第5話 川

自然界で最も重い元素であるウラニウムには特別な能力があった。キュリー夫人の研究で教科書にも載っているからご理解されている方も多いだろう。ウラニウムは放射性元素といわれており、最初は「なんかよくわかんないけど、なんにも邪魔されないx線がでてる!」というものだった。放射性元素にはほかにもトリウムやポロニウム、ラジウムなどがあり、これらの重い元素のもつ放射線が地球内部の熱となっている。これは人類にとって火の発見に匹敵するエポックだった。


それらの重い元素に中性子線を放射することで「おもしれ!なんか別の元素になってる!」と発見したのは1934年のエンリコ・フェルミであった。これはいわば鉄が金に変わるようなものだ。いわば錬金術である。この発見に物理学者たちは夢中になり、ゲームを与えられた子供のように、重い元素に中性子線を当てまくった。


そこで「あれ、ウランだけなんか軽くなってね?」と気づく。計算通りなら与えられた中性子の分だけ重くなるはずなのだが、ウラニウムはむしろ軽くなっているのだ。放射線を出して、半分ほどの重量であるバリウムに変化するるウラニウムに学者たちは戸惑った。それまでの常識では測れないナニカ、自然の真理に近づく法則がそこにあるはずなのだ。


これが核分裂の発見だ、そこにある真理はこうだ


200,000,000 : 5 = 核分裂エネルギー : 化学反応


1つのウラン原子の核分裂から得られるエネルギーは2億電子ボルト。化学反応から得られるエネルギーはたったの5電子ボルトであるから、その差は歴然である。


1つの原子核で2億だ。これは1キロのウラン元素があれば、1万6千トンのTNT爆弾に匹敵する計算だ。これはジュールに変換して6万6千ギガジュール、大規模な火災で約1ギガジュールのエネルギーと考えるととてつもない破壊力となる。もはや鉄が金になるなどせこい話ではなくなったのが諸兄にはおわかりであろう。


なぜ、このようなエネルギーを持つのか?そこには質量欠損による・・・・

「ストップ!ホシミー!皆そんなこと聞いてない」


キリの言葉で俺のチョークは止まる。教室には今日からお世話になるクラスメイトと担任の先生がいる。


「む、ここからが面白いところなのだが」


「うーん、星見君、ここは挨拶だけでたのむねー」


新任教師のひきつった笑い。まったく、自然の真理について話しているのにけしからん。指定された最後尾の机に座り、腕を組んで瞑想に入ることにする。目の前の席には巨悪が座っている。廊下側にはマイとグラがいる。合計20名ほどの生徒が、この2年c組に在籍している。


c


このアルファベットは光を現している。真空での光の速度をcとしたのはアインシュタインその人で、これに質量mをかけて2乗したものがエネルギーEとなる。


c


つまり真空での光の速度は秒速40万キロメートル。とてつもないスピードだ。さらに光の速さは一定である。速くなったり遅くなったりはしない。空港の動く歩道の上を歩いたら、普通に歩くスピードに歩道の移動スピードが加わるが、光速で移動する宇宙船から光を発射してもスピードは変化しない。これはアインシュタインが「もし、光速で空を飛びながら鏡を見たら、その鏡に私の姿は映るのだろうか?」という問いを出勤前に考えたところからきている。尊敬してやまないエピソードだ。光速で空を飛ぶという仮定、そんな状態で鏡を見る人間はいない。そんなことを考える人間もいなかった。


「ホシミー!山月記!」


と隣の席のキリが肩パンチをする。目を開くと中年男性が教科書の朗読を始めている。虎になった人間の話だ。「んなアホな」とつぶやいた。が、すぐにかぶりをふる。小生、変身した人間を間近にしっている。廊下側に座るマイ。彼女はたしかに白人男性だった。クソ陽キャで、うざくて、頭が良くて、運動とかもなんでもできるおっさんだった。だが心は女性だった。小生はそのことをしらなんだ。山月記では人は虎になってしまって悲しんでいるが、マイトナー氏は望んでいた姿、小柄な女子高校生マイになった。


「しかし、何故こんな事になったのだろう。わからぬ。全く何事も我々にはわからぬ。理由もわからずに押付けられたものを大人しく受取って、理由もわからずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分はすぐに死を想うた。」


マイが完璧な日本語のトーンで朗読するのを聞いていた。心にしみる。虎になった人間の気持ちがよくわかるからだ。小生も心の中で詩を読んだ「しかし、何故こんなことになったのだろう」と。我々は殺され、同じ夢を見ている・・・のか?このリアルで、叩けば痛くて、心も痛くなる夢を。それはそもそも夢なのか?


左を見る。キリがいる。

「ここは『川』だ、われわれはむき出しの魂のまま『川』にいる」

と昨晩彼女は言った。



西岡氏が開発した、対流型のウラニウム濃縮装置だ。直径10mほどの円形の機械で、中には西岡氏がデザインした空間になっている。そこに極小まで砕かれたウラニウムのピッチブレンド(イエローケーキという)が流されると、ウラニウム238の中に存在するウラニウム235がとれる。この2つは陽電子3個分の質量の違いしかなく、この2つを分離するのは先進国の技術が必要だ。開発が成功すればノーベル賞は間違いなかっただろう。


そのなかにいる?


どうして?


どうやって?


天才物理学者スミちゃんことキリが言うのだから確認するべき事項だ。でもどうやって?川の内部なら鉄の空間になっているのでは?教室の窓から見える外は気持ちのいい青空で、さらに遠くに海が見える。窓から流れ込んでくる潮風からは生命の芳香すらただよっている。ここがあの川の内部だって?ついにイカれてしまったのか、角、いやキリよ。


金髪美少女の横顔を見ながら考える。こいつはたしかに角だ。性別行方不明の天才。日本の物理学会を担うといわれ、すでにいくつかの学術論文がノーベル賞にノミネートされると噂される人物。西岡氏の『川』だって、彼の協力がなければ妄想乙!で終わっていただろう。


どこまでしっているのだ?


何を知っているのだ?


そもそも、キリは本当に角なのか?


見た目は角だと思う。が、そもそも角は毎日見た目が変化していた女装男子であり、化粧なしの顔をそもそも知らない。直視できない。観測する対象ではなかったからだ。


・・・こんなにかわいかったのか?


角は性別は間違いなく男性だった。だがキリはどうみても女性だ。骨格がもう完全に女子高校生のそれで、にゅるんとしているし、芳香も女だ。


マイの例もある。あちらでは男性だったが、こちらでは女性の姿に変身したりするのだろうか。ここで小生は思考を止めた。直接聞けばよい。


「キリよ、お前は女なのか?」


驚いた顔をしたキリがこちらをにらみ、顔を赤くしている。周りも小生を驚愕の表情で見てくる。


「星見くん、そのような発言は女の子にしてはいけませんよ」


と教壇の教師が言う。


「まったくお前は・・1日中そんなことを考えていたのか!?」

「いや、で、どうなんだ?」

「うるさい!いいから行くぞ!」

「乱暴するな、どこに行く?」

「ホームルームは終わった!部活だよ!」

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