25 視察

 なんか不意にきっつい話に巻き込まれたが、ミズタリに戻ってからは嘘のようにいつも通りである。


 だがこの国と並行して滅びと呪いに浸かる国があると言うのもまた事実なのだ。


 うちの国も神様とか変にするとあんな感じになってしまうのだろうか、隣に科学が発展した国もある手前、変に取り込んだら明日は我が身で対岸の火事ではないかもしれない。


 なんて思いつつも、一応ジンウェル防衛戦の人員にも声かけて、日程もおおよそ決まるも、それ以外に仕事は無し。


「あいって!」


 部屋に戻ると足の小指をぶつける。なんだと見ると勇者の鎧だ。ああ、そうか。一応格納庫から出して置いといたんだっけ。でもオシュが興味なくなっちゃったから、マジで要らなくなっちゃったし…。


「あ、そうだ。」


 そう言って俺は勇者の鎧を格納庫へ入れて駐屯地へ。一応ミズタリの軍は有るのだが、犬との戦闘では被害だけ出るだろうという予想の為、警察組織に近い形で存続させている。


 この組織のトップは最初に何となく決めた通りテトであるが、あんまり顔出してないけど関係は良好だとか。


 馬の国の魔物討伐で使用した補給物資はここ保有の物である。一応軍隊からは格下げとなってしまうが、独自に訓練は行っており、装備の手入れはちゃんとしてあって士気も結構ある。


 魔物討伐の補給物資はミズタリから馬の国に売った形をとった為、今武器は最低限しかない。なので今度ドワーフ製の武器を納入する予定である。テトからはいいものが入ると喜んでいたと聴いた。


「あ、署長さんちょっと。」


「こ、これは王様!こんな所へなんの御用でしょうか。」


 誰に声かけるか迷っていると署長さんが居たので廊下で呼び止めちゃったが、逆に下の人より顔を知っているので他の人に声をかけれなかった。


 テトを間に挟めばいいのだが、あいつ今猫の国行ってるらしいし。


「この鎧って使ったりしない?」


 そう言って勇者の鎧を取り出す。一応この鎧、歴史的な経緯もさることながら、性能も悪くないらしいのだ。


「こ、これは!」


「そう勇者の」


「モトの鎧!」


 一拍置いて吹き出すのを我慢して横を向く。


「な、なに、勇者ってモトって名前だったの?」


「あ、いえ、勇者は勇者の剣と勇者の鎧を携えて魔大陸へと行き、そのまま帰る事は無かったので、その剣と鎧はありません。」


 そういやそうだな、最終装備は普通装備するもんな。


「なので元に使っていた鎧、通称元の鎧なのです。」


 元の鎧かよ。結局それは使わずに展示品という事になった。やっぱ有名な道具だし使うってのはもったいないもんになるか。




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 割と早朝の王宮前、少し肌寒さを感じつつも待ち合わせの場所に行くと、二台の車が止まっている。車といっても自動車ではない。人力車だ。


