16 潜入

「それではお願いします。」


 そう言ってジンウェルの王女二人に一つの機械をささげる。


「では、お預かりします。」


「まったく、しょうがないんだから!」


 そういって二人は魔力を込める。そして。


「おお!光った!」


「ふふ、それじゃあこの力で留めますね。」


 これで遂に力を手に入れられるのだ。


「まったく。それでどれくらいこうしていればいいの?」


「大体二時間、まあこれぐらい。」


 そう言うと曇り顔になるが、これはどうしても必要なのだ。


「というか、女王二人が直々にやらずともこの感覚で装置作ってくれれば助かるのだが。」


「大丈夫です!」


「まかせなさい!」


 そういいつつも、作業は続行される。もっとやりようないかなと思いつつ、光る充電器のランプを見続ける。




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 王族二人によるかつてない厳かな充電を行い、遂に生前のバッテリーで動く電化製品が再使用可能になった。銃の解析も依頼した時にいろいろ話を伺うと、電気の概念もあった為に充電をする事が出来た。これでカメラがもう一度使える。


 そして何より、スマホと電子辞書が使えるとなるとヤナが持ち帰った英語の文章の翻訳もできる。


 早速スマホの写真翻訳もトライしてみたが、手書きの文字は達筆かつ長い歴史で文字の形が変わってしまったのか、別形状になっている物もあり、結局地道に電子辞書での翻訳を開始。


 また翻訳に飽きて電子辞書を操作していると懐かしの百科事典も発見。これなら国の諸問題もいくらか解決できそうではある。


 しかしこれらの操作は全部日本語な上、キーボード操作やアルファベットのスペル確認などもある為に俺しかできない作業だろう。メノウやリノトも手伝おうと声をあげてくれたが、結局能率から俺がやる事となり、せめて作業しやすいようにと皆翻訳作業以外で手を回してくれた。


 ミズタリの夏が熱いという事でフィル特性の魔法扇風機、というか冷風が出るのでスポットクーラーになるのかもしれないが、そちらを作ってくれたり、高級品だが夜の作業用の光る水晶ももらった。しかしなんというか、エルフの魔法技術の軍事転用は生活感が強いので、ポタポタ石以上の物はちょっときついんじゃないかなあと思う。


 ジンウェル側も軍事というよりも土建屋さんみたいな方向の為、俺が翻訳でかかりっきりの間に向こうからゴーレム職人を派遣してもらい、俺の代わりに止まっている土木作業をお願いして仕事を進めてくれていたりなど、国力は上がっているが直接的な軍事力に対しての向上は無い。


 一応持ち帰った銃の解析も進めてもらっているが、やはり技術力は犬の国の方が上との事。とはいえジンウェルの手厚い協力のおかげで土木が強くなったので、国境付近に塹壕や砦を作るべきかと思ってはいるが、今すぐに田畑を潰して作業するのは国民の緊張を招くし、占い的にも良くないとリノトは言う。


 結局具体的な対策に手を出せずに三週間経ち、翻訳を頑張ったかいあって解読には成功したので会議を開いた。が、その内容は眉唾ものだった。




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「ヤナの資料の解読には成功したんだけども、天狼人って知っている?」


 開口一番そう聞いてみる。一応出席者に欠けは無いはずだが知る者はいなかった。


「なんか内容的に遺伝子工学による強化人間みたいなやつなんだけどさ。」


 皆更にわからない顔をする。でしょうね、そもそも遺伝子って考えがこの世界で一般的ではない。


「だよなあ、わからないよな。」


 これは予想通り翻訳が失敗したのか?なんというか、犬の国では暗号ついでに研究論文を英語で書くとかいう変な文化があるらしいのでこのような物が出てきたのだが、俺も翻訳が終わった際に間違ったのかと首をかしげていた。


