12 日常

「戻りました。」


 部屋で服を着替えていると久方ぶりに聞く声が。振り向くとヤナがいた。


「お、おお。無事だったか!」


 最初ちょっと理解が出来なかったが彼女が無事戻ってきた安堵で声がでかくなる。


「いやー、あそこかたっ苦しいっすねえ。犬の国。」


 最初の一言は隙のない口調であったが一気に隙だらけな口調に戻る。後ろを見ると窓が開いている。なんでそこから入ったの。


「んで、犬の国どうだった。」


「非常にまずいっすね、ちょっと緊急会議開きません?」


 その口調からまだその時は安心していた。そして早朝に緊急会議。テトとフィルがぶつくさ言っていたがちゃんと集まる。



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「んでどうだった。」


 改めて俺がヤナに確認する。


「とりあえず持ち帰った物がコレと、あとコレ写真っす、画面ちっちゃいんで旦那ちょっと見てほしいっす。」


「ああ、わかった。」


 そういって俺はデジカメを見る。もちろんこれは俺の物だ。写真は人の国で新聞の時に取ったが、あれは魔導技術によるものらしく使用時に結構魔力が出るため写真を撮ると感知されてしまうらしい。


 だがこれは俺が昔旅行用に買ったデジカメで、格納庫の雑品の中に入っていたものだ。満充電でバッテリーの予備が一つ。こちらをヤナが来た三日後ぐらいにシャッター音を消す設定にして渡していた。なお使用説明時に彼女は滅茶苦茶目が輝いていた。んで中身を見る。


「なんだこれ。」


 そこに写る写真はなんというか、大体80年代スチームパンクな建物や設備。世界観間違ってるぞ。待ちゆく人も犬顔と犬ミミと居て犬種も様々だがパッと見の人口量がすごい。人ごみになっている。


「あとこいつっす。こいつが軍にいっぱいあったっす。」


 カメラをメノウに渡してヤナはコイツとやらを袋からだす。そいつを見て俺は青くなる。


「まずいぞ。」


 テトやリルウは気が付いたようだ。彼女らは見た事がある。


「なんなのー、それ。」


 フィルはそうか、あまり近くで見た事が無いからだろう。俺はそれを手に取り、たぶんここがリリースボタンだろうと押すと、マガジンが外れて弾が見える。案の定だ。


「ライフル銃か…。」


 あまり銃に詳しくないが生前のリアル系FPSで見たセミオートライフルに似ている。一応セレクターの有無も確認するとフルオートっぽいものも無い。そして確かここだろとボルトを引っ張ると薬室が見えるが弾は込められていなかった。そこから銃口を覗くとしっかりとライフリングが見てとれる。そしてテトに向き話しかける。


「テト、こちらの軍の主力武器は?」


「先週質のいい槍が数揃った所だ。」


 文明の力が違い過ぎる。今まで戦争をと頑張ってきたが戦力が違い過ぎる。こちらは個の力が強いが、戦線から抜けられるとこれでは蹂躙されてしまう。となるとこっちが相手を皆殺しにするしかない。


「あと書類もいくつか盗んできたけど、なんか読めない文字のもあったっすね。」


 犬の国の独自言語なのか、でもこの前の時は普通にはなしてたよな。下手すりゃ暗号なのかと思いつつ、その書類を見る。


「これは見た事無い文字ですね。」


 カメラを見終わったメノウが横から覗く。だが俺は納得がいった。これならばこの銃も文明も納得がいく。


「英語だ…。」


 海外の転生者がいるのだろう。




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「お疲れさまです。」


「ああ、メノウ。」


 久しぶりに休みをとったのだが無駄に早起きしてしまい、王宮の縁側で庭を見ていた。いろいろと努力をしてきて国力も上がっていけるのでは、と思っていたが流石に昨日の一件で心が折れた。


 とはいえ最悪の状況ではなく、ヤナが言うには建国の伝説に転生者はいるらしいが今は犬族がほとんで、他種族は奴隷として別のミミ付きが居るぐらいとの事だった。それでもこちらの民を戦わせられないという縛りが出来た為に縁側で項垂れる。


