32 大木

 龍の里から帰り、一息つく。一応龍の里でダンジョンの状況を二人に聞いてもらい、ダンジョン一つ、魔境一つが里周辺に発生したのだが、両方とも里の龍が魔力を当ててぶっ壊したそうだ。なお、屋外で出来たダンジョン的な物が魔境だとか。


 またジンウェルとの貿易経路で魔物が確認され始めている。その為に輸送隊に護衛と、移動速度確保による重量制限が発生したために輸送コストが上がってしまった。


 まだ具体的な被害は出ていないとの事だが、明確に魔物の生息域が広がっているとの事。一応空間のマナ濃度も上がっているのでジンウェル的にはプラスマイナスゼロらしいが、今後も状況は流動的だろう。


「ふーむ。」


 帰って一発目の全体会議の資料を見ながらお茶を飲む。これも輸入品の為、最近は高級品になっているから輸入先をジンウェルから犬の国のに変えようかな。


 国家情勢も動きがあり、馬の国の更に北方向に兎の国があるそうだが、そこから移民が来ているらしい。


 その原因が魔物のせいで生活圏を追い出されたからとの事。更に馬の国には移動型魔境という、見た事無いタイプの魔境が発生していて救援要求するかもしれないとか。


「はあ。」


 仕事が増えた事以上に問題が山積みにされてしまった。まだ噴出してないけども、いつ噴出するかわからない物が多い。それにこの手のは噴出した時は大体こじれているので、事前に叩ければいいのだけどその優先順序立てが不透明過ぎる。


「どうしよっかなあ。」


 犬の国でも不穏な動きありとかの話もあるし、イタチの国は諸事情で割と友好的になったので良しとして、タヌキの国はダンジョン系の回答に何故か無反応なのが怖い。


 今まで頑張って作った料理をちゃぶ台に並べ終わった後に、ちゃぶ台の下から生えて来たダンジョンにひっくり返された感じだ。


「血とりいくよ!」


 そう悩んでいるとまた自室の扉が急に開いた。相手はフィルだ。うーん、ザルカは確かノックしたよな、コレ文化の違いなのかな。



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「やっと探していたのがみつかったんだよ!行こう!」


 いつもやる気ない感じのフィルだが、今は口調がしっかりしている。そういやイズナのデートの時もこんな感じだったか、やる気があるとこんななのか。なんでもまた長寿食糧探しだそうで。


「でも今問題山積み…。」


「期間限定モノだよ!」


 ああ、そう。なんか期間限定モノは欲しくなるっていう心理働くけど、ハンティングでもその思考働くか。旬の物って事なんだろうけど。


「えっと、最近書類仕事でいっぱいだったからちょっと外に出たいんだ。」


 フィルの勢いとその背中に隠れていたのか、ガルムがフィルの後ろから顔をだす。


「あれ、今回ガルムが行くのか?」


「うん!冒険ってフィルさんから聞いてね!」


 一声かけるとガルムの瞳が一気に輝く。ああそうか、確かにこの長寿食糧探しって一番冒険感あるもんな。


「という事でいってみよー!」


 なんかフィルの勢い強いなと思って彼女を見ていると、最近部屋にこもりすぎて外出たがっていたとガルムが教えてくれた。


 もともと引きこもりがちのフィルが外出たがるって結構だな。というかあの妙に高いテンションはまさか深夜テンションに近いやつか。


 その勢いのまま部屋を出るフィルについて行き、ひき止めるべきかと考えながら廊下を歩いていると、後ろから服がくいくいと引っ張られて俺がひき止められる。


「え?」


「あの、私も、一緒に行きたいです…。」


 すごい申し訳無さげにメノウが俺の服をつまんでいた。なんでも占いや外交で疲れたので外出したいそうだ。


 一悩みして、一度気分転換が必要なのかもしれないと頷くと、メノウは口元を隠しつつ笑顔になった。



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「とうちゃく。」


「おいフィル、なんでもうテンション低いんだよ。」


「ねむくなってきちゃった…。」


 マルチプルを収納し、着いていきなり電池切れかけになっているエルフと共に高原に座る。微妙に標高が高いらしく、高原と荒野半々くらいだ。遠くに山が見えるが確かそれは大体国境で、この地は平地だそうだ。


