第14話 バウンドする光
小生はこの世界のすべてを理解した。なぜ、グラがこの世界にやってきて、ブクロ氏が沖縄を創生し、そして犬になり、われわれがやってきたのか。そのすべてを説明できる。結論。だがその結論を受け入れることができない。のほほんとした日常に溺れていたい。
1つ屋根の下で生活する。全員で学校に行く。授業がおわれば部室でグダる。めいめい家に帰り、家事を行う。
「いつまでも、この生活が続くのもいいかもね」
と巨悪は言う。
「そうだな」
と小生も答える。
かなわぬからこそ、夢なのだ。
「で、いつになったら全部話してくれるのかな?」と巨悪は言う。
「いつかは」と小生は答える。
顔を近づける。キスをする。
学校の屋上、最高に気持ちの良い青空、シートをひいて昼寝、巨悪のふとももを枕にして眠る。
小生は自分の思い、気持ちを隠すことをやめた。巨悪はそれを受け入れてくれた。2人だけの時間がいまはとても尊い。
「グラは見つかりそうか?」
「んー、どうだろうね」
グラは突然、巨悪ハウスから姿を消した。言葉も話さず、奇行も増えて、マイが付きっきりになっていたところ「あ」と言っていなくなった。だれも消えた瞬間を見ていない。ブクロ氏の前例からも、発見は難しいとおもわれる。だがマイは学校にも来ず、毎日沖縄本土を探し回っている。
「この前、マイちゃん車に乗っていたよ」
「そうか」
「かっこいいよねー」
「どこから盗んだんだろうな」
「つくったのかもよ、私の家みたいに」
轟音が聞こえる。上空を戦闘機が横切る。
「ねえ」
「なんだ」
「星見君は何も言わずにいなくなったりしないよね?」
「・・・・」
「だめだよ!絶対に!」
「・・・約束はできない」
「なんで?なんでなの?」
「・・・・」
巨悪は泣いていた。
「泣くな、巨悪よ」
「だって・・・だって・・・」
「貴様が泣くことが、一番悲しい」
「でも・・」
「そうだな・・話しておいたほうがいいかもな・・」
小生はこの世界について巨悪に語り始めた。
***
「たとえば先ほどの戦闘機に光時計を設置したとする、光時計は合わせ鏡で出来ていて、その中を光が反射して時間を図るものだ、それは外部からも視認できるステキな物質でできている」
この前提条件だけで、小生が何を語っているか、巨悪にもわかっている。だが巨悪の心を鎮めるため、あえて初歩から説明するのは効果的だ。
「戦闘機も透明な素材で出来ていて、外からでもその光時計を見ることができる、光時計は我々から見て縦、重力方向に立っている巨大なものだ」
「すごい時計だね」
「うむ、ついでに戦闘機も巨大化しておこう、全長200mほどの透明な戦闘機は、周囲にまったく影響を与えずに限りなく光速に近いスピードで飛ぶことができる」
「すごい戦闘機」
「その戦闘機が地上スレスレを飛行して、我々の横を飛んでいく、我々の動体視力は人間の限界をはるかに超えているから、戦闘機に搭載されている光時計を認識できるし、その光が上下に反射しているのも見ることができる」
「すごい目だね」
「そうだな、そしてここにもう一つ、戦闘機に搭載されているのとまったく同じ光時計を用意する、巨悪よプレゼントだ」
「うれしくない」
「そう言うな、なんといっても正確無比な光の速度を使った時計だ、光が上下にバウンドしているのが見えるだろう」
「うんうん、見えるよ」
「完璧に同期された2つの光時計は絶対不変の『光速』を利用しているから狂うことは100%ありえない、だが我々から見て垂直方向にのみバウンドしているこの光時計と、巨大戦闘機に搭載された光時計には大きな違いがある、距離だ」
「距離」
「我々から見て、戦闘機は高速で移動しているから光時計は垂直ではなくわずかに傾いてバウンドしているのが見える、当然傾いている方が距離が長い、だから我々の光時計と戦闘機の光時計には狂いが生まれてしまうのだ」
「そうだね」
「だからといって光が加速することはあり得ない、光の速度は絶対不変だ、その結果として時間の歪みが生じる、我々から見て、光速で飛ぶ戦闘機の中の時間はゆっくりと流れているように見える、いやゆっくりと流れている」
「うん」
「だが戦闘機のパイロットから見ればそれはありえない、自身も光速で移動しているから戦闘機の光時計は変わらず垂直方向にバウンドしていると見えるだろう」
「うん」
「そして我々とは逆の現象が起きる、つまりパイロットから見れば、我々の時間は早く流れているように見える、これがウラシマ効果だ」
「うん」
小生の話を巨悪はあいづちを入れながら聞いてくれる。ここから先の話は巨悪は知らない。話すべきだろうか?いや、話すべきだ。話したい。そうでなければ小生の自我にかかわってくる。若輩者であったが、生きてきた意味をここで巨悪に渡したい。どうせ結末は変わらない。ならば、この気持ちだけでも昇華させたい。おそらく、残された時間は短いはずだ。
「巨悪よ」
「ん・・・」
「好きだ」
「・・・・・うん」
巨悪は上から覆いかぶさって、キスをしてくれる。
「貴様の心の傷がここで癒えたのなら小生は無上の喜びを感じる、それにこの世界に来なければ、こうして胸の内側にある思いを伝えることもなかっただろう、その点のみ、この世界に価値はあった、5人の生活も楽しかった、学生生活も、沖縄も」
「こんどみんなでドライブしようよ」
「そうだな、どこまでこの世界が続いているか見てみたい」
「地球全部があるかもよ、ひょっとして宇宙も」
「ならばブクロ氏は創造神そのものだな」
「いなくなっちゃったけど、沖縄はそのままあるものね、きっとまだどこかにいるかもね」
「もしくは一度創造されたものは残るのかもな」
だといい。だと思う。この世界では一度創造されたものは継続して残る。そう思うことで、小生の覚悟が決まった。
「巨悪よ」
「ん」
「この世界はウラシマ効果だ、我々の魂は光速で『川』内部を周りながら、それでいて体はまだ生きている、きっと殺されかけることで魂が体外に露出し、それを『川』が吸いこんでしまったのだと思う、肉体とのリンクはつながったままだ、だから痛覚があるし、ほかの感覚がある、このイメージでできた体に5感があるのはそれが原因だ、夢と違って覚めないのも我々の体が死にかけているからだ、グラがいなくなり、犬になったブクロ氏が姿をみせないのも、2人が死んだからだ、魂となってこの中にいるのかもしれないが、それは観測されていない、そして死にかけているのに我々がこうして生活できているのはこの内部の時間がウラシマ効果によって引き延ばされているからだ、おそらくこの中から出てしまうと、我々の肉体に残された時間は少ない、なにせ肉体は死にかけているからな」
「・・・・・・・・・・・・」
「そしていま、小生の痛覚もないのだ、体をつねってもなにも感じない、きっと肉体の死が近づいているのだと思う」
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