 一台は豪華な装飾と内装で二人のフードをかぶった人達が就いており、もう一台は荷物運ぶ大八車だ。


「おそいよ!」


 オシュが大八車の前で言う。


「今日はオシュ出番ないぞ。」


「なんでー!」


 後ろで苦笑するメノウとガルムと共に豪華な方へ乗る。今日はイタチとタヌキに招待された視察である。


 オシュは視察の話をした時に自分が運ぶと勘違いしたのだろう。というかオシュ、それ乗ったら出荷じゃねえか。




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「まず先に僕の用事から済まさせてもらうよ。」


「ああ。」


「はい。」


 人力車に揺れながらガルムはそう話す。予定では先イタチ、次タヌキの順であるが、両国とミズタリの間には犬の国がある為に、必ず犬の国を通る必要がある。


 また馬車ではなく人力の為に結構距離がある事から一日犬の国に泊まる。その間にガルムが用を済ませるとの事。


「しかし人力車とは。だがサスペンションまでついていて振動が少ない。いいものだな。」


「そうだね。」


「さす?」


 ガルムは多少知識があるようだが、メノウはあまり解ってないようだ。とはいえ、技術発展の途中故に歪だが試行錯誤が見えているこれはなかなか面白い。


 一応引いてる人にも話しかけてみようとするが、二人はめっちゃ無言かつ、国境の山越え中に息乱すのも悪いかと思い、何となく話しかけられなかった。


 しばらくするとメノウとガルムは絵本の話で盛り上がっていた。その絵本は有名らしいが俺は全くわからない。話に入るに入れない。本の話、そして俺が知っているこの世界の本といえば。


「そういやエルフの恋愛小説って二人とも読んでるの?」


 話に入る為に頑張って聞いてみる。ただ俺は存在は知っているが中身は知らない。そう聞くと二人は微妙な顔をする。


「うーん、最初の方は読んでいたんですけど…。」


「最近はちょっとね、キャラクターがなんていうか、その。」


「モデルが解ってしまいますし。」


「後、僕は解釈違いかな…。」


 そう二人は俺を見ながら微妙そうに答えた。結局疑問顔しかできなかった。




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 しばらくすると、人力車は郊外の建物に止まった。


「おっと、もうか。じゃあ行ってくるよ。」


「待つだけも暇だし俺も行くよ。」


「私も行きます!」


 人力車の人に頭を下げて、三人で建物に行く。とはいえ俺はこの建物が何なのかはよくわかってない。


「あ、ガルムさん!準備できてますよ!」


「はい。今日はよろしくお願いします。」


 そのままガルムは奥へ消え、俺はメノウと二人で待つ。なんというか見た事ある設備だ。そういや勇者の、元の鎧もらった後に行った新聞社の施設を思い出す。写真撮る所っぽい。


「お待たせしました。」


 しばらく待つとガルムが白いドレスを着て髪をセットして出てきた。おお、綺麗だな。横のメノウを見ると目を輝かせている。そのまま撮影に入った。


「こちらパンフレットになります。」


「ああ、どうも。」


 割と生前にもよくある形のパンフレットを渡される。中身を見ると結婚式場のようだ。その内容は生前にかなり近い形態になっている。


 これは恐らく昔の転生者が広めた文化なのだろう。特殊な点は割とドレスのカラーリングが着用者の髪や毛の色と合わせている所だろうか。


 流し見て生前の文化が根付いてる事に感心してると、隣のメノウは食い入るように見ている。


「あはは、やっぱり女性の方が食いつきいいですね。」


「あ、あははは。」


 そこ生前もここも共通なんだ。そんな話をしていると、なんか撮影者がガルムと話をしている。するとスタッフの一人が俺に駆け寄ってくる。


「すいません、撮影の協力お願いします!」


「へ?」


 話を聞くに男性も入れて写真を、という話をした所、ガルムがごねて俺とならいいと言ったらしい。よく見ると話しかけてきたスタッフの人は犬族ではない、たぶんイタチだ。


「すいません、一応顔は入れない形となりますがよろしいでしょうか。」


「え、はい。それでお願いします。」


 他国の一般企業に肩入れするわけも行かないので顔を出さない方がありがたい。一応外交用に正装していたのが功を奏したのかそのまま撮影となった。


 しかし顔を写さないってどうするのかと思ったが、そこはプロ、角度や距離でうまく顔を写さないで撮っていく。


 撮影が終わった後に気が付いたが、恐らく撮影をする予定だった犬族の男性が居た為に罪悪感から頭を下げつつ撮影を終えた。




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「ふうまったく。男性とは撮らないって約束だったんだけどな。」


「お疲れさま。」


「いえいえ、あなたもお疲れさま。ごめんね、急に。」


 撮影後に人力車に乗って話をする。なんでもあそこは前政権から他種族に融和的な企業であり、現政権になってその流れが強くなった今、注目されているのだそう。その為に今回寄り道に許可が出たとか。


