第4話 33番目のAs

ここは夢ではないとマイに言われて小生は事実を整理した。ここまでの出来事を客観的に観測し、抽出し、列挙するべきだ。


・J-PARKでの襲撃事件

・島袋、巨悪(カナ)、角(キリ)、マイトナー(マイ)、そして小生の死亡

・小生がマイトナーから渡された拳銃で女スパイ(グラ)を射殺

・めざめると核兵器部の部室

・巨悪(カナ)の家に移動

・巨悪(カナ)は両親を殺害(!!)

・巨悪(カナ)はそのことを自白、庭に埋めたという


これらのことを冷静に観測し、予測をし、結果を記録する。小生の人生でやってきたこととはすなわちこれである。観測、予測、記録。そして得られたデータを次に生かす。だから今はこの問いしかない。現在時点の把握だ。

「巨悪・・いや、カナよ・・ここはどこなのだ?」

「キョアクってそんな風に思われてたんだ・・・・」

「いや、違う、カナ氏よ、それは断じて間違いだ」

「いいって、この世界は隠し事があまり上手くいかないようになってるんだ」

「では巨悪よ、つらいかもしれないが、小生にも初めから話してくれ」

「うーん、なにから話そうかな?キリちゃんのほうが上手いと思うけど」

「私から見た観測は後で話すほうが、いと理解しやすきかなー」

「so far、so good」

「理解不能異次元世界我帰希望」

「じゃ、私から見た時系列で話してみるね、わかんないところがあったら都度質問していいよ」

「たのむ」


***


「私が気づいたのはひろーいアスファルトの上でね、周りはなんもないし、空は青いし広いし、なんだか天国って意外と硬いなーって思っていたらジープが近づいてきて、英語でなにかすごい怒っていて、私はソーリーソーリーっていいながら、天国って意外とアメリカンな場所なんだなあって感心してたらジープに乗せられて、そのまま閻魔さま?のところに連れていかれるのかと思ったら普通の出入口で、ゲラウト!って外に出されて、ひええどうなっちゃうの?と不安だったんだけど、そこに黒い犬がやってきてぺろぺろと舐めてくるのね、ひとなつっこいかわいい雑種だなあってなでなでしていたら、ワン、って吠えてちょっと歩いて、またこっち見て、ワン、って吠えるの、ああ、こっちにこいってことかあってついて行ったの、だってべつに行くとこもないし、どうせ死んじゃったんだしね、で、ついていったさきがこの家で、ああ、せっかく死んだのにまたこの家に戻ってきちゃったのか‥ってすごい落ち込んだの」


「ストップ」「はいどーぞ」

「その犬に見覚えは?」

「まったくないけど、どっかで見たことあるような感じがしたねー」

「わかった、続けてくれ」


「うん、家に入ろうか迷っていたらワンちゃんが指輪を咥えていて、くれるの?って聞いたらクゥーンって泣くからもらったんだよね、ほら、この指輪、サイズもなんかぴったりで、ちょっと汚いけど、なんかつけておいたほうがいいんじゃないか?って今でもつけてるよ、ほらこれ、不思議だけど、天国ではこれをつけるルールなのかな?ってとりあえず納得していたら玄関がガチャ!って開いてお父さんが出てきたの、私ビクッ!ってなって、だって5年は会ってなかったし、私をさんざんひどい目に会わせてきた人が急に出てきたんだよ、なんにも考えられなくなっちゃって、入れ、って言われたからそうしたの、まるで高校の時みたいに、家にはお母さんもいて、私を見るなり目を伏せて、おかえりなさい、って言うの、へえ、まだいる、って感心したね、あ、ちょっとビール飲んで良い?」


巨悪はグビグビと薄いビールを飲んだ。キリが窓を開け、外の風が入ってくる。生暖かく優しい風だ。庭の死体に聞かせるように巨悪が再び話はじめた。


「家に入って高校の時みたいにお風呂入ってご飯食べて部屋に入って、ああ、なんかなつかしいなーって思ったの、なんでこんな思い出したくもない過去に戻ってきちゃったかなあ・・・ってね、で、夜になったらやっぱりヤツが部屋に入ってきて、私の布団をめくるの、私も抵抗するんだけど、やっぱり父親って男だし怖いしいくら声出してもお母さんは無視するし・・・やられちゃうんだね、ああ、くそ、死後もこんなクソなんだっ!ってぼろぼろないてたなあ・・ぐぅ!」


