかった。


「それじゃー行ってきまーす!」


「気を付けろよオシュ!勇者様も気を付けて!」


「はい!それでは!」


 ムズネの元から二日後に旅立つ。そしてこの旅路、結構厳しい物となった。



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 速度は時速百キロでキープ、魔物は見えないがオシュの長い馬ミミはせわしなくピコピコ動いており、微妙に進行方向を変えて走っている。


 魔物を避けているのだろう、フィルの魔物レーダーより広範囲のようで未だ反応が無い。俺は能力の3Dマップにある方位磁針を用いて彼女の方向のズレを修正する。


 なおこのマップはマルチプルからの流用であり、相変わらず新天地のこの場所にはマップ情報が何もない。


「ねー、勇者さまー、もっととばそう?」


「ダメー。急に魔物出てきたら大変でしょう。」


「むー。」


 小型白石の通信は短距離だからか使えるのは助かる。そうでなければ走行中の会話すらできなかった。


 ムズネに大体の距離を教わり、それで日暮れ前に間に合う速度で合わせている。なので必要以上に飛ばす意味はない。だがそれよりも何よりも。


「国境の川に落ちてもいいのか?」


「やだ!」


 兎と馬の国境は川を境に分かれているとの事だった。そして一部が崖の様になっている場所もあるそうで、そのまま走って落ちないようにとオシュはムズネに釘刺されていた。なお未だオシュは泳げずである。


 この川沿いに国境の町があるそうで、川にたどり着いたら川上に向かえば恐らく着くとの事。そのまま川を越えてもよいが、そこではもっと詳しい話が聞けると教えてくれた。


「検問の町にちゃんとつくかな?」


「道も無いし土地勘だけだからなあ。まあ、通り過ぎちゃったらそのまま行こう。」


 その町には唯一の橋があるらしいのだが、今は洪水で破壊されて国境は寸断されているらしい。


 なので事前に聞いていた兎の国の難民はその川を自力で越えた者だとか。その為に追い返す事が出来ずに受け入れているらしい。


 というのも両国共に泳げる者が少ないらしく、川越=決死であるとの事。まあ、生前でも世界単位で見れば基本泳げるって国はかなり少ないらしいしなあ。


 この国でも泳げるような場所が全然無いから水泳の練習なんて出来ないだろうし、オシュの父ちゃんケンタウロスで下半身馬だからたとえ泳げてもオシュに教えられないだろう。


「あ、痛って。」


 順調に進んでいたのだが、不意にフィルの魔物レーダーに反応。というか、かなり強烈な振動で痛い。


「勇者さまあれ!」


 オシュの指さす先には黒い靄と上空には霧。あれは。


「移動型魔境だ!逃げるぞ!」


 これが移動型魔境か。ムズネにも移動ルートが被っているから気を付けてと注意されていたが、運悪く鉢合ったか。なんでも特定のルートを周回しているという話だ。


「でも進行方向一緒だよ!川沿いまで行かないはずだからそのまま行こう!」


「確かに引くほどの時間は無いか。わかった、徐々に離れるよう角度つけた後にとばすぞ!」


「わかった!いくよ!」


 そう言ってオシュは魔境の後ろにつけ、俺は方角とのズレを確認した後に移動距離の計測を開始、右から左に魔境の後ろで位置をずらした後に、鞍の前のグリップを引きこむとオシュは一気に加速していく。


 念の為魔境から出てくる魔物を迎撃するために片手でアサルトライフルを構える。横目でヘルメット内に表示される速度計を見ると加速は続き、時速二百十キロで止まった。


 風で銃口をぶれさせながら構え続けるが、特に魔物が出る事もなく無事離れる事ができた。安心のため息と共に銃を収納するとオシュも速度を落とし、そのしばらく後で川が見える。