 そもそも銃が出来る技術ごときで遺伝子工学までできるのかって話だ。


「遺伝子工学とはなんですか?」


 とはいえ国の一大事、皆まともに取り合ってくれるのは救いだ。


「言ってしまえば、強い子供を人の手で作る技術。わかりやすく言えばメノウの魔力を持ったテトの光る爪を出せるような子とか。」


 その言葉を聞きフィルに反応があった。


「もしかしてー、魔法を花に当てて花の色を変えるアレ?」


 そんなのあるの?でもそれはなんかちょっと違うかも。けどそう言えばメンデルの法則とやらは植物でやってたよなあ。


「ちなみにそれらを受粉させてあげると、ちゃんと色混ざるんだよ。」


 ちょっとその一言で嫌な予感がする。


「ちなみにそれは特定の花で起きるのか?」


「うーうん、全部の花がそうだよ。それにそれ使ってスイカとかメロンとかも甘いの作ってたよ、うちの里では。」


 まって、遺伝子操作お手軽でできるのかこの世界。


「でも人ではふつう反応しないし、したって話も聞かないなあ。というか植物以外ではできないんじゃないかなぁ。」


 ふーむ、なんか癖はある、だが全くない話ではないな。


「後なんか強国への五本の矢とかいう文字で、他にもなんかやってるっぽいんだよな。」


 そしてヤナの持ち帰ってきた物はその内の真ん中にあったこの一つだけなのだ。後は何か不明であるが、このまま待っているともっと犬の軍備は強大になりそうだ。


「あの。」


 そう言ってヤナが手を上げる。


「どうした。」


「旦那、一緒にあの国潜りません?」


「はあ?」


 ヤナが言うには確かに変な物はいろいろあるが、カメラに取れなかったものも多い上、結局物を知っている者が行った方が状況が良く分かるという話だ。


 流石にこれには皆反対をする。敵前どころか中に侵入、しかも二人だけという状況な上に、俺の機体もジンウェルにて星貫きとして新聞で載ってしまった為に、暴れると侵略しに来たと理由が出来てしまう。


 何より王様がスパイで侵入って流石になあという話となる。そしてヤナ自身も半分冗談で、何より無音の足運びか気配を消すぐらいの事が出来ないと無理という話だった。


 だがその話を聞いてしまったのがまずかった。会議の後、俺はなんかあったりしないかな、と能力のアンロックを久々に見たのだ。そして見つかってしまった。




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「すごいっすね!それ!」


「うわ、気配はあるにしても全然音しないな、それ。」


 テトとヤナが耳を立てて聞き入ってるが全く聞こえないようだ。なお俺は飛び跳ねている。


「うーん、元から魔力もないので魔力検知も全然かかりませんね、でも振動自体は起きているようです。」


 そうリルウが横で感知魔術を使っている。戦闘と索敵は魔法よりも魔術が得意との事でリルウに頼んだがそこもクリア。


「出来ちまったなあ。どうする?」


「行きましょう!これなら平気っすよ。」


 逆にできて困る。俺はボディアーマーを着たまま悩み腕を組む。その後もちょっと粗さがし半分でいろいろ試すが、射撃音まで完全に消せているので、是非ともという話にまでなってしまった。


 割と盲点だったこの機能、流石のポイントの高さもありかなり強力な効果だ。そしてその能力は。


「まさかゲームのコンフィグがそのまま使えるとはなあ。」


 そう一人ごちる。コンフィグの効果音を切ってやったら、なんと行動による音が一切消えたのだ。


 一応制限もあり、俺が出した音は完全に消えるが、それで動いた物が他に当たると音が発生する。(俺が箒を倒すは無音、箒が床に倒れる音は出る)


 また、音だけ消えるが、着地の振動などは確実に起きていると言う事。


「いきましょう!ちょっとだけ!さきっちょだけでも!」


 そういうものじゃなくない?と聞くが国の先っちょという話らしい。




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「おいヤナ、絶対しくじるなよ。」


「任せるっすよ!」


 潜入前の日、テトがヤナに声をかける。あの後心配だからテトがついて行くと言ったが、結局テトの隠密能力では無理だと駄目出しされたらしく、むすっとしている。他の皆も心配そうだ、まあ俺も潜入捜査が得意って感じでもない。


