第14話 準備

 少女は一人タブレット端末を見ていた。バッテリーはほぼ機能しておらず、奇跡による電気操作にて無理矢理動かしている。


何度かやった為に操作に慣れてきているが、あと数回でバッテリーは通電すらできなくなり動作しなくなるだろう。その場合はバッテリーを介さず直接電気を流すしかないが、恐らくそれが最後の操作となる。


少女は教会から持ち帰ったファイルを隅々まで確認している。その行動とは対極に自分はどうしたらよいのか、その迷いが指先の動きを鈍らせる。


それを自覚し、なお画面に向き直る様子を部屋の隅にある世界の眼だけが映し続けていた。






 ただ漠然と正しいと思っている方向に向かっているという事は確かだ。堕天した天使が人と一緒に生きる事はいけないと定義されているのだろう。


しかし天輪が体を動かす無に近い感覚に漂い続ける日々に、自ら戻る事は正しいのか。今の生活は、ほかの人と共にいるのは間違っている事なのか。どちらの考えも違和感は増すばかりだった。


いっそ戻る方法が見つからなければよかったのに。しかしそれでも彼はその方法を探すのだろう。そうだとしてもそれを探しに世界を回るのはきっと楽しかっただろう。


たとえ迫害される身であったとしても。ふとマビダが血を流し倒れた場面を思い出す。その光景に純粋な恐怖と不快感を思い出した。


そうだ、このまま旅を続けていればきっとまた起きてしまう。ならばいっそ、彼から離れた方が正しいのだ。そう思い直しまた端末に指を滑らせる。ここからネットワークにアクセスし、情報を入手出来れば良いがこの端末にはネットワーク機能は無い。時間のある今、私は指をゆっくりと画面になぞらせる。


[解除方法]

 専用の溶液をコントローラのある場所に漬けて五分ほどお待ちください。印が光り始めたらゆっくりと溶液から手を引き抜き抜いてください。溶液内のコントローラは従属体は触る事ができませんのでユーザーが所定の位置にセットをしてください。


記憶などの引継ぎ手続きはデフォルト状態では次回契約者が選択する設定です。記憶を消す場合はコントローラを戻した三十分以内に記憶を消す指示を出してください。


「私は。」


そう嘆いて窓を見る。窓の木枠は古びていて、外の喧騒がない早朝の街並みが広がっていた。






 朝の日課となっている回転式銃の分解清掃を行っていると上の階から子供の声が聞こえてきた。最初は外からかと思ったが声の響き方が違う。


教師をしていた頃が懐かしくなり、手の油を少し拭い、下の階で手を洗う為に降りてきたと言い訳を考えながら、下の様子を見に部屋を出た。階段を下りている際にガンズの笑い声が響く。


「じゃあねおじさん!」


「ああ、気をつけろよ!」


ちょうど下に着くころには子供たちは外に遊びに出て行ってしまった。残念である。


「あん?マビダか。どうした?」


ガンズの顔を見ると上機嫌であった。その顔を見てふと最初会った時の顔を思い出す。戦った時とは大違いなのは当たり前だが、普段の印象も大分変ったように思えた。前はもっと顔がこわばっていた。


「いや、子供の声が聞こえてきたから気になってね。」


「ああ、あいつらは機械の町からこっちに移り住んでったやつらの子だよ。もともと戦争時に備えた決起の要員のつもりだったが、それも無くなったからな。」


そう話す彼の声は負い目と安堵が混じっていた。恐らく前よりも純粋な気持ちで子供と接する事ができるのだろう。それに彼の復讐も我が子の敵討ちが理由だった。それを理由に人の子を使う事に罪悪感を持っていたのだろう。


「なんだよ、その顔はよ。」


自分がどんな表情かはわからなかったが、どうもガンズは気恥ずかしそうな顔をしていた。何となくわかったのだろうか。


「いや、最初に比べずいぶん印象が変わったと思ってな。」


そう素直な言葉を出すとガンズは少し目を反らし、頬を機械の手で掻いた後、


「お前のおかげだよ。」


そう言った。悪態か何かが返ってくると思っていたので何か自分がやってしまったのかと思い出す。


「戦争を止めてもらってから、随分と気が楽になってな。敵討ちをしない事が息子達への不義になると考えた事もあるが、なんというか、毎日がずいぶんと解放されたもんになったぜ。」


「そうか。」


あの時、俺はガンズに賛同しようと思っていた。ハクウの言葉に流されただけで家族をないがしろにしてしまったという考えもあったが、それは彼も同じだったのだ。


だが、これでよかったのだろう。選ばなかったもう一つの選択は心に未だ尾を引くが笑顔の人が増えた事は素直に喜ぶべきだ。


「そういや前に聞きそびれたが、お前はなんで旅なんて始めたんだ?」


そういえば前に聞かれた時は答えていなかった。答えようと考えると同時に今までの事を思い返す。あれから一年も経っていないはずだがずいぶんと昔の事のようだ。


村の象徴に刃を突き立てた時の、獣の様に牙を剥き出す慟哭は思い返す事はあれど常に在るものではなく、随分と薄れてしまった。


それは同時に家族を忘れたように思えて罪悪感を感じるが、同時にそれが無くなった事でひどく救われたようにも思える。そう、あの時の目的は。


「神を、殺すために。」


自然と口から言葉がこぼれた。


「はあ?」


声の方を向くと、ガンズは素っ頓狂な顔をして少ししたら、


「ハッハッハッハ!」


大声で笑いだした。俺は急に恥ずかしくなってしまう。


「そんな笑わないでくれ!」


恥ずかしさ故に無意識に声を荒げてしまう。しかし今思うと随分と突飛な考え方だ。だがあの時は逆恨みとはいえそれが本気であったことは確かだ。


「いや、だってよお!そんなの勝てないわけないってよ!」


その返答を聞き頭に疑問符が浮かぶ。勝つというのは何にだろうか。ガンズは笑いを止め今までにない落ち着いた言葉で話し出した。


「俺は教会に戦争を仕掛けようと思っていたが、元締めの神に喧嘩を売るって発想は欠片もなかった。戦う志がお前とは最初っから違う、負けてたってことさ。」


自分はあまり言っている意味が良く分からなかったが、ガンズは妙に納得していた。


「今もそのつもりはあるのか?」


ガンズにそう聞かれて、俺は少し悩んだ。神は人々を救っているのだろう。しかし俺の家族はその中にいなかった。


「わからない。」


故郷の村での一件で神に救われたものは沢山いる。しかしその中に俺の家族が零れ落ちた結果に対して、感情の面でそれを許せない。


神なら救えたのではないのか。そして、機械の禁を破っていたガンズ達を攻撃したのは理解できるが、なぜ彼らは未だ生き残り、見逃されてしかも教会に機械を売っているのだろうか。


教会も禁じている機械を何故買い、しかもそれを的確に使っているのだろうか。村で生活している時には思いもしなかったが、何かがおかしい。そう悩んでいるとガンズがニタリと笑っている。


「そうか、ってことは神とやりあう可能性はあるっていう事だな。なら、準備しなきゃならねぇな。」


それからのガンズの訓練は前よりも気合いの入ったものとなった。荷物の準備も装備の調整も終わり、出来る事をやった。後は中央教会を出るだけとなった。

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