 きりが良いとオシュを止め、一度川沿いで休憩する事にした。というのも途中からオシュの走りが硬くなった気がしたからだ。


 ただの違和感程度なのだが、いつも楽しそうに走る彼女とは違った様子になにか怪我でもしたかと思ったのだ。


「どうした、オシュ。」


「あの、あの魔境なんだけど。」


「あれがどうしたんだ。」


「コアが、馬の形していた…。」


 黒マナは人の怨念も要素の一つに入る。なので馬の形をしたコアとなると、それは彼女の祖先の怨念である可能性が出てくる。


 そもそもミミで索敵していたのに接敵されたのは馬の足音だったからなのだろう。何より俺はコアを見る事が出来なかった。何か意味があるのだろうか。


 だが今はそれを考える状況ではない。違和感ではなく明らかに肩を落としたオシュに、俺は腕を伸ばして頭を撫でる。


「すまんが魔境は後だ。とりあえず今回は国境の町にまで行こう。」


「うん…。」


 あの魔境も避けて通れぬ因縁がありそうだと思いながら、我々は小休止の後に川上へ進んだ。



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「おう、勇者か!よく来た!」


 無事国境の町に着く。意外と方向が合ってたのか、日が上に残るうちに着いた。そして件の橋を見に行くと噂通り見事に落ちていた。そして振り返ると、牛族の長が出迎えてくれたのだ。


「ああ、お久しぶりです。」


「何かしこまってんだ!いいさ、こまけえ事は飲んだ後だ!」


 そう言ってご機嫌な牛の族長、ランガウの案内に続く。久しぶりの再会、それを快く喜んでくれる彼に嬉しさと安心を感じるのだが、それに浸る事も出来ないくらい道中に居るぎらついた兎人の目が怖かった。


 そのまま彼の家に招かれる。酒の席では彼の娘さんも同席しており、ランガウは早く嫁に出したい感を隠してなかった。


 うれしい話でもあるが今そんな状況でもない。というか見た感じ小、中学生ぐらいなのでどう接するかとおたおたしてると、今回もオシュが彼女と一緒に配膳したりして面倒みてくれた。


「んでなんの用なんだ!」


 そしてお互い酒を大分飲み出来上がった頃に話を聞いてきた。確かに理由言いそびれてたけど順序逆じゃない?


「あの、兎の国に行くんです。」


「はあ?なんだ、それじゃあ娘を同行させるわけにゃいかねえな…。」


 その一言でランガウのテンションは下がり、その後は他愛もない話をしてその日はお開きとなった。


 翌日は二日酔いの状態であった。回復魔法を使える人が居ないから久々に二日酔いと正面対決となる。


「だいじょうぶ?」


 心配そうに俺に語り掛けるオシュ。成人したてのオシュは酒があまり好きではないと言う事で昨日はちょっと舐めただけである。


「がんばる。」


 それに頼りなく返事する俺。


「おとう様、大丈夫ですか?」


「張り切り過ぎちまった…。」


 あなた酒豪っぽい感じだったけどそんなに強くないのね。結局そのままテンション低めにお互い朝食。食後にはシソっぽい薬草を男二人もしゃもしゃ食べた。


 そして改めて話をするとやはり国境、その情報量はムズネに聞いた内容よりはるかに濃かった。


「一応その水晶は見た事あるが、恐らくここら辺じゃ出ねえ奴だな。川を渡った後の更に川上の方に山があるから、あるとしたらそこじゃねえか。」


「ふむ、じゃあ、外に居る兎人にもきいてみましょうか。」


「やめとけ、あいつら平気で嘘つくから情報としてはあてにならん。」


 なんでも兎人は嘘も術の一つと言う事で、一種の文化としてあるとの事。


「俺も個人じゃあまり関わりたくないんだがなあ。渡ってきた奴らは流石に見過ごせないからと受け入れているが、それでも色々問題起こしてるんだよあいつら。全く、今年国境役とか貧乏くじだぜ。」


 一応この国境に住むのは馬の国に住む部族で毎年回しているらしい。だが往来は元々少ない上に橋も壊れた今、国境係りも形骸化していてその年の担当部族をこの町に数人住まわせているだけだったとか。