ボロボロとなきだす巨悪をマイが抱きしめる。しばらくそのままでいる。小生は「明日にしよう」と言ってみるが「大丈夫」と巨悪は答える。


「なんの用事があって私はこの地獄に呼ばれたんだろう?あんなに必死に勉強して捨ててきた実家だったのに、こんなわけわかんない世界でまた実の父親の慰み者になって、もっかい死のうって思ったのね、で、毒を飲んで死のうと思ったの、飛び降りとか溺死とか首吊りとかは痛いし苦しいし他人に迷惑かかるしね、毒ならやっぱり少量で逝けるヤツにしようと思って、テトラドトキシンとか何でもよかったんだけど、そんな強い毒ってどうやって手に入れればいいんだろ?って思ったの、ドラッグストアとかじゃ売ってないでしょ、次亜塩素酸ナトリウムとか酸素系洗剤を混ぜるとか?うーん化学苦手!とか思っちゃって、そこで私って、ほら、頑張り屋さんじゃない?丁度都合よく女子高校生に戻ったんだし、学校で勉強すればいいじゃん!と思ったのね、死ぬために頑張ろうって、それに部屋には私が受験生だった時のままの教科書とか制服があったから次の日から登校したの!恥ずかしー10年ぶりだった!友達とか先生とかあの時のままで、それはそれでとっても楽しかったよ!」


笑顔で話す巨悪、キリは目を落として黙っている、マイは「グッガール」とか慰めているし、グラは「摩訶不思議世界・・・」とぶつぶつ言ってる。


「でね、科学部とかないかなー?って探していたら理系の部で唯一あったのが核兵器部だったの、あそこだけやけに現実味がなくて、なにかの冗談かな?って恐る恐る入ってみたら誰もいなくて、先生に確認しても、そんなのあったか?って言われたのね、でね、ああ、ここは私に、私のために用意された部なんだってわかったの、だって生きているときの仕事がウラニウム濃縮だったんだしね、きっとなにかのメッセージなんでしょ、あはは、ウケるよね、この世界、どんなけ都合がいいんだっつーのって思ったよ、そんなら最初からあの家なんて存在させるなよ!って笑った、笑ったけどしばらく何にもなかった、1週間とか普通に登校して、勉強して、でも毒には辿り着かなかった、夜にはアイツがくるし、そろそろ精神も限界だったときにガラっと部室のドアが開いてヒーロー登場、それがなんとなんとキリたんです!」


「私の目線の話は後で説明する」


「そーだね、まあ、この都合のいい世界だからってことで聞いてほしいんだけど、キリたんはあっさりと私のほしいものを持ってきてくれたのでした、はいヒ素、って未来のネコ型ロボットよりもあっさり、ファミレスのネコ型ロボットみたいにスムーズに、猛毒をあっさりとゲットできたのでした、でね、ぶふー!その夜の我が家の夕食がカレー!被害者には申し訳ないけどあの事件を思い出してさ、でね、2人が見ていない隙にササッとぶち込んじゃいました!2人のカレー皿に!私のための自殺用の毒だったんだけど人生何があるかわからないね!さ、これで私の話はおしまい!」


「・・・・・」


沈黙が流れる。その気まずさを知識で埋める人間がいる。キリだ。


「ヒ素、Asは知っての通り生物にとって猛毒で、その性質を利用して殺鼠剤などに使われてきた、自然に存在する元素番号33の無味無臭の毒だ、ちょっと化学をやった人間なら簡単に手に入れられる」


「・・・理解した」


「ごめんえーホシミくん!聞いててつらかったでしょー」


「巨悪よ・・・泣くな、つらいのはお前のほうだ」


ぐずぐずと涙が止まらない巨悪をマイがなぐさめる。2人をよそに小生はキリの話を聞く。


「スミ・・・いや、キリよ、貴方はこの世界をどう考える?」


「ホシミー、ボクはこの世界は現実世界の中にあると思っている」


「どうゆうことだ?」


「ここは 川 の中だ、我々はむき出しの魂のまま 川 の中にいる」


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