第18話 回帰

 翼の生えた少女が一人水辺にたたずむ。恐る恐る輝く水を小さな手で掬い、飲む。


飲み終わったと同時に少女の翼は大きく伸び、暗い朝日に打ち勝つ程度に輝いた。


少女の顔はその光と相反して暗く落ち込み、もう一度手を水に差しだした。


再度掬い上げた時、男が倉庫から飛び出す様を、世界の眼は建物の屋根から映し出していた。






「ハクウ!」


隣の方からハクウが起きる音に気が付き、寝ぼけてみているとハクウが昨日毒だと言った水を飲んだように見えた。


見間違えたかと思ったが、更にもう一度口につけようとしていたので思わず飛び起きてしまった。


「ああ、おはようございます、マビダ。」


なんというか、作り笑いのような笑顔だが、おかしな様子はない。


「その水、毒じゃあなかったのか?」


「はい、この水は人体には毒です。ですが天使には奇跡の力になるんです。少し飲んでおけばあなたの手を借りずとも奇跡を使えます。」


見た限り血色は良いが、明らかに気落ちしているように思える。確かに俺の体力を使わずに奇跡が使えるのはありがたいが、何か問題があるのではないだろうか。体に問題ないとなると。


「その水、不味いのなら無理して飲まなくていいんだぞ?」


そういうとハクウは、はっとしてこちらを向き、次の瞬間笑い始めた。


「ふふふ!」


何か水によって影響があるのだろうか、更に焦って声が大きくなってしまう。


「どうした!」


「いえ、大丈夫です、ごめんなさい。この水を飲むと私は天使なのだな、と改めて実感してしまって。それが顔に出てしまっていたようですね。味は普通の水と変わりませんよ。」


「そうか…、それならば良いが。」


ここまで来た疲れで山で暴れた時のようにおかしな行動を取ったのかと焦ってしまった。笑顔が戻ったハクウはいつも以上に元気そうだった。


それに安心すると、どっと疲れを感じ、思わず座り込んでしまった。地面の砂は早朝だからかまだ冷たい。


「そうですね、今日の探索は私一人で行きますので休憩していてください。私はこの水を飲みましたから、体力的に余裕がありますので。」


その提案に甘えたくなるほどに立ち上がるだけで気力が必要なのを感じ、少し考えた後にひとつ質問を投げた。


「その水は本当に毒なのか?俺も飲めば意外と元気には」


「駄目です。」


話を遮られてしまった。声色の時点で既に強いが顔を見ると先ほどに柔和な顔から打って変わって、相当厳しい表情での返答だった。これはさすがに本当のようだ。


「少量であればお腹を下す程度ですが、量によっては腸が壊死します。濃度が不明なのでどこまで飲めるかわかりませんが危険です。それに人が飲んだ所でただの水以上の効果はありません。一応、奇跡にて処理すれば飲む事も出来ますが、今は持ってきた水を飲んでください。」


見降ろされている様から説教をされる子供の用になってしまった。ばつが悪くなってしまい、疲労感を見せぬよう立ち上がり砂を払う。


「今日は少し休んでください。明日、一緒に遺跡を探しましょう。」


こうやって頼むハクウをあまり見ない為、ここはおとなしく引き下がる事にした。


「わかった。とはいえ危険ならすぐに通信してくれ。いつでも出れるように準備はしておく。」


そういうとハクウは少しはにかみ、


「大丈夫です、軍事施設ではないのでそんな危ない事はありませんよ。」


子供に言い聞かすように答えた。毒水が周りに溢れている場所で危なくないと言うのもどうかと思ったが、ハクウは遺跡の知識が豊富だ。あまりとやかく言うべきではないだろう。


「そうだな、らくだ達のためにここの植物は食べれるかを調べているよ。」


「ああ、それは私ならすぐに調べられるので先に調べますね。任せてください。」


どうしても休ませたいのだろうが、ハクウを見るに何か張り切っている様子だった。


「わかった、じゃあ朝食を取ってゆっくりするよ。」


「あ、それじゃあ一緒に食べましょう。」


そういって二人並んで歩いた事で少しの安堵感を感じつつ、共に倉庫へと戻った。






「それじゃあ、行ってきます。」


「ああ、頼むよ、あと早く帰ってきてくれ。」


「ふふ、わかりました。」


俺は床の敷物に座って手を振り遺跡へ向かうハクウを見送る。あの後倉庫に戻る途中で、らくだが近くの草を食べているのを二人で見つけ、二人して全速力でらくだを止めた後に草を調べたが、草には毒はない事がわかった。


