第7話 キリの視点とブクロの居場所
われわれは旧校舎の一角。「核兵器部」の表示のある部室に入った。小生はこのふざけた部室名に怒りを感じる。日本人であるならば当然だろう。
「このふざけた部をつくったのはブクロ氏なのだな」と小生は答えの分かり切っている質問をしてしまった。「だろーね」とキリはいう。
”『われわれがもつ、いかなる基準をもってしても、悪であります』と原爆の父、オッペンハイマーは言った。ならば、俺たちはその悪の原理を追求する悪の手先と言える存在だ”
と、あちらの世界でブクロ氏は言っていたのを思い出した。「核兵器部」のセンスは実に彼らしい、ペシミストで皮肉屋で快楽主義者、それでいてスポーツマンで勇猛果敢にグラにタックルをかました漢、英雄にして好色漢、この世界の最初の人間で創造主、いまは行方不明のブクロ氏。
「どこにいるのだろうな」と小生はパイプ椅子に腰かけてつぶやいた。部室は長テーブルが2脚並べておいてあり、その周囲にパイプ椅子が乱雑に配置されている。
「それがわかればねぇ」とキリも腰かけた。
「意外と島袋さんなら近くにいると思うんだよね」と巨悪。
「彼ならこの世界のルールを知っているだろう」とマイ。
「・・・・死・・・殺」とグラ。
全員が着席したところでブレインストーミング(雑談)が始まる。
「ところで普通に授業が行われているのだな」「面白いでしょ、彼の受けていた授業なのかな」「あー私の影響もあるかもしれない、あの若い女教師は私の担任だった人だよ」「So cute!な先生ね」「マイは性的に女なのではないのか?」「I’m open both gender」「複雑だねぇ」「マイちゃんはなりたい自分になれたんだよねー」「ヤ」「そしてこの世界はここにいる人間の世界観?に合わせて変わっているっぽいねー」「おそらくな、望む、望まないに関わらず、つながりの深い場所が育成されている」「私の家とかねー」「小生の校舎もか?」「ホシミー、you are quite serious student」「そんなに思い入れはなかったがな」「・・・・・」「グラちゃんはなりたい自分とか、いきたい場所ってなかったの?」「・・・・無!」「小生がやってきたときに校舎は変形したのか?」「うーん、よくわかんない、校舎ってだいたいこんな感じじゃない?」「違うぞ、あの黒板とチョークのやわらかな感触はわが母校に間違いない」「微妙すぎてわかんないよー」
ワイワイ、ガヤガヤと西岡研らしいブレインストーミングが続く。ここに西岡氏、とブクロ氏がいればさらなる混乱と叡智をもたらしてくれたに違いない。だが、今は彼らはいない。この雑談を終わらせて、まとめをする立場にあるのは、年長者であるキリだ。
「・・・・・あー、テステス、ウオッホン、いいですか、皆の衆」
皆が口を止めキリを見る。
「そろそろホシミーのために僕からの視点を語りたいと思う、知っている人は知っていると思うけどがまんして聞いてほしい」
そうしてキリは語り始めた。
「ボクが目を覚ましたらキレーな海岸で、すぐに太陽をみて沖縄だって思ったんだよね、サンゴの砂浜にショア、太陽はギンギンで海水浴とかしている人がいて、しばらくボーっとしていたよ、ああ、死んだのかな?悪くない天国か地獄だなーって遠くを見ていたら黒い点が近づいてきて、一瞬でゴッ!と戦闘機が通り過ぎたんだ、訓練用のF16だったね、ずいぶんな低い高度でローパスしてきて、ソニックブームでビリビリと衝撃派が来て、え、これって夢じゃないんじゃない?って気づいた時にはぞっとしたよ、とりあえず立ち上がって、歩き出して、沖縄には何度か来たことがあったから国際通りに向かったんだよね」
「それは何日前の話だ?」
「ボクがきたのは大体1か月前かな」
「で、国際通りについて、マキシの市場があったからブラブラ買い食いとかしながら、店のオバーにいくつか質問して、突然フランス語でセ・ラ・ヴィとか言ってみたりして「ウィ」とでも答えてくれたらAIかレプリカントって認定できたけど、オバーは「?」って顔しただけだったね」
「知らないオバーに迷惑をかけるんじゃない」
「そだね、こんどはチューリング・テストをしよう、で、日が暮れるまで歩いて、日没の夕日が世界をすべて茜色に染めて、ああ、やっぱりここはあの世ってやつかもしれないなと感傷深くセンチメンタリックに空を眺めていたら『え?もしかして?』ってカナに声をかけられたんだ」
「あの時はびっくりしたねー、散歩中に突然キリちゃんだもん」
「その日は里美家に寄らせてもらって・・・うん、あの異常なご両親にすぐ気づいた」
「・・・・」
「僕は、僕のやったことに後悔していない、ヒ素を精製しカナに渡したことだ、自分に使うか両親に使うかは賭けだった、結果カナが生きる道を選んでくれたことがうれしいよ」
巨悪がぐずりだす、マイがなぐさめる。
「僕の視点から見て、僕の知ってる僕の創造した世界はここにはない、そもそもミクロの世界にしか興味がなかったからね、どこかに巨大化したクオークの世界が展開していないかと沖縄中を探し回ったこともあった、が、もちろんそんなものはなかった」
クオーク、物質の最小単位。現在の量子力学ではそれは「ひも」であるという学説がある。その「ひも」が閉じたり、振動したり、膜とくっついたりして出来ているのがこの世界ということだ。その理論ではこの世界は11次元あるという。
「キリ、お前が最初にこの世界に来なくて良かった」
「そうだね、きっと安定せずにすぐ崩壊しちゃってただろうね」
「やはりカギはブクロ氏か」
「そうだね、島袋君がこの世界を作ったのは間違いない、この世界のルールも」
「そして・・・ここは『川』なのか?」
「キミはどう考える?星見研究員」
キリはこちらをまっすぐに見つめて言う。「観測する」と小生は答えた。
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