「ここがノーマズドですか。禁域とはいえ、結構いい場所ですね。」


「そうかあ?」


「ああ、あなたには解らないかもだけど、結構マナがすごいんだよ。だけどその上で植物が少ないのはある意味気味悪いかもね。」


 メノウやガルムと話した横で、早速フィルが眠り初めているので事前の情報を思い返す。ここはイタチの国の北で、東に兎の国があるらしい。


 今回はタヌキの国までポータルで飛び、そこからイタチの国にわたってマルチプルで山を上ってきた形だ。


 一応イタチの国でこの土地の話を聞いたのだが、ここは禁域だとか。なんでも、過去に何度も入植したのだが、そこそこの町の規模になるとスッと全部消えてしまうらしい。なのでホラーチックな噂が絶えない場所だそうだ。


「一応犬の国からここに先遣隊を何度か送ったそうだけど、群れ成す草食動物がいるくらいで他何もない土地だそうだよ。後、兎の国からはイタチよりも数多く入植しているらしいけど、そっちも結局全部消えるんだって。」


「はあー。」


 なお報告書には魔物も無しとの事だが、最近新たにダンジョン的な物が出来た可能性を考慮してガルムが索敵、メノウが占いで確認するも恐らく平気との事。


 そもそもこの周辺に黒マナが少ないとか。ただ本来黒白半々ぐらいが基本らしいのでそれも不自然で気味が悪いとの事。


 結構怖い場所みたいだが、何があると言うのだろうか。だが今回は血を取るって話からしてターゲットはその草食動物なのだろう。ならまあすぐ終わる話なのだけど。


「すう。」


 それを知る者は今すやすやである。一つため息をつき、ポータル置いて一度王宮に帰ろうと言うも、残る二人もここで寝たいとか。


 一応その草食動物も夜は寝るとの事なので、仕方なしに格納庫からテントを取り出し久々の野宿をする。


 やはり王宮よりも寝心地は悪いのだが、ガルムとメノウが喜んでたので良しとする事にした。



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「それじゃあさがそう!」


 寝落ちしたエルフが元気に仕切る。昨日に比べて目の濁りが取れて、健康的な目の輝きをしていた。引きこもりでも意外と外出るのは大切なのかなと思い、結果オーライなのかもしれない。


「んで、ここの草食動物の血が今回目的の物なのか?」


「うーうん。なんかでっかい木から取れるって。」


「木ぃ?」


「木なのに血なんですか?」


「らしいねー。それにその木の大きさは神樹並に大きいらしいんだけどさー。」


 フィルがそう答えるも、その様子はなんだかわかってない感じではある。とはいえ神樹のサイズとなると結構な大きさだ。


「そんな大きさならここからでも見えないか?」


 狭い土地のはずだから見えそうな物だが、今のところ変わった物は見えないし見ていない。というかそもそもここら辺木が無い。恐らく森林限界を超えているのだろう。


「うーん、でも犬の国の記録でもそんな大きな植物の記載は無かったと思うけどなあ。」


 ガルムが頭をひねりながらひとりごちる。今回はターゲットを探し出す必要があるのか。


「なんか突然町が消えるって話も含めてきな臭い話だな。とりあえずマルチプルで探してみるか。」


 そんな形でマルチプルにみんなを乗せて辺りを走る。このノーマズド、国としてみれば結構小さい土地の為に半日でおおよそ見周る事が出来た。


 だが微妙に凹凸のある地面と一部にしっかりと多い茂る草ぐらいで特に何もない。


「一周しちゃったねー。」


「その上で木は一本も無かったですね。」


「話の草食動物もいたが、まあ馬よりちょっと小さいぐらいのやつだったな。」


 偵察機をそこそこ巻きつつ周るもスキャンにかかるような物は無く、一応変わった事と言えば草陰に隠れて地面に亀裂があり、そこが走りにくかった程度の物だ。成果も無く結局元の場所に戻る。