ついでに周りにある植物をいくつか調べてもらったがどれも毒性はないとの事が判明。植物が毒水を無毒化させている事に驚いたが、初日の朝からあわただしい始まりとなった。


ハクウが建物の向こうに行き、見えなくなると俺は一息ついて完全に横になる。これからどうするかの前に、今更ながらに目的地についた安堵感を感じて眠くなってきてしまった。


敷物の端に座っていたので中央に向かおうと体をねじった時に靴を履いている事に気が付き、履いたままでもと迷いつつ、雑に靴を脱ぎ捨ててもう一度寝っ転がった。






「マビダ。」


ハクウの声に気が付き起きる。辺りを見ると外が赤い。夕方のようだ。いつの間にか寝ていたのか。


「結構寝てしまったな。すまない、大丈夫だったか?」


「はい。」


そう言うハクウの顔を見ると目が赤いように見える。一瞬夕焼けかとも思ったが、少し充血しているようだ。


「目が赤いが何かあったのか?」


寝ていたのでまだ頭がうまく働かないからだろう、思った事をそのまま言う。


「え!あ、いえ大丈夫ですよ、少し疲れたのかもしれません。」


あの水も万能ではないという事か。元気にはなるが、完全に体の疲れが取れるわけではないのだろう。


「ハクウも明日休むか?」


「いえ、もしかすると少しあの水が目に入ったからかもしれません。少し休めば元に戻りますよ。」


そういってハクウも靴を脱ぎ始めた。違和感はあるがいつもと違う環境だからだろう。そう思い食事の準備をする。


ハクウから今日一日でどうなったかを聞くと建物の左半分を見て回ったらしい。目的のものはなかったので明日は一緒に中央と右半分を見てほしいとのこと。


なんでも道が崩れているので一人ではうまく進めないらしい。そんなに崩れているのかと聞くと、ハクウは少し俯き、そんなに荒れてはないが、細い通路で体を入れ込むような状況だと自分の翼が引っかかって進めないそうだ。


あー、と声を出して納得するとハクウは少し拗ねてしまった。なだめていると外が暗く、壁が青白くなっていく。夜になったのだろう。その日の夜は昼寝の為に遅い就寝となったが、起きている間はこの遺跡はやはり綺麗な場所だと思いながら眺めていた。






 着いてしまった。天使に戻らなければ寿命が減ってしまうとの事だがキャリブレーション以降その兆候も感覚もない。やはりあの時、長時間マビダから離れていた事で倒れただけではないだろうか。