「今日はお休みですか。」


「ああ、とはいえ早起きしてしまって今日はどうしようかと思ってな。」


「それでは、今日は私と一緒にお仕事しませんか?」


 休みの日に仕事って、とも思ったがか考えてみたらメノウって普段何しているのだろう。何より目と尻尾に期待が込められててそわそわしている。


「それじゃあそうしようかな。」


「はい!」


 まあたまにはいいか。




「結構大変なんだな。」


「私はもう慣れてしまいました。」


 おおよそ十時くらいか。いくらかの荷物を抱えて山を登る。この先にある湖に行くという。最近はアーマーでの高速移動だったりマルチプルで飛び越えたりとしていたので生身で脚を使うのは久々だ。


 少し疲れたなあと思いつつもメノウがピョンピョン越えていくので意地でついて行く。とはいえ流石にテトとの一件で体力がついたのか、面子は守れた。


「着きました!」


 そこには鬱蒼とした湖。整備されてない為に木々が近いが丁度良い平地がある。


「じゃあ、荷物お借りしますね。」


「ああ。」


 背中にしょっていたメノウの荷物を渡す。直ぐの距離と言う事で背負ったが、格納庫に入れれば良かった。一緒に中身を見ると、名前をよく知らないあの白い紙ついたお祓い棒みたいなやつが入っていた。だがメノウのは紙の部分が草と革で出来ている。そしてメノウは更に底から敷物を取り広げると、その上に乗り手を出すのでお祓い棒を渡す。


「それでは。」


 そういって敷物の上でその棒を持ちながら踊る。何か唄っているが言葉がよくわからない。これで土地の神様を呼び出したり話をしたりするのだそうだ。いわゆる神事か。


 生前でも見た事のない物を転生後に見るとは、と関心しながら見ていると、湖から水柱が上がり、龍の形となった。メノウは踊りを止めて無言で頭を下げる。つられて俺も下げる。呼び出すって直で出てくるのか。


「おはようございます。」


『おはよう。そいつが転生者か?』


 なんか言葉の響き方が違う。


「ええと、初めまして。」


 普通に神様出て来ると思わなかったので焦りつつもご挨拶。あとリュウってよりタツだなこれ。


『ふむ、ふむ…。まあ、仕方ない、許そう。』


 なんか許された。何?とメノウを見るとクスクス笑う。


「龍神様はお怒りだったのですよ。結構前に河川工事を行ったでしょう?」


 そういえば、田んぼの引水と洪水対策を兼ねてとちょっと大きめのやつをやったな。


「ああ。」


「あれで私の体を無断でいじるとは何事だって怒られていたんですよ。」


「え、そうなのか。」


 そういえば生前でも工事の前にお祓いとかそういうのやるんだよな、とはいえその手の状況に立ち会った事がなかったものだから頭から抜けてた。


『傲慢や私利私欲の為にやったのであれば一つ仕置きをと思ったが、悩みつつであり寧ろ工事に否定的であったとはな。』


「まあ、一応、思う所がありましたので。」


 実際のところ引水自体は食糧生産増量の為致し方なしだが、川の流れを変えるのは、なるべく止めたかった。というのも、生前の仕事でもよくあり、良かれと思ってやったことが実は意味があって、そこから問題が出るってのはよくある事だ。なので今回も積極的に変えずにそこそこゴネて工事量を減らした経緯がある。