「でも旦那は結構センスはある方っすよ。影薄いとか言われません?」


 失礼だなと思うがその事は割と重要なのだそう。とはいえどうやっても付け焼刃なのだが。


「それに大丈夫っすよ、うち向こうの軍人のライセンスあるんで、うちの従者にすれば結構平気っす。」


 そこらへんは流石だなと思った。単純な潜伏以上に潜入をしていたと言う事か。


「じゃあ、奴隷の首輪も持っていくか?」


「あ、駄目っす、向こうの首輪は形が違うし、もっと強烈で見た感じだと意識が無くなってるっす。」


 その言葉を聞き、結構やばい所じゃないかなあと後悔し始める。そして彼女が怪しいと思った時には遅かった。




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「ほら、いくぞ。あそこが中心だ。」


「おい、ヤナ、国の端だけっていっただろう。」


「軍備の移動はまだ行われていない。中心を見なければ意味がない。」


 山で変装を済ませ、犬の国までたどり着くとヤナはどんどんと中心へと向かう。


 周りには家と工場、そして中心に近づくにつれて建物は高くなっていき、犬族は進む距離に正比例して増えている今、初の敵地潜入と相まって想像以上にストレスがかかる。


 ヤナの姿は軍服を着た男性で、声は少し高めだがまあ有り得る範囲の声だ。俺は一応ボディアーマーを展開しているが、ヤナはちゃんとそのアーマーの上からでも着れる軍服を持ってきた。流石、用意は周到だ。


「それに私の家は国の中心だ。後少し頑張ってついてきてくれ。」


 そういって歩道を進む。人種も性別も軍人という肩書さえも違うヤナは、ただそこにある者という自然さから誰も目が言っていない。音が消せてすげえとはしゃいでいた俺がバカみたいだ。彼女の偽装は音とかそういう次元ではない。


「ほら、早くいくぞ。」


「あ、ああ。」


 一応こちらも偽装としてミズタリで俺の髪を切った物を集めて、それを犬ミミ形状に加工してつけているが、そのうえでフードもかぶっている。頑張って作った物ではあるが、動かないそれは注視したらまずばれる。


 とはいえそのレベルの偽装でいくつかある検問をうまくスルーできたのは、彼女の嘘と軍人という立場と、会話の駆け引きが非常にうまかったからだ。


 しかしそのおかげで今は彼女に引きずられてついて行くしかできない。初潜入にしては内容がハードすぎる。だがそれでも無事に目的地にたどり着けた。住居は結構大きなマンションだった。流石にオートロックは無かったが、入り口に警備が付いていた。


「さあ、ここが私の家だ。」


 部屋に入るとそこそこの広さのワンルーム。ベッドと椅子と机、そして潜入で見つけたであろう物が部屋の隅に積まれている。


「ふう、久しぶりの人ごみと、周りの眼を気にする移動で疲れてしまったよ。」


「ふふ、御苦労様。」


 ヤナはフィルみたいに部屋に入れば元に戻るかと思ったがその様子はない。まさかと思い筆談をする。監視、盗聴されているのかと書いた。


「はは、そんな事はない。それにここの壁は厚い。音漏れもないさ。」


「ふーむ、それではポタポタ石置いて一度戻っていいか、続けていける自信が無い。」


「それは無理だ。許可のない魔力使用は禁止の上に、それこそ検知されてしまう。あんな莫大な魔力はすぐにばれるよ?」


「そうか。」


 まあ、それなら最初の潜入の時にヤナが持っていくもんな、だがそれだとなんで未だ変装を続けるのか、もしやそれが潜入のコツなのか。ヤナは蠱惑的な笑みを浮かべてゆっくりと口を開く。


「なあ、一つ提案だ。」


「なんだ。」


「この国で二人で暮らさないか。」


「…無理だろ。」


 一応考えはしたが、何を言っていると疑問が出る前に否定が出た。しかし冗談にしてはふざけた感じが見受けられない。


「この国で、ここでなら二人で暮らせる。それに生活に不自由もないし、私がさせない。」


「それはねーよ、どう考えても。」


 あまりに変な冗談言う彼女だが、ふざけた素振りも見せず本気で演技を続ける達の悪さで流石に腹が立つ。お前はこういうキャラじゃないだろう。そう言うと、ヤナがぽろぽろと涙をこぼした。