「一応日暮れ前に俺の新型で空飛んで探してみるよ。上空からなら見落としを見つけられるかもしれない。」


「わかったよー、でもなんか、ちょっと気を付けて。変な感覚があるから。」


 昼の調査中に三人称視点からフィルがすこしそわそわしている様に見えたが、気のせいでは無かったのか。


「そう言えば草食動物の量もおかしいかもしれないよ。なんでもこの地を埋め尽くすぐらい居たって報告だったけど、見つけたのはそんな量でもなかったよね。」


「小さい群れだったんではないですか?」


「その可能性もあると思う。でもしっかり情報として残していた事からこの地の特徴なのだと思うのだけど。」


「いずれにせよ調査継続だな。後三日しか時間取れないから出来るだけ動いていかないと。」


「「「…うん。」」」


 探索の期間を言い出した途端この反応である。そんな事務仕事嫌か。というか事務組がこの反応という事は大分きついのか。


 俺自身は事務仕事にあまり手を出させてもらえないから、せめて皆のケアに努めるべきだな。


 そしてその日の夕方、俺は改めて運用テストも兼ねた飛行を行い辺りを周る。だがそれでも大きな木は見つからず、一人綺麗な夕日を見るだけで終わってしまった。



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「見つかったかも…。」


 翌日の朝、すごい言いづらそうにフィルがつぶやいた。簡易ポータルバングルでミズタリの食堂につなぎ、朝食を受け取った後の事だ。


「かもってなんだよ。」


「ガルムに調べてもらったり、メノウに占ってもらったりもして、私も索敵をしたんだー。そしたら地面の中から変な反応があって、地脈の一種かと見過ごしたんだけど、それだと説明つかないのが解ってねぇ。」


 曰く、情報を統合すると、地面になんかいるとの事。


「え、じゃあ掘るか?」


「辞めといたほうがいいよ、僕が魔導で地質調査した時確かに変な所あったけど、その特殊な層があったのは相当深い所だったよ。」


「地面の下に居るならこちらから手を出せないんじゃないでしょうか。」


「うーん、なんか手段無いかなー…。」


 確かに色々特徴的な話があるのに、昨日見て回った限りでも何もない。というか、変に何もないのだ。


 他国の入植があったはずなのに、その家屋や生活の痕すらもない。本当に消えた様になっている。


「ザルカにお願いして犬の国の調査報告書をもう一度確認してもらったんだけど、やっぱりこの地を埋め尽くすほどの草食動物が居たってあるみたい。減ってるんじゃないのかな。」


 ガルムも白石でザルカに確認した様だ。それにこの食材の話は黒エルフの文献で判明した食材らしく、ザルカが個人で調べていたのをフィルに伝えたそうだ。


 彼女自身も探索について行きたかったようだが、ダンジョン破壊の依頼が多い為に忙しくて今回これなかった。


「あ、ちょっと危ないかもです。その例の動物こっちに向かってます。」


 朝食を食べ終わり、少しして急にメノウが言う。とはいえ周りには何も見えず聞こえず、俺には何もわからない。


「そうなのか?よくわかるな。」


「足音がするんですよ。」


 そう言うメノウはミミをぴこぴこ動かしている。つられてガルムも動かすと、同じ方向を向いた。やはり耳大きい分よく聞こえるんだな。


「とりあえずマルチプル出しとけば避けるかな。」


「そうですね、追加で獣避けの結界も張っておきます。すぐ出せる簡易の物ですが。」


 そう言って指示された方向にマルチプルを展開し、しばらくすると例の動物がマルチプルをYの字で避けたのか、目の前と少し後ろを走っていく。流石にここまで近くに来ると結構な音と振動だ。安全を考えれば全員マルチプルに乗せておくべきだった。


