24 滅び
「それじゃあよろしくお願いします。」
「え、あ、お、おねげいします。」
ガゼットと二人で頭を下げる。そして前には重石をのせた新型鞍の試作品を背負ったオシュ。なんか緊張している。
「わかりました、それでは。」
そう答えたのはフィニル。ここはジンウェルだ。そしてフィニルは鞍を触りながらオシュと共に歩き出す。
「おいオシュ、なんか歩き方変だぞ。」
「だってぇ。」
無駄に緊張しながら歩くオシュ。とりあえず広間を一緒に一周。
「やはり背面と下部に応力が集中していますね、変形が感じられました。」
「むう、そうか。どのみちあの素材以上は揃えられねえし、ある程度骨組みに関節つけるか?」
鞍の改良からいろいろ話がこじれて、強化するにもどこが弱いかよくわからないので、魔導で調べるしかないという話となり、オシュが仲のいいフィニルに相談したところ協力してくれる事になった。まさかの多国間協力である。
ただマジカル応力解析を目の当たりにし、生前よりも技術で負けた気がして複雑な気分である。
しかしデータ取りの方法が実運用に近く無い上、値はなく体感という点も判りづらい。どちらかというと今回は応力解析がどの程度解るかの確認の意味が強い。
「うーん、今見た限りだと動きも変だし、とりあえず条件出ししてデータ点数増やしましょう。オシュも小走りぐらいは速度だしてみようか。」
「は、はい。」
乗れればいいのだが試作品はそこまで強度が無い。あと加重方向が捩じれか直線なのか判別できるかも聞く。
とはいえこれは前回壊れた補修品をテスト用にまわして新調したほうがよさそうだな。
そんなこんなでいくらかデータを取った後、ミズタリよりも大きいジンウェルの会議室で本題の会議を行う。内容はジンウェルの防衛である。
というのも前回破壊した物だが、そいつは地中からマナを吸い上げて結界を形成する物のようで、老朽化により結界が不十分となってマナが漏れて魔物が寄ってきていたという経緯だそう。
なので壊した事でマナ漏れは無いが、結界が無い為に新調せねばならない。
だが新調の際には事前作業でマナと魔力がダダ漏れ状態になる日がある為に、必ず狙いに来るとの事で陣を敷き防衛戦を行う必要があり、その準備の打ち合わせをしたのだ。
なおこの説明で俺はマナと魔力の区別がつかなくなって、ここで改めて教わったが、どうも魔力が酸素、マナは酸素イオンみたいな感じだった。んでそれらを取り込んでエネルギーにしたのが気力って感じっぽい。
そんな会議を行って、状況確認と必要人員の話をする。会議が終わり、別れ時に改めてフィニルに礼を言う。彼女は友達の為なので当然ですと答えてくれた。
ミズタリに戻ってガゼットを送った次の日、仕事を確認すると意外と暇な事を自覚する。
防衛戦の用意も俺自身がどうこうする事は無く、そもそも結構先の話なので必要人員には事前に話をして、直近になったら再度話すとしよう。仕事でも大体この二度の声かけが堅実だったのでここは丁寧にする。
とはいえ今日やる必要はない。どうしようかなと自室で悩んでいると、扉がノックされる。
「はーい。」
開くとザルカが居た。
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「すまないね、あんた。」
「まあ、雑に連れ出したからなあ。」
ザルカと二人で彼女の故郷に戻る。仕事道具の一つを忘れて取りに行きたいとの事。まあ時間あるし、絶界越えれるの俺ぐらいだから仕方ない。
「お、見えたぞー。」
「ああ、じゃあ手前に降りてくれないかい。」
言われるままに降りて町へと入る。驚くほど何も変わらない朽ちた町を、ザルカはすいすいと進んで行き、前に来た部屋に入る。
「ふう、憎々しい我が家に到着だ。さて、持っていく物はこの箱さね。」
「んじゃ格納庫入れるか。」
