第19話 奪還

 無機質な部屋に少年が一人たたずむ。宙に浮く光を見ながら指を動かしていた。しかしその中で、一つ強く光る点を見つける。


「これは…。」


光る場所を解析する。そこは大量の情報とエネルギーが消費されていた。まるで天使を生み出すように。


「まさか、天輪をもどしたのか。」


堕天を実行した罪人を、僕は世界の眼に感知されないように隠しながらも監視していた。我が悲願を達成する手段の一つとして。確かにその方向で進んでいたが、それでも生半でできる事ではない。だがしかし。


「なら送らなきゃ。」


この時のために、何十回も見直したあるプログラムを呼び出し、ここの光る場所に送られている情報の渦に入れ込む。作業は指先を空中で動かすだけ、あっという間だ。だがそれを送信する前に自嘲気味に笑う。


「戦略兵器相手に人間一人がどうこうできるものじゃないか。」


そう一人つぶやき送信する。希望を振り捨てて少年は仕事に戻った。






 最初の違和感は小さなものだった。でも彼が安心して話す表情が愛おしくて、他愛もない会話が名残押しすぎて、違和感はないと思い込むようにしていた。


けれど光る水を飲んだとたんに意識が途切れて、衝動が奔ると同時に剣で彼の首を落とそうとしたのに気が付いて、思わず逃げてと叫んでしまった。


でもその時に殺してもらえば良かったんだ。天井を破り、彼の目の前に降り立った時はもう体の感覚はほとんどない。たしかこうだったような、という思いで無理矢理体を止めようしても、それが合っているのかわからない。


必死に抗った結果、見えるようになった目が逆に恨めしかった。あんな、生きる事をあきらめた顔をしたあの人を見ていたくなかった。もう最後かと思った時に、なんでも願いを叶えてくれるという言葉を思い出す。それなら最後に。


「私は、あなたといた日々が、一番幸せでした。」


「そうか。」


「だから、もう一度、堕天させてください。」


その瞬間、意識は途絶えた。






 マビダは幸運にも優れていた。絶望に一瞬で打ち勝つほどに、天使相手に、古代の戦略兵器に一人で立ち向かうという、馬鹿げた目標でも意識を研ぎ澄ませ眼前が見れるほどに。


「わかった。」


力はみなぎり、武器を構え、自分の行動目標と成すべき事を澄んだ思考で思い返せるほどに。愛する者の為にすべてを捨てる一歩を踏みこめるほどに。


「堕天を起こした大罪人の処刑を開始します。」


マビダは優れていた。


「今行くぞ。」


幸運な事に。






 勝負は一瞬だ。持久戦に持ち込んだ時点で負ける。銃は回転式のみ、有効な武器は軟膏をつけた刀だけ。ならば。砂に沈む足を蹴りながら銃を左手から右手に持ち替え眼前に構える。


〔あたりゃしねえなら、それ前提で扱えばいいさ。〕


ガンズの言葉を思い出し、天使に向けて雑に撃つ。耳当てなしで撃ったからか、相変わらず耳が痛くなるほどの音が出る。


銃からの反動が無くなった事で撃ち切りを理解する。だが今は打ち切った事実以外はどうでもよい。


予想通り天使は銃弾に反応し、盾を張った。傷はつけられないにしても反射的に防御に入ってくれた。守ってくれたおかげで距離が詰めれる。眼前の盾は強い光を放つ。俺の力で出した盾とは段違いの出力だろう。


「おらぁ!」


そして最後に跳んだ上で銃を天使に投げつける。盾で防ぐようなものではないが流れでそのまま防いだようだ。


刀が届く距離まで近づけた、そして盾は少し上気味に構えられている。左手で鞘を握り軟膏を十分につけ、着地と同時に膝を脱力させて態勢を下げて足元に抜刀斬りを。


ゴツ


盾をずらしたのが間に合ったのか、先端に剣筋に当たり速度が落ちた。盾の端が切り裂かれ断面から光が零れ落ちる。同時に天使の脛を少し切った。ハクウの言う通り、この刀であれば天使の盾も貫く事が出来る。


しかしそれでも切断時に大きな抵抗を感じた。正面から破壊できるという訳ではないようだ。


二太刀目を入れようと刀を引き戻そうと瞬間、寒気がした。天使の右手は上にあげられ、頭上が妙に上が明るい。体の勢いはまだ前へ向かう方向だ。左足を踏ん張り、勢いを変える。


フィジ


側面に光の壁が出来る。天使の剣の軌跡だ。軌跡はそのまま地面を切り裂いて砂を火花に変えていた。遺跡の壁のように歪み無き剣筋に普段なら関心しただろう。だが、今はどうでもいいことだ。


バツっ


体をねじり無理な体制から切り込むと膝上を斬った。思いのほか力が入らないが振りぬいた刀を止めると痛みが奔る。見る暇はないが先ほどの光る斬撃で左腕のどこかが切られたようだ。


しかし動く様なら問題ない。今は天使の足を止めさせて、動けなくしてから天輪を奪う。その目標に対してどう進むかそれだけだ。天使の足から血が流れる。戦場の時のように光と共に再生しない。再生の阻害はできている。道は、判断は間違っていない。このままもう一度。


ばぎん!