 その上、新しい世代の象徴としてガルムが人気らしい。前政権の遺物とならなかったのは良かったのだが、本人は今後政治に関与するつもりは無いそうだ。


「今の時点で忙しいのに、ミズタリに帰ってこれなくなってしまうからね。」


「まあ忙しいのは良くないな。」


 生前を思い出しつつも、最近暇な俺が言う事ではないのだが。


「いいなー、いいなー。」


 メノウはあれからパンフレットを複数もらってきて、それを覗いたり、ガルムを見ていいなと言っている。


 一応ミズタリにも結婚式はあるのだけども、割と儀式的で周辺通知が主な目的の上、ドレスという物も無いので魅力的に映ったのだろう。


「あはは、実は一応話したんだけど、流石にミズタリの王女様が写真出るのはまずいって事になっちゃってね。」


 あ、すごい、メノウの顔ガーンみたいな効果音流れそうな顔してる。


「それに体系も結構違うから僕のを着るのも厳しいし…。」


「うう…。」


 一応二人の体系はガルムは典型的なモデル体型、メノウは少し背が小さめだが胸が大きい。俺は両方好きだが、女性受けするのはガルムだろうな。


「でも旦那様と写真ずるい…。」


「う、いや、まあ。そこはね。」


 そう話す二人は随分と長く友人であった仲に見えるが、付き合いだしたのは割と最近である。


「しかし、ずいぶん仲よくなったな。」


 俺のその一言で二人はこちらを見る。


「そうですね、最近は結構話しますね。」


「テトとはどうなんだ。」


「うーん、テトは大切な親友ですけど、趣味が合った事はほとんどないんですよね…。」


 あー、あいつ猫の国で男所帯で生活してたからだろうなあ。アズダオと仲いいのも、あいつ元男だからだろうし。


「なんで趣味の合うお友達は初めてですね。」


「僕は友達自体が初めてかな。」


 そうガルムにつられて笑うが、これ笑っていい所なのだろうか。


「あ、いや、一応初めてでもないか。」


 そのガルムがそう一言付け加えた一時間後、見た事ある場所に人力車は進む。


「あ、それではここら辺で。」


 そう言ってガルムが車を止めてもらい降りた。俺も座っていると腰がきついのでメノウと共に一緒に降りる。


「尻尾がこっちゃいます。」


 腰ではなく尻尾なのか。そして辺りを見ると既視感のある石塔が見えた。


「ここは。」


「そうだよ、僕たちが初めて会った所。いこう。」


 そう言うとガルムは山を登りだす。


「なんの用なんだ?」


「お墓参り。」


 思ってもみない回答が返ってきたので三人無言で山を登る。俺が来た時よりも楽に石塔まで着く事が出来た。そしてガルムは石塔の少し横の、みすぼらしい石の前へと向かった。


「これは?」


「僕の兄弟の墓だよ。名前はフィンリ。」


「病気とかか?」


「いや、凶暴過ぎての廃棄処分。僕も同室の時は結構殴られた。」


「ええ…。」


「でも僕の唯一の同族だったし、初めての友達でもあった。機嫌の良い時は二人で夢を語った事もある。」


 横ではメノウが困った顔をしている。俺もどう接すればいいのかわからない。


「そして彼の夢は世界を冒険する事だって言ってたからさ、だからいろいろ行ったら報告する事にしてるんだ。」


 そう言うとガルムは少しはにかんだ後に手を合わせていた。一応俺らも手を合わせておく。


「さて行こうか。どのみち僕はこの国とミズタリしか言った事ないから、明日以降の方が報告できそうなんだけどね。」


 そうガルムが言った後、皆で足早に山を下りる。なおミズタリでの一件から俺はめっちゃ警戒していたが、今回は何もなかった。




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「それで処刑されそうになった所、旦那様が助けてくれたんです!」


