20 幽霊

 終わった。ひと段落した。目が覚めたけどまだゴロゴロできる。


 まだ和平交渉中なのでフィルが出張っているが、先の戦闘で犬側の戦力が大幅に削れた状態の為に、結構有利な条件で締結できそうとの事。


 更にこの一件に乗じて隣国のイタチとタヌキの植民地にも足元を見られて、独立の話も出てきている。


 犬の新政権は前よりはまともなようだが、まだ信頼はできない。一応来月には俺も出席予定の会合もあるが、その前にしっかり内容を決めてから行うという事で、それは形だけの物だ。


 一応俺も話を聞いてはいるが基本指針はリノト、メノウ、フィル、ガルムが決めている。占いも未来がちゃんと見れるようになった今は何をすればいいのか解るので結構強い。なので逆に運命を覆す俺は、変に首突っ込むと覆っちゃうので引っ込み気味だ。


「んふう。」


 布団も昨日干してたのかいい匂いが残っている。二度寝、とはいえあまりゴロゴロしていると逆に体壊すのでそろそろ起きようかな。でも飯を食いに行くのもちょっと遅くなっちゃって面倒だしな。


「旦那殿、はいるぞ。」


「んお。」


 いきなりリノトが入ってきた。




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「全く、怠惰なのはいただけんの。」


「たまにはいいじゃない。」


「妻として看過できぬ。」


 まああんまり休日ゴロってると威厳は無くなるか。とはいえ全面戦争を回避したのだから値千金のはず、だが冷静になれば彼女達からすれと、大事なのはこれからなのかもしれん。


 一応和平交渉の内容に犬側の軍事技術すっぱ抜きなどの指示も出している為、物によってはまだ揉める可能性があるのは事実だ。


 それに戦争で勝ったからと言って無茶な要求すると、生前の大戦みたいになってしまうので不必要な搾取は危険だが、かといって何にも取らないと後々舐められるのでバランス感覚が重要だろう。それを占いで担保できるから安心しているのだが。


 ただ、今間近な問題は目の前のリノトが思ったより微妙な顔をしている事だ。なんというか、感情が複雑で読めない。


「んでどこ行くのさ。」


「いいから黙ってついてくるんじゃ。」


 そう言うリノトの顔は全体的に暗い。こうなるとウォーローの件だろうか。


 しかしまさか、色恋でこんな大事になるとは。というのもウォーローを鹵獲して尋問にかけた結果、独裁の目的からリノトを手に入れる事であったのは驚いた。


 他国は植民地にしている上で、何故かミズタリは滅ぼされるという占いも、リノトをコントロールする為というのが大体狂ってる。まあそりゃあ確かに占い嫌いにもなるわなあ。


 なのでこの一連のもめ事はリノト自身が中心であった事で、彼女が少々参っているのも事実だ。


 ウォーローの処遇はその後リノトが行ったが、どうしたのかは聞いてない。うちらが処理をするかとも提案したが、自身でけじめをつけたいという話だ。一応既に彼女からけじめはつけたと聞いてはいるが。


「そろそろじゃ。」


「んで結局どこ向かっているんだうちらは。」


 改めて聞くが黙るリノト。二人で山をもくもく登っている。とはいえ方向は龍神様の池ではない。というかこの方向は犬の国との国境近くだ。山道を相変わらず上り続けている。そして急に開けた所に出た。真ん中には少し大きめの石が見える。