「それは、ミズタリの奴らが大切だからか。」


「そりゃそうだろ、しかも俺王だぞ。」


「私は、私は貴方と二人で、静かに暮らしたかった。それに貴方がそんな重荷を背負う理由はないだろう。」


「しょうがないだろ、理由は出来ちまったんだよ。そうじゃなきゃここまで来ないって。」


 そういうとヤナは一つため息をつき、


「それもそうっすね。」


 いつもに戻った。涙も止まっている。溜息と同時に関心する。任意で泣けるのすごいな。


「なんだよヤナ、冗談にしては笑えないぞ。」


「んまあ勢いついちゃったんすよお。それに王様の旦那をからかうなんて、ここでしかできないじゃないっすか。まあいいや、飯にするっす。」


 そう言って簡易のキッチンに向かおうとする彼女はとてもわかりやすい顔をした。ヤナの手を握る。


「…何っすか。」


「冗談じゃないだろ。」


「何がっすか。」


「ここに二人でいようっての。」


「ナンデでっすか。」


「そこだけ目つきと声が違う。」


「…。」


 うーん、このままだと潜入に影響が出るかもしれない。あまりこの手の行動は得意ではないが、試しにやってみるか。


「ほっと。」


「わ!」


 流石ボディアーマーだ、動作補助もあってお姫様抱っこ楽勝だぜ。


「な、なんすか。」


「なーんか寂しくなったんだろー。」


 そういってつんつんしてみるが彼女が笑ったのは最初だけで、直ぐに顔が歪んだ。


「だ、だって、みんな、みんなすごいし、うちこんな事しかできないし、あそこじゃ、あそこじゃあただ横で見ている事しかできない。」


 あー、テトも同じ事言ってたなと思ったが言わない。ここで他の女を出すと良くない方向へ行くとさすがに学んだ。


「今なら、ここでなら二人きりです。このままずっと居たいのは、わがままですか。」


 うんと言おうとしたが、それもよくない予感。とりあえず無言で頭撫でてみる。


「う、ううう、うう。」


 ヤナは声を喉に押し込めるように泣き出してしまう。ミズタリでは皆仲良くやっていると思っていたが、やはりこのような思いを持つ者は居たのだ。自分の居心地の良さばかり見ていたという事だろう。結局このような関係は良くないんだよなと悩んでいると、夜が更けた。





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「よっしゃおはようっす!」


「あ、ああ。おはよう。」


 次の日の朝、先に泣きつかれて寝たヤナは早く起きたようで、悩んで夜遅くに寝た俺が起こされる。朝食は何というか、棒状の焼いた小麦のなんかだ。昨日の夜に悩んだついでに棚を漁って食べた物と同じやつが出てきた。


 これは生前の何とかバーとかの形状と味で既視感がすごい。そして昨日の夜を経て俺は王という立場を利用しすぎているのではと考えた。権力の元に相手を苦しめるのであれば、いっそこちらから切り、彼女自身の幸せな人生を考えてやるべきではと思ったのだ。今ここで言うのはかなりのリスクである事を理解しつつも、俺はその焼き物を食べ終え意を決してヤナに話しかける。


「なあ、昨日の夜だが。」


「あ、いやあ、すいませんっすね~。なんかちょっと変な方にまで勢いついちゃって。でもすっきりしたっす!」


 あれ、これは。


「久しぶりの潜入の後、ジンウェルでいろいろやってから、ちょっと本気でほしくなっちゃったっす。でも、うーん、冷静に考えて無理に奪ったら、うちはもう幸せになれないくらいミズタリでいろんな人と関わっちまったっすから。」


「そうか。」


「だからまあ、これはコレでいいのかなって!」


「ならばよかった。」


 その回答に一番救われたのはある意味で俺だろう。改めて皆を思い出し、目の前のヤナを見つめて、せめて全力で彼女達を幸せにしようと決意を固める。そして昨日の結論は忘れる事にした。


「といっても、この潜入の時だけは独り占めしちゃいますけどねー。」


 そう笑うヤナに影はなかった。




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「では、いくぞ。」


 玄関前でヤナが言う。俺は部屋から出る時にいろいろと気になって出るのが遅くなる達なのだが、ヤナは笑いながらすぐに用意して玄関を開ける頃にはもう外の顔になっていた。なんというか、普段のイメージとの違いで未だ戸惑ってしまう。


「まったく。早くしないと閉まるぞ。」


 本日は持ち帰った書類にあった五本の矢計画の全容解明である。真ん中の天狼人は宛があるようでそれは最後にし、それ以外の内容とその資料の確保が目的だ。二人で部屋の鍵を閉めて、道路へ向かう。ちゃんとアスファルトだ。ジンウェルでもここまでできていない。


「昨日話した通り、ヘマはするなよ。」


「ああ、わかっている。」


 俺の返答を蠱惑的に笑うヤナは、大した変装をしてないのに部屋の中とは別人だった。


 そしてヤナと一緒に工場や屯所を周る。兵器工場では車が作られているようだ。しかし車は市中ではほぼ見ない。完全に軍用なのだろう、それも物資の運搬が目的のように見える。