しかしタブレットの従属体マニュアルで調べた限りでは寿命は著しく下がると明記されている。しかしどこにも具体的な数字はない。確かに運用状況で寿命なんてすぐに変わる。


ただそれだけの事かもしれないが、そうでない確証もどこにもない。故に旅には強く反対できなかった。


前に寿命の考慮など必要ないと彼に言ったがその時彼はひどく悲しそうな顔をした。自分が私を縛り付けている事を悔いているのだろう。でも私は。


「何もなければいいのだけれど。」


天使に戻る事自体はなぜか私の中で肯定的だ。理由がいまいちわからないが、たぶんそう設計されているのだろう。


だが天使に戻った時に恐らくする行動はマビダを殺す事だろう。それを無意識に私の手で行われる事が恐ろしくてたまらない。


だけれど、私自身も死にたくないのは事実だ。生きる実感を得る日々はあれほど無頓着だった私の死を忌諱させるに十分だった。何よりもあの人の悲しむ顔は見たくない。


一番良いのは寿命の問題も解決して帰る事、次にいいのは元に戻す道具がない、もしくは使えない事。でも道具が無い可能性はかなり低い。


なぜなら探している物はあの光る水と同じものなのだから。あの水に溶け込んでいる物質の濃度が高い物があれば、それが天輪を剥がす道具、解除液なのだ。


一応あの光る水でも天輪を外す事はできるのだが、あの濃度では何時間もつけなければならないため先に手が壊死してしまう。それを教えたら彼はやってしまうのだろうか。


「よいしょっと。」


倒れたロッカーを持ち上げる。中に何か入っていたのだろうか、少し重い。手を払うと痛みを感じ、見てみると指を切っていた。すぐに奇跡で治す。


今は光る水を飲んだ為に腕力の増幅も回復も一人でできる。どかした先の奥へ入っていくと、開けた庭園のような所に出た。


周りの木々の隙間から壁が見える事からここは外ではなく屋内なのだろう。天井をよく見ると透明なガラスのような物で覆われて、太陽光を取り込んでいる。熱くなさすぎないのは取り入れる光を調節して温度を上げないようにしているのだろう。


人の手が入らなくても機能している事から動力を用いたものではなさそうだ。そしてその中央の噴水には青い結晶がたくさん入っていた。あった。


「あった…。」


間違いではないかと思い近づいて水を掬う。手先からでも感じる程の力。確かに解除液だ。あった、あってしまった。その事実に思わず泣きだしてしまう。


これでできるようになってしまった。これで危険な賭けが出来てしまう。その賭けの結果は私を含めて、なんとなくみんな解っているのだろう。ガンズも、ランズも、マビダも。恐らく、またあの頃の天使に戻ってしまうと。


そしてマビダはその覚悟の上でここにきているという事も。帰る事に無頓着なのもきっとそうなのだ。別れが近い事と、彼の献身と、この手で彼を手にかける未来が近づいてきた恐怖に涙が止まらなかった。


一時間ほど泣いただろうか。何となしに解除液を手に掬い、飲む。胃に来るほどに濃いそれは力が湧き出る。そして決意する。殺される準備をしようと。


結局の所、天輪を元に戻した後に一緒に生活できれば最高だが、そうでなかった時、その時は彼に殺してもらおうと。しかし今の彼の武器ではとてもじゃないが歯が立たない。


なので対抗手段を探す。必ずあるはずだ。ここは天使の研究所だ。作る以上当然破壊の手段も作るはず。明日、彼と一緒に他の場所を探索しよう。まずはここ以外の場所を探す。そう決意して泉に背を向け扉へ向かう。


そして扉付近でふと、天輪が頭に戻っても一緒に生活できるような最高の結末を祈ろうかと足を止めたが、またも祈る相手が思い浮かばなかったのですぐに歩き出した。


その後の探索で施設内の簡易地図を見つけ場所に目星をつける。まだまだ時間はあるが、日の高いうちに戻ることにした。


それは翼が引っかかって進みづらい事や調子の悪いマビダが心配だった事よりも、寂しくて怖くなってしまったからなのは、自分でもよく分かった。






 一日休んだ事で大分疲れも取れた。心配だったハクウも今朝話してみたらなんともなさそうだった。昨日のハクウの話からすると中に獣や野盗が潜むこともないようなので刀はおいて置き、短剣だけ下げて皮手袋をして向かう。


「中は荒れていますので、外から回っていきましょう。」


そうハクウは言うので建物の回りから行くと不意にガサっと音がして、鳥が飛んで行った。


「ああ、驚いた。」


「ここも一つの生態系が出来ているようですね。」


そういって鳥を見ていると足元から兎が飛び出す。意外と自然というものは強いようだ。他の野生動物に備えて刀を取りに戻るかと聞いたが、今は奇跡で対応できるとの事なのでそのまま先に進む。


だが野生動物がいるという事は食糧が補給できる上、光る水も処理すれば飲める事からここでは食糧や水を補給しながら探索ができる。そして目的を達せた場合は帰る準備までも可能だという事だ。


「それじゃあ、中に入ろうか。」


「はい。」


全て無事終わってくれればの話であるが。






 今回正門と思わしき場所から入る事になった。入り口付近の砂埃の様子から誰かが入った感じはない。扉は金属でできているがハクウは奇跡を使い、扉の一部を焼き切って開ける。