「着いたぞ。」


 ふーと一息つくリノト。最近気温も上がっているからお互い汗ばんでいるだろう。


「んでここはなんなんさ。」


「シンジュの死んだ場所じゃ。」


 その一言を聞いて、んぐっと声が詰まる。シンジュって前の旦那さんか。


「ここに墓があるのか?」


「いや、墓は王宮の墓地にある。そこは参ってきた。じゃがあやつの魂は大抵ここにおる。死してなお、守ろうとしているのじゃ。」


 何か声をかけようとして、言う事が出来なかった。何を言っても俺の言葉では軽い言葉にしかならないだろう。


「ほれ、そういう顔になるから言いとうなかったんじゃ。辛気臭いおぬしと長く歩きとうない。」


「すまん。」


「ん、むう。いやこちらこそすまぬ。少し気落ちしていた様じゃ。だが今回やっと区切りがついた。その報告と、今の旦那も紹介せぬとな。」


 そう自嘲しながらリノトは歩みを進める。確か彼女は占い通りにシンジュさんを派遣して、死なせてしまったという過去がある。


 そうか、その戦いでシンジュさんが死んだ後に敵が撤退したのも、ウォーローが旦那が死にさえすれば彼女が靡くと思ったから、と考えれば合点がいく。


 なんてくだらない。だがその渦中にいる彼女は誇張なくやるせない気持ちで締め削られていたのだろう。


「やっと、ここに来れた。何度も周りの神に会ってやれと言われたが、つらくて、メノウまで殺そうとした身でくる事ができなんだ。」


 そう言いながら歩く彼女の足元に滴が落ちた。声に震えは無い。気丈な、強い女性だ。


「さあ、ここじゃ。」


「ああ。」


 そう言ってこちらを振り向いたときには涙の痕はなかった。俺はそれを気づかぬよう、いつも通りに彼女と接する。


「それじゃあ、祈ってくれ。」


「そうだな。」


 そう答えて二人で石の前で祈る。この国は安全になった、もう安心してくれ。あと貴方を殺した敵はメノウがエンリンの城でとった。後リノトとメノウは、うーん。あまり言及しない方がよさそうか。だがここを守らずともよくなったという事は良く強く願った。


「それでは行こうかの。」


 隣からリノトの声が聞こえる。先ほどよりも明るい声だ。そうだ、終わったのだ。せめてこれからの未来は明るくあってほしいものだ。


 というか彼女よりも俺の方が長く願ってしまったのか。変な話だな。そう思って目を開けると光り輝くキツネミミイケメンが半透明で浮いていた。


「うお!」


「なんじゃ?」


 あ、ああ。ここに居るって言ってたから本当に出て来るのか。神様いる訳だし幽霊いてもおかしくないか。そうね、ちゃんと足ないし、かねがねステレオタイプな幽霊ね。


「出てきてくれたんだな。」


「何がじゃ?」


 訳が分からないという顔をするリノト。微笑む幽霊。


「え、だってほらここに。」


「何を言っとるんじゃ、帰るぞ。」


 えっえ?幽霊さんを見ると優しく微笑み、指を横にして口に当てている。たしかこれ静かにとかのやつよな。まてまさか。


「ここに何が見える?」


 幽霊さん指さして聞いてみる。


「今日の暑いほどの晴れ間じゃな。」


 不機嫌そうに答えるリノト。え、これ俺だけに見えてんの?そして頷く幽霊。おい思考を読むんじゃねえ。


「いいから、ほら行くぞ。」


 そう言って不機嫌になって道を戻るリノト。まあ確かに前夫の死場で冗談見たいな事は非常識だよな。俺も足早にリノトを追う。するとついてくる幽霊。えっえ。


「あー、なあ、シンジュさんってどんな人だったの?」


「んむ、おぬし、聞きたいのか?」


 聞きたいと言うか、聞かざるえないというか。だってこれ巫女のリノトが見えないって事はなんか別の人だったりする可能性もある。それに対し俺生前から霊感ゼロだぞ。


「そうさな、あいつは…。」


 そう言って山を下りながら話すリノト。顔つきやその雰囲気など細かい事まで言うが、やはり今でも好きだった事が言葉の端々から聞き取れる。


 恐らくいつもの調子なら俺が不機嫌になる内容だが、横で照れながら頭を掻くイケメンキツネミミ幽霊でそれどころではない。


「まあ、容姿に至ってはおぬしに勝ち目は無いの。」


 そう言って笑うリノトがこちらを振り返ると、しまったという顔をしてうつむいた。


「すまぬ、旦那様も愛しておるぞ。」


「え、ええ。ああ俺もだ。」


 とりあえずそう返したがこの返答は幽霊的にどうだと見ると、うんうんと頷いていた。そういう感じなんだ。となるとこれ、別の人か?ちょっと聞いてみるか。


「ちなみに左の目元に黒子とかあったりする?」


「なんじゃ、メノウから聞いたのか。」


 まじか、マジなのか。こらはにかむんじゃねえ。山を登った時とは違った緊張感を持って山を降りたが、町の外辺りについた所でリノトがもじもじし始めた。この時俺も状況に慣れ始めた為に気が付き声をかける。


「どうした?」


「のう旦那様。夜の当番の事じゃが。」


 ぴくんと背筋が跳ねる。そうだ、今日確かメノウだ。


「おぬし犬とやり合っていた日の当番わらわじゃったろ?」


「え、ああ。」


「なのでその日の補てんとしてまた、今日は二人でやるのでよろしくの!」


 そう言って照れて走っていった。


 はあ!と幽霊を見ると不思議そうな顔をしている。良かった気づいてない。


 そして走りゆくリノトに幽霊はついて行っていない。変わらず俺だ。そして今夜、リノトとメノウの二人か。改めて幽霊シンジュさんを見る。首を傾げた。これは、まずいんじゃないか。俺は改まった緊張をもって王宮に駆け出した。