 見学をした限り動力が魔力であるが、駆動系はお世辞にも立派な物とは言えない程度だ。あの作り方で精度の確保は難しいだろう。その事をヤナに話すと一瞬素に戻った。運転の状況を覗き見るが少なくともこれで国境の山を越えるのは難しいだろう。そしてやっぱり左ハンドルである。


 屯所では銃が並ぶ部屋を見た。この軍備と軍人の数ではミズタリに上陸されればひとたまりもない。また二足歩行の機械の上に機銃がついているゴーレムがあった。どうもミズタリの演習を見た後に作られたものらしく、魔導ゴーレム技術と機械を融合させた物に機銃を取り付けたようだ。どうもこれは試作品らしく、強力な物が別にあるようだ。


 なんかあの演習で変な影響あたえちゃったな、だが車につけた方が強力だっただろう、変な横道を与えた感じだ。このような調査と、主要施設などの偵察も行い十日ほど視察と潜入を行った。


「それじゃあ、次は研究所だ。」


「わかった。」


 最後の天狼人計画の調査の為に、遺伝子研究を行っていそうな研究所に向かう。しかし研究所も複数あり、当てもない為に予想である。今回の場所は食糧研究所。エルフよろしく穀類の生産研究がおこなわれている模様。


 研究施設に入るが、あまり得る物はなかった。結局のところ、見学ルートをしっかりと整備してあるからか、見せたい物だけ見せられていると言った形で、博物館の案内の用になっている。結局大した物は見られなかった。だが一瞬だけ、犬族とは違う獣人種とすれ違った。


「いまのは?」


 小型白石でヤナに聞く。フィルが今回の潜入の話を受けて、短距離だが魔力の漏れが少ない通信機を作ってくれた。


「あれはイタチですね、一応犬族はイタチとタヌキの国を支配、植民地化しています。」


 なるほど、植民地があるのかと思うと同時に、なぜキツネのミズタリは滅ぼされるのか疑問に思う。そして視察が終わるが天狼人の痕跡はまるでなかった。


「まあ普通に植物だけの所だったんかなあ。」


 帰り道にヤナに話をすると彼女は今までになく真剣な顔をして悩んでいた。


「どうした。」


「ううむ、詳しくは戻ってから話す。」


 そして部屋に戻り、ヤナはいつも通りの調子で明日は自分一人で行くと話をした。




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「ふう、しかし都会はきついな。」


 ミズタリの田舎に慣れてしまった上に、半端に技術の上がったこの国は都会の悪い所取りのような状態で、その上自由に外に出られない為にストレスが強い。久々の一人の部屋で気が抜けたのかどっと疲れた。そして昼頃になんとヤナから白石の通信が入る。小型の方ではなく、通常の方だ。疑問を感じつつ取る。


「もしもし。」


「申し訳ないっす、見つかったっす。この通信もたぶん探知されるっす。うちは逃げ切れるので旦那も脱出してください。」


 聞こえる言葉を理解して、血の気が引く。返答に詰まっているとヤナは言葉を続けてきた。


「あと、ミズタリとの国境の山、来た道のもっと山側に何か石塔があるらしいっす。そこに天狼人の何かがあるかもしれないっす。もしできれば、わ!」


 そう最後に声が入ると同時に通信が切れた。まずい、急いで、急いで出ないと。ええとまず、アーマーを。


バン!


「うが!」


「バカ、撃つな!」


 扉から撃たれた。しかも肩に命中した。ワンルームの為玄関と居間が直通であるが故に運悪く当たってしまった。


 強烈な衝撃だが痛みはない。床に爆ぜているお守りのおかげだろう。まずい、来てる。爆ぜたお守り袋を拾って死角に飛びアーマーを展開、そして軍服を鞄にいそいで詰める。


「スパイ容疑だ。部屋を開けろ。」


 窓から出るか?だが高さがある。飛んで、着替えて?間に合わんな、追手を潰すか。


「出て来い!」


 その言葉の一秒後にボディアーマーのブースターで加速をつけた蹴りをドアごとお見舞いしてやった。


「うおおお!」


 大腿部のブースターをうまくコントロールし、通りの反対側の木へ突き刺さる。引っかかる鞄を枝を折りながら引きはがし、小さな路地へと駆ける。


 後ろで大声が聞こえるが、路地の死角で鞄の軍服を急いで着替え、早歩きをして通りに戻る。


 恐らく変な着方になっているだろう、大きなコートに助けられた形だ。胸を叩きつける心音を抱えながら道を進む。そのまま歩いて国境まで行った。夜は町中での野宿、定期的にのぞき込む男に警戒しながらも夜を明かし、運よく国境までたどり着く事が出来た。