光る水の力を使ったのであろう、手首には何も感じなかった。室内に入ると窓から刺す光が舞い上がる埃を映す。割れた窓から砂や葉が入りこんでいるが、それ以上に遺跡の劣化が少ない。


「昨日は別の入り口から入りましたが、誰かが入った形跡はありませんでした。」


となるとこの遺跡に立ち入るものはいなかったと言う事だ。しかし、ここに向かった者達はたどり着けなかったのだろうか。もしくはあの水を飲んでしまったのかもしれない。


だが、そうなるとあの集落に伝わる情報はいったいどこからの情報だっのだろうか。そんな事を少し考えるとハクウは奥に歩きだしていた。慌てて俺も後を追った事で疑問はすっかり忘れてしまった。


「この先にあれば良いのですが。」


歩きながらハクウは言う。何となくだが歩く速度が少し速い気がする。


「じゃあどこから探そうか。所でその解除液とやらはどんなものなんだ?」


「青い結晶を水に溶かしたものです。ですがそれ以外にも探したいものがあるのでそちらも。」


「たぶれっとか?」


「ふふ、そうですね、それもあったら持っていきましょうか。」


ハクウに緊張を感じたので少し冗談を言ってみる。俺の声が大きかったからか、ハクウは少し笑った。そしてその後のハクウは少し表情が柔らかくなった気がする。


とはいえ緊張するような脅威があるのだろうか。念のため何かあった時の為に短剣の位置と固定具合を確認する。


「そうですね、私もどのような形でその道具があるかわからないので、何か見つけたら持ってきてもらえませんか。物によっては読める文字で書かれていますが、古代語で書かれていると思いますので。」


「わかった。」


とりあえず二人で目についた扉を調べる事にした。入り口と同じように奇跡を使い、切り開けるが、案の定、中は荒れ果てていた。


何というか、机や棚が衝撃でひっくり返されている感じだった。そして奥の方は暗くて良く見えない。


「えっと、あの。」


「ん、ああ、わかった。」


開けた扉からハクウがきょろきょろと中を見ていたが、ここで交代だ。俺一人なら隙間から辛うじて入れるだろうが、ハクウは確実に引っかかるし、奇跡で破壊するにしても目的の物まで壊すわけにもいかない。


「あ、待ってくださいマビダ、左手を貸してください。」


「うん?」


左手を貸せの意味が分からないがとりあえず左手を彼女に預けると、ハクウが左手首の痣を握り、光るようにしてくれた。ハクウの力で光らせているのか、こちらの体力が減る気配はない。奇跡の副作用で光る以外にも光るのか。


「痣の一部を触る事で光る場所と量と方向が調整できますよ。」


言われた通り試してみる。覆うように回すと光量が調整でき、指で横方向になぞると光る位置が動かせ、縦方向になぞると傾きが動かせた。こんな機能があったとは。


「ふふ、じゃあ探しましょうか。」


また笑われてしまった。とはいえいつまでも感動してもられないので、光を頼りに中に入り込む。用意した手袋をつけ左手首の部分だけまくり上げておき、体をねじ込んで入る。こういう時、先を灯りで照らせるのは便利だ。


中を照らしてみると奥まで瓦礫で埋まっているのかと思ったが、入り口だけだった。黴の匂いもしないがここは何をする場所だったのだろうか。直ぐに振り向いて入り口にあった鉄の箱を立たせ、棚を投げ飛ばし通路を作り、ハクウの手を引いて部屋に入れる。


ハクウは中に入ると手を光らせそれを壁に押し当てた。すると光が壁に張り付いた。付く物なのかそれは。


「とりあえず怪しいと思った物を集めましょう。もし青く光る銃弾と大き目の銃、後は青く光る武器があればそれも持ってきてください。」


「銃弾?何に使うんだ?」


「ええと、ちょっと一部を参考にするのでほしいんです。」


いまいち説明とその意味が解らなかったが、解除の方法を解っているのはハクウだけだ。あまり考えずとりあえず引き出しや箱を開けていく。


しかしこうやって落ち着いて作業ができるのは食糧や水の充てがあるからだろう。遺跡に水が無ければ毎度あの泉まで戻って汲んでくる羽目になっていた。そう考えると改めて無茶な計画だったと思う。