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「なあリルウ!後ろのこの人見えるか?」


「いえ、特には。なにかございましたか。」


 そう何人かに聞いてみた所、見える者はほぼ居なかった。かろうじてテトがなんかいるかも?ぐらいの反応だった。なお色々王宮を回ったからか幽霊は終始笑顔であった。


 だがこれ今晩この幽霊になかなかひどい絵面を見せる事となるのではないか。できればそれは回避したい。どうしたものかと部屋に戻り頭をひねる。


 話しかけても念じても、どうも向こうは解るようだがこっちが判らない。唸りながら見ると目に入る彼のキツネミミ。そうか!と思い急きょ格納庫からノートとボールペンを取り出して、こっちの言葉を書きなぐる。


 そして財布も取り出して一応その必要なのかわからんが、たまたまあった五円玉を取り出して、指を置く。そう、ひとりこっくりさんだ。


「こっ、シンジュさんシンジュさん、お話しよろしいでしょうか。」


 そう言ってみると幽霊は意図を理解したようでニコニコで指を重ねてきて、ちゃんと五円玉を動かしてハイの方へ移動した。生前でもやった事ないけどこんな感じなんだなあ。


「ええと、いくつか質問しますね。」


 そういうと少し動いて、ハイの周りで円を描いた。俺は急いでメモ取る構えをし、質問をしていった。



貴方はシンジュさん?

 ハイ


貴方は今何をしたい?

 くにとかぞくをみたい


貴方はいつまでいる?

 こんばんまで


具体的に何時?

 わからない


みんなにあなたが来ている事を言っていいか

 いつものおうきゆうをみたいのでだめ


どうしても言っては駄目か

 いつたらいれなくなる



 大体こんな感じだった。特に最後の二つは結構困り顔で言ってた為に、なんか制約があるのだろうか。お盆みたいな感じなのか?まあそう考えるとあまり邪険にするのもなぁ。


「旦那様。」


 そういうと返事も待たずにリノトが入ってきた。驚いて手を放すとシンジュさんは驚いた後に痛そうに手を振っていた。そうか、強制終了すると痛いのか。祟られる理由をちょっと理解した。


 すまんと手を立てにすると向こうもちゃんと意図を理解してくれた。


「何をしとるんじゃ旦那様。」


「あ、ああ。ちょっと昔の、占いをね。」


 そういうとリノトは嫌そうな顔を一瞬したが、すぐに笑顔に戻る。


「それで、なんのようだ?」


「今晩の夜いつにするんじゃ?」


 満面の笑みを浮かべるリノト。思い出し衝撃が走る俺、わからない顔をしているシンジュ。


「できれば、早めがいいのう。」


 照れつつ言うリノト、唸る声を押しつぶす俺、やっぱりわからないシンジュ。


「きょ、今日はやっぱ無しにしない?」


 シンジュを横目に暫定案を言ってみる。何時に帰るかわからない上に早めだと在籍中になるかもしれん。


「はああああ!」


 明確に切れるリノト。しかも冗談ではなく一瞬でかつ本気でキレている。心なしか地響きが起きてない?一応横目でシンジュを見ると、とっても幽霊らしく青い顔をしてた。


「本気で、言ってるのかの?」


 ちょっと涙声というか、絞り出したような声でリノトは答える。そして超焦ってばたばた動いて、指さしたり肩を叩こうとしたりしてすり抜けているシンジュ。貴方が止めるのか。


「い、いや。冗談だ。ただちょっと後がいいかな。」


 というか地響きが気のせいではなく本当に起き始めている事に気が付いて、ここで俺は方向転換する。そして俺の返答で振動はぴたりと止まる。


「むう、しょうがないの、ではメノウにもそう伝える。」


 そう言って不満顔で出ていくリノト。でもちょっと尻尾を振っていた。あれはどっちの意味だろうかとよく見ようとするも、眼前の半透明シンジュでよく見えなかった。


 なおシンジュは真顔で声は聞こえないながらも、本当に気を付けろ見たいな事を言っているように見える。尻に敷かれてたんだな、たぶん。


 なおその後にフィルが部屋に来て、とんでもない魔力が渦巻いてたけど大丈夫って聞いてきた。本当にまずかったんだな、滅茶苦茶シンジュ頷いてるもん。




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 さて、状況が芳しくない。前夫がクソならまだしも、こんないい人の顔を歪ませたくない。唸りつつ、何もできないが故にまた外に散歩に出始める。大体後三時間ぐらいで落日か。どうするべきか。