「へえーー!」


 今度はガルムがメノウの話に目を輝かせている。車に戻るとガルムが冒険ってどんなものなんだろうか、と何となしに言った。


 するとメノウが自分はした事があると言って、ミズタリからの逃亡生活の話をするとガルムがめちゃくちゃ食いついてきた。


「いいなあ、いいなあ。大変そうだけど。僕もいろいろな町に行ってみたいなあ。」


「実際大変でしたし危ない事もあったけど、楽しかった事も多かったですねー。」


 そうしみじみと言いつつ、ちょっとドヤってメノウは言う。あれから立場が目まぐるしく変わっているが、あの日々が地続きである事を少し不思議にも感じる。


 だがその話の辺りから、なんか人力車の前から大声がする。その声が段々と大きくなり、人力車の前を一人の女性がふさいだ。


「子供を返して!」


 犬族の中年の女性だ。ガルムは腰の剣に手をかけ、メノウは小さく指を動かした。やべ、俺ボディアーマーの展開とかしてない。


「えー、あの?」


 皆で車を降りてとりあえず俺が声をかける。というか人力車の人が対応してくれない。


「なんで、私の子を殺したの!」


「ええと、どちらで?」


「エンリンの砦で!」


 その一言で理解する。開戦の前に砦で暴れた時に殺した親なのかもしれない。誰かは判らないが。


「答えて!」


 その叫びと同時にナイフを取り出し刺して来た。


ガチン!


「うお!」


 咄嗟に避けるもナイフは同時に壁に飛んだ。ガルムが剣ではじいたようだ。


「縛!」


 メノウが叫ぶと女性に体に光る紐が出て彼女を縛る。俺は弾かれた短剣を拾い、構えるだけ構えて女性と正対する。


「すまないな、必要だった。」


「何が必要だ!あんないい子が死ぬ必要がどこにある!」


「うちの国の国民を皆殺しにしてもか?」


「そんな事するはずがない!」


 まあ占いで出たのでといって納得する者などいないだろう。だがそれ以上に周りに目立っている上、何人か殺気立っている者もいるな。流石にここまでくると人力車の人もこちらを守るように構えている。


「ふむ、ではこの短剣はお返ししよう。我々は急いでいるので失礼する。」


「ふざけるな!」


「ふざけてはいない!」


 睨みつけると女性は怯んだ。結局の所、修羅場をいくつかくぐったからか、俺にも少しは凄味が出てきているようだ。


「すまない、急ごう。メノウ、縛るのは時間差で解けるようにしてくれ。」


「わかりました。」


 ガルムは少し安心して、メノウは少し不服そうに人力車に乗り直した。一応人力車の二人に速度を上げてくれと言うと、反応は無いが明らかに速度を上げてくれた。


 その後に追撃がない所から、組織的な犯行ではなく突発的なものかもしれない。確かに少々おざなりな犯行だった。


「それでは、今解きます。」


「わかった。」


 この時点でもう旅行気分は無くなってしまった。そして改めて落ち着くと、いろいろ考えてしまう。


「はああーーーー…。」


「憲兵に言うべきじゃあなかったんですかー?」


 俺のため息でいつも通りに戻ったのを察したのか、メノウがちょっと意地わるそうに言う。


「いやー、まあこうなる事もあるだろうし、予想もあったが実際来るとなぁ。」


 そう言うとガルムが心配そうに声をかける。


「でも、ありがとう。憲兵を呼んだら逆にまずかったかもしれない。」


 ううーん、とはいえここは呼ぶべきでは、それにこうなる事は予想できた、いや、していた事なのだが目を背けていた事だ。全面戦争回避がうまくいったのは確かだが、その為に犠牲になった者は確実に居るのだから。