 しかし今年はこの魔物の件で兎人の流入が目立っており、下手すると国境を拠点にされるという事で牛族がしっかりと常駐する事にしたらしい。


「だから向こうに渡っても相手の話は話半分で聞いとけ。しかし、昔はここまでひどくは無かったんだがなあ。」


「はあ。」


「だが逆にだ、確実に本当の事を言っているとしたらそいつは強いやつだ。強いやつは嘘をつかない、ついてはいけないという考えがあるんだと昔聞いたぜ。」


「へえー。」


「でもどうやって強いか見分けるの?ランガウさん。」


「そりゃまあ、角付きだろうな。兎人の頭領は大体頭に角生えてるんだと。そいつらは同じ兎人とは思えぬほどに別格の強さなんだとさ。」


「でも頭領ってそれ国のトップって事?」


「いや、あいつら兎人の中でも細かく部族に別れているらしいぞ。なんでも純人の連合国に近いとかなんとか。でも本質的には野盗の集まりみたいなもんらしい。」


「なんじゃそりゃ。」


 独自文化が過ぎるだろう。改めて行きたくなくなってきた。


「それにオシュちゃん、本当に行くのか?」


「え、なんで?」


「あそこ性犯罪がすげえんだよ。だから他部族の女はあんまり行かせるのはな…。」


「せーはんざい?」


 うえ、娘を同行させられねえってそう言う事か。というかオシュ性犯罪の意味が解ってない感じか。


「オシュ、そうなるとここに居た方がいいかもしれない…。」


「え!やだよ、一緒に行く!」


 うーむ。


「まあ、そうそこらで起きるもんじゃねえとは思うが。それでも気を付けろよ。」


「わかった。」


 なるべくマルチプルで移動するようにするか。



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「良し、ついたぞ。」


「なんか、空気が違うね。」


「そういうもんか?」


「うん、何となく。」


 マルチプルで川を越え周辺を見渡す。いつも機体に乗る時は嫌がるオシュも川越えでは素直だった。渡った先の兎側の検問は廃村の様になっていた。


 そしてここから目的の物まで自力でたどり着かなければならない。一応ヒントは与えられているが、それすら伝聞ベースで合っているか解らない物だ。


「それじゃ降りるね!交代だよ!」


「え?」


 俺はそのままマルチプルで行こうと思っていたが、オシュは機体から飛び降りた。


「まて、危ないだろう。」


「でもいきなりマルチプルちゃんで行ったら警戒されない?」


「んぐ。」


 それもごもっともである。というか、身の振り方から考える必要があるのか。くそ、国交のない所にいきなり行くのきついな、なんか最初の頃のボーダーランを思い出す。


「ほら!いこう!」


 そう言って背中の鞍を振り向いて見せるオシュ。ある意味でいつも通りの彼女が緊張と考え方をほぐした。


「解った。だがちょっと待ってくれ。」


 安心の溜息の後、俺は機体の格納をする前に3Dマップを表示させる。すると、初めて来た場所なのに一部マップデータがあった。


「あれ。」


 詳細を見てみると、そこはなんとノーマズドのデータだった。そうか、この辺りなのか。


「ふむ。」


 マナクリスタルの鉱床の条件はまるで知らないが、あのバカでかチンアナゴの付近の山となれば意外とあってもおかしくないのか?


「勇者さまー、はやくー。」


 尻尾を振りつつしゃがんだままのオシュにせかされてマップを閉じ、機体の格納を開始する。そしてボディアーマー側にそのデータを転送し、とりあえずの進む方向が決まった。



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「うおおおおおおおお!」


「勇者さまうるさい。」


 俺はノーマズドの方向にある道をオシュを走らせると、道中に大きな町が見えたのでそこに立ち寄った。そしてついに来たのだ。


「すげええええ!」


「勇者さまうるさい。」


 二度目のローキックをオシュから受けてなお目が輝く。なぜなら町の女性がちゃんとバニースーツなのだ。流石、流石だぜ兎の国。しかしその興奮もすぐ冷めた。


「うお。」


「うわ。」


 兎人の男は黒ブーメランパンツ一枚だったのだ。遂に来てしまったかそちらも。だが頭が冷えた事で我々が非常に目立っている事にも気づいてしまった。遠目からじろじろ見られてる。


「と、とりあえず宿でも探すか?」


「はーい。」


 今更ながら腰を低くし歩くも、人種と服装が違う所からしっかりと目立ちながら町を進む。そして一応宿を見つけられたのだが。


「あ。」


「どうしたの?」


 宿前の看板で見慣れぬマークを見て気づく。まずい、兎の国は独自通貨か。とはいえ仕方ない、中へ入る。


「すまない、この国の金がないのだが両替とかできるか?」


「何だ、そんなものはないぞ。」


 しかも両替場所もない。考えてみれば馬の国は物々交換が基本だったし、ミズタリと国交のないここでは通貨が使えない。


「なんだ、文無しは帰った帰った!」


「ひどーい!」


「むぐぐ。」


 武器は向けられないにせよ、取り付く島もなく追い出されてしまう。宿なし所か文無し状態か。


 一応格納庫に食糧を詰めてあるから数日は耐えられるが、治安を考えると野営する場合は町から離れないと危ないだろうな。あ、でも魔物が出るのか。出ないんだったら兎側の国境あんなになってないもんな…。


