第8話 対話と証明

ごく低速に抑えられた中性子がウラニウム原子に吸収される。ウラニウム原子は崩壊し、新たに中性子2個と2億電子ボルトを放出する。2個の中性子は新たにウラニウム原子に吸収され、また中性子2個と2億電子ボルトを放出する。これが連鎖崩壊だ。


ただ、これはウラニウム238では上手くいかない。同位体であるウラニウム235でないと続かないのだ。その理由はウラニウム235の中性子の数が奇数(143)である点にある。奇数であるウラニウム235の中性子に1つの中性子が加わることで、偶数となる。


「まさに対称性だ」


とかつてのブクロ氏は言った。


「偶数だからこそお互い72個の中性子を持つ原子に真っ二つに別れる、美しいよな」


「3つに割れることもある」と小生は言ったが、おおむね同感だった。世界は対称性でできている。プラスとマイナス。陰と陽。ONとOFF。男と女。右と左。上と下。2重らせん。例を挙げればきりがない。


「それ比べて人間の醜いことよ、結局は欲と自己愛でしかねえのな、特に福島の女はそうだ」

「またキャバクラのおねーちゃんに撃沈したのですか」

「うるせえよ」

「仕事に影響がないのなら小生はかまわんのですが」

「ウラニウム濃縮なんて仕事、飲まなかったらやってらんねえよ」

「なぜですか、自然の真理に近づく重大な仕事でしょう」

「結局は核兵器の為なんだよ」

「エネルギー問題の為でしょう、核融合炉はまだ実現できていませんし」

「へっ自覚のねえ奴ほど恐ろしいものはなしだな『我は死なり、世界の破壊者なり』オッペンハイマーは自覚していたぜ」

「トリニティ実験からいまだ世界は破壊されてませんよ」

「いつか破壊されるよ」

「なぜですか?」

「それが人間という存在だからだ」

「悲観的にすぎます」

「『渚にて』より、だよ、読んどけ」


文学作品を含めた知識で、いつもブクロ氏は議論を締めくくっていた。最後には「あー沖縄帰りてー、世界をぶっ壊してー」と叫ぶのだ。失笑。この小物には世界が見えていない。貴様にぶっ壊されるような世界はない。


と、普段から軽蔑していたブクロ氏に今はとても会いたい。なぜなら小生にはこの世界のことがわからぬ。そしてこの世界を作ったのがブクロ氏ならば彼に直接問いたいのだ「なんですか、ここは?」と。彼ならばなんというだろう・・・・


「知らねーよ」だろう。


そりゃそうだ。ブクロ氏よりもはるかに鋭敏な脳をもつキリや我々でも手探り状態なのだ。彼が答えを持っているとは考えにくい。ブクロ氏にこの世界について尋ねることは、ネアンデルタール人に世界地図を書いてもらうようなものだ。


やはり、我々のみでこの世界を測らねばならぬ。


キリ。なんだかずっと浮かない顔をしているコイツはここを『川』だと言った。


なぜだ?


論証法だ!と小生のインスピレーションが言う。「当然だ!」「なぜ当然なのだ?」「だってわかるだろう!」「わからぬ」「ああもう!お前は本当に俺か?」「小生は小生だ」「その『小生』ってやめろよ!虫唾が走る!」「だが小生は小生なのだ」「うぜえ!」「いいから話せ」「くそ!自分自身の命令だから腹が立つ!だから論証法だよ!」「つまり『ここは川である』を証明すればいいのだな」「逆だ!」「逆?」「『ここは川ではない』と仮定してみろ!」「川ではないな、沖縄だ」「違うだろ!ああもうニブいったらありゃしねえ!」「だが、川ならばこんな景色や海は存在しない」「もっと存在しないものがあるだろ!」「何だ?」「俺たちだよ!俺たちの意識がここに集まっているのはここが『川』であるという証明に他ならないだろ」「・・・!」「『川』以外の何が俺たちの意識をこの世界に集めるってんだよ!つまり『ここが川でないことはありえない、よってここは川である』証明終わり!」


***


小生が目をあげるとキリがいた。西日がキリの背中から差してきて、逆光の中でキリは悲しそうな顔をしていた。「お、帰ってきたね、カナたちは先に帰ったよ」とヤツは言った。


「キリ、ここは『川』だ」

「うん、聴こう」

「我々の存在がここが『川』であると証明している、我々は殺された順番にこの世界にやってきて、それぞれが好き勝手に夢のようなものを見ている、それでいてお互いが干渉しあっていて、驚いたことに痛覚もある、なぜこんなことができるのか想像もできないが、こんなことができるのは『川』以外にはありえない、あのウラニウム濃縮装置になぜこのような機能があるのだ?」

「・・・ボクにも想像でしかわからないんだけど」


と、キリは語り始めた。

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