「それに憲兵も派閥がいろいろあるから、言っても揉めるだけかもしれない。最初の撮影した企業も路上撮影の時に結構揉めるとかの話も聞くし。」


「犬の国は禄でもないですね!」


 そうメノウは怒るが、犬の国のど真ん中でそれ言うと、また禄でもないのが飛んで来るぞ。


 こういう事が起きると犬の国あんま来たくなくなるなあ。というか今晩泊まるとこ大丈夫かな。


「一応、宿は融和派の場所だから。後、そこに今回の件を話しておくよ。」


 ガルムが空気を読んでそうフォローを入れる。考えてみればガルムの立場もかなり微妙だ。犬の国に行かせるのは控えさせるべきかもしれない。


「まあ、それが今出来る一番の事かもしれんなあ。」


 改めてため息をつく。理由無く命を狙われるならまだしも、狙われる明確な理由がある事実に気が付くと、急に肩に重さを感じる。


 というか、流石に要人の移動なのに警備がスカスカすぎるか。観光気分であったのは否めないが。


 ちょっと王宮で腑抜けすぎたかもしれない。次からはボディアーマーを展開した上で出るようにするか。武装しなければ近寄れないという事実も少し悲しいが。


 そんな事を考えながらその日は宿に着いた。二人とも俺に気を使ってくれて、ホテルの人たちも気を効かせてくれた。だが改めて顕在化した、戦死者を減らすための殺人の重石は寝心地のいいベッドを想定以上に軋ませた気がした。




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「それじゃあ、行きましょうか。」


「おーう。」


「うん。」


 一晩寝たら結構元気になった。というか冷静に考えたら命のやり取りは今まででもあったし、そもそも戦争だって理由無く攻撃した訳ではない。


 その上和平条約もクソだったので今回の結果以上に死者数減らすとかは、もう理論値に近い。


 そしてそう説明して昨日の人に納得しろと言っても無理だから、話はそこでおしまいなのだ。


 踏ん切りや切っ掛けもなく、断ち切るように悩む事をやめる事にした。個人的にもっと悩むかと思ったが、意外と平気だった。


 立場が人を作るって事なのだろうか。一応二人を見るとまだちょっと心配そうにこちらを見ている。


 相変わらず人力車の二人は無言だが、片方があくびをしていた。口元からしてもしかすると女性かもしれない。


「一応、今回会うイズナ様には私面識があります。」


 無言が辛いのか、メノウが話を始めた。


「そうなのか?」


「本当に子供の頃なのであまり覚えていないのですが、優しいおばさまでした。」


 その言葉に少しだけ人力車の人が反応した気がした。


「僕は今回話を受けただけでイズナ様とは一度も会った事は無いな。」


「ふーん、どんな方なんだ?」


「お母さまに伺った所、共に願術の修行をした事があるそうですよ。しかもお母さまよりも先輩だったとか。」


「へえ。」


 リノトは若く見えるが歳を聞くと毎回濁すのでよく解っていない。だが聞く限りでは高齢の方かもしれないな。


「あ、ここが三分岐ですね。」


「三分岐?」


「イタチ、犬、タヌキの国の国境が交わっている場所です。一応形を三分割している形状になっています。」


 見た所海外でよくあるランナバウト、あの円状になって車が回っていくやつみたいになっている。真ん中には門っぽい物が建っている事からも凱旋門意識してるのかもしれない。


「それではここをイタチの国方向ですね。」


 そうメノウの声を聴きながら人力車は進む。入り口にはイタチの国の国名、ゲンガンの文字が。一応今は国境とかの検問は無いが、今後そういう物がここにもできるのだろうか。


 ゲンガンの奥に進むとどんどん田舎になっていく。だがところどころ都会な建物があるので地方都市っぽい。その内のちょっと新しい建物に人力車は止まる。なんというか、最新型の公民館みたいな中途半端な感じの所。