『とはいえあの変更、曲がった所に生える支流があるだろう、あそこが弱いぞ。』


「え、そうなんですか。」


 すると目の前の龍は水と水草を浮かべて地図を作って教えてくれた。まさか川側から物教わるとは。


『という事で次から体をいじる前にこちらに確認をとれ。巫女に言伝でも構わない。』


「え、でも私は工事の事よくわからないのでできれば一緒に来てほしいです。」


『だそうだ。』


「わかりました。」


 とはいえ異世界だしこんなことあってもなんら不思議ではないんだよな。ただ、ちょっと気になる事があった。


「ちなみに工事される事自体は平気なんですか。」


『不快だ。』


 ですよねえ。


「だけど龍神様も戦争の事をわかってくれてるんです。」


『時代の流れで滅びる物だとしても、我もやはり消えたくはない。それに抗う為にやっているのであればこちらもできる限り手を貸そう。』


「わかりました。ありがとうございます。」


 そう俺が返答すると、飛沫も上げずに湖に沈み、鏡面の湖に戻った。まるで幻覚であったかのように。


「ああは言ってましたが龍神様は旦那様の事悪く思ってはないんですよ、母様の心も大分落ち着いたって初めて会ったときに喜んでいましたから。」


 そうメノウが言うと湖からポチャっという音と共に波打った。それを二人で見て微笑む。


「それじゃあ、次はご神木の方へ行きましょう。」


「あ、ああ。わかった。」


 一つじゃないのかと思いつつも後をついて行く。そこでも木を伐りすぎと説教されるも大体同じような話を、次に大岩にもいくとあんま掘りすぎるなと怒られつつも同じような話をしていた。戻る頃には日が暮れてしまった。


「なかなか大変なんだな、メノウ。」


「すいません、お休みの日に。でも神様たちもあなたに会いたがっていましたのでつい。」


 田んぼのカエルの声を聴きながら二人で道を歩く。今日の一件で本当に我々は生かされているのだなと痛感し、そして犬の国がこちらを攻めて占領されれば、あの科学力で軒並み今日あった神様たちは穢されるのだろう。まさかこのような形で戦う理由が増えるとは。


「にしてもカエルの声すごいですね。」


「ああ、だが俺は好きだよ。」


「そうですか?」


 昔、生前の子供の頃は夏となればこうなるものだった。子供の時点でカエルの声が夏の訪れのようで好きだったのだが、年を取るにつれ田んぼもなくなり、その声は無くなってしまった。そんな望郷をここで思い出すとは。


「あ、ほら。おたまも光ってますよ。」


 そうメノウが指さす方を見ると蛍の光が見える。だがなんというか、飛んでる様子はない。二人でその川に近寄ってみると、オタマジャクシが光ってる。光るの君達か。


「この子たちも大きくなると光らなくなっちゃんですよ、不思議ですよね。」


 まんま日本とはいかない為にちょっと唸るが、まあおおよそ昔と同じと思い、望郷を思い直す。すると耳元に蚊の羽音。まあ、いいことばかりじゃないんだよな、田舎って。


「うーん、は!」


 そういうとメノウは何か気合いを入れる。


「フィルさんに教わった魔法をこちらの術に取り入れたんですよ、ちいさな風の渦を起こしたんです。」


 こんなところでも異世界同士で文化交流による変化があるのかと思いつつ、二人で川べりに座り直す。今日は月が明るい。


「がんばりましょうね。」


「…そうだなあ。」


「明日も時間ありますか?」


「ん、ああ。そうだな、意外とメノウについて行って良かったと思うし、明日もついていこうかな。」


「はい!」


 そういって夜遅くに後に家に帰った。



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「忘れてました…。」


「え?俺もやるの?」


「そうじゃ、ついてきたんじゃからついでにやってけ。」


そういってリノトに手を引かれ、早朝滝行に。昨日二人して遅くに寝たもんだから少しだけ遅刻してしまったが、メノウが言うにはこれぐらいの遅刻なら平気と言っていたのだが。


「あと龍神様から言伝があってな!あんま川でやるのもどうか、だそうじゃ!」


 ううーん、怒りの原因がおおよそ判った。その言葉を聞き二人して無抵抗に滝に入る。冷たい、痛い、頭が少しぼおっとするとなかなかきついが睨むリノトを見ないように二人で目を瞑って耐えた。


 その後は瞑想を一緒にし、メノウは写経を始めるが俺には読めず。だがこれは巫女がやる事という事で締め出された。最初こそ不機嫌なリノトもだんだんと柔和な顔つきに変わっていった。別れ際には改めて礼を言われた。