「くそ、きついな。」


 山が国境となっている為警備は少ないが無くはない。一晩でも明確に集中を欠くのは碌に寝ていない事と気を張っているからだろう。


 一応ヤナの言伝通り国境付近まで来たが、とはいえ具体的な位置もなく、ただ石塔と言われただけだ。実際の所すぐにミズタリに戻った方がいいだろう。


「となるとここまで頑張らずにポタポタ石で一発帰還の方がよかったのか。」


 ヤナにもポタポタ石がある為に彼女を追うという選択を取っていない。彼女の腕ならば生き残れるだろうという判断で動いているが、考え出すと心配になってしまう。


「くそ。」


 逸る気持ちを押え、選択肢を迷う。ヤナか、国民か。それかヤナの残した石塔の何かか、もしくは自身の安全か。


 落ち着いて状況を整理できれば良いのだろうが、焦燥と疲労で結論がまとまらない。だが彼女の居場所が判らぬ今、探しに行くのも愚策だ。そして、辺りを見回すと山の中に混ざるような石塔を見てしまう。


「…行くか。」


 彼女の生死にかかわらず、彼女が残したものを探そう。そして彼女を信じよう。そう自身に言い聞かせて山へと足を踏み入れた。


 道中は柵が在れど鬱蒼としているが、進んでいくと開けて大き目の獣道があった。それをたどり進むと石塔に着いた。


「なんだここ。」


 木の陰から覗く限り石塔は古びており、崩れているような場所すらある。だがその根元には白く綺麗な箱型の建物がある。


 腕をまくり、アーマーから銃を展開する。ヘルメットを展開して辺りの状況を確認する。少し広めの場所に出て、マルチプルの部分展開、胸部だけだして偵察機を射出、追加で頭部を部分展開してスキャン開始。熱源はいくつか有るが、白い箱に人はいない。だが石塔の中に人が居るようだ。そしてスキャン越しにだが、どうもこちらを見ているような体勢だ。急いで機体を収納する。


「なんだ、あり得るのか?」


 無音なのはボディアーマー側だけなので、機体を出す場合少し音が出るのだが、それでも聞こえるような音じゃない。


 恐怖に駆られながらも己を鼓舞し、石塔へ向かう。銃を前に向けつつ、とりあえずは白い家へ。中は意外と先進的で簡易のベッド、そして何かの分析機械のようなものと、ほぼほぼ生前のパソコンみたいなのがある。


 書類もあったので適当に取り出して格納庫に放り込む。パソコンみたいなのは電源がつかなかった。しかもコンセントみたいな物もあるが、外に何か大きな箱があった為、あれが恐らく発電機みたいな物なのだろう。


 一応パソコンを盗るか迷ったが、手間が多そうなのでここは引いた。そして石塔に続くドアを開けると、明らかに古びた階段があった。おそるおそる上へと行くと、夕日が窓から飛び込み、光に怯んだと同時に時間を理解した。


 更に上へと進むと牢屋が在った。そしてその中には白い毛並みと耳がついた女性が横を向いていた。横には本棚と簡素なベッド、女性の服装は薄汚れている。彼女は全くこちらに気づいていない。迷いながらも銃を構え続けるが、銃を下ろし、ヘルメットを収納して声をかける事にした。


「もし。」


 その言葉で耳が動き、女性はこちらへと向き直る。


「驚いた。まるで気が付かなかった。」


 少し低めの声だが自然体に話しかけてきた。


「ええと、あなたは?」


「ええ、ああ。僕はガルム。あなたは?」


「ああ、すまない。」


 こちらも名を名乗り、鉄格子を押すと普通に開いた。腕の袖をまくり銃を収納して入ろうとするが、少し考えて止まる。


「すまない、入ってもいいか?」


 そう聞くと彼女は苦笑し、


「ああ、構わないよ。」


 そう言って彼女はベッドへと腰かけた。そのまま入り、彼女を改めて見ると裸足だった。


「すまない、土足か。」


 そういうと明確に笑い、また答えた。


「いや、構わないよ。ふふ、新しい研究者さんかい?でも、そんな耳が小さい人は初めて見た。」


 ここで偽装犬ミミをつけるのを忘れていた事に気が付く。焦りを押え、彼女を見ると見た目は長身の大人の女性だが、その笑い方は子供のようだった。よくはわからないが、恐らく天狼人というのは彼女なのだろう。


