第9話 21gの中性子
「天然ウランには
ウラニウム238:ウラニウム235=99.3:0.7
の割合で存在している。核分裂連鎖反応が起きるのはウラニウム235だ。ウラニウム238は中性子を吸収しにくく、連鎖反応の弊害となってしまう、まあ、そんな不安定な物質が0.7%も存在しているほうがボクには驚きなんだけどね、とにかく235を得るために人類はここ100年ほど血道をあげて競争している、たった中性子3個の質量差しかない両物質を分けるのは簡単なことじゃない、遠心分離機を使ったり、ガス化したり、レーザーを当てたり、陶器で濾過したりしてきた、でも先進国の技術をもってしても235の最低臨界質量である1kgを作るのが難しいんだ、2次大戦ではドイツがあきらめ、イギリスも挫折し、日本も資金が続かなかった、たった1㎏、ピンポン玉ほどの大きさのウラニウム235を抽出できなかったんだね」
キリは語り始める。我々にとって常識と言えることでも、階段を上るように論理を組み立てていく。
「ピンポン玉ぐらいの大きさでも、すべて核分裂を起こしたならばTNT2万トン相当のエネルギーになる、しかも放射能をまき散らしながらね、この悪魔の兵器開発の勝者はご存じアメリカだった、臨界質量以上のウラニウム235さえ抽出できてしまえば、核兵器は割と簡単に作れる、そこに中性子を1つ加えるだけでいいんだ、簡単なものさ、子供でも考え付く、あらかじめ2つに分けたウラニウム235を起爆したいときに1つにくっつければいい、そこに中性子を1つでドン!これはガン式という広島に落とされた原爆のタイプだね」
キリはどこか別のことを考えながら話している。おそらく、この話の結末だろう。
「Dr.西岡の発案した『川』はそんなウラニウム235をチョー簡単に分離させる装置だ、核兵器を悪魔というなら『川』は悪魔を召喚する魔法陣といえるね、なんてったってウランは世界中で採れるし、通販でも購入できる、そしてその中の0.7%はウラニウム235なんだ、『川』なら最低臨界質量なんてケチなことは言わないで、ガンガン作ることができる」
「だから小生たちは殺された」
「そうだね、あの女スパイは現れるべくして現れたと言えるね、なんていっても『川』自体はそれほど複雑な装置じゃない、設計図はトップシークレットだけど西岡氏がいればどこでも作れる、そこら辺のテロ組織が核武装することも夢じゃない」
・・・・・
「さあ、ここからはホシミーも知らない事だと思う、実は『川』が対流させているのはウラニウムのピッチブレンドだけじゃなくて、中性子も入っているんだ、重水と結合し光速の30分の1というスピードで『川』の内部には中性子のストリームがある」
西日がさらに陰り、キリの表情がさらに暗くなる。
間が開く。なにか重要なことを話すときのヤツの癖だ。
「・・・ところでホシミー、人間が死んだら21g軽くなるって話は知ってる?」
どこかのオカルトサイトで見たことがあると答えた。
「21gは魂の重さだって話だね、その真偽はともかく、意思や魂ってのがあるとしたら、僕は中性子的なふるまいをするものだと思っている、21gぐらいの中性子の群れは生きている間は体の中の水分に囚われていて、死によって空気中に霧散するんじゃないかって」
西日は完全に落ち、黄昏となる、キリの表情はほとんど見えない。
「襲撃を受けたボクたちは血液を流出し、魂があらわになっていた、普通だったらそのまま昇天するか体に戻る、だが、ボクたちの近くには『川』があった、高速回転する中性子と重水に魂は吸い寄せられ、外壁を通過し、重水に囚われる」
「小生たちの意識が混じっているのは理解した、だがこの痛みや皮膚感覚は何なのだ?魂魄だけの存在でも痛覚はあるのか?」
キリはフフと笑って立ち上がった。
「そこから先はボクからは言わないでおくよ、きっとホシミーなら真理に辿り着けると思う、さあ、もう帰ろう、外は真っ暗だよ」
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