第20話 邂逅

 地下鉄が走る、ただ二人を乗せて。


男はひどくうろたえ、少女はゆったりと椅子に座った。男はドアを開けようと粘ったが開けられず、加速していく電車の速度を見てあきらめて少女の隣に座った。


男が何か話しかけようと少女を見ると、寝ている事に気が付き話しかけるのをやめた。


その様子を電車の天井についている世界の眼はわずかな駆動音をたてながら映していた。






「ん…。」


「ハクウ、起きたか。」


「ここは?」


「ちかてつとやらだ。」


ハクウはすぐに起きた。寝ぼけている様はいつもの様だが、先ほどまでの違和感を見極めようと声が少しこわばる。


「ああ、そうだ。私は。神の元に行こうとして。」


辺りを見渡してハクウも動揺が見える。やはりこれに乗る前は正常ではなかったようだ。


「あの時少し様子がおかしかった。大丈夫か?」


「はい、恐らくは。なぜか神の元へあなたを向かわせなければと強い使命感を感じていましたが、今はそんな思いはありません。」


そういっている間に乗り物はどんどん進む。今我々はどこにいるのか、暗い外を眺めながらも緊張が全身を走る。


「神の居場所はどの辺りか解るか?」


「いえ、どんな場所かは覚えているのですが、座標についてはひどく曖昧です。駅への行き方と、行かなければいけないという思いだけは鮮明に覚えているのですが。」


「そうか…。」


話し終わるとカタンカタンという音が急に大きく感じる。操られていた、という事なのだろう。


となるとこの先では戦闘があるかもしれない。息をゆっくり吐き落ち着こうとする。乗り物の中は明るいので、何かに備えて武器の点検をしようと装備を下ろす。


緊張からか何もしない事が辛い。しかしふと手を止めて思った疑問を口にしてしまった。


「俺に言った神と会って前の家族と区切りをつけてほしい、という言葉も操られて出た言葉なのか?」


「それは。」


今度はハクウが押し黙ってしまった。その様子からそこは本心だったのだろう。あの時俺は過去と区切りをつけたと思っていた。


しかしもしかすると今回の件以外でも、無意識に家族を思い出してハクウを避けていたのかもしれない。それがあの夜に彼女を受け入れなかった事で確信を持たれたという事か。


まずは安全を確保してからと、機械の町に戻ってからと考えていたが、それもある意味で理由をつけて彼女を避けていたと言う事でもある。


「すまない。」


そう言うとまた会話が止まり、しばらくして点検を再開した。ちかてつの音と装備を確認する金属音が鳴る。確認が終わり、装備を元の位置に戻す。


そして椅子に座り直してしばらくすると、金斬り音が鳴りちかてつの音も止まった。外は異様に青く明るい。


「ここなのか?」


「はい、記憶ではそうです。」


空気がまた抜けるような音を立てて扉が乱暴に開く。扉の先はちかてつに乗る前の遺跡よりも白く綺麗な床があった。


今までの遺跡とは明らかに違う何かの前に怯んだが、足を踏み入れる。地面顔が写るほどの平滑さだ。前を向くと少し右側に座れるような長椅子がある。


「少し、これからどうするか考えましょうか。」


「…そうだな。」


二人で椅子に座り、持っていた水を少し飲んで一息入れる。ここはどこなのか、どうすれば帰れるのか、そしてどうするのか。そう思いながらハクウを見ると不思議と落ち着いた。


数日前の戦いを思い出す。天使となったハクウの前で、帰る場所を考えた時にそれが無い事に気が付いた。そしてハクウの隣にいる今がこんなに落ち着くのであれば、ここが俺の帰りたい場所であるという事なのだろう。


その想いを確信へと変え、決意と共に状況の確認と判断を行う。


「ハクウ、今この状況から俺たちの力だけで帰る事はできるか?」


ハクウは少し驚くような顔でこちらを向く。気が戻って少し声が大きかったからだろうか。


「いえ、難しいと思います。今の場所はわかりませんし、電車の運転も私にはわかりません。」


「あれも運転するものなのか?」


「はい。あ、でももしかしたら誰かが運転している可能性が。」


「よし、なら見に行ってみようか。」


「はい。」


ハクウの表情に元気が戻った。しかしそれも無人の運転席を見てまた元に戻ってしまう。


「確かに運転するような感じだが誰もいないな。何とかならないか?」


「すいませんわかりません。タブレットの中にも電車の情報はないので調べる事もできないです。」


「わかった、ちなみにたぶれっとでここの場所がどこかはわからないのか?」


「すいません、あの機能は空が見える場所でないと使う事が出来ないです。」


「そうか…。」


そういって俺は別の近くにある椅子に座る。次はちかてつの道を歩いて戻る事を確認したが、ハクウが言うには分かれ道が沢山あるとの事。


元の場所に戻るのは難しいし、別の場所から地上に戻ったとしても、今の装備では最低限の食糧と水しかない為に長距離移動はできない。ならばやはり。


「この先に行くしかないか。」


ハクウの顔は沈んでいる。だが、俺には一つの可能性が見えてきた。


「ハクウ、ここに来なければいけないという思いはいつからだ?」


「え?ええと、実をいうと天輪が戻ってしばらくしてからです。最初は強い気持ちはなかったんですけど、その、寂しいという気持ちと共に強くなってきたというような。」


ハクウは申し訳なさそうにこちらを見る。


「その想いは、俺と一緒に行くという想いだったか?」


「え?はい…、はい。そうですね。」


「そうか、ありがとう。」


神の元に戻るためというのならまだ分かる。しかし電車に乗るまでのハクウは明らかに俺を誘導していた。


天輪を剥いだ後に殺す事が目的ならば、俺が砂漠の遺跡で寝ている際に天使を派遣して処理をすればいい。それに何故、天輪を戻して、取った後にここに連れてこようと思ったのだろうか。