「あんたたち大丈夫かい?」


「え?」


 宿の前で唸っていると声をかけられる。見た限り三十代の男性といった感じだろうか。なおちゃんとウサミミブーメランパンツである。


「え、あ、ああ。すまない。ちょっと金が無くてね。」


「はあ、でも身なりはいいね。なんの用でここに来たんだい?」


 そこで身分は隠しつつも、マナクリスタルの話をする。その話をすると少し思う所があるのか笑顔で案内しようと言ってくれた。


「良かったね!勇者さま!」


「ああ、そうだな。」


 だが彼の後をしばらくついて行き、足を止めた。


「どうしたの?勇者さま。」


「オシュ、いまその呼び方まずいかも。」


 というのも案内の先に暗く細い路地が出てきたのだ。まずい、これ案内に偽装した強盗か?事前情報の治安の悪さを考えると十二分にありうる。世の中、俺は悪者だといって出てくる悪人なんて居ないのだから。


「足止めてどうしたんだ。」


「あー。」


 きょろきょろしているオシュを背に、信じるべきかと退くべきか、迷いながら決断の一歩を踏みとどまっているとオシュが声をあげた。


「あ、あれなあに?」


「え?」


 オシュの指さす方を見ると、ウサミミが生えた普通の服を来た人達が大通りをぞろぞろ歩いていた。


「うん?ああ、あれは入植者だよ。この先のノーマズドって場所に行くんだ。」


 え、となるとあの人達全員あのチンアナゴに食われるじゃん!


「ちょ、ちょっとまて、それはまずい!全員死ぬぞ、止めなければ!」


 ちょうどこの場を離れる理由も出来たので俺はそちらに走り出す。


「あ、おい!クリスタルは!」


「すまない、またの機会に!」


 そう言って俺は振り返らずにオシュの手を引いて走りだし、オシュは小走りで着いてきた。


 入植者の団体にたどり着くと、皆一方向にぞろぞろと歩いている。そして彼らは皆服を着ているが、なぜか目が死んでいる。声をかけようにも戸惑ってしまうほどに。


「あー、うーん。」


「一人一人引き留めるにも多すぎるよ。」


 オシュの言う通りである。だが、彼らの死の行進を知った上で見過ごす事はできなかった。


 もし統率している者がいるとしたら、先頭か最後尾か。とりあえず行進を辿り先頭へ向かうと、ブーメランパンツに襟だけ+蝶ネクタイを付けたハルバードを持つ四十代辺りの屈強な男がいた。何、それ正装かなんかか。


「すまない、こちらノーマズドの入植の一団か。」


「何者だ貴様。」


「私はミズタリの王だ。用あって入国させてもらった。ノーマズドには大型の捕食者が居るんだ。確認した習性からもこの入植者は全員死んでしまうぞ。」


「貴様、何を訳が分からない事を。」


 確かに勢いで来たもんだから、普通に警戒されるよね。


「隊長!何者ですかそいつは!」


 すると若い兎人が抜刀して飛び出てきた。彼はネクタイなしのパン一だ。何、その首のネクタイまさか身分示すやつなのか。


 身構えるも隊長と呼ばれた男はその若者を無言で抑えた。だが彼は手に持つハルバードをゆっくりとこちらに構え直した。


「ミズタリの王がこんな所に居るはずがないだろう。」


 やばい、それも当然だし、そもそもお忍びで来た事が裏目にでた。咄嗟にオシュをかばうと、後ろのオシュが俺に耳打ちをする。


「勇者さま、けん、剣。」


「あ、そうかちょっと待ってろ!」


 そこで格納庫を開くと皆のウサミミが一気にこちらを向き、隊長と呼ばれた男や他の団員の武器がすべて俺に向けられる。


「動くな!」


 まずい、こじれたか。せめて一言添えてからやるべきだった。オシュを見るとミミが横に向いてビビッている。暴れれば突破はできるだろうが、戦闘になると入植の一団を巻き込む。オシュに乗って逃げるか?