「前見たのとは別の群れなのかな、ちょっと多かったね。それでも報告書より規模は小さいけど。」


 ガルムが通り過ぎた群れの背を見ながらそう言う。そこでちょっと、考えが出る。


「なあ、フィル、そのなんかって地面に居るんだよな?」


「うん、そうだよー。でも結構深いから、どこにいるかってのが詳しく解らないんだー。」


「ちょっと思いついた事試していいか?」


「なあに?」



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「よーし、準備はいいか?」


「うん、出来たよ。」


「おっけーだよー。」


「じゃあ、乗りましょうか。」


 準備が終わったのは翌日の昼だった。皆マルチプルの背に乗る。昨日はメノウに占いで可能性の高い場所を占ってもらい、その場所の詳細な調査をガルムとフィルで行った。俺はその作戦に対しての機体の準備と、予備の新型の設定を確認する。


 俺は昨日の群れを間近で見て、すげえ足音だと思ったのだ。そして、あの足音なら地面の下うるさそうだなーとも思った。ならば、その足音が地面に居る奴が出てくるトリガーなのではないかと考えたのだ。


 ある程度町の規模がでかくなると消えるという事は、町の生活音をあの草食動物の足音と誤認して反応したと考えると、ちょっとそれっぽい。


 しかし今我々はたった四人。そんな足音はでないので、疑似的にやってみようと提案した。


 俺は機体にガトリングと連装小型グレネードを装備させ、ガルムは地面に魔導地雷を設置し、フィルはちょっとした魔法弾を連続で打ち込むといった感じだ。


「一応ミズタリ外での占いなので精度は何とも言えませんが、改めて占ってもやはりここに何かがあるようです。」


「うーし、それじゃあせーので行くぞー。」


「「「はーい。」」」


 俺はまあ、半分あてずっぽうなので何もでないと思っていた。結局の所、俺自身も度重なる状況変化で危機管理能力が下がっていたという事だろう。


「せーの!」


バガガガガがガガガガガガ!


 若干のタイミングズレもありながら、地面に弾丸を打ち込む。それとは別に、フィルの撃つ青い光と地面から噴き出る黄色い光も音をたててはじけている。


 三人称視点ではメノウがミミを押えていた。一通り炸裂したのか、黄色い光が見えなくなった為に俺もトリガーを離す。高地の風で砂埃が晴れると、めちゃめちゃになった地面だけが映り、何も起きない。


「だよなあ。」


 手間暇かけて何やってんだろうなあ。と思った瞬間、カメラに映るミミーズのミミと尻尾がぼわっと大きくなり、ミミも尻尾も両方立った。よく見ればフィルのエルフミミも真上に立ってる。


「何か来るよ!」


 その声の少し後に地面から振動が来た!


「気を付けろ!落ちないように、しっかりと機体につかまれ!」


 そしてその振動が噴き出る様に、衝撃が来た。だが目の前には何も現れず、我々の景色だけが急速に変わっていく。強烈なGがかかる。


ごああああああああああああ!


