第15話 旅立ち
草原を一台の車が走る。その先には白いゲルが立ち並ぶ集落があり、そこが目的地なのだろう、車は集落のはずれにゆっくりと停まる。
集落の若者がゲルから飛び出て剣を構えるのを、奥から出てきた老人が小さく頷き後ろに下がらせた。
車から黒い腕の大男が出てくるとその老人と握手をする。それに続き車から数人が出て来た後、一組の男女がゆっくりと出てくるのを世界の眼は遠くから映し出していた。
「ここか。」
太陽の高さから朝の九時前後だろうか、車の外は草原の草と朝露の匂いか、森とは違った青臭さが風と共に流れる。ハクウは窮屈そうに外套を正しながらため息をついた。
前回の荷台に比べしっかりと席がある今回は、俺には快適だったが翼のあるハクウは背もたれに寄り掛かれず窮屈そうで、馬車とは別の不満がありそうだ。
ガンズの方を見ると長老と話し込んでおり、話の輪にランズも加わったようだ。ハクウはどうにか羽を伸ばそう外套の下で少し動かしている。こちらも自分たちの荷物を下ろすかと車を見ると、別の声に遮られる。
「ごめんちょっとこれ運んで!」
そう言われるとランズの孫のミズが俺に機械を渡してきた。思わず受け取ると見た目以上の重量で思わず怯む。
「ああ、わかった。」
中央教会のはずれから隠れるように馬車から乗り継いで自動車に乗り、話に聞いていた遊牧民の住む場所までくる事が出来た。
道中の車はまた酔って辛い事になるだろうと思いきや、今回は遠征用の大きな車輪の車だった上、平地をひた走るばかりだった為快適だった。
距離が非常に長かった故に馬や馬車ではまずここまで来るだけで大冒険だっただろう。それでも長く座って動かさなかった体が、機械を運ぶ今疲れを訴える。動かない事はそれはそれで辛いものだ。
「おっしこれで全部!ありがとね!」
「いやいや、こちらこそありがとう。ここまで数日でこれたのはとてもありがたい事だよ。」
「そっか、そうだよね!」
そう言ってミズは小走りで車に戻っていった。何というか、昨日少し落ち込んでいたが今日は変に明るい。すると重い衝撃が肩に走る。
「うお。」
「ああ、すまんマビダ。なあ、本当に行くのか。」
そこにいたのはアクスだった。ガンズ達は未だ老人と話をしており、集落の若者たちは下ろした機械を全て白い建物に入れるようだ。商売というよりも搬入のような状態だった。
「まあな、俺らではこんなに遠くに来る事は容易ではないからな。ここまで運んでくれた以上行くさ。」
「そういう意味じゃあなくてだな…。」
アクスの質問がいまいち要領を得ないので辺りを見回すと青年と子供がこちらを覗いていたのか、目が合った瞬間に家の中に引っ込んでしまった。
あの様子から来訪者が珍しいのだろう。見知らぬ土地の見知らぬ集落でも子供は変わらないものだなと気が楽になる。
「前、ガンズからお前に戦争を止められて救われたと言われたが、俺もハクウのおかげで随分と救われたんだ、彼女の為なら行くさ。」
ここまでいろいろとやってくれたガンズ達には頭が上がらないが、頭を下げる度に笑い飛ばされる。俺は彼のように多くを持っていないからハクウにしてやれる事は少ないが、彼女が死ぬというのであれば持てるものすべてを使うと決めた。というよりも今は勝手にそう動いてしまう。
「そうか、わかった。だがすべて終わったら戻って来いよ英雄。」
「んん、ああ。わかった。」
ここで英雄と言われるのが予想外だったのでおどけようとしたが、アクスの眼は真剣そのものだったので無難に同意した。確かに戻れる可能性の低い旅だ。その心配のありがたさと申し訳なさから目を反らすとアクスは手を差し出した。
「絶対だ。」
その差し出された手と彼の眼を見て一気に気が引き締まる。
「ああ。」
その握手は冷たく、痛かった。
「マビダ。」