「やめてくれ!」


 だがその場が大声で一喝されて、皆止まる。声の発生元は。


「いいから俺達をあそこに向かわせてくれ!」


 服を着た入植者の団体の一人だった。よく見ると首元にネクタイが付いている。


「だ、だがあそこには強大な捕食者が。」


「そんなものはどうでもいい!俺達は魔物に住処も、財産も奪われた!もうあそこに行くしかないんだよ!」


 その声の後、しばらくしてすすり泣く声が聞こえる。それでこの行進の目的が解った。これ、入植というよりも口減らしだ。


「だから、これから行く先に、そんな事を言わないでくれよ…。」


 その男もそれが最後の元気だったように、声が小さくなっていった。そして俺は彼に声をかけれなくなってしまった。


「もういいか?」


 だが俺が項垂れた様子を見たのか、隊長は構えを解きハルバードを杖のようについて俺に声をかけてきた。そして一度声を失った俺は改めて伝えなければいけない事を頭でかき集める。


「わかった、すまない。だが少しだけ伝えさせてくれ。町を作る場合、あまり大きく作らない方がいい。捕食者は地中に居る。足音を辿って、一定以上の足音になると町ごと一気に飲み込むんだ。だから小さく、ばらけて住んでくれ。」


 俺は彼らにそう語るが、皆に耳を向けられているのは判るも返事は無かった。


「おい、お前ら。先にいけ。」


「は、はい!」


 隊長は新人にそう指示を出すと新人は驚きながらも納刀し、また一団は行軍を進めた。そして隊長と共に我々は一団から離れる。


「おいお前、あの話はどこまで本当だ。」


「一応全部だ。まて、まず王の証明として勇者の剣を出す。」


 そう言ってもう一度格納庫を開き、勇者の剣を取り出す。


「これは。まあ、本物は見た事が無いから解らんが、大した物だな。」


 ここまで純人の国から離れていると新聞も来ないだろうが、それでも勇者の話は聞くのだろう。偉大だったんだなあ、先代は。


 そしてこの剣も他国では偽物であるかと疑うべきなのだろうけど、それを押し黙らせるほどの性能の高さがあるのが助かる。


「だが目的はなんなんだ。」


 しかし彼からの返答は明らかに緊張を帯びていた。あれ、これ信じたとか和解した感じではないな、柔らかくだが尋問受けてる感じか。


「あ、ああ。今ダンジョンの異常増加は知っているな?」


「当然だ。今それでこの町も滅茶苦茶だ。あの一団だってそれが原因だ。」


「えっとね、そのダンジョンを簡単に壊せるような道具を作るんだ。それでその材料の一つがここにあるんだって。」


「ふむ、それはどんなものだ。」


「マナクリスタルだ。確か、日光を蓄えて夜光る、透明な水晶といった感じか。」


「ふむ、名前については初耳だが、ヤガスシンが近い物だな。」


「何、物を知っているのか。」


「ああ、だがまて、これ以上は俺の裁量では決められん。すまないがついてきてくれないか。」


「え、どこにだ。」


「この町の頭領の所にだ。」



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 災い転じてといった所か、意外と早い段階でお偉いさんにたどり着けた。隊長はツジフと言う名だそうで、この町の防衛隊長だとの事。


 ツジフに案内された先は小さな地下への入り口だった。なんでも頭領は地下の大きい建物に居るそうだ。兎も穴暮らしだからそこらへんからの習性なのだろうか。


「ほら、これがヤガスシンだ。」


 地下へ進む道中にツジフが話しかけてきた。地下道は少し足元が見える程度に光源がある。そしてそれは天井に等間隔に配置されている水晶だった。


「これでいいのか?」


「…わからん。というか、何で光ってるんだ?」


「この水晶の上部は地面につながっている。それで光を伝えているんだ。」


 なんか運用が光ファイバーみたいな感じだけどこれで良いのだろうか。というか、そもそも俺に真贋の鑑定が出来なかった。


 うーむ、ジンウェルから解る人を連れてくるべき…でもポータルは使えないし、オシュ二人乗りはできないから実質無理か。ツジフは表情が見えないが、呆れているのか溜め息が聞こえた。