「うあ。」


こちらの正面に盾を発生させたようだ。最初の手ごたえと違うどころか刀が跳ねるように弾かれた。刀身を見ると青い光が大分弱い。


軟膏がこの程度だと貫けないのか。目の前で光る剣を突き出そうとしている天使がいる。体が反っているから避けられない。体をねじり回避を狙うが、無駄なあがきだ。俺はここで死ぬ。


フィン


天使は明らかに変な突き方をした。なんというか、斜めに突いた。少し距離を取って体勢を戻し、相手を見ると右目が開いていた。ハクウだ。


「すまない。」


刀などまだ慣れぬ武器のはずだが流れるように納刀する。ガンズが片手でも納刀できるよう弄ってくれたからだろう。


刀身についた砂が鞘や砥石とかみ合う感覚が気持ち悪い。だが納刀を終えた今、鞘を握り、再度抜刀斬りを仕掛ける。


ファン


天使は縦長の盾を展開してきた。片手の抜刀斬りでは恐らく貫けない。ならば。抜刀して盾をよけ仰ぐように振り、右足を踏み込んで盾の側面に回る。


そして弧を描く途中に両手で握り縦に斬る。だが次の瞬間天使の片手には剣があった。避けられない。


ばジ


刀を剣から避けるように振り、お互いでお互いを斬り合った。その瞬間ハクウは涙をためながら目をつぶり、頭を少しだけ下げた。


それに合わせ俺は左手を伸ばして天輪の中心に入れる。腕がちぎれていないのはガンズからもらった盾だろう。それでも伸ばした腕は三割程度切断されている。更に無理矢理手を伸ばしたからか、勢いで切り口から体が少し裂けた。


天輪を手首にひっかけてこちらに引くと変な固定感を抜けて外れた。その勢いで俺は天使の横に転げ倒れる。次の瞬間、天使が叫んだ。


「アアアア。」


変に音程が一定なのが気味悪い。手首を目線だけで見るとまだ強く輝いている。だがその光故に深く切られた体も見えた。


恐らく傷を直視したら恐怖か痛みかで動けなくなる。意識を眼前に注ぎ、足をハクウに進める。感覚は無いが今手首に天輪が焼き付いているのだろう。だが以前のような痛みや脱力はまるでない。