そうしみじみと思いながら午前中に三部屋ほど探し回り、部屋の外にそれっぽい物を見つけて部屋の外に出していくと、ハクウが言うに一つだけ目的のものが見つかったという。


それはなんというか、金属のように見えるがやわらかい、筒のような物だった。


「こちらは私の方で預かっておきますね。また同じようなものがありましたら拾ってください。」


それの中身はどんなものかと聞こうとしたが、ハクウはすぐに自分の鞄に入れてしまった。それから区切りのいい時間だったので廊下で食事をし、一息入れて再開する。


遺跡は構造的に日の光を多く取り込むように作られているので廊下は随分明るいが、一部は天井が割れて荒れている上、物を探す為に部屋から出したもので更に通路を狭くしてしまった。足元の安全を考えて日が暮れる前に戻った方が良いだろう。


「ハクウ、これはどうだ?」


探していると青白く光る短剣と、先ほどと同じ容器の大きな物を見つけた。その容器をハクウに聞く前に少し見回してみたが、危険物との文字が見える。


他には古代語とそれ以外の読めない文字が書かれているが、あまりいいものではないのだろう。とはいえ古代語はあれど、今我々が使っている言葉も古代からあったのか。


その点に強い違和感を感じたが、その疑問を解決する術は持ってなかった。短剣は鞘から抜くと刀身が淡く青色に光っていた。


「これは。ありがとうございます。チューブの方はこれだけあれば…。ナイフの方は駄目ですね、もうかなり減衰しています…。」


そう一人でつぶやき、両方鞄にしまった。その後でハクウが銃弾を見つけたが、すでに光を失っていた。俺の方でも銃や弾薬を見つけ出したが、銃は見たことのない形な上、腐食が激しく機械の町で改造にも似た修理をしないと使えない物だった。


弾薬も光が見えない物しかない。更に大きさからも自分の銃では大きすぎる弾だ。ハクウに自分では銃を直せない旨を伝えると彼女はひどく顔が青くなった。


だが面白い物も見つけた。なんと古代の食糧である。


金属の硬い缶であったので短刀を突き立てて開けてみると、中央教会で見たような焼き菓子が入っており、変なにおいもしない。


昔のものだから食べれる物ではないとハクウは言うが、吐き出す前提で試しにひと口齧ってみると、少し甘くて結構旨い。


中央教会で食べた様な、久しぶりの人が作る味とひと口で食べれる食べやすさ故にもう一つ、もう一つと続けていたら結構な数を食べてしまい、気が付くとハクウは心配そうに眺めていた。


その視線に手を止めたが、狩りをせずとも食べれる物だからとハクウの反対を押し切って封が壊れていない物を選定していくつか持って帰ることにした。


一つが結構大きなものであるので食糧はそう困る事はないだろう。古代というと得体のしれない何かと考えていたが、食べ物の趣向が今と変わらない事から少し親近感をもった。


だがその日の夜に干し肉や木の実をハクウと食べていると、改めて危険ではないかという自覚が芽生え、腹を下すかと後悔したが次の日でも何も起こらなかった。






「今日は一番奥の建物に入りましょう。」


朝食にてハクウは言う。自分は朝一番なだけあり寝ぼけていたが彼女は張り切っていた。ハクウはあの水を飲み始めてからどんどん元気になっていく。


その水の人間用は無いものかと思いつつ、昨日開けた古代の食糧と持ってきた食糧を半々で食べた後に遺跡の探索を再開する。ハクウが言うには、後は光る弾丸と銃がほしいとの事だった。


儀式の何に使うのか再度尋ねたが、はぐらかされてしまった。だがなんとなく目的が解ってきた。天輪を外す為に弾丸を使うならまだしも、銃本体もとなるとハクウも覚悟しているのだろうか。だが、俺自身はもう