「勇者さまー、くらいしせまーい。」


 兎人は体がそこそこ小さく、体躯の立派なツジフでも身長165センチぐらいな感じであり、彼らを基本にしたこの建物はオシュではちぢこまらなければならない為窮屈そうだ。


「すまないな、それではこちらの部屋に入ってくれ、侍女が呼びに来るはずだ。俺も準備があるので失礼する。」


「すまない、色々とありがとう。」


 俺は素直にそう礼を言うと、ツジフは少し回答に困った後に、


「あ、ああ。」


 そう答えた。そしてその返答に対して改めて警戒心が生まれる。戸を閉めてしばらくして戸の奥から足音が消えるまで待ち、オシュに話しかける。


「オシュ、装備確認するぞ。」


「え、なんで?」


「戦闘になるかもしれん。もしかすると強行突破する必要が出る。」


「わ、わかった。」


 オシュの声は明らかに戸惑いが見える。だがツジフの様子から、何か考えがあってここに連れてきた様に見える。というかこれ任務の内容からオシュよりもヤナの方が良かったかもなあ。


 薄暗い中で俺はボディアーマーの武装セットと投擲物を設定する。一応投擲物は威嚇用のフラッシュバン、武装は非殺傷武器と通常火器半々だ。出来れば相手を殺さずに対処したい。欲しい物はあれど、争っている暇はないのだ。


 そして装備確認後に上から着れる正装を身に着ける。流石に鎧のまま会うのは威嚇的すぎるだろう。オシュもしっかり鞍を背負い、収納スペースにある短弓を手前側に引き出してすぐ出せるようにした。お互いが準備出来てしばらくして、ノックが部屋に響く。


「頭領がお待ちです。」


「はい。」


 さて、相手はどう出るかと気合いと緊張の元に戸を開けると、薄暗い中に白いバニースーツの女性が一人。あーそっかーと思いつつ下心で緊張がほどけてしまった。


 彼女について行く道中にオシュに一回蹴られた。通路が狭いからか威力が落ちてた。そして目的地に着いたのか彼女が大きな扉の前に立ち、扉を開く。


 扉の先はうって変わって、高い天井とシャンデリアの様に天井から生える岩石サイズの光る水晶が明るく照らす大きな部屋だった。


 その中央にはへそを出して更に露出と装飾が多いバニースーツを着た、白い髪の女性が豪華な椅子の上で足を組んで座っている。


「貴様がミズタリの王か?」


 あー、いいっすねーと心で言う余裕もない。角の生えた彼女からは明らかに強者の匂いがする。場数を経て、俺もパッと見で強さが解るようになっていった。まあそもそも髪白いやつは大体強いからな。


「はい。今回マナクリスタル、こちらのヤガスシンを買い付けに参りました。」


 一応その場に膝ま突き、そう語る。横のオシュはその様子に戸惑いつつも俺の真似をした。


「ふむ、その理由は何故じゃ?」


 あー、結構妖艶な感じか。ちょっといいなあと思いつつも、本題を思い出す。


「今も増え続けるダンジョンを破壊する道具を作る為にです。それが出来れば誰でも簡単にダンジョンを破壊する事が出来るようになります。」


「ふむ…。」


 まあ、今どの国でも起きていて、この国でも起きている問題だ。ここを断わる事は、


「嫌じゃ。」


「え?」


 思わず素の声が出てしまう。そしてそこからは一方的に兎の頭領がまくしたてる。やれ自分は困らないだの、得が無いだのとごちゃごちゃ言ってきた。


「まったく、なぜこの貴重な石を差し出さねばならんのじゃ?」


 あー、キレそう。最近こういうの無かったからな。というかこの部屋の天井のあほデカいクリスタル速攻でぶち割って逃げるか?