受け取った金属の箱をすっと入れる。お仕事終わりである。後は帰るだけだ。
「そうさね、少し話でもしないかい?休憩も兼ねてさ。」
「え、ああ。」
休憩も必要かと思いつつ彼女を見ると、顔は笑顔だが妙に目つきが鋭い。ただその様子から話をしたいのだろう。
「そう言えばヤナと仲いいけど何やってんだ?」
初動で別の女の話をして彼女の顔が曇るが、言い訳を言う前に彼女が答えた。
「ああ、黒化を教えてやったんだよ。」
こっか?何それ。
「そういや前に使ったんだって?あの子嫌われないかってちょっと気にしていたよ。」
この間使ったっていうと、あの変な黒い靄纏ったあれか。確かにあの後元気なかったけど嫌われないかの心配だったのか。
「黒化ってそもそもなんなんだ。」
その問にザルカは答えようとして、俺を見直して少し悩んだ。
「うーん、まあ単純に言えば魔物に近くなる技だよ。ただ仕組みとしては白化と一緒だ。」
あー、なんか要はスーパーモードのアレか。みんな気合い入れると白くなるんだよな。
「結局の所、魔物も神や精霊とかもマナ生命体なのさ。だから多く取り込むと半分生物、半分マナになる。」
へー。
「だけどマナには白と黒があってね、こればっかりは生来のもんだ、変えられないのさ。んで白化は世間に歓迎されるんだけど、黒化は魔物に近くなる点からも嫌われるからね。だけどヤナは嫌われてもいいから力が欲しいって教わりに来たのさ。」
「そうか。」
今度ヤナをほめてやろう、理由を言わずに。とはいえ普通の転生モノならここら辺いろいろ学んでいくんだろうけど、俺魔力とか無いから全部スルーなんだよなあ。
「ねえ、ちょっとこの国を散歩しないかい?あたしはもうここに帰るつもりもないから、最後に見たくってさ。」
まあ、時間は結構あるし、ザルカのルーツにも興味はある。
「ああ、いいぞ。」
「それじゃあ行こうか。」
そう言って二人で部屋の奥に進んだ。
「ところでここはなんなんだ?」
「枯れた世界樹の中さ。フィルんとこは神樹って呼んでたね。」
あ、あの硬い幹のアレかあ!
「はー、っていうと、かなりでかいなこの木。」
「だからって栄養吸い取っていろいろやったら枯れて、呪われたのがうちら黒エルフさ。」
「ええ。」
「あれは粉を出すだろう?あれはね、エルフを外の世界に出す為なのさ。変わらない奴からは追い出される上に、外の人間と交われるように体つきも変わる。だけど世界樹は死に際ではそれとは別の粉を出す。そいつは体つき以外に、肌の色も変える。」
「へえー。」
「ここは緑にあふれた魔法王国だったんだとさ。あたしは砂漠しか見た事ないがね。」
そう話ながら進むと大きな広場に出る。とはいえ屋内であり、薄暗くてそんなによく見えない。
「あっちの先の方では苔の栽培をしている。うちらの主食さ。」
コケ食って生きてんのか。
「んで向こうで奴隷を働かせている。」
ええ、なんか行く先々ろくなもんが無い。
「…見にいくの?」
「まさか。思い出の整理だよ。」
そういって広場の先を歩くザルカについて行く俺。
「昔はね、この奴隷の首輪を世界中に広めて、それでその奴隷を使役して国を取ろうとしたのさ。」
「なあ、なんか碌な話ないんだけど。」
「はは、だろう?こんな国、出たくなるだろう。だからミズタリで全員敵に回しても縋り付いたのさ。どのみち何人かはあの呪い振り切れたろうけどね。」
「そうなのか?」
「まあ家財道具壊したくなったからやめたんだろうけどねえ。んで奴隷の首輪に主従権を刷り込ませて広めたんだけど、黒エルフなんてトンと見ないだろう?」
確かに獣人の町とかいろいろ見たが、黒エルフはザルカ以外に見た事がない。
「いざ国を出て行って、奴隷を引き連れて行ったとしても、気味悪がって奴隷以外だれも相手してくれなかったんだとさ。というか奴隷自体も意志を奪っているから、奴隷も相手してくれてないかもねえ。」
「はあ。」