「ほら行きますよ。」


「あ、ああ。」


恐怖がないと言えば嘘になる。だが今の彼女以外何もない俺は、今後の事はどうでもよいとも思える。


せめて、彼女が生きてくれれば。もう自分のやったことで大切な人が死ぬのは嫌なのだ。その覚悟を思い出しつつ、いつもの短剣を腰に巻きハクウの元へ向かう。


「ありませんね…。」


「銃の置き場は見つけたが、弾丸はすべて光っていなかったからな。」


ハクウは今にも泣きそうな顔でうつむいた。あれから半日かけて探したが、今度は武器庫のような部屋を見つけ、状態の良い銃は見つかったが光りが残る弾丸はついぞ見つからなかった。


どうも銃弾といい短剣といい、金属は光らなくなるのが早いんじゃないかと感じる。全てをくまなく調べた訳ではない為、昨日探した部屋をもう一度あさる事もできるが、恐らく見当たる事は無いだろう。だが、何よりも。


「ハクウ、銃はいったい何に使うんだ?」


「それは。」


手首の天輪を取るために手首を打ち抜くとは考えづらい。短刀で皮をはがすにしてもここまで来ずに手首を切断すればよいだけなのだから。


「頼むよ、ここまで来たんだ。それに俺も薄々わかっている。」


「…天使に戻った時、私を殺すためです。」


やはり。結局の所、お互いが死ぬ覚悟で、という事だったのだろう。


「ならば、この天輪はあの筒の中身で取れるという事だな。」


「いえ、それではうまく剥がす事はできません。別の物を使います。」


「その言い方だと、それは既に見つけているのか?」


「…はい。」


「そうか…。」


二人して近くにあった椅子に腰かける。大分痛んでいるが骨組みは丈夫そうだ。沈黙が長く、長く続く。改めてハクウの顔を見てなんとなしに口を開く。


「思えば…。」


「はい?」


「思えばここに来る前にしっかりと話していなかったな。」


「そうですよ。」


お互いが少し笑う。


「ハクウは嫌なのか?」


「あなたを殺すのが嫌です。」


「俺もハクウが死ぬのは嫌なんだよ。」


「その寿命が短くなるというのはどの程度なんですか?ぎりぎりまで、今のままでは駄目なのでしょうか。」


「そうだな、その情報が正確に分かれば良いのだが。だが弱るまで粘ったとしてもその状態のハクウと一緒にここへ来るのは厳しいだろう。」


「…はい。」


道中の厳しさはお互い解っている。


「あなたは死ぬのが怖くないのですか。」


「怖い。が、それよりもハクウに死んでほしくないから。」


「でもあなたは。」


「いいんだ。もとより家族がいなくなった身だし故郷にも迷惑をかけた。それに大事な人を二度も失うのは辛い。なまじ一度経験している以上、恐ろしい。」


「でも、私は天使の頃の記憶があまりないのです。私は今の方が生きていると感じられます。」


「だが天輪があれば死ぬことはないのだろう。何より、今のままで天使に戻る可能性だってあるんだ。それに賭けようじゃないか。」


そういって俺は立ち上がり、出口に向け歩き出す。


「用意に時間はかかるのか?」


「…直ぐに、出来ます。」


「ならば、明日やろうか。」


ハクウも立ち上がり、こちらに向かう。


「わかりました。」


近づいた時にぼそっと、小さな声で答えた。そこから次の日まで会話はなかった。






「おはようございます。」


「ああ、おはよう。」


ハクウはまた早く起きたようだ。だが今日は自分も滅多にない位目覚めが良い。食事をいつも通りした後に装備を、武器を用意をする。


銃と短剣を腰に。また短剣は光る短剣に変えようとしたがあまり効果はないので止められた。そして刀を渡された。


見ると鞘の根元に変なものが付いている。前に見つけた柔らかい金属の筒だ。籠のようなものが溶接されそこに差し込まれている。


「この光る軟膏をつけた刀で切れば奇跡の力と再生力を阻害できます。また光る盾を貫通できるかもしれません。繰り返し使うと軟膏がはがれてしまうので、その場合は刀を鞘に収め、鞘の根元を握りながら刀を抜くと軟膏が刃に着くように改造しておきました。ただ軟膏も人の皮膚につくと良くないので溢れないよう強く握りすぎないでください。」