「ありがとうな。旦那様。」


「うん?ああ、まあいろいろ参考になったよ。こちらこそありがとう。」


「いや、そうじゃなくてじゃな。またこうやって娘と一緒に生活することが出来るとは思わなんだ。」


「ああ、まあ、それはメノウが頑張ったからだよ。俺は後ろから追っかけてただけさ。」


「おぬしそう容易く自身を値切るのは良くないぞ。ふむ、ちょいと散歩せぬか。」


 写経をするメノウを見ると、眉を顰めるが諦めたように目を反らして手を動かし始める。


「んじゃあ、少し歩くか。」


「うむ。」


 そういって歩き出すと王宮の裏口から二人で出た。木々で隠れている隠し通路のような道だった。こんなのあったのか。


「実はな、わらわ、占い嫌いなんじゃよ。」


 開口一番ぶち込んできた。


「ええ、なんで。」


「前の旦那のシンジュはな、わらわが占いで殺したんじゃ。」


 いきなり思った以上の辛い過去を吐露されてちょっと固まる。


「犬の国が攻めて来た時にな、占いでみると旦那を戦いに送れば国が守られるとでての、あやつも武の者であったが故に送り出した。結果は占い通り。だがシンジュは死んだ。引き換えだったんじゃ。」


 俺の未来が占えないとリノトが言ったとき、何か少しうれしそうだと感じたが、理由はこれなのだろうか。


「そして国の未来を占えば娘が国を亡ぼすと出る。わらわはこんなものをみとうない。」


「それは、辛いな。」


 あまりこう、突っ込んだ回答が出来ない。気が付くと周りは鬱蒼とした森になっていた。


「それをおぬしがすべて変えた。」


「未だ余談は許さぬ状況だぞ。」


 この手の反論はあまり好ましくはないだろうが、いくら辛くとも現状から目を背けるのは好きじゃない。


 それに今油断するわけもいかない。だが休日には仕事の事は考えず、ある程度は忘れた方がいいとも聴いたし、どちらがいいのか俺自身も迷ってしまっている。


「だがそれでも、それでもじゃ。今この瞬間がわらわにとっても奇跡に近い。」


 そういうと割と強めに胸を押される。結構強かったので俺は尻もちをつく。


「済まぬ、それでも今だけでも。」


 そういってゆっくりとリノトがこちらに顔を近づける。風が一陣、強く吹く。そして、


「うん?」


風は二陣、三陣と強く吹き続ける。そしてリノトの上になんかいる。


「おかーさまー?写経おわりました~!」


 メノウがガチギレで空を飛んでいた。声に気づいたリノトはすごい顔してた。よく見るとメノウの髪は銀色に変わっていたが、地面に降りたと同時に元の金髪にもどった。


「おお、寝坊助のわりには早いのう!」


「私も修行がんばってますから!]


 そうやいのやいの言っているが後半は笑顔になっていた。


「それじゃあ、続きのやついこうかの!」


「はい!」


 俺はため息をつきつつ二人の後について行った。二人の修行に付き合って、別れ際に声をかけられる。


「あ、旦那様これ!」


「おお、そうじゃな。」


 そういって渡された。でかめの巾着みたいなもの。


「なにこれ?」


「お守りです!」


「我ら二人の力を込めたお守りじゃ!そこらのルーンとはかけ離れた効果じゃぞ!」


「強力なダメージを受けると中のお守りが壊れてしまいますので、もし壊れたら教えてください。あ、でも中のぞいちゃダメですよ!」


 そこらへんは生前あったお守りと一緒なんだなあ。


「ちなみにこれも呪術とやらで?」


 最近他種族が一気に多くなっており、色々魔法系の話も聞くのだが、どうもよく話を聞くと名前似ているくせにそれぞれ技術系統が全く違うという事で少し勉強中なのだ。そう聞くと二人は微妙な顔をする。


「うーむ、実は呪術というのは我々の力の一端なのじゃよ。どうもメノウはそれの一部を独学で学んだ様じゃが、本来我々の力は願術。願いを力や形に変える物なんじゃ。」


「ですが願術は一子相伝かつ扱いの難しい術です。願いの形はいろいろありますので。そのお守りは私たちがあなたの無事を願った物ですから、強力ですよ。」


 この二日で俺は知らずとも様々なものを背負っているのだなと実感した。銃を見ただけで心折れている場合ではないのだ。まずは今できる最善をやっていこう。


「そうか、ありがとう。だがこれは何の材料は出来てるんだ?」


「それは…、その。」


「ここではちょっと言えぬよの。」


 そういって真っ赤になりそっぽを向く親子。材料なんだよやっぱこれ呪術なんじゃねえのか。

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