「死なない、死なせない。」


俺が死んでしまうと隷属をかけたハクウも死ぬ。やりとおす。今度こそ。


「ハクウ…。」


しばらく直立した後ハクウは倒れた。しゃがんで持ち上げるも左腕がまるで動かない。


立上がると同時に呼気に血が噛んだ。かなり深手だ、即死していないだけなのだろう。


体を最小限に曲げ、ハクウの服の襟をつかみ引きずる。そして、残る渾身の力で光る泉の近くに投げ込む。


踏ん張る事も出来ず碌に力も入っていないため、少し泉の近くに投げ捨てただけだ。


もっと、そう思った所で倒れて、意識も同時に動かなくなった。






 懐かしき家族の記憶。あのころは世界の事を何も知らなかったが幸せだった。二人が微笑みこちらに手を振る。俺は近づき無言で二人と抱き合う。


しばらくすると二人は一歩引き、少し悲しそうな顔をしてまた手を振った。俺もその意味に気が付き、少し目を細め手を振って二人に背中を向けた。


想いで胸が裂けそうになるというのはこの感覚なのだろう。だがそれでも足を進める決意がある。やらなければいけない事ができたのだ。






目を開ける。


「マビダ?」


声のする方に顔を向けようとすると鋭痛が走る。


「う!」


声を出す事すら痛い。


「よかった、マビダ!」


「あ、あ、はあ。」


呼吸で手一杯だ。


「待ってください、今奇跡を!」


そう言ってすぐにハクウは奇跡を使う。強い光が目線の下から出るが手首は痛まない。


水の力だけで奇跡を使っているのだろう。天井まで照らす光はまるで昼のようで、なおかつ胸部は心地よい。


心地よさから死に際の恐怖を忘れ、体を起こそうとする。


「動かないでください。変なつながり方をしてしまいます。」


その言葉に緊張が戻り、声を出すのもまずいのだろうと思い目で答える。やがて光が納まると周りが青い。既視感のある天井からあの倉庫の夜なのだろう。


「どうですか?」


「あ、ああ。大分楽だ。」


「良かった!」


そういってハクウは抱き着いて来た。それにこたえようと腕を回そうとするとまた痛みが走り体が跳ねる。


「あっつ。」


「ああ、ごめんなさい!」


そういってハクウは離れる。


「また明日、全身に奇跡を使いましょう。今はもう少し休んでください。」


そういってハクウは俺に優しく布をかけてくれた。その声と暖かさで急に睡魔がやってくる。


睡魔に抗いながらも閉じていく目の隙間から、立ち上がったハクウがふらつきながら泉に向かう様子が見えた。


明日謝らないと、そう思いながらそのまま意識が沈んだ。






「大分良くなったよ。」


「無理しなくてもいいんですよ?」


左手を少し握り握力を確かめ、右手で裂けていた場所を撫でる。傷は治ったがさすがに凄惨な痕が付いた。


しかしあの怪我で障害もなく五体満足な時点で値千金、文字通り奇跡だ。


「少しは動かないと体が使えなくなってしまう。それにここから帰らないと。」


意識を取り戻してから三日、奇跡のおかげで常識では考えられない速度で動けるまで回復した。しかしこれでめでたしとはいかない。


「らくだ達はどこいったんだろうか。」


「そうですね…。」


天使になった時か、再度堕天した時かは不明だが、らくだ達の洗脳が解けたようで逃げ出してしまったのだ。


荷物はらくだから外して寝床に置いておいたのは不幸中の幸いだった。


「恐らくまだこのあたりにいると思います。他に住みやすい場所はありませんし。」


「それなら良いのだが。」


ハクウが奇跡を使い空を飛んで確認すると何度か言ってきているが、俺が止めさせている。昨日光る水を飲んだ時に血と共に吐き出したのだ。


胃を荒らしただけだとハクウは言うが今は制限をかけている。完全に止めさせたいのだが天使にとって栄養価もあるらしく、食糧の節約になる上に奇跡を使わずとも天輪から俺の力を奪うとの事で、光る水を飲まないと体調が万全でないあなたが危険だと言われて、完全にやめさせる事は出来なかった。


「あっ。」


傷跡を見たついでに服を着替えるとハクウが何か言いたそうにこちらを見る。すぐに目を背けるので最初は気のせいかと思っていたが、何度か同じ感覚で目を背けた所でさすがに気が付いた。


「どうした?」


「いえ、その、また後で。」


そう言うとハクウはそそくさと脱いだ服を持っていく。光る水で洗うと汚れが良く落ちるそうだ。何というか、ハクウは俺の傷が治るにつれて最近そわそわしている。


だがここに来る前よりも表情が明るくなった事は良い事だと思い、一息ついた後に俺は木の実を集める。木の実を拾いながら考える事は、帰る術とハクウは後どれくらい生きれるかという事だ。


天使化があのような結果であった上、彼女が望まぬとなればこの手は無しだ。少し離れた場所の木に生っていた柘榴を見つけて、試しに一つ開いて食べる。野生のものだからだろうか味は微かだった。






「マビダ。」


夜、床に就くとハクウに背中から話しかけられる。寝返りをうち向き直すとハクウがいつもより近い。それに驚くとハクウはゆっくりと力強く抱き着いた。


その意味に気が付き顔を向ける。改めて見る彼女の顔はとても整っており美しい。だが。


「…すまない。」


顔を背けた。自分もハクウと一緒に生きると決めた以上、そのつもりもあった。だが傷が治ったとはいえ、体力が消耗している上に砂漠の中心で帰る術が無い今、未だ安心できる状況ではない恐怖から、全ては機械の町に戻ってからと考えていた。


ハクウの顔を見直すとひどく悲しそうだ。


「すまない。」


「やはり、前の家族ですか?」


「まあ、それもある。」


そういうと、ハクウは俺の胸に顔をうずめた。それを腕で優しく抱える。あの日、夢の中で別れを済ませたとはいえ、それ故の鮮明な記憶がある事も理由の一つだ。


「大事な話があります。」


胸にこもってハクウは言う。


「ああ、俺もだ。機械の町の戻ったら、」


「神の居場所が分かりました。ここからすぐ行くことができます。」


全身の血がざわめいた。






 三日後、ハクウは旅立つ用意をしていた。あの夜からハクウはしきりに神の元へ行く事を勧めてくるのだ。


「あなたは前から不意に悲しそうな顔をします。なので一度神と会い、区切りをつけましょう。」


ハクウはそう言う。だがもう今となっては神を殺そうとは思っていない。家族を失い、死に目に会えなかった事は言ってしまえば逆恨みだし、何より今、大切な人がいるからだ。それに会うだけで済むとは思えない。