「よくそんな改造ができたな。」


「奇跡で溶接が出来た事と遺跡から材料が手に入ったので作るのは楽でしたが、もともと鞘の入り口部分で刃を砥げるような機能がついていたのでそこに流し込むように取り付けただけです。ほとんどがガンズ達が作ってくれたままです。」


「そうか。」


まるで彼らがこうなる事を解っていたようだ。彼らは我々に機械の町にいてくれて構わないと言ってくれた。ありがたい事だ。ハクウは最後に小さい方の軟膏を渡してくれた。予備だという。


「行きましょう。」


「ああ。」


刀を腰に掛け一度固定具合を確認する。問題はなかった。そして他の装備の再確認はしなかった。


「ここです。」


「綺麗な場所だな。」


中央に噴水のある庭園の中に入る。中はとても過ごしやすい温度だ。


「あの水の中に手首を入れてください。少しすれば手首の痕は光だして、天輪となり剥がれ落ちます。」


「わかった。」


ここで我々の生死が決まる事実だけが漫然と頭に満たされていた。


「どれくらいつければいい。」


「すぐに取れると思います。取れたらすぐこの布で手を拭いてください。」


唾を飲み、目をつぶり、手を入れる。触った感覚は特に普通の水だ。冷たさが心地よい。するとしばらくして手首が熱くなる。


焼き付いた痕が天輪として生えるようにはがれていく。手首に痛みはない。そして、光ながら水の中にことんと小さな音を立てて落ちた。


「取れたぞ。」


「すいません、その天輪に手首を通さないように取っていただけませんか。私自身が自分の天輪を持つ事はできないはずなので。」


「わかった。」


天輪を両手で掬うように取る。天輪は硬く暖かいが驚くほど軽い。


「それを私の頭の上に。」


ハクウはそういって膝まづいた。光る滴を垂らしながら彼女の頭にゆっくりと天輪を近づける。すると頭上の少し上で固定されるような力を感じたので手を放す。天輪は位置を整えて、少し震え輝いた。


天輪にばかり目が行くがハクウは膝まづきながら捧げるように布を差し出す。それを見て思い出したように手を拭いた。息を飲む。異常に長い数秒を挟み、聞く。


「どうだ?」


「…大丈夫です。」


「本当に?」


「はい。意識も問題ありません!」


「やった!」


「やりました!」


思わず飛び上がる。これでハクウは助かるし、戦わずに済む。喜びで叫んだあとは急に疲れが襲ってきた。やはりお互い緊張していたのだろう、ハクウも同様だった。


「いや、意外となんとかなるものだな。」


「そうですね。それに今の天輪からデータベース、ええといろいろな情報が見れるようになっています。」


「あまりそれは見ない方がいいんじゃないか?」


ふと何かの拍子で天使になる可能性を感じてしまう。


「そうですね、でもよかった。戦わなくてすんで。」

「ちなみになんだが、もし天使に戻った時に天輪を壊したらどうなるんだ?」


警戒して物騒な事を聞いてしまう。


「そうですね…」


そういうとハクウの天輪の光が強くなる。


「ええと、私の中の天使の機能が破壊されるそうなので、天使である部分が壊死してしまうそうです。しばらくは生きていられますが、恐らくつられて全身が壊死して死んでしまうようですね。」


いざという時の選択肢として考えていたがやるべき事ではないようだ。


「そうか、すまない。こんな事を聞いて。」

「いえ、いいんですよ。確かにその手もありましたね。あと、物理的な引き剥がし、例えば痣の状態で手首を切ると、エネルギー供給が途絶えて天輪が破壊されて同じく壊死の後死んでしまうようです。」


「そうか、手首の切断とかはやらなくて正解だったか…。」


「やっぱりそんな事考えていたんですか。」


「まあ、緊急時にはな。」


「全く…。」


だが今となってはすべて笑い話だ。


「しかし、遠くまで来たものだ。」


「そうですね…。」


そう言うと洪水のように話したい事が出てきた。


最初の出会いや二人で山を越えた事、遠くから機械の町を見つけた時の事や内乱を抑えた事、ハクウは機械の町で働いた事やその間に食べたおいしかった物など。時間を忘れて話してしまった。