「それではこちらからどうぞ。」


 ここで初めて人力車の人が口を開く。声は男性の声、さっきの女性っぽい人とは別の方だ。


 そのまま案内されると、メノウはなんか旧知の人に連れられて行き、ガルムは職員っぽい人に政策の事で話をするとどこかへ行き、一人になってしまった。


 見知らぬ場所で一人となり、こりゃどうしたものかと一人椅子に座ると、小さな白髪の女の子が来た。


「おにいちゃん、どうしたの?」


「え?」


 急に話しかけられてびっくりする。そして、どうしたの?と聞かれて俺は何故か答える事が出来なかった。


「なんか、大変そう。」


 そう言われて少し自分の立場に悩んでしまう。犬の国のあの女性との和解は無理であり、断ち切るのは判断として間違っていないだろう。だがそれでも理解してほしいと思ってしまった。


 そもそもとして今の人生は、その判断は正しいのか。漠然とした迷いはどんな立場や場所、世界でも振り切れないのだろうか。


「そうだねえ。大変かもしれない。」


 一息ついて無意識の言葉を吐き出す。少し前にオシュを救ったりいろいろやってはいるが、そんな敵を討つだけならまだ楽で、昨日のような女性は戦って話が済む事じゃない。


 むしろ戦って終わる話の方が簡単かもしれない。


「はい、あたまなでてあげる。」


 そう言って子供は手を上げる。半笑いで俺は頭を下げる。


「よーしよーし。がんばったね。」


「ああ、がんばった、ありがとう。」


 そう言って笑いかけると女の子も笑った。


「すいません。」


 急に話しかけられて振り向くと、こちらの制服を着た女性が立って話しかけてきた。やっべえ、見られてた。急に恥ずかしくなる。


「準備が出来ました。こちらへ。」


 そう言って女性が案内してくれると、その女性を追い越して先ほどの女の子が駆けて行った。そういやあの子は何なんだろうか。


「あの女の子はどこの子なんですか?」


「それは後程。」


 女性スタッフは意外とそっけない。今度は辛さを見られないようにと顔の力を抜くと、大きな扉の前に案内される。


「メノウ様、ガルム様は既に参られていますので。」


 え、やっべ、なんか遅れたかと内心焦りつつ、開けてくれた扉を急いでくぐると結構豪華なお食事会状態。


 いくつかある見た事無い食べ物に、へえーと感心しつつ辺りを見ると、さっきの女の子が。そして女の子と目が合うと、その子はてててと走って、上座に座った瞬間に子供らしいあどけなさが一瞬で解ける。


「ようこそ、ミズタリの王よ。」


 え?と状況が読めない俺は辺りをきょろきょろして、


「あ、どうも。」


 すげえ月並みな挨拶をした。クソ、王なのに。アドリブが弱すぎる。


 だがその様子にメノウもガルムも困惑している。だが彼女らに相対して人力車の二人もいた。すると二人はここでやっとフードを取った。


「おいイズナばあちゃん、趣味わりいぞ。」


「ばあちゃんと呼ぶんじゃないわ!」


 女性側がばあちゃんと呼ぶと一気に感じが緩くなり、人力車の男性側がため息をついた。


「え、あれ、イズナおばさま?」


 メノウも驚いている。そもそも話からしてリノトより年上のはずだが明らかに少女で子供だ。


「おお!メノウか!少し前はあんなに小さかったのにこんな大きくなって…。」


「は、はあ。」


 メノウも戸惑っている。そこからやっと説明が入った。というのもこのイズナさんとやらは儀式によって体を若返らせたらしく、今回人力車を引いた二人はガルムと同じ遺伝子操作によって生まれた強化個体らしい。


 なんでもイタチの国も革命を狙って準備していた所、ミズタリが一気に制圧した為に空ぶってしまったとの事。


「まさかミズタリがここまで早く解決するとはのお。」


「はあ…。」


 相変わらず事態を飲み込めていない為生返事である。一応人力車の二人は女性がラル、男性がヴァズリとの事。好戦的な二人は血気盛んな為に今回車を引かされたらしい。そんな話をしながら酒と食事をしていくと。