「俺は天使を堕天をさせた大罪人だ。行ったら殺されてしまう。」


「私が何とかします。それに本気で殺すのであれば既に手を下しているはずです。」


恐らく我々は二度とここには来ないだろうし、本音を言えば神に会えるのであれば村の出来事は何だったのか聞きたい。だが余りにも危険だ。


しかしらくだが見つからない今はここから動けない上、古代の食糧も最初の一つは状態が良かったが、他はほとんど痛んでおり、更に平気な物も開封すると早く痛む上、外観が良くても開けてみると痛んでいる事もあった。


つまる所ここでは食べれるが持っていく事が出来ない上、木の実や動物も多くは無い為に、食糧についても量を確保するのに手間取っているのが現状だ。このままじり貧になる可能性は十分にある。


「行きましょう。」


そうだとしてもハクウの様子は少しおかしい。あの夜からあまりにも強く神の元へ行くことを勧めて来る。行きたいという気持ちは無いわけではない。とはいえせっかく助かった二人の命を捨てたくはない。


迷いながらもどう説得するかと考え、ハクウの頭上を見てかつて頭上で天輪を輝かせながら情報を調べていた事を思い出し閃く。神が居る場所であれば、天輪の無いハクウを長く生かす術があるのではないか。それに気が付き息を飲む。利点と理由が重なってしまった。


「危険だとわかったらすぐに戻るぞ。」


「はい。」


そして次の日、用意した武器と道具を持ち倉庫を後にした。銃は天使との戦闘の際に投げつけた後、砂に埋もれて見つからなくなってしまったので、刀だけなのが心もとないが、どのみち深入りしないと心に決めて銃鞘と弾丸を部屋の隅に置いた。


どのみち戦闘になれば勝ち目はないと自身に言い聞かせ、ハクウについて行く。遺跡から外れていく彼女について行くと十分ほどで小さな洞穴のような遺跡に着いた。確かに近い。


「こちらです。」


「地下にあるのか?」


「はい。」


てっきり神のいる場所は教義通り空の上と思い込んでいたので面食らった。小さな洞穴の先には階段があった。天井には何かがつるさっていた跡が見える。


「これが神の居場所への入り口なのか?」


「いいえ、こちらはただの移動手段の地下鉄です。」


ちかてつという言葉に頭をひねりながら遺跡に入る。中は地下だけあって暗く涼しい。


「天輪の灯りを。」


「ああ、わかった。」


手首を触り前方に光らせる。中は遺跡のようだが見た事の無い黒い階段や大きな絵が壁に架けられており作りが違う。それに書かれている文字は読める物があり、一部が古代語となっているようだ。


「なぜ遺跡に今の言葉が書かれているんだ?」


「話すと長くなりますが、そもそも古代語というものは無いんですよ。言語が違うだけで今も別の場所では使われていると思います。さあ、こちらです。」


そう言ってハクウは前に行く。どんどんと奥に進み、更に階段を下りた。


「ここで少し待ちましょう。電車が来るはずです。」


「デンシャとは?」


「ガンズ達と乗った車の大型のものですね。厳密に言えば違いますが。」


「遺跡が今も動いているというのか?こんな灯も何も無い地下で、とても機能しているとは思えない。」


「今日だけ、動かしているそうです。」


こちらを見ずに話すハクウは受け答えが妙に無機質な感じがする。まるで天使の時のように。暗くてよく顔が見えない事が気になりハクウの前に立つ。


「ハクウ、大丈夫か?」


「マビダ?」


光を広げてハクウに強い光を当てないようにして彼女の顔を見る。一瞬不思議そうな顔をした後、無表情になった。やはり少しおかしい。


「戻ろう。」


「電車が着ました。」


そういうと横から光が見える。大きな音を出しながら大きな箱が目の前に止まり、空気が抜けるような音と共に扉が開く。


「行きましょう。」


「待ってくれ、やめておこう。」


一人扉の先に進むハクウを引き留める。


「大丈夫ですよ、私は平気ですから。」


デンシャの灯りに照らされた彼女の顔は、いつもの顔で優しく微笑み、いつも通りの声で手をつなぎ、少し強く腕を引かれた。それに一瞬安堵したが、後ろの扉が閉まる音で我に返った。

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