ふと空腹を感じ倉庫の方へ戻ろうかと思った所、身に着けていた装備の中に非常食があったので二人でそれを食べる。思えば二人でいる時間はあったが、他愛もない話をしたのは数えるほどだ。


「機械の町に戻るつもりだが、戻ったら何がしたい?」


「そうですね、いざ言われるとこれというものは…。」


「じゃあ、そうだな。何か一つなんでも願いをかなえてやろう。」


「それこそ、ますます悩みますね…。とりあえず、ここを出てからでお願いします!」


「ああ、わかった。しっかり迷っていてくれよ。」


そんな会話をしていると、三時を過ぎたぐらいからかハクウの反応が少し遅れるようになってきた。


「大丈夫か?」


「え、ええ。なんか少しぼーっとしてしまって。ちょっと気付けに水飲みます。」


そういって彼女は光る水を掬って飲む。その瞬間、ハクウの動きが止まる。


「マビダ。」


こちらを向かず冷たい声で自分の名を言うハクウ。


「なんだ。」


この時既に警戒を解いていた。


「逃げてください。」


その言葉の意味が最初は理解できなかった。が、ハクウが震えながらこちらをゆっくりと振り向く様子で判ってしまった。


「逃げて!」


ハクウがこちらを向いて叫ぶ。顔の左半分を引きつらせ涙を流しながら。思わず一歩、踏み込むと光の軌跡が前を走る。軌跡の終わりには光る剣がハクウの手から伸びていた。


「はやく!」


その声で反射的に走った。部屋を出てしばらくするとハクウの絶叫がこちらにも届いた。


駄目だったのか?ハクウを生かす為にここまできたが、今のハクウは明らかに苦痛故の声だ。獣の断末魔のような叫びだ。建物から飛び出して、彼女の言葉通り逃げなければと走る。


逃げなければ、あそこへ、どこへ?倉庫へ、ではない。機械の町へ、でもない。今すぐに行けるどうかではない。生き残れたとしても、戻れたとしても、その後どうする。


遺跡の外に出てしばらくして足が止まる。それと同時に後ろから硝子を割る音が響く。振り向くと、夕焼けの中でもはっきりとわかるほどに翼と天輪を輝かせたハクウが遺跡の上で浮いている。


ハクウは体を縮め、空を蹴るようにこちらに飛び、俺の前に柔らかく下りた。


「ハクウ、済まなかった。」


目の前にいるハクウから目を反らしていた。また判断を間違い、大切な人を苦しめてしまった事を直視する事が出来なかった。


「殺してください。」


震えた声でハクウは嘆いた。風もない今だからこそ聞こえる小さな声だ。その声につられハクウを見ると顔は微笑みを浮かべていた。


見開いて涙を流し続ける右目を除いて。


「すまない。」


そういって俺は頭を少しさげ、目をつぶる。家族を見捨てて神に頼り、今回は自ら動き大切な人を苦しめている。俺はなんて屑なのだろう。


その上で彼女を殺してまで生きていたく無い。ここで人生を終わらせる。その覚悟はできている。たとえ天使になったとしてもハクウは死ぬ事はない。あるべき所に納まった、それだけだと言い聞かせる。


「さ、最後に、お願いです。」


ハクウの声に気が付き、目を開けてよく聞こえるように走って近づく。


「なんだ。」


手を伸ばせば届く距離まで近づいた。


「私は、あなたといた日々が、一番幸せでした。」


「そうか。」


「だから、もう一度、堕天させてください。」


その言葉を言い終えると、彼女の見開いた右目は一筋の血涙と共に白目をむき、微笑みに変わる。血涙は風に靡く様に光り消え、次の瞬間、衝撃波で吹き飛ばされる。


反射的に武器が吹き飛ばないよう抑えながら砂の上に転がった。


ゆっくりと立ち上がると共に、力の抜けていた手が、足が、胸が強力に熱くなる。


大きく口を開け、ゆっくりと息を吐き、少しだけ膝を曲げ刀を少しずらし、天使を見つめながら銃を抜く。そして。


「わかった。」


そう答えた。

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