「な、なんだ!」


 周りの山々は消えうせていく。スキャンモードに切り替え、状況を確認、表示数値を切り替えていくと急速に下がっていく値があった。


「気圧か!これは、高度が上がっているのか?」


 かかるGも徐々に緩くなり、遂には止まった。辺りを見ると解るほどに雲が近い。


「大丈夫か?」


「大丈夫だよ。」


「はい…大丈夫です。」


「うー、ちょっと口切っちゃった…。」


 負傷者一名であるがまあ、被害なし。


「うわ、さむい。」


「そうだね、急に冷えた。」


 スキャンモードの値を見ると気温もかなり下がっている。もともと高地だがそこから更にかち上がった状況なのだろう。


「移動してみるか。」


 そう語り掛けると画面では皆が頷く姿が見えた。移動を開始すると、進みづらい。なんというか地面に機体の足が引っかかる。地面が柔らかくなっている感じだ。


「ちょっと跳ねながら行くぞ。」


 垂直上昇が出来ないこの機体では足でちょっと跳ねるぐらいしかできないので、それで進む。新型に切り替えるべきだろうか。


「少し大きめの岩があるな。」


 その岩を越えようと機体を跳ねさせて着地すると、岩はその大きさから不動な物という考えを裏切り、ゴロンと前に転がった。


「うおっと。」


直ぐに後ろにブースターを吹かし戻る。そして岩の落ちたその先には何も無く、消えた岩が落下を証明する音は遂に聞こえなかった。


「うわ!なんじゃこりゃ。」


 ゆっくりと機体を進めていった先は文字通り崖であり、本当に我々は天空に打ち上げられた状態だった。がけ崩れを恐れて直ぐに引き返す。


「ちょ、ちょっと寒いから魔法使うね。」


「お、お願いします。」


 フィルが魔法を使い、一息つく。そして状況を説明し始めた。


「ふう、これ恐らく、この地面の下のがその目的の木だね。それで多分なんだけど、獲物をこうやって天空にあげてから、退路を断ってゆっくり捕食するんじゃないかな。」


「うわあ、じゃあ動物も、ここに入植していた人も、こうやって空にあげられてから食べられたって事?」


「たぶん。というか、本来はあの草食動物をとらえる為なんだろうけど、地面の中だと聞き分けが出来ないんじゃないかな。もしくは特定以上の振動で反応しちゃうとかかも。」


 割と予想がストレートで当たってしまった。問題は不意の一発成功により危険な状況になっている事なのだが。


「となると、このままじゃ喰われるか。急いで降りよう。」


「でもここまで来るとマナも薄いし、こんな高さ降りようが…。」


「一応このマルチプルでも降りれなくは無いが空中機動は苦手だ。すまんがいったん降りてくれ、新型に切り替える。」


「「「わかった!」」」


 そう言って皆を降ろし、マルチプルを収納して新型に切り替える。まさかこういう使い方になるとは。


 一昨日での調査中に新型の操作方法もなるべくマルチプルと同じ様に変更した為、繊細な操作も可能にしてある。しかし相変わらず追加甲板が取り付けられないので皆を乗せる場所が無い。


「すまんがこの機体には乗れる足場が無い。左手で抱える形になるが各々しっかり捕まってくれ。」


「わかったよー。」


「やっぱり大きいですね。」


「わ。すごいな、これどういう仕組みなんだろう。」


「おいガルム、あまり変に触るな、変形に巻き込まれるし、起動したら体が丸ごと焼き切れて即死だぞ。」


 ガルムがミミと尻尾を合わせた体全体を跳ねさせた後、皆緊張しながら抱えられていく。左腕はレーザーブレードが腕についてる為、手の平が空いている。なので今回はその左手で皆を抱える。


 あまり脅すような事を言いたくは無かったが、変にブレードに触ってなんか起きたら大変なのでしかたない。

 

 皆を大切に抱え、ちょっと不安だから右手の銃を捨てて両手で抱えようかと思うも、空中で戦闘が起きる可能性を考えてそのまま握る事にする。


 とはいえこの状態での応戦は誰かを振り落とす事も十分にあるし、変に力をかけて潰す可能性まである。それらの恐れに息を飲み、未だ平穏な平地に背を向けてゆっくりとブースターで加速する。


「いくぞ、舌かむなよ!」


「わたしさっきかん」


 なんかフィルが余計な事を言っていたがそのまま飛び降りた。地面は明らかに遠い。あの一瞬で三千メートルぐらい飛び上がっていないか。


 空中でゆっくりと旋回し後ろを見ると、異常にでかい木の幹があり、さっきまでいた地面は生前のエリンギの笠の様な形で日陰を作っていた。


「ひえー。」


 一人小さく感嘆の声をあげる。質量差を考えると力押しではどうにもならない大きさだ。その表面は文字通り木の様で、幸いな事にまるで動く気配は無い。


 それでも何が起きるか解らないので距離を離しつつ、偶にホバリングして落下速度を殺し、ゆっくりと着陸した。


「到着。降ろすぞ。」


 一応一声かけて機体を膝まづかせて皆を降ろす。腕に抱えていると三人称視点で見る事が出来ない為に、無事な三人を見て安堵する。


「うわー、改めて見るとすごい大きさですね、あんな空の上なんてリルウ達でも飛ばないんじゃないんでしょうか。」


「あなたのその新しい子は結構優しい飛び方するんだね、その機体も、結構いいかも。」


「また舌かんじゃった…。」


 各々が各々の反応をする中、そびえたつ木は未だ微動だにしない。異様な生態に気味悪さを感じるも、本懐を忘れてはいけない。


「それじゃあ、目的の血でも採るか。」


「ちょっとまって、口治してからにさせてー。」


 意外と緊張しているのは俺だけかもしれない。



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 まず斥候として俺が新型で近づく。皆は降ろして遠くに待たせてある。