それに天輪を奪ってすぐの、傷を治している最中のハクウに違和感はなかった。明らかに俺の傷が治った後にこの行動をするように仕向けられている。この過程に意味があるのか、順番に理由がある?いや、だがそもそもこの状況下が特殊すぎる。


「あの…。」


考えに行き詰っているとハクウが小さく声を上げた。


「なんだ?」


「たぶん、大丈夫です。神様の元へ行ってみましょう。」


「なぜだ?」


「なんというか、そのプログラム、想いといいますか。それが流れてきた時に一緒に神の想いが流れてきたんです。その、具体的な言葉とかは何もないのですけれど。」


ひどく曖昧な話だが、この際は一つでも情報がほしい。


「どんな想いだったんだ?」


「悲しさと、決意でした。」


その言葉を聞いてますます解らなくなる。だが、ずいぶんと人らしい感情だ。全てを知り、成せる神が何か決意をもってその想いをハクウに乗せたという事だ。


「何かあるのかもしれません。」


そういうハクウの眼を見ると、地下鉄に乗る前の虚ろな目でない。彼女の言葉で言っている。少し自身の目をつぶり、顔を上げる。


「行ってみるか。」


「はい。」


そういって二人立ち上がり歩き出す。だがすぐにその足は止まる。出口らしき場所から天使が一人出てきたのだ。


「何!」


二人で武器を構えるが天使はゆっくりと両手を挙げてこちらに近づき、目をつぶり一礼してこう伝えた。


「お待ちしていました、マビダ様。神がお待ちしております。」


その声と顔は天使の時のハクウそっくりだった。






 二人で息を飲み、天使の後をついていく。先へ進むと大きな橋があり、その下には青白く光る遺跡がいくつも立ち並んでいた。


橋を進み、先にある大きな遺跡へと向かう。形状から恐らくあそこに神が居るのだろう。途中で他の天使とすれ違うと、我々の後ろをついて来た。後ろをふさがれた事実に狼狽えそうになるが黙って前を向く。


どのみち天使一人でも正面切って戦ったら勝機はない。無言で進み続ける。すると大きな扉にたどりついた。外観は砂漠の遺跡のようだ。あそこも昔はこんな感じだったのだろうか。そして独りでに扉が開き、少年が出てきた。


「本当に来たのか…。」


天使でもなんでもない少年に面を食らっていると、前の天使が膝まづいた。


「神様、マビダ様をお連れいたしました。」


「ああ、ありがとう。初めまして、僕が神だ。」


「え?いや、君が?」


横のハクウを見ると同じく驚いたような顔をしていた。


「ああそうか、まあそうだよね。じゃあ、ちょっと話をする前についてきてほしい所があるんだ。」


少年はそう言うとこちらに背を向けて歩き始めた。


「神様の後についていってください。」


天使は膝まづきながらそう言った。戸惑っているとハクウが前に出て、俺の手を引いた。


「行きましょう。」


その声と手の温もりで戸惑いは消え、少年を見る事が出来た。


「ああ。」


その時に少し、少年の背中に違和感を感じたが、周りの青い光の故かと思いついていく。建物の中に入ると全面白基調のなめらかで傷のない壁面に目を奪われる。しばらくして少年が立ち止まった。


「この部屋で、ええと、白い椅子に座ってくれませんか。」


椅子に座るという事が何かの隠語かと思いハクウを見るが、同じように不思議そうな顔をしている。少年が手をかざして扉を開けると、天使二人とその近くに白く大きな寝台のような椅子が二つ置かれていた。


「それじゃあ、頼んだよ。」


「はい。」


神はそう言って通路の奥へ駆け出して行った。なんというか、走り方はその体躯の通りで子供らしく、特別早いわけでもないがどこか緊張しているように感じた。


「どうぞ、こちらへ。」


そういって目の前の天使は椅子に手を向ける。


(どうする?)


声を出すまいと通信をハクウに送る。彼女はそれに小さく跳ねて驚いた後に返信してきた。


(行くしかなさそうです。後ろにも天使が居ます。)


椅子の近くの天使を見るに敵意はなさそうだが、もともと無機質な彼女らにその判断は正しいのか。それにあの白いだけの椅子に座る事に何の意味があると言うのか。考えが激流のように廻るが、できる事は一つしかなかった。


意を決して椅子へと向かう。それを追うようにハクウはついてきた。その後ろでは音もなく扉が閉まる。退路は断たれた。


椅子に座るとそれはゆったりと沈みこみ、今までのどの椅子よりも心地よく座れた。ハクウの方を見ると椅子は彼女の翼の部分を包みこみ、膜のように変形していた。


それに驚いていると、椅子から枷が生え、体を固定された。


「何!」


「マビダ!」


拘束された事実からがむしゃらに動くが枷はびくともせず、椅子が体に追従して変形するので力が全くかけられない。上を見ると真っ白い兜のようなものが下りてきている。


「不味い!ハクウ奇跡を!」


「失礼いたします。」


小さく声が聞こえたと思うと天使がのぞき込んでおり、その手が口に当てられる。その冷たさに驚いたと同時に意識が消えた。

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