「あ、勇者さまー。」


「ん、ああ。オシュか。」


 荷車は無く駆けてきた。結局あの後の馬族四人も残ったし、仕事も楽になったようだ。


「なに?悩み事?」


「あ、ああ。」


 相談したい、が、相談できないよなあ。彼女は背が大きいけどまだ成人していないのだ。一応今年成人らしい。


「えー、何、どうしたの?」


「まあ、な。」


 横を見るとシンジュは頭を下げていた。たぶん別種族とかは初めてだからなのだろうか。見えてないのにマメだなあ。


「もしかして今日の夜の」


「だぁー!またこんどな!」


 なんでこういう時だけ感がいいんだあいつは!ダッシュで逃げるが追ってこなかった。あいつの足だと逃げきれないから助かったけど。今度フォローしとかないと、傷ついているかもしれん。


「はあー。」


 そうため息をつきつつ歩き直す。不思議そうに見るシンジュ。もとはと言えばお前が、と思うが彼の戸惑う顔を見るとこちらも困ってしまう。


「旦那さま?」


 ん?と声に振り向くとメノウが居た。


「あ、ああ。メノウか。」


 圧倒的に声が引きつる俺。横目でシンジュを見ると、明確に目を輝かせていた。


「もう、今日はなんで遅めなんですか。せっかく早めに終わらそうと頑張ったのに。」


 そういうメノウはなんか不服そうだが、それ以上に霊体シンジュはメノウに対して猫かわいがりを始めており、メノウはそれに連動して嫌そうな顔をしているように見える。子煩悩なのね。ますますまずいぞ。


「後で理由教えてもらいますからねー。」


「あー、ああ。」


 きつい、どうするか。そして実体あったらキレられるぐらいの勢いで頭を撫でるシンジュ。


「ううーん、なんか変な感じがしますね。」


 そういうとメノウが何というか、印っぽい物を結んでハッと気合いを入れるとシンジュの霊体が少し欠ける。


「うお!」


「え!どうしました?」


 大丈夫かとよく見ると欠けた部分がゆっくり戻るが、さっきより色が薄い!顔は気持ちよさそうだけどまさかこれ成仏か!


「うおおおお!また後でな!」


「え、ちょっと旦那さま!」


 急いで抱えようとするがすり抜けるのでそれっぽく抱える感じにしてダッシュで逃げる。一応俺についているままなのか手からはすり抜けるが、何かに引っ張られる感じでついてきた。


 とりあえず誰かとすれ違うとなんかしらきついので、前にリノトに教わった王宮の秘密の道で自室に帰ってきた。


「はあー、どうすんだよこれ…。」


 シンジュは未だヘブン状態だ。というかこれほっといて成仏もアリだったのではと思うも、最後がアレはちょっと浮かばれんかと納得する事にした。


 焦りと汗で喉が渇いたので、食堂から水差しをもらい自室で飲む。シンジュさんはとりあえず意味あるかわからないが俺の部屋のベッドに寝かせておいた。そして口さみしさから何杯か水を飲むと、催してくる。


「はあ、トイレ行ってくるか。」


 シンジュさんを置いておいて、一人歩いてトイレに行く。王宮のトイレは実は頑張って工事したおかげで水洗トイレなのだ。更にジンウェルから試験的に小型の浄水施設も導入した。


 あの日本の文化、便所飯はすごいと思うんだ、あれは逆に便所でも飯が食えるぐらい臭くなく清潔であると言う事だからだ。そして今はヤナの掃除も相まってめっちゃ綺麗だ。まれにヤナが便所掃除している所を見ると、他の所よりも悲しそうな顔をしているが。


「はぁあ。」


 そう言ってトイレに入って、ふと気づく。シンジュさんとトイレ同伴やだなあと。


 しかしそこで気づく。あれ、いない?不意の驚きで引っ込んで、ダッシュで自室に戻る。シンジュさんは相変わらず俺の部屋で寝ている。血色というか、霊体の色味もちょっと戻ってきてた。


 そして扉を開けたまま、ゆっくりと自室を見つつトイレへ行く。ついてきてない!そのまま意気揚々と事を成し、自室に戻る。


 そして夕食を皆で食べ、夕食後にリノトにシンジュさんの寝る時間を聞くと、どうも日が落ちるちょっと前には寝てそのまま朝まで起きないらしい。それを聞いた俺は時間を早め、その夜に寝るのは結構遅かった。

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