「よし、スキャン。」


 そう言って新型機のスキャンを使用する。すると一瞬で終わるのだが、詳細情報は何も出ない。


「あれ、あ、そっか、新型はスキャン機能が簡易だから詳細見れないのか。」


 これ機能拡張してマルチプルと機能を統合するとかしないと無理だな、ちょっと面倒だが新しい物買うとこうやって手間増えるよなあと、生前スマホ買った後とかを思い出す。だけど敵前でいきなり乗り換えはリスクが高い。しかたない、このまま一発撃つか。


「さて、どう出る。」


 トン!


 ライフル銃を一発撃つ。着弾して赤い滴が流れ出た。これが血か。というか、樹液では?反応は無いが警戒して相手の出方をうかがう。しかし変わらず無反応。まさかメノウ達に攻撃いったかと思いカメラを回して確認すると。


「あれ?」


 居ない。やばい、やられたのか?と思いカメラを回すと皆機体の足元に居た。


「うお!」


「きゃあ!」


 マイクからの大声が響きお互いがお互いびっくりする。うーむ、新型は脚長いから足元にしっかりカメラ向けないと見えないの怖いな。


「な、何で来たんだ。」


「一応メノウにも改めて占ってもらったんだけどー、この木は変に動いたりしないんだってー。」


「ザルカにも確認したけど平気みたいだよ、初動の打ち上げ以外はたぶん安全みたい。あの初動に巻き込まれれば生きて帰れないそうだけど。」


「うーむ。」


 結果的には無駄に警戒していたという事か。というか、辺りを見ようと横に歩いていたら皆を踏み潰すまであったので、新型を収納する。


「あれ、新しい子はもう使わないんですか?」


「ああ、ちょっと慣れなくてね。」


 踏み潰しそうになったとは言えなかった。今度皆が近くに居る時は解る様に、友軍用のレーダーとか追加でつけれないかな…。


「じゃあ、マルチプルちゃんで運んでー。あの血が出ている所で採取しちゃおー。」


「わかった。」


 その後にマルチプルを展開、皆を乗せて木のすぐ前に来る。改めて見ると大きな木で、フィルの国の神樹よりも明らかにでかい。


 フィルを機体の手に乗せて、流れ出る血を皆で取っている最中、俺は改めてスキャンをかけた。すると今度はしっかりと詳細を確認する事が出来た。


 なんとこれ、見た目木なのだがどちらかと言うと動物であり、サンゴに近い。ただ形態はバカでかミミズというかチンアナゴといった所か。


 最近は複数の国と交流をし、色々な場所にもいったはずだがそれでも世界まだまだ広いなあとしみじみ思っていると、採取が終わったのかフィルが木に対して魔法をかけた。


「何したんだ?」


「一応傷口埋めてあげようと思ってねー。たぶん今回空振りで食べる物ないから下手すると枯れちゃうかもしれないからさー。」


 はー、優しいなあと思いつつもこの生物、今まで何人もああやって殺して食ってるわけで、それを助けるのはどうなんだろうか。


「それにまた呼び出せば血は取れるからねー。」


 あー、残しとくと血が安定的に取れるのか、うーん、実益見れば残しといたほうがいいのか。でも殺人生物をほっとくべきなのか?でも殺したら環境破壊っちゃそうなのか…。


「どうしたの?」


「うーん。」


 環境か人か。何をもって傲慢と考えるかと微妙に悩んでしまったが、半分思考放棄で現状維持を選び、イタチ側には入植禁止の旨を伝えておこうと決めて、兎側はどうやって伝えようかなあと悩みながら未だ微動だにしない木から走り去った。

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