「ううむ、すまないが一緒に出ないか。」


 なんていえばいいのだろうか、無理矢理連れて行くのもあれな上に基本的にこの世界、白い奴は強いというイメージがあるので正面切っていくのは危険だ。


「なぜ?」


 そうだよなあ、理由がない。この手の女性を誘う技術は生前ですら苦手だった。短期間で滅茶苦茶悩み、なんとか答える。


「こんな変な場所で牢屋に閉じ込められているなんて嫌だろう?一緒に来ないか?」


 なんていうか、ナンパというより連れ去り事案みたいな声かけだなと思いつつ、反応を見ると彼女は少しにやけてこちらを見た。


「それは、そうだね。だけど出られないんだ。その鉄格子の外へ。」


 思ったより変な回答が来た。そういえば鉄格子とはいえ、鍵は掛かってなかった。確かにいつでも出れる。


「なぜだ?」


「ううん、そういうものだからかな。」


 よく意味が解らない。だがその目つきからふざけてではなく、嫌味も無く、ただ常識を説明されたような声だった。訳は分からないが理由はあるのだろう。


「それに、あと少しで見回りが来るよ。あなたここの人じゃないんでしょう?」


「なに。」


 その一言で一気にひりつく。夕焼けもそろそろ終わる頃か、そしてここに灯りは見当たらない。


「ふふ、どうする?」


 そうニコニコこちらを見て来る。ううむ、ここが潮時か。ポタポタ石を取り出して縦に振る。


「もしもし!」


 フィルだ。つながった。


「すまない、三十秒後にポータルを頼む。」


「わかった!」


 そう答えすぐに切れた。かなり慌てていたようだが何かあったのか。そしてヤナの事を思い出し、最悪の考えを頭を振って振り払う。


「なにを話たの?」


「ああ、ちょっとな。この石、ちょっと本棚の横に置かさせてくれ。それで一緒に来ないか?」


「そうね、この部屋から出ないで出せてくれたらいいよ。」


 相変わらずそう言葉をつづけ笑う。


「大丈夫だ。」


 そういうとポータルが開く。ミズタリの部屋が見える。ひと月も離れていないはずなのに、すでに懐かしい。


「え、これ?」


「さあ、手を。」


 そう言って手を差し出すと彼女は握り返してくれた。優しく手を引いて一緒にポータルへ入る。二人がポータルへ入ると変な音をたててポータルが閉まった。


「ふううう。」


 嗅ぎ慣れた香りと空気に安全な場所へと帰ってきた事に安堵する。


「大丈夫!」


 フィルが大声で抱き着いて俺の体をぺたぺたと触り確認する。なんというか、怯えているようだった。


「あ、ああ。大丈夫だ。」


 そう一声かけると、泣きそうな声を出した後に扉へと駆けて行った。後ろを見ると、確かガルムとやらがきょろきょろと辺りを見ていた。


「ああ、すまないな。」


「え、あの。ここどこ?」


「ああ、ミズタリって国だ。」


 そう言って彼女の手を引き廊下から外が見える場所へと行く。


「ほら、外だ。」


「え、あ。」


 そう言うと星が見え始め、月が見えた。三日月だ。月があるのは生前と一緒なのだ。


「おい、どこだ!」


「無事なの!」


 廊下の奥から声が聞こえる。みんな集まってきたのだろう。


「ああ、こっちだ。」


 夜なのであまり大声は良くないかと思いつつ声をあげる。そして改めて彼女の方へ向き直ると。


「本当に外だ。」


 そんな事を言っている。鍵のかかっていない部屋に一人いて、なぜこうも外に感動しているのだろうか。そう思って彼女を見ていると、彼女もこちらに向き直ると急に破顔して。


「すごい!」


 そう言って俺に抱き着いて来た。


「おお、おお。」


 そういってなんか驚いていると、みんなが集まっていき、皆心配顔からジト目になるのを繰り返し、最後にリノトが来て、こちらを見てため息をついた。

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