「おぬし、王には向かんな。真面目すぎるし、弱く、まともだ。」


「え?」


 酒も入ったからか割とイズナが突っ込んできた。


「そんな!イズナ様!」


「そんな事はないよ!」


 メノウとガルムがフォローを入れる。なんでも人力車を引いている間、道中で俺の人格を判断するために二人を使い監視していたらしい。


 どこで見られているのかわからんもんだと思いつつ、俺はちょっと考えてイズナさんを見直すと。


「やっぱそう思います?」


「「ええ!」」


 身内が驚いていた。


「え、いやまあ犬の国の一件や先ほど見た時から思ったんじゃが…。」


 なんかイズナさんも面食らってる。


「あー、最初会った時も初手お兄ちゃんだったのちょっと気になったんですよねえ。普通このぐらいの子供だとおじちゃんだよなあってのはありましたし。」


 酒の勢いあってかちょっと饒舌に話をすると、割とイズナさんは引き気味だ。


「それに俺、元々ちょっと勢いで王様やってみるかって感じで、あんま心構えとか解ってなくてぇ、どうなんですかねえホント。」


「お、おう。」


 イズナサマもなんか微妙な顔してる。


「何言ってるんですか!旦那様は今までどれだけ成果残してると思ってるんですか!」


「そうだよ!僕だって救ってくれたし、あの戦争だってあんなに死者少なく抑えたじゃないか!」


「いやー、でもさあ。なんかちょっと場当たり的というか、うまくいっただけって感じじゃんかあ。」


 やはり犬の国の一件は意外と心に引っかかってるのかもしれない。


「と、というか、おぬし何故義理とはいえ自分の娘に旦那と呼ばせとるんじゃ。」


 イズナが焦りながら急に話題を変えてきた。


「え?そりゃあ。」


「それは私の旦那様だからです。」


 メノウがきっぱりと言う。その解答に明確な疑問顔のイズナ。


「え?じゃがミズタリの王でリノトの旦那じゃろ?」


 俺はここら辺で喉が渇いてきたので水を多めに飲むと、ちょっと酔いが抜けた。


「お母さまとも、旦那様です。」


 そこもリノトがきっぱりと言うと、ちょっとだけ時間が止まり、イタチ側全員がこっちを向く。


「え!まさか!」


「はい!そうです。」


 なぜか誇らしげに解答したメノウの後にイズナの顔が滅茶苦茶曇る。


「貴様けだものか!」


 獣人にけだものって言われた。でもちょっとこれは。


「お友達になりませんか。」


 そう言ってイズナの手を握ってみる。というのもその件、俺はこの際背負うと決めたのだが、あまり倫理を捨てすぎるのも難だなあと思っていた。


 だがここで初めて倫理的に近い人に会ったのだ。なんというか、道を踏み外しきらない為に友達になっときたい。


 イズナは戸惑った後ちょっと赤くなって直ぐに俺の手を振り払った。


「な、なにを!」


「旦那様!口説かないでください!」


「そうだよ!やめてよこんな小さい子!」


 なんか変な理解をされてるが違うんだ。だけどちょっと眠くなってきて訂正も億劫なんだ。


「そんないきなり、穢されてたまるか!」


「いや、イズナばあさん、処女だしちょうどいいのでは?」


「うるさいぞヴァズリ!それに若返ったんじゃから当然処女じゃ!」


「でもばあさん若返る前もしょばぁ。」


 ラルの会話中にいきなり唇が裂けて血を吹いた。


「おい!女の顔を斬るんじゃねえよ!」


「うっさいわ!しょっちゅう喧嘩で生傷作る奴が女を語るんじゃないわ!」


 なんかわからんが喧しくなってきた。


「大体子供に興奮するのかこの変態は!」


 その一言にちょっと思う所があった。


「いや!年齢は大事にしているぞ!そういう事は成人してからだし!」


「え、でも僕オシュさんより年下だけど。」


 いきなり会話に入ってきたガルムの言葉に目が覚める。