「お待ちくださいツジフ様!」


「失礼する!」


 背中から不意に大声が聞こえた。思わず振り返ると、鎧を着たツジフがハルバードを構えながらずんずん進み、それを案内してくれた女性が止め縋っている。


「頭領!何故協力しないのですか!ヤガスシンなど沢山あるでしょう!」


「ツジフ…貴様わらわの前でその恰好、何を考えておる?」


 鎧と具足を着たツジフだが、なぜか腰周りがノーガードのブーメランパンツスタイルであり、ちょうど俺の目線に鍛えられた彼の尻とふさふさ丸シッポがある事に戸惑う。


「彼らに協力しないのであれば、頭領を下りていただく!」


 だが状況はそれどころではなく、頭領にハルバードの槍先を向けるツジフ。そしてその表情に余裕はない。そういえば一般の兎人はそんな強くないと聞いた。となると彼、死ぬ覚悟決めてない?


「角無しが。もうよい、死ね。」


 そう短く一言言った途端、彼女の脚が光った。そう言えば、兎人は気力タイプで能力は脚、強烈な蹴り攻撃をするって聞いた。


「まて!」


 そう叫ぶも明らかに反応の遅れた俺は、集中強化を起動する事も忘れて遮ろうとするも間に合わず金属の炸裂音が部屋に響く。ツジフを見ると。


「あれ?」


 ハルバードで防御態勢を取っているが無傷。だが彼の少し横の床に炸裂した後があった。そして、なんか強大な気配がした。それは直ぐに解った。オシュが横で白く光っていたからだ。


「あー、オシュ?」


 恐らく彼女が同じく蹴りで方向を反らしたのだろう。だが彼女に語り掛けるもオシュは無言でどんどん強く輝いていく。そして。


「もー!うるさい!」


 そう言った瞬間に地団太した。その衝撃はすさまじく、俺は五十センチぐらい飛び上がった。


「ちょ、ちょっとまってオシュ!」


「おばさんうるさいよ!みんな困ってるんだし、いっぱいあるならいいでしょちょっとくらい!」


 この台詞の間に三回地団太している。やめろ、体が物理的にぴょんぴょんするんじゃ。というか地下だぞ崩落とかもあるぞ。


「な、なんじゃお前は!おいミズタリの王!貴様こんな怪物を送り込みおって!戦争でもする気か!」


 頭領も案の定焦り気味。


「何言ってるの!僕はミズタリの中じゃ弱い方だよ!勇者さまならこの町一つなんて一日で全部ぶっ壊せるんだから!」


 オシュがそう大声で叫び俺がそれをなだめると、大声出したからか落ち着いた。だがそこに居た頭領とツジフが俺をガン見していた。


「え、いやまあ、この規模の町なら半日かからず灰にできるけど…。」


 そう言った瞬間に兎二人が縮こまった。そこからの頭領は素直であり、無事クリスタルの取引に応じた。



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「クリスタルもらえて良かったね!」


 帰り道、オシュに乗りながら会話をする。なんか最終的にカツアゲみたいな形になってしまった。


「ううーん、でも次からはもっと平和的に交渉したいなあ。」


「えー、なんでー?」


 一応交渉の後、クリスタルの代金の他に出来上がった釘を優先的に配給するという取り決めをした。


 まあ交渉があんなだったからこっちがぼったくるのも十分ありだが、なるべく優先して配給する事にした。何故ならツジフがすごい必死だったから。


 我儘ばっかの頭領はどうでもよさげだったが、ツジフは頭を下げ続けていたのだ。なんでも現場を見ていた彼は心を痛めていたらしく、昨日の団体にいた、あのネクタイをつけた人も元同僚だったそうだ。


「頼む、一本でもよい。できた暁にはくれないか。」


 そう涙交じりに言う彼はあの国を思っているのだろう。何でも兎の国ではダンジョンコアの破壊方法がないらしい。


 なのでテトから教わったコア破壊方法を説明したが、気力を使える者が限られているが、試してみるとの回答だった。そしてやはり釘が欲しいと念入りに言われた。


 結局、兎の国の人は、といろいろ言われていたが、良い人は居るのだなあとしみじみ思い、その上でトップがアレだと大変なのだろうなと、心情的になるべく協力したくなったのだ。


「あ、あとそのヤスガシン?がマナクリスタルだったらいいね!」


 そう元気なオシュの一言で一つの可能性を思い出す。


「あ、ああ。そうだな…。」


 ここまで手間暇かけて、涙ながらに希望を託された上で違うやつでした、だったらマジで最悪だな。俺はその可能性を考えてしまい、ちょっと胃痛を自覚しながらオシュの背で草原を駆けた。

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