「だから死んだ木に縋って蟲みたいに木を削って生きているのさ。さて、ついた。」
彼女は一つの小さな扉の前で少し止まると息を整え、そのまま扉を開き中へ入った。俺も考えなしにその後に続く。
「ばあさん。」
「なんだ、ザルカか。横のはなんだ、奴隷か?」
薄暗い中に大き目の机に座る小さなばあさんがいる。
「あたしはこの国を出るよ。」
「はっ!なんだお前、わざわざ苦しんで死ぬのかい!」
変なテンションの高さに戸惑ってしまい、どうすりゃいいのかわからず二人をきょろきょろ見る。
「いいや、あったんだ、居場所が。そこに骨をうずめるよ。」
「居場所ってなんだ、その隣の男か!」
きょどった上で話を振られたので、
「あ、どーもー。」
すごい月並みに頭を下げる。
「ああ、そうさ。それじゃあね。」
「馬鹿が!またすぐに戻ってくるだろう!首輪を巻いてここにさあ!」
その言葉を背にしながらザルカは出て行った。知らない人同士の一対一もきついので急いで後をついて行く。
「なんなんあのひと。」
「祖母だよ。」
「へええ?」
「一応この国ではいい立ち位置の者なんだがね、もうここ以外に居場所はないと思い込んでいるのさ。まあ、その考えは正しいのだろうけど。」
「はあ。」
「どのみちこの国は後百年もすれば木が全部なくなって滅びる。世界を呪う事で黒マナを生み出して延命をしているが、先は見えてるのさ。」
「じゃあ、なんか、ミズタリで受けるか?」
「駄目だ。それだけはやっちゃあ駄目だ。呪いはうつる。あの国は、せめてあなただけはこれ以上近づかないでおくれ。」
ザルカの強い懇願に思わず腰が引ける。
「それに、ばあさんの考えはまるで間違っちゃあいない。あたしの親も希望を求めて国を出て、ここに戻ってきたのさ。首輪をつけられた上でね。」
なんか話をしている内容から結構壮絶な感じがして息を飲む。
「それにたとえ無理矢理でもばあさんは動かないよ。そして説得も意味はない。あたしも同じ考えだったんだから。」
そう言って足早に来た道を戻り、皆を解呪した部屋に戻る。
「すまないね。決別するのに勇気が必要で、あんたに頼っちまった。」
「あー、構わない。まあ、嫁だし。」
「ふふふ、そうさね。」
ザルカはそう妖美に笑った後、二人で一息つき、俺は持ってきた水を格納庫から取り出し二人で飲む。
「あんたに黒く汚いものを見せるのはこれで最後だ。ミズタリに戻ったらそういう物はあたしにまかせな。慣れているからね。」
「あー、まあ、一応、ある程度は俺もやるよ。」
「でも呪いや呪術は先にあたしに教えな。あ、あとメノウの嬢ちゃんだが、あの子には呪いを避ける方法だけを教えているから安心しな。偶に不満を垂らしているけど、呪術の技はあたしで打ち止めにする。それがあたしのできる一族の贖罪だ。」
「わかった。まあ、頼りにしてるし、こちらも頼りにしてくれ。」
「ふふ、わかったよ。」
そう笑う彼女はまだ少しだけ影を帯びていた。だがその彼女の肌を見て、少し思った事を言う。
「その、これは俺個人の解釈なのだが。」
「うん?」
「世界樹が最後に粉を出して皆を黒い肌にしたという事なのだろう?」
「ああ、そして枯れたと同時に周りの木々もどんどんと枯れていったのさ。」
「俺の世界での話だが、基本、肌が黒い方が太陽の光で皮膚が焼けず、ダメージを受けないんだ。」
「そうなのかい?」
「だからもし、世界樹が枯れる事を悟って、砂漠でもエルフが生きれる為に最後に肌を黒くしたと考えれば、それは祝福なのではないだろうか。」
その一言でザルカは驚くように目を見開いた後に、
「そうだったら、いいねぇ。」
微笑みながら自身の腕を優しくさすった。そう笑う彼女は薄暗い中でも判るように、ただ普通に美しかった。
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