後ろからハクウに声をかけられる。なんというか、少し左頬が赤い気がする。気のせいかと思いながらもその事を聞こうとするとハクウの後ろに居たミズが抱き着いてきた。
「うおっと。」
「必ず帰ってきてね。」
「あ、ああ。」
そう答えるとミズは離れ笑顔を見せるとすぐに車に戻っていった。アクスもそれについて行く。昨日は少し元気がなかった点からも、この旅に思う所があるのだろう。
「別れは済んだか。」
後ろからガンズに呼び止められる。ランズはまだ話しているようだ。
「ああ。大丈夫だ。」
「ちょっと待ってろ、最後の選別だ。」
ガンズはそう言ってにやりと口角を上げる。だがその目つきはそれとあまり合っていなかった。
ここまでの移動や衣食住、更に武器や野営道具までも新たに貰った今、これ以上はと言おうとしたが、すっと目線をランズに向けた彼の顔を見るとそれを言い出せなかった。
ガンズの目線の先に居たランズは集落の青年と共にこちらに来た。青年の後ろには馬のような見たことのない動物が二頭引かれていた。
「この先は草原が無くなり砂で覆われた荒野となるらしい。通常の馬だと飢えと渇きで参るらしいが、このラクダとかいう動物なら何日かは平気だそうだ。」
ランズがそう説明してくれた。乗馬の経験なら少しあるが、これは、どうなのだろうか。
「今回改めて長老に道を聞いたが、この先に行って戻ってきた者は知る限りいないらしい。だが大昔に聞いた話ではここから北に真っすぐ行くと西に山があり、そこから東に進むと何か光る物があるそうだ。。」
「方向的に地図と合致します。」
ランズの説明を聞きハクウがそう回答した。目的の場所が無い可能性もあったが、これで信ぴょう性は高まった。
ふとハクウの声色から元気になったのかと彼女を見ると、らくだを興味津々にじっと見ていた。動物が好きなのだろうか。
「すまないな、車で連れて行ってやれなくて。」
ガンズは申し訳なさそうに言う。
「いや、構わないさ、それでそのらくだとやらは幾らだったんだ?」
「これが選別だ。」
言葉を紡ごうと口を開き、無言で閉じた。
「ありがとう。」
そう礼を言うとガンズが抱き着いてきた。
「帰って来いよ。」
痛むほどの力だが声はいつもより小さい。
「ああ。」
そう返すとガンズは背中を一発叩き笑い始めた。いつもの調子に戻ってくれたことに安心したが、叩いた一発は力んでいたのか結構痛かった。すると彼をゆっくりと押しのけてランズが手を差し出す。
「頑張れよ。」
「はい。」
ゆっくりと握手をする。
「ここの集落は後一月ほどこのあたりに住むそうだ。引き返す場合は寄っていくといい。」
「わかりました。」
気が付くとハクウは後ろでアクスと握手をしており、その後にガンズとランズもハクウと握手をした。
「それじゃあな!」
名残惜しさを断ち切るようにガンズが車から大声を出し走り去る。それを見送ると我々の荷物とその横のらくだだけとなった。馬か最悪徒歩でと思っていたが、砂漠に適した動物に乗れるのはありがたい。
しかし俺はあまり乗馬が得意ではなく、恐らくハクウに至っては初めてだろう。とはいえ荷物を載せる籠付きで用意してくれたこれらは是非とも使いたい。試しに一度乗ってみる。が、
「うお!」
胸から息が抜ける。振り払われて背中から落ちてしまった。まずい、逃げるかと思い跳ね起きると先ほどの青年がらくだを引き留めてくれた。
「すまない、ありがとう。」
「~~~~~~~。」
青年は笑顔で答えたがその言葉が解らなかった。言語が違うのか。車のおかげで数日でここまで来れたが、今になってその距離が離れている事を実感する。
「ああ、ええと。」
何かしらコツなどないかと聞こうと思ったが聞けない。まずい、このままでは出発がままならないと思っていると、青年は驚きながら俺の後ろを指さした。振り向くととハクウがらくだに乗って歩かせていた。
「ハクウ、どうやったんだ?」