「ええ?」


「犬と馬だと成人の年齢は違うけど、僕は実験の成長促進とかで体が大きくなってるから実年齢は結構低いんだ。」


 思わぬ不意打ちに微妙な空気になるも、ヴァズリが空気を読んでくれた。


「ま、まあばあさんは肉体はともかく実年齢は結構あるからよ。」


「でもうちプラチナエルフのフィルさん嫁にいますし。」


「プラチ、てえと最低五百歳か…。」


 そういやフィルにちょくちょく聞いた感じから、口は割らないがどうも六百歳以上は確実っぽいんだよな…。


「そ、それにこんなすぐ人の顔切るようなばあさんだ。そもそも犬とやり合ってた時は犬斬り包丁の名で通っていたんだぜ。」


 ラルはイズナを見ながらそう言い切ると顔を急に動かした。イズナが舌打ちした様子から切断を回避したようだ。


「でもうちには究生龍が嫁いでいますし…。」


「しかも二人。」


 メノウとガルムがそう続けると、改めてイタチ三人がこちらを驚きながら見る。


「…前言撤回じゃ。おぬしは王の器じゃ。」


「ああ。」


「認めるぜ。」


 認められるのそこなのか。明らかにドン引きの顔で認められながらそう思った。




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 その宴会の翌日に視察を行うも、ちょっと二日酔いっぽく元気がなかった為に聞き流しただけになってしまった。午前中に視察が終わり、午後にタヌキ側の国、リモクへと行く。


「よう、あんたがミズタリの王か。イズナのばあさんに絞られたか?」


「はあ。」


 なんか随分とタイプの違う、体のでっかいタヌキ親父が出てきた。


「うっさいわ!金○桂剥きにするぞ!」


「おーこわ、ありゃやべえ痛さだからな。」


 がっはっはと笑うタヌキの王、リオウ。俺は笑い声の大きさよりもその解答に戦慄していた。剥かれた事あるのか…。


「それじゃあ、ミズタリの王をよろしく頼む。」


「ああ、任せろよ。」


 そう言って案内されるもタヌキの国はまさかの徒歩だった。まあ歩きながら話をしていると酒も抜けてきたのである意味ちょうどよかったかもしれない。


「つーことでうちは食糧つくってんだ。」


 そこかしこが農場で三国の食糧のほとんどをここで作っているらしい。ミズタリよりも牧歌的な国だった。だがその農場でちょっと喧嘩が勃発していた。


「あ、またあいつらか。気が立つのはええなあ。おい!注意しとけ!」


「はいいぃ!」


 職員っぽい人が結構ビビリながら揉めてるとこにとんでいった。上下関係強いなと思いながら、揉めてる獣人を見るとちょっと違和感がある。


「なんか最近あんな感じのが増えてるんだよなあ。まあ、洗浄作業とかは上手いし黙々とやるからいい所もあるんだが。あいつらも新世代って事なんだろうな。」


 そう言ってがっはっはとまた笑うリオウ。視察が終わるとそのまま野菜をお土産に持たされて、農業で相談会ったら来い!との事。今回帰りはタヌキの国にポタポタ石を置かせてもらってそのまま転送である。


 ガルムが犬の国が転送の魔力使用でなんか言ってくるかもと心配していたが、そんなん俺が黙らせると笑うリオウ。


 でもメノウがこっそり、一応タヌキですので。と一言付け加えていた為に全面的に信頼するのも危ういか。


 だが帰りの移動をタヌキ側が用意していなかった為に、仕方なしに転送で帰った。


 ミズタリに戻って自室に入り、ああー、やっぱ慣れた生活はいいなあと思った瞬間に気が付いた。タヌキのとこにいた獣人、あれたぶんアライグマだ。侵略されてねぇかと思いながらも、どう訂正するか考えているうちに疲れて寝てしまった。

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