思わず駆け寄って行くとらくだが俺を避けようとした。その時にハクウはらくだの首筋に少し手を当てるとすぐに落ち着いた。見事なものだ。
「ちょっと私も怖かったので、奇跡で洗脳しました。」
「ええ?」
そうハクウは明るく言うとらくだを座らせてゆっくりと降りた。思わず手首を見ると確かに違和感がある。力を使ったのだろう。
「まっててね。」
そうらくだに話しかけて俺を振り落としたらくだに小走りで向かう。大丈夫なのだろうかとハクウが乗っていたらくだに近づくと、にらみつけられるがそれ以上に嫌がる様子もない。
「マビダ、こちらの子も大丈夫ですよ!」
そう言って振り落としてきたらくだに乗りこちらに向かってきた。試しに俺もそのらくだに乗ってみると今度は振り落とされずにちゃんと乗る事ができた。集落の青年は驚きつつも笑顔で親指だけを立てた手を上げていた。
意味は良く知らないが、肯定的な意味のものだろう。これで今日の出発とらくだの問題は解決したのは助かった。しかし思うのはこの洗脳は大丈夫なのかとか、人道的にどうなのかとか、人には使っていないかとかをハクウに聞こうとしたが、彼女が笑顔でらくだを撫で、それを受け入れているらくだを見て確認の先送りを決めた。
その後はおとなしくなったらくだの籠に荷物を載せていると集落の子供が集まってきた。外の人間の物珍しいのだろう。相手をするのは良いのだが時間をどうするかと迷うと青年が子供たちをうまく抑えてくれた。
青年が笑顔で我々を見て頷くのを見て、言葉は通じなくてもそう人は変わらないのだなと納得し、孤独感が薄れていく。荷物を籠に載せ終わったが日はまだ上がりきっていない。
ガンズ達にもらった方位磁針を懐から取り出し、北にらくだの頭を向ける。青年が声を上げてまた親指を立てた手をこちらに出した。俺も真似て親指を立てて彼に出した。
そして子供たちの声を背にらくだを進める。死を覚悟した旅立ちは思いの他素晴らしかった。
集落が見えなくなるまで進んだ所で、彼はまた方位磁針を取り出して方位を確かめていた。
道なき平野は風による草原の囁き以外何もなかった。ふと別れの際にミズに叩かれた頬を撫でる。意味も解らずに謝ってしまったが彼女に泣きながら抱き着かれ、必ず二人で帰ってきてと言われた。
その言葉と想いを忘れぬために頬は奇跡で治さずに留めておくことにした。痛みは引いたがまだそこだけ暖かい気がする。頬から手をゆっくりと放すとマントが翼に引っかかり痛みを感じる。
「あのマビダすいません。」
あまり大きな声でもなかったが彼には声が届いたようだ。
「どうした?」
「羽を伸ばしてもいいですか?」
一瞬だけ彼は怪訝な顔をしたが、直ぐに納得したようで、
「ああ、そうだな。」
そう言って彼も方位磁針を懐に仕舞い、手綱をひっかけて手を上げて伸びる。私も腕と同時に翼を広げ少し羽ばたく。
誰もいない、開けた場所でしかできないこの所作は車から降りた時以上の開放感を感じさせる。
人のいる場所では陽の下で羽を伸ばす事などできなかった。伸び終えて見渡す景色は何も変わらないはずなのに更に広がる。空を見上げる程の気の余裕が出来たのだろう。
機械の町では住む事は出来たとしても、この解放感は味わえない。この旅が終わって、自由に生きれるとしたら彼と二人で誰もいない場所に住みたいと思う。
しかしそう言いたいけれど、今覗いた彼の顔は使命感と決意で張りつめている。私を生かす為に。
私も死にたくはないし、天使に戻る事は漠然と良い事だと思っている。だがそれは今の生活を犠牲にしてまでしてする事だろうか。結論に至れない今は、不安を忘れる為に心地よさを求め深く息を吸った。
だがしばらくするとそれもできなくなってしまった。暑さを感じ始めながら、目の前には草原が切り剥がされた様に広がる荒野があった。
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